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目指せ婚約破棄!

久しぶりになろう連載始めました。

定期的に電子書籍化していく予定の作品なので、書籍化した順番にダイジェスト部分が増えます。

楽しんで頂けると嬉しいです。

「そんなにあたしと結婚するのが嫌か?」

「嫌だ」

 目の前にいる美しい人の言葉に、俺は即座に答えた。

 彼女はローゼリッタ・シルヴィス。

 シルヴィス伯爵家の現当主であり、俺にとっては五つ年上の義姉でもある。

 更に言うと俺の婚約者でもある。

 不本意だが、この俺、フェリクス・アインハルトはその為だけにシルヴィス伯爵家に引き取られた身だ。

 政争に負けて破滅したアインハルト家最後の嫡子として殺されるはずだった俺を救ってくれたのは前伯爵であり、すでに引き取られて六年が経過している。

 救われたことにも、世話になっていることにも恩義を感じているが、それとこれとは話が別だと俺は主張したい。

 種馬代わりに育てられたのではたまったものではない。

 前伯爵の前では言えなかったことを、代替わりしたローゼリッタの前では思い切って言える。

 もちろん彼女のことは大好きだ。

 姉として尊敬しているし、目指すべき目標でもある。

 しかし彼女はあくまで『姉』なのだ。

『妻』になってもらいたくはない。

「ローゼ。我が儘を言っているのは分かってる。でも、俺はどうしても嫌なんだ。こんなのは間違ってる」

「それは結婚は好きな相手とするべきだっていう青臭い意見を主張したいのか?」

「う……」

 キラキラと輝く銀髪をさらりと揺らしながら、厳しい視線を向けてくるローゼ。

 光を透過させて映える青色の瞳はどこまでも深く澄んでいる。

 この瞳を美しいと、素直にそう思う。

 しかし同時に後ろめたくもある。

 自分が貴族の一員として相応しくない言動を取っているのは分かっているからだ。

 そんな後ろめたさにローゼが更に追い打ちをかける。

「貴族に恋愛結婚が望めないのは当然だろうが。貴族の結婚は政治の一種だ。自分で相手を望めない。それはよく分かっているだろう」

「わ、分かっているよ! でもローゼは違うだろう! 俺と結婚しても政治的なメリットは何にもないぞっ!」

 俺はすでに消滅してしまった家の末裔なのだ。

 政治的な力も、後ろ盾も、何もない。

 少なくともシルヴィス伯爵家が政治的に有利になることはないと言える。

 シルヴィス伯爵家はグリオザークク王国でもかなりの力を持っている家なので、今更他の家の後ろ盾が必要だとは思えないし、ぶっちゃけローゼ自身の活躍で、家そのものの力は更に増している。

 彼女が伯爵家の当主でなければとっくに他の家から嫁に欲しいと結婚申し込みが殺到しているだろう。

 もちろんその逆は現在進行形で存在しているのだが。

 稀代の英雄であるローゼリッタと結婚したい、つまりシルヴィス伯爵家に婿入りしたいという貴族はかなりの数に上る。

 シルヴィス伯爵家の力だけではない、ローゼリッタ自身の名声を利用して上り詰めたいと考えている人間が数多く存在するのだ。

 だから俺じゃなくても結婚相手は山ほどいるのだ。

 家の力を増したいのならその中から選べばいい。

 もちろん権力にしがみつくだけの人間とローゼが結婚するのはあまりいい気はしないけれど、中には多少マシな人間もいる筈だ。

 ……多分。

「もちろん政治的なメリットも大事だけど、優れた血を取り込むことも同じぐらい大事なことなんだぞ」

「………………」

 優れた血。

 それはアインハルト家に受け継がれている炎の精霊アストリアのことだ。

 アインハルト家は精霊の末裔と言われている。

 その証拠として、代々炎の魔法にはかなり優れた資質を持っている。

 グランベール王国の剣として、騎士として戦うこともある伯爵家としては、是非とも取り込みたい血筋なのだろう。

 だからこそ俺はシルヴィス伯爵家に引き取られたのだから。

「いいか、フェリクス。お前の血にはそれだけの価値があるんだ。短期的ではなく長期的にこの家を繁栄させる力がある。だからこそこの結婚は必要なんだ」

「……つまりは種馬かよ」

「それを言うならあたしは肌馬だ。優れた子供を産んでこそ価値があるんだからな。女の当主など暫定的なもので、子供が成長したら、特にそれが息子ならばすぐに代替わりするだろうよ」

「そんなことないっ! ローゼは英雄じゃないか! このグリオザーク王国の、いや、この世界でもっとも偉大な英雄なんだっ! 伯爵の肩書きこそおまけみたいなもので、ローゼは、姉ちゃんは『銀閃の騎士』なんだからっ!」

「………………」

 銀閃の騎士はローゼの英雄としての肩書きだ。

 学生の頃から優れた才能を発揮して、数多くの武勇を残してきた。

 多くのモンスターを屠り、敵を葬り、燦然と輝く銀の星。

 それがローゼリッタ・シルヴィス本来の姿なのだ。

 そんなローゼがただ子供を残すだけの『肌馬』扱いされていいわけがない。

 俺にとってもローゼは英雄で、目標で、尊敬するべき姉なのだから。

 しかしそんな肩書きはローゼにとって面倒なだけのものなのかもしれない。

 困った表情で肩を竦めるローゼを見ていると、そんな気にさせられる。

「そこまで慕ってくれているなら結婚を嫌がらなくてもいいじゃないか」

「それとこれとは問題が別なんだってばっ! 俺はローゼには好きな人と結婚して欲しいし、俺だって相手は自分で選びたいんだ」

「結婚にこだわらなければ好きな相手といちゃつくのは自由だぞ。貴族は政略結婚を強制する代わりに、愛人問題には寛大だからな」

「……そういうことをさらりと言うなよ」

 ローゼが愛人を作るのは見たくないし、俺だって結婚した状態で愛人なんて作りたくない。

 そんなのは不潔だ……って乙女か俺はっ!

 いや、でも乙女はむしろローゼの方だしなぁ。

 そのローゼが平然としているのが面白くないというか、気分が悪いというか……。

「やれやれ。そこまで嫌がられると傷つくな」

「だから姉ちゃんが嫌いなわけじゃないんだよ……」

「その気持ちは嬉しいけどね。分かった。じゃあ条件付きで婚約破棄を認めよう」

「マジで!?」

「……そこまで喜ばれても傷つく」

「ごめんなさい」

 傷つけるつもりはないのだけれど、どうしても声が弾んでしまうのは仕方がない。

「で、婚約破棄の条件だけど」

「うん……」

 ごくり、と緊張して生唾を飲み込む。

 ローゼの言葉を一言たりとも聞き逃さないように、しっかりと見据える。

 どんな難題を突きつけられても必ず乗り越えてみせると決意をしながら。

「あたしに勝つこと」

「………………」

「フェリクスがあたしに勝てたらいつでも婚約破棄してあげるよ。期限はそうだな、五年ぐらいでどうだ? 流石にそれ以上はあたしが待てない。婚期を過ぎた行き遅れ扱いは遠慮したいからな」

「な……難題過ぎるだろっ!」

「男の癖に情けないことを言うなよ。あたしを目標にしてくれているんだろう?」

「そりゃそうだけど!!」

 確かに目指すべき目標でいつかは越えたいと願っているけれどっ!

 でも実際にそれが出来るかどうか、その自信があるかどうかはまったく別問題なのにっ!

 ローゼは強い。

 俺が知る限り彼女は世界最強の騎士だ。

 彼女が本気で剣を振るえば千の軍勢だって紙切れのように吹き飛ばされてしまうだろう。

 比喩ではなく、彼女には本当にそれが出来るだけの力がある。

 そんな彼女に本気で勝とうだなんて無理がありすぎる。

「だったら諦めるなよ。どっちみちあたしとお前の結婚はシルヴィス家の決定事項なんだ。それを破棄しようっていうんだからそれなりのことをしてくれないとこっちも困るんだよ」

「うぅ……」

 それを言われると弱い。

 シルヴィス家には恩があるだけに、真っ向からは逆らいづらいのだ。

「そこまで悲観的になることはないさ。お前は強い。このまま諦めずに鍛錬を続ければ、いつかはあたしにだって勝てるようになるさ」

「ほ、本当かな……?」

 ローゼはこういうことで嘘を言う人間ではない。

 だからこの言葉も信用出来る。

 本当に強くなれると思ってくれているし、信じてもいるのだろう。

 その気持ちが嬉しかった。

「あたしの言葉が信用出来ないか?」

「し、信用はしてるよっ! でも俺をそこまで信じていいのかよ?」

「さてね。本当は信じていないのかもしれないぞ?」

「………………」

「勝てなかったところであたしにとって損はないからな」

「うぅ……」

 勝てば自由の身。

 負ければ結婚。

 確かに負けたところでそこまで悪い話というわけではない。

 あくまでも自由な結婚をしたいというだけで、自由な結婚をして欲しいというだけで、俺だってローゼのことは好きなのだ。

 もちろん姉として大好きなのだけれど。

 だから仮に結婚することになったとしても、俺はローゼを大事にするだろうし、ローゼだって俺を大事にしてくれるだろう。

 今まで姉と弟という関係だったのが、妻と夫という関係に変わるだけだ。

 これまでずっと一緒にいたし、これからもずっと一緒にいる。

 だから状況は大して変わらない。

「で、どうする?」

「うぅ~……」

 ローゼはニヤニヤしながら俺を見ている。

 明らかにこの状況を楽しんでいるのが腹立たしい。

 確かにローゼにとってはどちらでもいいのだろう。

 けれど俺にとっては人生を左右する大問題だ。

 拒否権は最初から存在しない。

 提示された条件がそれだというのなら、あとはひたすら頑張るしかないのだ。

「分かったよ。頑張る。五年もかけたくはないけどな」

 五年で追い越せるとはとても思えないけれど、だからといって五年も待たせた段階でかなり婚期が遅れてしまうことになる。

 もちろんローゼの名声があればそれは不利になることではないが、それでも行き遅れの不名誉をローゼに押しつけるわけにはいかない。

 なるべく早くローゼを負かさなければ。

 それがローゼに我が儘を言ってしまった俺の責任だと思う。

「よし。ならば頑張れ、フェリクス。あたしはしっかり応援しているぞ♪」

「へいへい。頑張りますとも」

「しかし出発前にこんな話をするなんて、あたしはちょっと悲しいな」

「ごめん」

 俺は今日、この家を出て行く。

 もちろん家出ではない。

 これから隣国にある学園都市アカデミーアに向かうのだ。

 国全体が学校という変わった地域で、大陸各地、世界各地から子供達が学びにやってくる。

 学問はもちろん、あらゆる戦闘スキルや魔法なども教えてもらえるので、戦闘職を目指す子供達も通うことになる。

 俺も戦闘スキルを学ぶために通うのだ。

 専攻は剣術、体術、魔法、隠密の四つだが、興味が出来れば他のものも学んでみたいと思う。

 ローゼは一芸特化型だが、俺はあらゆる場面を想定した万能型を目指している。

 いざという時の爆発力は特化型の方が優れているけれど、状況次第で無力になってしまうのが怖いのだ。

 ローゼは特化型だがそこから更に技術を磨いて剣術を極め、騎士としての最高位に到達している。

 恐ろしいことに、物理完全無効タイプのモンスターですら、剣一本で倒してしまうほどの技量を持っている。

 その秘密は魔力以外の体内エネルギー、つまり生命力を剣に上乗せして攻撃しているからだ。

 攻撃力に変換できる生命エネルギーはエクシードと呼ばれており、達人の域に達するとこのエクシードを自在に操ることが出来るようになる。

 ローゼはエクシードを更に研ぎ澄まし、どんな防御も無意味なほどの攻撃力を持たせることが出来る。

 どんな敵でも斬り裂き、滅ぼすことが出来る剣。

 必滅の剣と呼ばれている。

 一芸特化型の理想系がローゼなのだ。

 だからこの方向性でローゼを越えることが出来ないと思う。

 俺は万能型の理想系を目指すべきだ。

 その為にいろいろなことを学ばなければならない。

 アカデミーアは全寮制の学校で、一度入学すれば長期休暇以外は家に戻ることが出来ない。

 ローゼとこうやって話せるのもしばらく先のことになるだろう。

 それが寂しくないと言ったら嘘になるけれど、俺もいい加減姉離れをしなければならない。

「強くなるために努力するのは構わないけど、あんまり無茶はしてくれるなよ。死なれたら困るからな」

「さすがに死ぬような無茶はしないよ」

 心配性のローゼが俺をそっと抱きしめてくれるので、俺もそっと抱き返した。

 大好きなローゼの温もり。

 しばらくこの温もりと離ればなれになるかと思うと、たまらなく寂しい。

 ……そこまで好きなら結婚を受け入れればいいと思わなくもないのだが、やっぱりそこは譲れない何かがある。

 もしかしたら、俺はローゼに選ばれたいのかもしれない。

 家の都合ではなく、ローゼの意志で俺を選んでもらいたいのかもしれない。

 そうすればきっと、俺もローゼを選べるのかもしれない。

「………………」

 いや、それもちがう。

 きっと俺とローゼはどこまでも姉と弟で、大事な家族で、それ以外の何物でもないんだ。

 だから家族のままでいたい。

 姉のままでいてほしいし、弟のままでいたい。

 そういうことなんだと思う。

「これをあげる」

 少しだけ離れたローゼは俺の首に銀の鎖をかけてくれた。

 下に引っかかっているのは藍色の羽根だった。

「これは?」

 羽根の形をしているけれど、感触は石だ。

 何らかの鉱石を加工したものだろう。

 僅かだが魔法の力も感じる。

「魔法具『リミットブレイカー』。一時的に潜在能力の全てを解放してくれるアイテムだ」

「………………」

「もしも命の危険を感じたら迷わずこれを使うんだ。もちろんこれを使うのはとても危険だけれど、どちらにしても死ぬかもしれないのなら、出来る限りのことをした方が後悔しなくて済むだろう?」

「出来ればそういう事態には遭遇したくないけどね」

「あたしだって遭遇して欲しくないさ。けど、何が起こるか分からないのが人生だからな」

「確かにね」

 それは自分自身の人生を振り返ってみても実感していることだ。

 あの日、あの時、あの瞬間まで、俺は自分が殺されるなんて思ってもみなかった。

 愚かな政争を仕掛けた両親が殺されて、後継者という理由で俺も殺されかけて、そして間一髪のところをシルヴィス家に救われたのだ。

 人生何が起こるか分からない。

 だからこそ常に何かに備えていなければならない。

 これはその何かに対するお守りなのだろう。

「じゃあ、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」

「長期休みには帰ってくるから」

「当たり前だ。帰ってこなかったら締め上げてやるからな」

「帰ります帰りますっ!」

 むくれた表情でそんなことを言うローゼは見た目だけなら文句なしに可愛いのだが、力量が半端ないので実際は恐ろしすぎる。

 ローゼはやると言ったことは必ずやる人間なので、締め上げると言ったなら本気で締め上げてくる。

 ここでもし長期休暇に帰宅しなかったら俺は間違いなく半殺しにされるだろう。

 しかもローゼは回復魔法も使えるので、半殺しと回復の無限ループが行われる筈だ。

 考えただけで恐ろしい。

 ガクブルな未来だけは何としてでも回避しなければならないので、必ず帰ると改めて約束する。

 こうして俺はローゼと別れてシルヴィス家を出るのだった。

 アカデミーアに旅立ち、そして勉強して強くなるのだ。

 目指せ婚約破棄っ!!

お姉ちゃんとの婚約破棄の為に頑張れフェリクスくん。

でもお姉ちゃん大好きなんだよね。

少年のツンデレもなかなか……じゅるり。

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