バカって見ていて和むよね♪
バカは好き❤
剣術の講師は合計で十人ほどいた。
それぞれから感じる強さが違うので、実力によってつく講師が違うのだろう。
対する生徒の数は百人以上。
さすがに剣術の授業は人気が高いようで、受講生の人数もかなり多い。
そして生徒にはそれぞれカードが配られた。
三枚のカードには甲冑騎士が描かれている。
魔力も感じる。
これは何らかの魔法具だろう。
「変なカードだな。こいつをどうしろっていうんだ?」
隣でヴァルが首を傾げている。
魔法に関してはからっきしらしく、このアイテムが何なのか分からないらしい。
「これは多分、使い魔をカード化したアイテムだと思うよ。特定条件で描かれている騎士が実体化するんじゃないかな」
「魔法具か?」
「多分ね」
「じゃあオレ達はこのカードと戦うってことか。さしずめこいつが適性チェックだな」
「だろうねぇ」
カードから感じる魔力もそれぞれ違っている。
赤いカードから感じる魔力が一番強く、青いカードがそれに次ぐ。
最後に残った白いカードからはあまり魔力を感じない。
これが初心者用のカードなのだろう。
「今諸君に配ったカードは今後の受講ランクを決定づけるものだ。カードを破くと描かれている騎士が実体化する。それぞれのカードで強さが違ってくる。赤いカードが一番強く、青いカードはその次に強い。剣を握ったばかりの者は白いカードを破ることをお勧めする。もちろんカードの強さを試す意味でも、白いカードを余裕で撃破できたのなら次は青、その次は赤、と挑戦しても構わない。その結果でこれから受けてもらうランクを決めるので、気合いを入れて戦いに臨んでもらいたい」
講師が気合い十分に宣言すると、その気合いが生徒にも伝染したらしく、カードを握り締めてやる気満々の表情ではい、と返事をした。
練習場は百人の生徒がばらけても十分な広さがあり、それぞれがカードの騎士と戦うに十分な間隔を取り、そして戦うべきカードを破った。
俺はカードそのものの強さに興味があったので、まずは白から破いてみた。
真っ白な騎士が実体化する。
「なるほどね。確かに初心者用って感じだ」
持っているのは練習用の木剣だが、それでも一撃入れれば倒せるという確信があった。
「ははーん。なんだよフェリクス。強いとか自信満々に言ってた割には一番弱っちいのから挑戦するのかよ」
ヴァルがからかうような口調で茶々を入れてくる。
「そういうヴァルは?」
「もちろん赤一択に決まってんじゃねえかっ!!」
びりっ、と赤いカードを破るヴァル。
「……もう少し様子見とか段階とか踏んだ方がいいと思うけど」
初っぱなから赤ですか……
無謀だなぁ、と思いつつもそのバカっぷりは見ていてちょっと面白かった。
「さあかかってこいっ! このヴァル様がぎったんぎったんにして華麗な上級者コースの仲間入りをしてやるぜっ!」
ぶんぶんと木剣を振り回しながら宣言するヴァル。
……うーん。
やっぱりバカっぽい。
でも面白い。
見ていて飽きないヤツだよな。
ああいうのが近くにいるのは何だか癒やされる。
バカを見て癒やされるっていうのはあんまりいい趣味とは言えないかもしれないけど、でも癒やされる。
和むというかなんというか。
赤い騎士が容赦無く木剣を振り下ろしてくる。
「ぐわーっ!」
そして油断していたヴァルは一撃で吹き飛ばされる。
「………………」
バカだな。
うん、間違いなくバカだ。
幸いにしてダメージは大きくないようで、ぴょこんと起き上がって再び攻撃を仕掛けている。
その攻撃は赤い騎士に受け止められ、なかなか押し切れずにいる。
今のヴァルでは赤い騎士に勝つのは難しいだろう。
こりゃあ中級者コースかな、と呆れていたところで白い騎士が攻撃を仕掛けてきた。
「おっと」
油断している場合じゃない。
こちらも戦闘開始しているんだった。
ひょいっと白い騎士の剣を避けてからこちらの木剣を叩き込む。
「ふむ」
やはり一撃で倒せてしまった。
白い騎士はひび割れてそのまま消えてしまう。
これで初心者コースか。
周りを見ると白い騎士にも結構苦戦している生徒がいた。
中にはヴァルと同じように赤い騎士に挑戦して返り討ちに遭っている自信過剰な生徒もいたけれど、まあどこにでもいるよなああいう手合いは。
赤い騎士は一定時間で消えるようで、消えた後は挑戦権を失う。
一定時間以内に倒せなかった生徒は泣く泣く青い騎士を出現させる。
中級コースなら何とかなるようで、そこそこ善戦していた。
ちなみにヴァルは苦戦しながらも特攻&猛攻を繰り返し、ダメージ甚大ながらも赤い騎士を倒していた。
「ぐおぉぉ……痛ぇ……でも倒したぞっ!」
「……いや、お前もボロボロじゃん?」
「うるせーっ! 勝ちは勝ちだっ!」
「まあいいけどさ……」
「そういうお前はどうなんだよ。まだ白い騎士を倒しただけじゃねえか」
「これから青い騎士を出すところだよ」
「赤いのは?」
「それは最後」
「まあ青いのに勝てるかどうかも分かんないしなっ」
「………………」
その物言いはムカつく。
ヴァルとの戦いで赤い騎士の実力は分かったつもりだ。
アレなら余裕で勝てる。
けどボロボロのヴァルにそんなことを言うと逆上しそうなので黙っておいた。
青い騎士のカードを破る。
出現した青い騎士は先ほどの白い騎士とは比べものにならないほど強い。
しかし赤い騎士よりは随分弱い。
攻撃を冷静に受け止めながら、俺は騎士甲冑の頭に攻撃を加えた。
「とうっ!」
ずびしっ!
まるで突っ込みのような攻撃だが、しかしそれで青い騎士は消えてくれた。
大して苦戦しなかったので、これで中級コースの適性チェックもクリアだ。
「ふふーん。大口叩くだけあるじゃねえか。っていうか勝てるなら最初から赤いの出せよなー」
見物していたヴァルがそんなことを言う。
「いいじゃないか。どうせなら全部試した方が面白いし」
「まどろっこしいんだよ」
「………………」
バカな上に短気らしい。
こりゃあこの先かなり苦労するだろうな……と他人事ながら心配になってしまった。
誰かがブレーキ役をしてやらないといつか酷い目に遭うだろうな……と思うのだが、しかし俺がそのブレーキ役になるのは面倒なので遠慮したいなぁ。
赤い騎士のカードを破いてしまうと、すぐに赤い騎士が出現した。
「とくと腕前拝見させてもらうぜ、フェリクス」
「おう。見せてやるよ」
「ぐぬー。その余裕がムカつく。負けたら大笑いしてやるからなっ!」
「じゃあ勝ったら?」
「食堂のジュース一杯奢ってやる」
「ジュース一杯かよー。モチベーション上がらないなぁ……」
「贅沢なヤツだな。じゃあ何ならいいんだよ?」
「今日の昼飯とか?」
飯一食分なら十分にやる気が出る。
金に困っている訳じゃないけど、これは気分の問題だ。
「よし。じゃあ勝ったら今日の昼飯はオレが奢ってやる。けど負けたらフェリクスが奢れよ」
「いつの間に俺まで奢る話に……」
「細かいことは気にするな」
「へいへい」
どうせ勝つのだからまあいいかと思いつつ赤い騎士に向き直ろうとすると、こちらの雑談などまったく気にしていなかったのか、いきなり目の前に斬りかかっていた。
「わあっ!」
確かに赤い騎士を目の前にして雑談していた俺が悪いけどっ!
でも今のはびっくりしたぞっ!
「げ……」
そしてこういう事態だと身体の方が勝手に反応してしまい、もう少し斬り結ぶつもりが一撃で赤い騎士を斬り伏せてしまった。
「しまった……」
もう少し時間をかけるつもりだったのに、この上なく目立つ勝ち方をしてしまった……。
「………………」
ヴァルの方もぽかーん、と口を開いている。
アホ面……とよっぽど言ってやりたかったが、それだけ今の光景が衝撃的だったらしい。
まあ当然だろう。
自分があれだけ苦戦した赤い騎士をほんの一撃で、しかも俺はノーダメージで倒してしまったのだから。
「………………」
うーむ、どうしよう。
まあ幸いにして今のことを見ていたのはヴァルだけのようだ。
他の生徒は友達の戦いや、自分の戦いに専念しているようで、こちらに注目しているヤツはほとんどいない。
とりあえずヴァルの肩をぽん、と叩いてから言っておく。
「今日の昼飯、よろしくな」
「………………」
ぽかーんとしたままのヴァルを放っておいてすたすたと歩き始める。
無事に赤い騎士を倒したので上級コースの方に移動したのだ。
「ま、待てよっ!」
ヴァルも慌てて付いてくる。
それからは質問攻めだった。
どうしてあんなに強いのかとか。
一体誰に剣術を教わったのかとか。
明らかに素人じゃないだろうとか。
しかしその質問に答えるわけにもいかず(まさか銀閃の騎士に直接しごかれたなどと言うわけにもいかないじゃないか)、俺は曖昧に答えておいた。
とりあえず剣術に関しては師匠がいること。
そしてその師匠は恐ろしく強いこと。
新入生の中では恐らく誰にも負けないぐらいには鍛えられていること。
それらのことを話すと、ヴァルはさっそく手合わせを挑んできた。
「勘弁しろよー。赤い騎士にそれだけボロボロにされた後で俺に勝てるわけないだろー」
「その言い方ムカつくなっ! やってみなけりゃ分からないじゃないかっ!」
「やらなくても分かる」
尻込みしない根性は買ってやりたいところだが、無茶と無謀と無知はマイナス評価にしかならない。
「上級コースなら模擬戦の機会も多いだろうし、慌てることはないだろ」
「うー。オレは今戦いたいのに……」
「なんでそんなに慌ててるんだよ。まだ本格的な授業も始まってないだろ……」
「だって強くなりたいし」
「その気持ちは分かるけどさ」
俺だって同じだ。
強くなって、そしてローゼを越えたい。
だけどそれはがむしゃらに頑張ればいいということではない。
そんな無軌道な鍛錬を積み重ねたところであのローゼに追いつける訳がない。
それよりも日々の鍛錬を確実に、着実に積み重ねていくことの方が遙かに大切だと知っている。
「焦ることはないさ。俺たちはまだアカデミーアに入学したばかりなんだ。これからもっと強くなれるし、そのための努力だっていくらでもできるじゃないか」
「そりゃそうだけどさぁ。でもオレだって今まで頑張ってきたのにさ。同級生であるフェリクスにここまで差を付けられてるなんて悔しいじゃん」
「俺の場合は師匠がよかったからな」
「紹介しろよ、その師匠」
「む……無理……」
あんな有名人を紹介したら大変なことになる。
何せ希代の英雄様だ。
信奉者とかになりかねない。
自分の友達が姉の信奉者とかマジで勘弁してほしいし。
「何でだよっ!」
「何ででもっ!」
「くそー。独り占めする気だな」
「……何でそうなるんだ」
話が変な方向にズレていっている気がする。
「何でそんなに強くなりたいんだよ?」
強さにこだわりすぎているような気がして、ヴァルに問いかける。
何となく気になったのだ。
「男なら強くなってなんぼだろっ! めざせ英雄! みたいなっ!」
「……英雄を目指すのはいくら何でも身の程知らずだと思うけど」
「夢に燃えてる少年に残酷なこと言うなよっ!」
「事実だろ」
まあ強くなりたい少年が英雄を目標にするのはわからなくもないけど。
俺だってローゼを最終目標にしているわけだし。
そしてローゼは間違いなく『英雄』なのだ。
そう考えると俺もヴァルと同じぐらい身の程知らずなのかもしれない。
けど俺の場合は婚約破棄っていう事情もあるわけだしなぁ。
こいつと同列に扱われるのはちょっと嫌だ。
「まあ目指すだけならタダだしな」
確かに燃える少年の夢を壊すのは本意ではない。
ここは素直に応援しておくことにしよう。
「おうよ! めざせ『銀閃の騎士』様だっ!」
「ぶっ!」
よりにもよって何てものを目指しやがるっ!!
噴き出した俺に怪訝そうな目を向けてくるヴァル。
「ん? どうかしたか?」
「いや……」
まさかこんなところでローゼの名前が出てくるとは思わなかったのでちょっと立ち直るのに時間がかかりそうだった。
過程はどうあれ、俺とこいつは同じものを目指しているのかと思うとかなり複雑でもあった。
「どうして『銀閃の騎士』なんだ? 英雄は他にもいるじゃないか」
男なら同性の英雄を目指しそうなものなのだが、どうして女性であるローゼなのだろうと、そこがちょっと疑問だった。
問いかけると、ヴァルは誇らしげに空を見上げた。
そこにローゼの幻でも見ているのだろうか。
「確かに英雄なら他にもいる。空の英雄ジークリード、炎帝フレネッド、剣聖イオナ。その誰もが歴史に名を残す偉大な英雄だ」
「そうだな。特に剣聖イオナは剣の達人だったんだろう? 目指すならそっちだと思うけど」
「そりゃそうだけどさ。でも昔の人だからあんまり凄さがピンとこないんだよ。歴史的英雄であることも、ものすごく強かったことも知ってるけど、でもそれは知識だけだ。肌で知っている訳じゃない」
「当たり前だろ。俺たちが生まれる前に死んでる人なんだから」
「だよな。でもローゼリッタ・シルヴィスは違うだろう? 彼女は今を生きる、そして今を駆け抜ける英雄だ」
「………………」
「彼女のワールド・エンドでの活躍は素晴らしい。黒炎竜の討伐、狂騎士との決闘、聖龍の祝福。他にも数え切れないほどの逸話がある。若干十八歳でこれだけの活躍をしてのけた英雄は、それこそ歴史上彼女一人しか存在しない」
「そりゃそうだろうけど……」
「ワールド・エンドの調査だって彼女が活躍し始めてから飛躍的に進んだって言うだろ?」
「まあな……」
ワールド・エンドはこの世界の裏側に存在するもう一つの世界だ。
ゲートを利用して渡ることが出来る表裏世界で、いつからそれが存在するのかは誰も知らない。
そこにはこの世界にはない貴重な資源が眠っていたり、この世界には存在しないモンスターが跋扈する危険な世界でもある。
この世界の人間はワールド・エンドの果てを知らない。
戦闘職を育てて、次々とワールド・エンドに送り込んでいるのは、この世界は手に入らない資源や素材を手に入れるためでもあるが、見知らぬ世界を調査したいという欲求の現れでもあるのだ。
この世界は平和だ。
戦争もなければ魔物もモンスターも存在しない。
しかしワールド・エンドは違う。
この世界が人間の世界なら、ワールド・エンドはモンスターの世界だ。
人間は存在しない。
だから人間の理も通用しない。
戦い、倒し、そして奪う。
それだけが正義として成り立つ戦いの世界なのだ。
そしてローゼリッタ・シルヴィスは今も最前線でワールド・エンドの調査を進め、新しい場所やモンスター、素材を発見して世界に貢献している最大の英雄なのだ。
表向きはグリオザーク騎士団に所属しているが、実際は名前を貸しているだけの状態でもある。
騎士として上官の命令に従うような立場ではない。
元々が女伯爵として高い地位にいるのだから、一介の騎士として扱うわけにもいかない。
しかしシルヴィス伯爵としての立場以上に、彼女の戦闘力は凄まじいものがある。
女伯爵として単独でワールド・エンドで活躍してもらうよりも、グリオザーク騎士団の一員として名前を売ってもらう方が有意義だと王も考えたのだろう。
名前を貸すだけならローゼも拒否したりはしなかった。
というより王命には逆らえない。
ただし伯爵家の仕事もあるので、正式な騎士団員としての仕事だけは拒否した。
たまに式典やイベントなどで礼服姿で登場したり、大規模調査の時には伯爵権限で騎士団の一部を指揮したりすることがあるだけだ。
貴族として人の上に立つことにも慣れているローゼは騎士団の指揮にも優れた手腕を発揮している。
グリオザーク騎士団の中にもローゼを信奉している人間はかなり多いだろう。
俺がシルヴィス家の養子ではなく、正式な血筋であったのなら、間違いなく爵位は俺に譲り渡され、ローゼは騎士団の正式団員として縛り付けられることになっていただろう。
まあそんなこんなでローゼはグリオザーク王国だけではなく、この世界においてもかなりの有名人なのだ。
そんな姉の偉業を知ってはいても、やはり他人の口から聞かされると居心地が悪いものがある。
それは身勝手な独占欲なのか、それとも家族としての感情なのか、自分でもよく分からない。
ただ一つ分かっているのは、ローゼリッタ・シルヴィスは英雄である前に俺の家族だということだ。
だからこそ英雄ではなく一人の人間として扱ってもらいたい。
そういう気持ちがあるのかもしれない。
英雄として讃えることが悪いとは言わないけど、でもそれは彼女を偶像扱いしているのであって、人間扱いしていないように思えるのだ。
俺はローゼの人間らしさを知っている。
英雄として扱われることは仕方がないと割り切っていても、本当はいつだって居心地の悪さを感じていることも知っている。
だから俺だけはローゼを人間として、姉として、家族として扱うと決めている。
どれだけローゼが偉大であっても、それでも俺の姉であることに変わりはないのだと。
「どうしたんだ?」
俺の複雑な気持ちが顔に出ていたのだろう。
ヴァルが不思議そうに首を傾げている。
「いや……何でもない」
ヴァルが悪い訳じゃない。
こいつはただローゼに憧れているだけだ。
それはヴァルだけではないし、他にも多くの人間がローゼに同じ感情を、信仰を抱いている。
それはローゼの立場を考えれば当然のことであり、個人的感情でヴァルを責めるのは筋違いなのだ。
それぐらいのことは俺にだって分かっている。
「いつかそれぐらい強くなれるといいな」
だから励ましておく。
いつかそこにたどり着けるように、応援する。
俺も、同じ場所を目指しているから。
「おうよっ! だけどとりあえずお前に勝つことが最初の目標だけどな」
「勝手に目標にするなよ」
「すぐに勝ってやるからな」
「簡単に負けるつもりはないよ」
ヴァルの負けず嫌いも慣れてくると面白い。
これから長い付き合いになるかもしれない友達と、俺は拳を軽く触れ合わせた。
シスコンっぷりに磨きがかかるフェリクスくん。
お姉ちゃん大好きっ子炸裂だねっ!