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一条のお願い

「お前が特別な力を持っていることを私は知っている」


そういった一条心の右目は明らかに異常な光をうちに秘めていた。カラーコンタクトなどでは絶対に無い。

その目に見つめられた俺は、無謀にも逃げの一手を打った。


「何を言っているのかさっぱり意味がわから無いな。転校生の一条さん?だっけ。俺は今たまたまここを通りかかっただけだ。

転校して早々俺なんかの名前を覚えてくれてたのは嬉しいけどね」


我ながらよく口が動いてくれたと感心する。

いつもなら、一言目から詰まってしまっていただろうに。

しかし、一条心はこれくらいの嘘で逃げおおせるほど簡単な女ではなかった。


「私のパンツ覗けなくて残念ね」


「な、なんのことかな。確かにさっきスカートが舞い上がったような気がしないでも無いけど、それは風のせいだろ?

まして、俺が覗いてたみたいな言い方よしてくれよ」


パンツを覗くという行為は、決して恥ずべきでは無い勇気ある行動だ。

だから、本来ならこんな見苦しい弁明をする俺では無いのだが、今パンツを覗こうとしていたことを認めると力のことも認めてしまうことになる。

俺の力が第三者に知られれば、それだけで俺の計画の全てが白紙に戻ってしまうじゃ無いか。

それだけは何としても避けなければ。


「いいのよ、嫌なら言わなくて。ただ、私の口は軽いから、クラスで私を待っている他のクラスメートに、さっき人気の無い階段で逢沢くんパンツを覗かれたって言ってしまうかもしれ無いけどね」


「ひ、卑怯だぞ!」


「後ろ暗いことする方が悪いと思うけど?」


一条心は悪魔のように笑った。


「お前は一体、何者なんだ」


「あなたと同じ。人には無い力を持つものよ逢沢信一君」


「認めれば誰にも言わないのか?」


「それだけじゃ足り無いわ。もう一つ条件がある」


「なんだ、言ってみろ」


「私のお願いを聞いて」


それは、俺の薔薇色の計画が崩れるとともに、新たな不運に満ちた人生の始まりを告げる最後通牒であった。

そして、そこに俺の拒否権は存在していなかった。


今日の晩、高校のグラウンドに来るように言うと一条心は何事もなかったかのようにその場を立ち去った。

俺は一人、階段の五段目で何もできず立ち尽くしていた。

吹奏楽部の音出しは終わり運動会の徒競走の時に流れる曲を演奏している、野球部はバッティング練習をしているのかさっきよりもキーンという金属音が大きくなった。

俺の心臓は、まだドクドクとうるさいくらいになり続けていた。




******




「今日の夜、高校のグランドに一人で来て」


それが、一条のお願いだった。俺からすれば、それはお願いというより命令だったのだが……。




夏休みが終わったばかりの今はまだ日が長く、熱心な運動部などは八時過ぎまで部活をしていた。そんな、青春の汗と涙が染み込んだグランドに俺は一人佇んでいた。俺を呼び出した張本人一条心は、まだやってきてい無い。

そろそろ、日付が変わりそうになり、俺が一条心に騙されたのではと疑い始めた頃そいつはやって来た。


ズザッズザッズザッ


真っ暗なグランドに、足を引きずるような音と人の気配が生じた。声はしない。


「おい、一条か?一条なのか?」


返事は返ってこない。


ズザッズザッズザッ


足音は確実に近づいてきている。

音がした方へ向かってもう一度呼びかける。


「一条なんだよな?なんとかいってくれよ!」


すると突然、足音が止まった。

そして、さっきまで足音がしていた場所から今度は返事が返ってきた。


「お前が一条じゃないのか」


ガラガラに枯れた、男の声だった。

聞いたことがない、少なくとも一条ではない声に俺は身構える。

さっきまで雲に隠れていた月が顔を出し、グランドがうっすらと明るくなった。

俺の目の前に立っていたのはスーツを着た男。夜だというのにサングラスをかけていて、まるでどこかのバラエティー番組のハンターのよう。

男との距離は約二十メートル。男はまたジリジリとその差を縮める。


「あいつがここへ来いと言った。望みのものをやろうと言った。だが、ここに一条は居ない。何故だ?」


一言一言確認するように呟く。

真夜中のはずなのに、男の表情まではっきりと見える。何故だ?と思い空を見上げると大きな満月がそこにあった。

そのせいで、夜だというのにあたりがよく見える。

男がサングラスをかけていながらもまっすぐ俺の方へ歩いてこれるのは、そのおかげなのか。俺なら、満月の夜でもサングラスはかけないが。


「知らない、俺も一条に呼び出されてここにいる」


「そうか、なるほど。そういうことか」


男は気味が悪い笑い声をあげた。


「つまり俺たちは両方ともはめられたってわけだ。なるほど、なるほど」


男はなお引きつったような笑い声を上げながら、おもむろにサングラスを外した。

男の目は細く、何日も眠らなかったかのようにやつれていた。

その細い目には月明かりでさえ強く感じるのか、眩しそうに空を見上げた。


「こんなに腹が立ったのはいつぶりだ。あれか、鬼塚の野郎を食い損ねた時か……」


男の笑い声は、とうとう狂気を孕んだものに変わっていた。


「お前、何を言ってる?何か知ってるなら教えてくれよ」


俺は怖かった。正直、今すぐにでもこの場から逃げ去りたかった。そして、そうすべきだった。

だが、一条に会わなければ明日から俺は覗き魔の汚名を背負い生きていかなければならなくなる。

そう考えてしまったせいで、俺の中の天秤がほんの少しだけ待つ方に傾いてしまったのだ。


しかし、その選択が間違いであったと俺は後に気づくことになる。

その後とは、ほんの数秒後のことなのだが。









以降は一日一話づつくらいのペースで投稿しようと考えています。

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