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初恋の忘れ方 後篇

****


 あの小洒落た街並みから下ると、すっかりとコンクリートジャングルで変わり映えのしない街並みへと戻っていた。それでも、他の街よりも外観を気にしているものだから、どの家も規定より悪い、古いと言う事はまずないんだが、その事を彼は知らない。

 夕焼け色に染まった街並みを歩いていると、いつもの真っ白な少女が目に入った。普段だったら匂いを嗅いで自分に「キョウちゃん」と言いながら飛び込んでくるんだが、あの魔法使いの魔法は確かに聞いたのだろう。彼女は自分を素通りしていった。

 胸がギュッと締め付けられるような錯覚に陥るが、きっと気のせいだ。だって、自分は彼女に近付いてはいけない。彼女は自分に近付いてはいけない。これで彼女はもう自分のせいで危ない目に逢う事もないだろうと、心底ほっと安堵する方が自分には似合っていた。

 今日から自分とあかねは赤の他人なのだ。そう言い聞かせようとした時。

 大きなクラクション音が閑静な住宅街いっぱいに響き渡った。片道通行のはずなのに、運転手は酔っぱらっているのか、反対側から突っ込んできたのだ。

 思わず向こうを見る。あかねは不思議そうに立ち止まった。

 ──いけない。

 頭より心が。

 心より身体が。俺を強く強く突き動かした。

 とっさに俺は自転車を置き捨てると、あかねの腕を取って人の家の塀ギリギリまで彼女を縫い止めた。あかねは驚いたように口をポカンと開くが、トラックが背後を通り過ぎていくのに、心底ほっとした。

 やがて家からぞろぞろと反対方向に走ってきたトラックを見に人が集まってきた所で、ようやく塀に押しつけていたあかねを離した。


「……ごめん、危なかったから」

「あの、今トラックが通り過ぎたんですか?」

「あー、目が見えてないんだよな?」

「はい。何となく見えてはいるんですが、人みたいにこれが何って言う位まで認識できないんです」

「そうか……」


 今までだったらタメ口で話をするあかねが完全に自分を知らないものとしてしゃべるのに、やはり胸が締め付けられた。でも、彼女の記憶を奪ったのは自分だ。自分の勝手なんだから、それを彼女のせいにしてはいけない。


「それじゃあ、俺はこの辺で」

「あの! お名前を聞いてもいいですか?」

「……聞いてどうするの」

「だって助けてくれたのならお礼を言いたいじゃないですか」


 そう言ってあかねは無邪気ににこにこと笑った。

 ……ああ、こいつは。記憶を奪おうが、悪い事されそうになろうが、それでも。

 あかねだけは俺が俺であると言う事を見てくれてたんだな。

 本当ならばもう、その場で黙って立ち去ればよかったはずなのに。


「……早川響……知り合いからは「キョウちゃん」とか呼ばれている」

「わあ! そうなんですね。なら、キョウちゃんと呼んでもいいですか?」


 ぬるま湯みたいな関係だけれど。互いに未来があるのかなんて分からない関係だけれど。

 それに二人で手を繋いで一緒に溺れてしまいたいなんて思ってしまった俺はどうかしている。

 記憶を奪っても何一つ変わらなかった立花あかねが。

 俺の一番大切な人です。

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