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悲鳴  作者: 荒馬宗海
3/7

ジャイアント・キリング

 ついでに、こいつを考えてるうちに頭に浮かんだ続編―第二部の下敷きも書いてみよう。


 二作目の主人公は決定している。アントニオだ。

 彼は強い。そして、若い。ただ、残念なことに、基本的にK.Y(空気読めない)なのだが。アントニオは信じて疑わない。「ジャイアント様こそ史上最強のお方である」と。

 時は、あの伝説の試合―ジャイアント対ジャンボの最後の対戦―から、二十数年後くらいにしようか。その間にプロレスは劇的な変化を遂げていた。ガチの真剣勝負へと変貌を遂げていたのだ。

 あの試合を最後にジャンボは引退したが、ジャイアントはしなかった。十数年ほどの休養を経て彼は再びリングに復帰したのみにとどまらず、それ以降は、四、五年に一度だったリングに上がる回数も、やがて二、三年に一度となり、さらには毎年一回へと増えていった。復帰後のジャイアントのファイトスタイルも、それ以前に彼が確立し培ってきた魅せる格闘技ではなくなっていたのだ。圧倒的な実力でねじ伏せる。まるでデビュー当初のような闘いを見せつけるようになっていたのだ。

 ではなぜそんなことになったのだろうか?

 伝説の試合でジャイアントは致命的なダメージを負い死線を彷徨う。最先端の医学の限りを尽くし、どうにか死を免れることは出来たが、意識が回復することはなく、植物状態となってしまう。しかし、人民は信じて疑わない。「あの方だけは特別なのだと」。“意思”もまたジャイアントの引退を許さない。有らん限り最新技術が投入され、ジャイアントは復活するのだが、今度こそ本物の操り人形に仕立てあげられてしまう。普通の老人として生きて動いてるようには見せることが出来るようにはなった。限られた時間ならば。だが、それだけでは駄目なのだ。ジャイアントはリングに上がり勝ち続けなければならないのだ。もはや、ジャイアントに正気はない。「魅せるレスリングをしてみんなに喜んでもらおう」などという意思など当然ない。それに、人民が希求し、“意思”が渇望させるように構築した国家において、ジャイアントに必要とされたのは、手に汗握るようなファイトではない。この歪な国家においては、既にジャイアントはただそこにいるだけで、ありがたく、貴く、あるいは平伏し、拝まずにはいられない存在ではあったが―なによりも求められたのはリングに立って、勝利する姿だった。それも圧倒的に。ジャイアントが痛めつけられ、ピンチに陥る姿など誰も見たくはない、なくなっていたのだ。むしろ、目を覆わずにはいられない。それは“意思”にとっても都合がよかった。それはジャイアントに秒殺させれば良いことを意味する。稼動時間は短時間でよく、ダメージを受けさせる必要もない。国家事業として湯水のように巨額の資金を研究に投じ、ドーピングにドーピングを重ねることにより、“意思”は、ジャイアントに、ごく短時間ではあるが全盛期に近い力を蘇らせることに成功する。

 こうして、ジャイアントは蘇り、ガチの実力者として君臨し続けていたのだ。科学技術の進歩にともになって、より強く、より頻繁にリングに上がれる―上がらせられる―ようになっていったのである。

 ここで一人のキャラクターを登場させることにした。ジャイアントとアントニオを繋ぐ人物として。

 ヒントはアメリカだったかのワールドカップで、試合の後、インタビューで、「ボールにマラドーナ、マラドーナと俺の名前が書いてあった」だか、「ボールがマラドーナ、マラドーナと俺の名前を呼んでいた」だとかこたえ、翌日には(確か)ドーピングが発覚し追放された、“神の左手”のお方だった。インタビューの映像の時点で、「なんかこの人、言ってることも、目も、イッちゃっているんだけど大丈夫なのかな」と思ったものだったが、案の定だった。前科持ちだったし。

一度は怪我で引退したものの、その後、過激なデスマッチ路線(「有刺鉄線電流爆破うんぬんかんぬんデスマッチ」ってやつ。今はどうなっちゃったんだろ? FMWとかも)でド派手な復活を遂げた、その言動は過剰な脳内麻薬の分泌と独特なナルシズムに酔っているとしか思えない、邪道のカリスマ―大仁田厚をモデルにしたレスラーを考えてみることにした。仮に彼をニタとしよう。

 ニタはその他大勢のレスラーでしかなかった。その才能はジャイアントやアントニオには遠く及ばない。常人に比べればともかく、プロレスラーとしては決して非凡と呼べるほどの身体や能力に恵まれていたわけではない。

 ニタは前座で勝ったり負けたりを繰り返すプロレスラーの一人に過ぎず、怪我によって、若くして引退を余儀なくされてしまう。ありふれたレスラーの一人ではあったが、彼には誰にも負けないものが一つあった。それはプロレスに対する情熱だった。一度は引退したものの、彼にはどうしてもプロレスを忘れられなかった。諦め切れないでいた。そんな彼に“悪魔”が耳元で囁きかけた。「もう一度リングに立ってみたいと思わないかい? それもトップレスラーとして。しかも、ジャイアント様のためにもなれるんだよ」と。「君さえそう望めば、叶えてあげられるよ」と。“悪魔”とはもちろん“意思”の末端に属する者。ニタはジャイアントの復活、強化のための実験体として選ばれたのである。もちろん、ニタが「否」などとこたえるはずがない。それどころか、喜んで彼はその身を“悪魔”に捧げ、薬物漬けになる道を選択する。その見返りとして、化物としか形容しようがない戦闘力を示し現役に復帰し、たちまちのうちに飛びぬけた存在として―ジャイアントを別格とすれば―プロレスの世界に君臨することになる。独特の言動もクスリの副作用によるものであり、決して人民に知られてはいけない事実―特別な才能を持つ物が故に、「頭がちょっとイッているかも」と思えなくもない程度では済ませられない副作用の類も含む―は、“意思”の権力によって決して表に出ることはなかった。言うまでもなく、ニタにおける人体実験結果は、ジャイアントの復活、維持、強化にフィードバックされ、人民の全てが尊敬してやまない、あのお方のためになったのである。もちろん、ジャイアント対ニタのドリームマッチが実現することはない。あるとすれば、それはニタがもはや実験体としてすら物の役に立たなくなり、ただのポンコツに成り果てた時(“意思”にとっては、ジャイアントはいわば御本尊であるのに対して、ニタは使い捨てでいいわけだから)であるはずだったが、その前にニタはある男に倒される。ガチのリアルファイトの末にニタをいかなる薬物等によっても再起不能にまでに破壊した者こそがアントニオだった。アントニオという若者はそこまですさまじい才能の持ち主だったわけである。

 それならば、どうして“意思”はそんな危険な相手とジャイアントを対戦させてしまったのか?

 アントニオがジャイアントに必然として屈すると“意思”に確信させた根拠は二つ。

一つは、今、現在のクスリ漬けでほとんど戦闘マシンと化したジャイアントの圧倒的な実力。その力は限界までクスリをキメたニタのさらに数段上をいくものだった。ニタとの試合が一進一退だったことを考えると、さすがにジャイアントには勝てないだろうと踏んだためだった。ジャイアントがその傑出した実力を披露できるのはごく短時間であり、活動限界という問題もなくはないが、それまでには、これまでのように秒殺してくれるであろうと。

 もう一つは、そもそも、「まともな試合にはならない」だろうという確信。“意思”の下、人民に対して徹底して行われた、国家ぐるみの教育という名の下での教化、洗脳によって、ジャイアントに手を上げるなどという恐れ多い行為など出来はしないはずなのだ。人民ならば誰一人として。「ジャイアント様と同じリングに立てる」、ただそれだけで、人民にとっては至高の喜びなのである。

 そして、運命のゴングは鳴らされる。


 続編の下敷きとしてはこんなところか。



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