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毒娘リオちゃん

わんこは怖いわんこでした……

 そうこうしているうちに授業が終了した。

 ヒース先生はプリントの内容を丁寧に説明してくれたので、とても分かりやすい授業だった。

 好きな授業になりそうだ。

 とんとん、とプリントの束をまとめてから鞄に入れる。

 次は魔法の授業だが、もう少し時間に余裕があるので教室の方でのんびりしようとするのだが、

「痛っ」

「リオ?」

「うー……」

 どうやらプリントで指を切ってしまったようだ。

 紙は皮膚を切りやすいので気をつけなければならない。

「リオ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。私、どじだからすぐに怪我しちゃって……」

「ちょっと待ってろ、いま回復魔法をかけてやるから」

 これぐらいの切り傷ならば俺のしょぼい回復魔法でもすぐに治すことができる。

 患部に触れてから魔法をかけようとするのだが、その瞬間にリオは俺を突き飛ばした。

「駄目ですっ!」

「うわっ!」

 力一杯突き飛ばされたので、身体を支えきれずに転んでしまう。

「な、なに?」

 訳が分からず首を傾げる。

「ご、ごめんなさいっ! でも私に触ると……」

「え? それってどういう……」

 問い返す前に、その意味は身体で思い知ることになる。

「っ!?」

 立ち上がろうとした膝が再びがくんと落ちる。

 身体を駆けめぐる激痛。

 何かが俺の中をかき回している。

 這いずり回る何かは不快極まりない。

「フェリクスさんっ!」

 何が起きているのか、リオには分かったのだろう。

 泣きそうな表情で駆け寄ろうとして、それでも動けなくて、ただ動揺している。

 どうすればいいのか分からず、何も出来ない自分が悔しくて、泣いている。

 俺の指先に付着しているのは赤い液体。

 リオの血液だった。

 そして不快感はその指先から発生している。

 原因はこれだ。

 どういう理屈か分からないけど、こいつが俺の身体を侵している。

 血液が猛毒となりうるとは、さすが毒を扱う家の娘、といったところか。

 しかし毒ならば大丈夫。

 炎の加護を持つ俺に毒は効かない。

 ……いや、今はしっかりと効いているし、わりとピンチで死亡数分前だったりするけど。

 でもそうだと分かれば無効化出来る手段があるのだ。

「炎の加護アストリア・アミュス!」

 炎の精霊アストリア。

 その血脈を受け継ぐ者としての加護を発動させる。

 あらゆる毒はその炎で焼き尽くされ、侵された身体は浄化される。

 俺の身体が真っ赤な炎に包まれる。

「ひっ!」

 何が起きているか分からないリオは悲鳴を上げる。

 まあ当然だろう。

 いきなり俺の身体が燃え上がったように見えているだろうから。

「大丈夫。もう、大丈夫だよ」

「え……?」

 炎が収まった俺の身体からはすっかり毒素が消えている。

 炎は常に俺の味方であり、活力を与えてくれるものだ。

 立ち上がってリオに近づき、唖然としている彼女の指先に触れる。

 今度こそ回復魔法をかけてその傷口を治療する。

「ちょっとびっくりしたけどな。心配かけてごめんな、リオ」

「フェリクスさん……その……平気なんですか?」

「うん。ちょっと特殊な体質をしているからね。毒には耐性があるんだ」

「で、でも即死級の毒なのに……」

「………………」

 そんな物騒な血液の持ち主なのか……

 今更ながら恐ろしくなるが、しかし一度喰らった毒ならば二度と効かない。

 この毒への耐性はすでに作られている。

「大丈夫。俺は死なないよ」

「よ、よかったぁ……」

 へなへなとへたりこむリオ。

 誰もいなくなった二人きりの教室で、俺はリオを慰める。

「迂闊に触れて悪かったよ。でも出来れば先に教えておいてほしかったかな」

「ごめんなさい。その、怖かったんです。毒の身体を持っているって知られたら、その……怖がられたりするかと思って……」

「そっか。そりゃあこっちの配慮が足りなかったな。悪かった」

「こっちこそ、ごめんなさい。治療してくれようとしたのに……」

「いいよ。こっちの不注意だからな」

「………………」

 それでもリオは申し訳なさそうにしている。

 俺じゃなかったら死んでいただろうからそれも当然か。

「なあ、ちょっと話さないか?」

「え?」

「いろいろ知っておきたい。リオのこと。家の事情とか。踏み込むべきじゃないと思っていたけど、こうなると知っておいた方がいいような気がするんだ。リオと今後も友達でいたいと思うなら、それは知っておくべきことだと思うし」

「とも……だち……?」

 まるで未知の言葉を聞いたかのように、リオはきょとんとしている。

「俺は友達になりたいと思ってるけど、リオは嫌なのか?」

「で、でも……私は……その……」

 あわあわと戸惑うリオがちょっとおかしかった。

 戸惑う理由も分かる。

 おそらく、リオは今まで自分から友達を作ろうとしたことはなかったのだろう。

 必要以上に近づくと相手を殺してしまうかもしれない。

 それがずっと怖かったのだ。

 血液が即死性の猛毒だということは、汗や唾液などもその範疇に含まれるかもしれない。

 そうなると触れることすら危険だ。

 誰にも近寄らせず、近づかなかった。

 それでも人恋しさは募っていたのだろう。

 ぎりぎりの距離で付き合える相手を捜していた。

 だから初めて出会った俺にも好意的な態度で接してくれたし、もしかしたら期待もしていたのかもしれない。

 だったらその期待に応えてやらないと。

「リオ」

「………………」

「触って、いいか?」

「え?」

 戸惑うリオに俺は触れる。

 許可を得てから触れるべきかもしれないが、臆病なリオはいいと言ってくれないと思ったのだ。

 それならば多少強引にでもこちらから踏み込むしかない。

 頭をくしゃくしゃと撫でて、それから頬を両手でつまんだ。

「ひゃう!?」

 むに、ぐいーっと引っ張ってみる。

「ほら。俺ならもう何ともないだろ? リオに触れても大丈夫なんだ」

「………………」

 触れられることが怖いのではない。

 触れた相手を殺してしまうことが怖いのだ。

 本当は触れたい。

 触れてほしい。

 それこそがリオの願いだったはずだ。

 俺はそれを確信していた。

「う……うぁ……」

 むにむにと頬を掴まれたリオはじわりと涙を滲ませる。

「俺と友達になろうよ、リオ」

「……っ!!」

 リオは勢いよく俺に飛びついてきた。

「わっ」

 慌てて受け止めるが、リオはそのまましがみついて離れない。

「うわあああああんっ!! わあああああんっ!!」

 堰き止められていた感情が爆発して、リオは泣きじゃくる。

 感情のコントロールがまるで出来ていないけど、俺は気にしなかった。

 今までずっと我慢していたのだ。

 周りには誰もいないし、今だけは思う存分泣かせてやろう。

 リオの背中をゆっくりと撫でながら、俺は泣きやむまで待つことにした。


 リオは俺の胸に顔を埋めながら、少しずつ自分のことを話してくれた。

 次の授業まではまだ時間があったし、俺はリオの話に耳を傾ける。

 ゆっくりでいい。

 リオのことを理解したいと思った。

 リオの家は毒の家系だった。

 毒を扱うだけではない。

 毒の身体を作り出す家系なのだ。

 身体そのものを猛毒として完成させる。

 それがメディシス家の悲願だった。

 毎日の食事に毒を入れられ、身体に毒をしみこませる。

 もちろん本人は毒への耐性があるので死ぬことはない。

 しかしその身体には確実に毒が蓄積されていく。

 そうして毒の血脈を重ねていき、生まれた時から毒性を持つ子供を誕生させる。

 猛毒の産湯に浸けて、さらなる毒を接種させる。

 そうすることで毒の効果をより強力にしていくのだ。

 ジェラルリオ・メディシスは現在一族の最高傑作であるらしい。

 一族の中でも最高の毒性を持つ毒の娘として育てられている。

 メディシス一族は依頼を受けて毒殺を行うこともある。

 対象が男である場合は毒の娘を送り込んでから、その身体に触れさせて殺す。

 証拠は何も残らない。

 何故なら武器も毒も持っていないからだ。

 身体そのものが毒であるなど、普通なら気づくはずがない。

 一種の暗殺兵器として育てられたのがジェラルリオという存在だった。

 幼い頃から実験と称して、その血を少なくない人間に触れさせた。

 そうするとその人間は目の前でもがき苦しんで死んでしまうのだ。

 血液だけではない。

 唾液も、汗も、あるいはリオに触れるだけで死に至る。

 リオは一族の最高傑作であったが、同時に制御不能の失敗作でもあったのだ。

 迂闊に触れれば死に至る存在など、扱いに困るのは明らかだ。

 暗殺の為に送り込んだとしても、対象を殺す前に他の人間を殺してしまっては意味がない。

 メディシス家の人間は、毒性を追求するあまり、制御不可能な怪物を作り上げてしまった。

 一族の人間ですらリオには迂闊に触れられない。

 毒に、その体液に耐性のある一族ですら、リオの血液には耐えられないのだ。

 やがてリオは腫れ物のように扱われ、誰にも触れられず、屋敷の奥で閉じこめられるような生活を送るようになった。

 リオ自身も望んで誰かと関わろうとはしなかった。

 幼い頃から死に触れてきたリオだが、誰かの死を望んだことは一度もない。

 出来ることなら、これ以上誰のことも殺したくないと願っている。

 そして十三歳になったリオは家を出る決意をした。

 そのきっかけは、一人の魔法使いだったらしい。

 触れるだけで相手を殺してしまう危険な存在をいつまでも放置出来なかったメディシス家の人間は、高位の浄化魔法の使い手を招いたのだ。

 その毒性を完全に浄化は出来なかったものの、皮膚表面に浄化術式を施すことにより、体外に出る汗などは自動的に浄化されるようになった。

 触れるだけで、そこにいるだけで誰かを害することはなくなったのだ。

 もちろんその血液は猛毒であるし、唾液なども強い毒性を持っている。

 それでも多少の制御が出来るようになったのはリオにとっても救いだった。

 そしてその魔法使いはリオに言ったのだ。


 もって生まれたものをどう使うか、どう活かすかは君次第だ。

 その力は誰かを殺すものかもしれないけど、使い方次第では誰かを守ることだって出来るかもしれない。

 だから君は君の闇と、君の力と向き合わなければいけないんだよ。


 誰も触れてもらえなかったリオの頭を優しく撫でながら、その魔法使いは言ってくれたのだ。

 すべてはリオ次第だと。

 その力は、誰かを助けることが出来るものかもしれないと。

 その言葉はリオに生きる力を与えた。

 前を向いて歩き出す活力を与えたのだ。

 だからリオはアカデミーアへやってきた。

 自分の可能性を見つけるために。

 いつか誰かを救える自分になれるように。


「自分に何が出来るかまだ分からないけど、でも、出来ることは頑張りたいんです。いつか、誰かを助けられるようになれたら、きっと私は自分を好きになれると思うから」

 リオはゆっくりとした口調で自分の願いを話してくれた。

 とてもささやかで、けれどとても尊い願い。

 それはリオ自身の魂の輝きを示しているかのようだった。

 リオが俺の言葉に感動してくれたのは、この言葉を思い出した所為かもしれない。

「きっと大丈夫だと思うよ。リオが諦めなければ、その願いはいつか叶うはずだ」

 そう言うとリオは嬉しそうに笑う。

 願い続けることはとても大変だけど、それでも彼女は願い続けるだろう。

 その先にある、幸せになりたいという願いを叶える為に。

「でも、それなら他人と関わることを恐れちゃ駄目だろ。助けたい誰かを遠ざけてたら、いつまでたっても助けることなんて出来ないじゃないか」

「あう、それは分かってるんですけど……でもやっぱり怖かったんですよぅ」

「まあ確かに危ない身体ではあるけどな」

「本当に、無事でよかったです」

「だから俺は大丈夫なんだよ。他の人に接する時は、リオが気をつければいい」

「気をつけてはいるんですけど……なかなかうまく出来なくて……」

「だから本当に友達になりたいと思ったら、その身体のことを隠すのはよくないと思う」

「………………」

「リオが気をつけるだけじゃ足りないなら、相手も気をつけるようにしなくちゃいけないだろ? お互いにそれを分かっていれば危なくなることは無いはずだ」

「で、でもやっぱり怖いんです……その……怖がられるのが……」

「うん。分かるよ。でもその事実だけでリオを怖がったり差別したりするような奴なら最初から友達になる資格なんてないよ。そこを受け入れて、そして受け止めてくれる相手を探す努力を、リオはしなくちゃいけない」

「努力……」

「そう。だからまずは俺と友達になろう。俺ならリオに触れても平気だし、もうリオの血だって平気だ。死なせてしまう心配はないから安心できるだろう?」

「た、確かにそうですけど……でも……私なんかでいいんですか……? いたっ!」

 卑屈な物言いが抜けないリオの頭を軽く小突く。

「そういうことを言う奴は嫌いだ。自分を好きになりたいなら、自分を好きになる努力だって怠るべきじゃない。私なんか、なんて言ったら駄目だ」

「ご……ごめんなさい……」

「それで? 俺はまだ返事を聞いていないぞ?」

 友達になりたい。

 それは俺の正直な気持ちだ。

 リオに同情しているからじゃない。

 リオの志を尊いと思ったからだ。

 側にいて力になりたいと思った。

 そして友達になりたいとも。

「わ、私は……」

 リオは戸惑いながらも俺のことをじっと見つめてくる。

 今までは自分から距離を置こうとしてきた。

 それが自分を、そして相手を守るための手段だったからだ。

 しかし今だけは違う。

 リオは精一杯の勇気を振り絞って一歩を踏み出そうとしている。

 他の人間ならば他愛のない一言で済む、何気ない言葉を、彼女は渾身の力で紡ぎだそうとしている。

 俺は焦らずにそれを待った。

 いつまでも待つというわけにはいかない。

 あと十分もすれば次の授業が始まってしまうので、待てるのは五分が精々だった。

 それでも待つ。

 内心では彼女を応援しながら、待ち続ける。

「私は……フェリクスさんと……と……友達に……な、りたいですっ!」

「うん」

 言った。

 それだけのことを言うだけで疲労困憊になったらしく、リオはへなへなと崩れてしまう。

 リオの方を支えながら、くしゃくしゃと頭を撫でてやる。

「うん。これで俺たちは友達だ」

「と、友達……」

 その言葉を宝物のように呟きながら、リオは嬉しそうにはにかんだ。

「友達……です。えへへ」

 その笑顔は胸がずぎゅーんとするぐらいに可愛らしいのだが、しかし友達になったからにはもうひとこと言っておかなければならない。

「いひゃいっ!?」

 むにーっとリオの頬を引っ張ってから、ちょっとだけ怒ったような表情を作る。

「友達なんだから敬語は禁止。ちゃんと対等に話そう」

「ひゃう……」

 頬をから手を離すと、リオは途方に暮れたような表情で俺を見上げる。

「まずは呼び捨てからだな」

「さ、さんづけはダメですか?」

「敬語禁止」

「うっ! ダ、ダメ……なの?」

「うん。ダメ。ほら、俺の名前を呼んでみろよ」

「フェ……フェリクスさ……じゃなくて、フェリクス……?」

「うん。それでいい」

「うぅ。話し慣れないと辛いですよぅ」

「また敬語になってる」

「あうぅ。が、頑張る……」

「うん。その調子だ」

 こうして俺とリオは友達になった。

 アカデミーアにやってきてから二人目の友達。

 いろいろとトラブルもあるけれど、俺の学園生活は順調と言えるものだった。


メディシスという名前はもちろんメディ●から引用していますにゃ。

がんばれ毒娘リオちゃん(*^▽^*)

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