フェリクス VS 金色騎士
お姉ちゃんの背中はとても遠い。
「赤い騎士を一撃で倒すところを見ていた。今年の新入生の中では確実に一歩抜きんでているな」
「まあ、鍛えてますから」
「だがまだ剣が荒っぽい」
「ええと、一体何なんですか?」
「いや、ちょっと実力を確認させてもらいたいと思ってな」
「俺の?」
「そう」
「理由は?」
「ローゼリッタの弟に興味があるからだ」
「………………」
「講師としてというよりは個人的な興味だな」
「知ってたんですか?」
「当たり前だ。学生データを見れば君がシルヴィス伯爵家からやってきていることはすぐに分かるし、それに……」
「?」
「ローゼリッタはわたしの教え子だ」
「………………」
マジですか。
奇妙なところで縁が繋がっているものだ。
まさかローゼの師匠(?)に会うことになろうとは。
俺にとっては師匠の師匠、ということになるのだろうか。
まあ俺にとっての師匠はローゼだけだけどね。
「あとはまあ、ローゼリッタからも君のことを頼まれてる」
「ど、どんな風に?」
「容赦なく鍛えてやってくれ、と」
「………………」
いや、少しぐらい容赦してクダサイ。
「で、こういうものを用意してみた」
バルロット先生は金色の騎士が描かれたカードを渡してきた。
「すごい魔力ですね。赤い騎士とは比べものにならないでしょう?」
「おう。こいつは卒業試験に使われるカードだからな。倒せばA級ライセンスが発行される代物だ」
「それはすごいですね」
ライセンスとは、ワールド・エンドに潜ることが出来る資格のことを示す。
低いライセンスなら弱いモンスターのいる場所しか入れないし、高いライセンスならばかなり強いモンスターのいる場所にも入れる。
これはアカデミーアのみが発行しているものではなく、A級以上のライセンスだと各国が実力に応じて発行してくれる。
ローゼのライセンスはSSS級。
事実上無制限の潜入が認められる最強ライセンスだ。
SSS級を保持している者はこの世界でたった五人。
そのすべてが世界に名前を轟かせている英雄でもある。
もちろんその中で最大の名声を誇っているのがローゼリッタ・シルヴィスであるのだが。
そしてA級ライセンスはアカデミーアの学生に与えられる中では最高の資格だった。
卒業試験に使われるというのも納得がいく。
そのスペシャルカードが俺の手の中にある。
「で、このカードを俺に渡してどうするつもりなんです?」
「ちょっとこいつと戦ってみてくれないか?」
「……俺、新入生なんですけど」
どうして卒業試験に使われるような強力カードと戦わなければならないのか。
ちょっと納得がいかない。
「赤い騎士を一撃で倒せるような奴が初心者ぶるなよ。実力を見たいって言っただろう?」
「あんまり目立つ真似はしたくないんですけど」
「そこは姉と違うんだな」
「別に姉ちゃんだって目立ちたがりっていうわけじゃないですよ。結果としてああいうことになってしまったから割り切ってるだけです」
「お前は割り切れない?」
「英雄でも貴族でもないですし。出来れば個人活動の戦士として将来はやっていきたいですね」
「それだけの力があるんだからもう少し夢見ろよ少年」
「夢がいつだってキラキラしているわけじゃないっていうのは姉ちゃんを見てきて知っていますから」
「やれやれ。大きすぎる姉がいるというのも考え物だな」
「ですね。ヴァルみたくバカになれたらもっと楽しいとは思うんですが」
「ああ、エーデルハイトは面白いな。あいつはきっと大物になれるぞ」
「俺もそう思います」
大物になってもバカのままだろうけど、それはそれでヴァルらしいとも思う。
「まああれだ。目立ちたくないっていうんならそこは配慮しておく。ただ実力だけは見ておきたいからな。とりあえずそいつと戦ってみてくれ。負けても別に成績に影響するわけじゃないから安心しろ」
「………………」
ここにはバルロット先生以外は誰もいない。
仮に倒してしまったとしても目立つことはないだろう。
ならば挑戦してみるのも面白そうだと思った。
「ちなみに入学当初のローゼリッタもそいつと戦ったんだぞ」
「え?」
「明らかに他の生徒とは抜きんでていたからな。ちょっと興味本位で戦わせてみたんだ」
「け、結果は?」
ローゼのことだから勝ったと思うけど、それでも興味があった。
「引き分け」
「………………」
「さすがに十三歳じゃあ苦戦して当たり前だな。才能の固まりではあったけど、まだローゼリッタも本当に子供だったし」
「そうでうすか……」
ローゼにもそんな時代があったのかと思うとちょっと微笑ましい。
俺が知っているローゼはいつだって超然としている英雄だから、少女らしい弱さを持っていた彼女を見てみたいとも思ったのだ。
「けどかなり善戦はしていたぞ。一定時間が立つとカードは魔力切れになって消えてしまうからな。倒しきれなかったというのが本当のところだ。生身の騎士だったら時間をかければ彼女が勝っていただろう」
「………………」
すげー。
やっぱりローゼはすげー。
若干十三歳にして卒業試験の最難関と互角に渡り合うとかどんだけだよ。
しかしローゼが挑戦したことを俺も挑戦するというのはなかなかモチベーションを刺激されることだった。
ちょっとやる気が出てきたのも確かだ。
十三歳のローゼと十三歳の俺。
今のローゼと俺なら比べものにならないけど、俺だってローゼにさんざん鍛えられてきたんだ。
だからもしかしたら、十三歳のローゼよりも今の俺の方が強いかもしれない。
そんな期待を胸に抱いてしまう。
「分かりました。やってみます」
俺は金色の騎士のカードを破いた。
目の前に神々しいぐらい光る金色の騎士が具現化する。
「うわ。強そう……」
感じるプレッシャーが半端ない。
これは苦戦しそうだと覚悟した。
そんな俺を面白そうに見つめているバルロット先生。
けれど他人の視線はもう気にならない。
本気の勝負をするときは自分と相手のことだけを意識する。
それが戦う上での礼儀でもあると俺はローゼに教えられている。
その通りだと俺も思うので、今は金色の騎士に意識を集中する。
そして、金色の騎士が動いた。
……結果として、ボロボロにされてしまった。
もうボロ負け。
無様なぐらいのボロ負け。
十三歳のローゼになら勝てるかもしれないと思い上がった数分前の自分を死ぬほど殴りたくなる。
恥ずかしくて死にたい。
金色の騎士は怒濤の勢いで俺に攻めてきた。
剣筋は辛うじて目で追えるけれど、そのスピードが凄まじい。
受け止め、避けることがやっとで、反撃の機会すら掴めなかった。
というか三割ほどは避けられずに当たってしまい、ダメージが蓄積され、そして動けなくなったところで強烈な一撃を食らってしまう。
何とか反撃しようと狙ってみたのだが、どうしても避けられてしまい当たらない。
一矢報いることも出来ずに、消えるまで保たせることも出来ずに、無様にボロ負けしたというわけだ。
金色の騎士は消える際、未熟者、とこちらに呆れた視線を向けた気がした。
もちろん意志を持たない使い魔がそんなことをするわけがないのだが、そんな妄想をしてしまうぐらいに俺は凹んでいた。
格好悪い。
格好悪いのは、恥ずかしい。
意気込みだけはたっぷりだっただけに、余計恥ずかしい。
ごろごろとのたうち回って頭を抱えて呻きたくなるぐらいに恥ずかしい。
「いや、そんなに落ち込むなよ。新入生で金色とそれだけ戦えるのはやっぱり大したものだと思うぞ」
「うー……」
バルロット先生の慰めすらも今は追い打ちをかけるものにすぎない。
ここにヴァルがいたら傷口に塩を塗り込まれるようなことを言われていただろう。
先に食堂に行かせておいて正解だった。
それだけは本当に救いだと思った。
「基本はしっかりと出来てる。さすがにローゼリッタが教育しただけはあるな」
「ど、どうも……」
「だから特にここが悪いとか、ああした方がいいとか、指摘することもアドバイス出来ることも特にないんだな、これが」
「そこはもうちょっとアドバイスしてほしいところなんですけどね……」
無茶な戦いをした身としてはその程度の見返りはほしい。
強くなるためのアドバイスならどんどんしてほしいぐらいだし。
「といっても、悪いところは本当にないんだ。あくまでわたしが見たところで、だが」
「………………」
「基本は出来てる。動きも悪くない。応用力もあるし、覚悟もいい。問題は純粋な身体能力だな。地力が追いついていないから技術を活かせていない。けれど十三歳という年齢を考えれば十分な身体能力を持っていると思うし。こればっかりは地道に鍛えていくしかないと思うぞ」
「うー。つまり努力を続けろってことですね」
「そういうことだ」
分かりやすいアドバイスだが具体性には欠ける。
「あんまりローゼリッタを意識するな。アレは別格だ。いわゆる天才って奴だぞ。追いつこうとしたところで無駄だ」
「分かってますけどね。でも追いつかなきゃならない理由があるんですよ」
「そうなのか?」
「ええ」
さすがに結婚のことは話せないので、そこはぼかしておいた。
頑張れ少年!