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彼と彼女

作者: ソラ

私の教室の窓側、後ろから2番目の席からは1本の大きな桜の木が見える。その桜の木のある中庭には放課後、1人の先輩が姿を見せる。


その先輩は私の好きだった人。そして、今でも好きな人。


 先輩はいつも葉の散ってしまった、枝だけの桜の木の下で誰かを待っている。

 誰を待っているのか何度も確かめようとした。だけど、その先輩の後ろ姿を見るたびにあの日のことを思い出して目をそらしてしまう。やっぱり、と思ってもう一度窓に顔を向けたときにはもう先輩の姿はない。

 毎日、これの繰り返しで結局私は先輩が誰を待っているのか知らないままだ。


「あの日がなければ・・・」

 いくらそう思っても過去はいつまでも消えてはくれなかった。


あの日、

 あの日は、まだ桜も青々とした姿だった。

 入学当初から好きだった先輩に私は想いを伝えるために手紙を書いた。

 だけど、何度も何度も書き直したはずの手紙にかけたのはたったの1文、


「放課後、中庭の桜の木の下で待っています」


それだけだった。自分の名前すらも書けなかった手紙には書き表すことのできなかった想いだけが詰まっていた。そしてその手紙を先輩の下駄箱に入れた。


 放課後になって、私は桜の木まで走った。

 桜の木に着いたとたん、走った後のものとは違う心臓の音が聞こえてきて、私は告白を前に緊張していることに気づかされた。

 その緊張を紛らわそうと、私は何回も先輩に伝える想いを頭の中で繰り返し続けた。


「好きです」


たくさんある想いを、この言葉に込めてきちんと伝えられるようにしたはずなのに、この一言を頭で唱えることがとても難しく感じた。



 気づけば日は落ち、空はますます暗くなっていた。

 だけど、いつまで経ってもどれだけ待っても先輩が姿を現すことはなかった。


 しばらくして空からぽつぽつと降ってきた雨が、まるで私に涙を流すタイミングを教えてくれているようで、私は涙を流した。



 先輩が桜の木の下に姿を見せるようになったのは、それから1週間後だった。

 それから放課後、桜の木を見下ろすのが習慣になった。


 すぐに先輩が誰かを待っていることはわかった。

 だけど私は今でもその誰かを確かめることができずにいた。


ある日、

 いつものように特等席から桜の木を見下ろしてみるとそこにはやっぱり先輩の姿があった。その姿を見て、またあの日を思い出しそうになった時、あの日と同じ雨が降ってきた。


 先輩は傘も差さずにまだ、誰かを待っている――


 体が勝手に机の横にあった折りたたみ傘を持って走りだした。

 もちろん、あの桜の木を目指して。


 あの日と、同じ心臓の音が聞こえて、私は気づいてしまった。

 先輩が誰を待っているのか知りたくないのは、私がまだ期待してるからだ。


 もしかしたら、あの日先輩は何かの事情で来られなかっただけで、そのことを今でも気にして毎日、あの桜の下で私を待っていてくれているのかもしれない。


 そして、先輩の後ろ姿が少しずつ近づいてくるにつれ、期待が希望に変わっていった。


 先輩が待っているのが、私なら――






 だけど、先輩の後ろ姿の横には長い髪の女の人が傘をさして立っていた。


 先輩の姿がだんだん小さくなって、やっとわかった。


 ――先輩が待っていた人は、私ではなかった。


 そんなこと最初からわかってた。あの日と同じ雨、同じ鼓動、何も違わなかったんだ。 私は持っていた傘も差すことができずに、桜の木の下で泣き崩れた。

 空からは雨がさらに激しく降り、私の悲しみの声や涙を隠してくれた。



 涙と雨が混じって悲しみが紛れていくような気がしたのに、気がつくと頬を伝う雫は涙だけだった。だけど周りには、さっきより少しだけ勢いの弱まった雨は今も降り続いている。


 上を見上げると、空色の傘が私を包んでいた。そして、その先には男の子がひとり立っていて、彼はびしょ濡れになりながら私に傘を差してくれていた。


「ごめん、放っておけなくて」


 ごめん、と言われるのが申し訳なくて私は立ち上がって自分の傘を差した。

 立ち上がって彼をよく見ると隣のクラスの男子だった。


「ずっと見てたんだ。君が先輩に告白しようとここで待ってたあの日も、今日の教室から走っていく姿も見てた。それで、追いかけてきた」


言葉が出なかった。驚いたというよりも恥ずかしくて彼を直視できなくなった。


「告白しようとしていたあの日より前から、君が先輩のことが好きなのは知ってたんだ。ずっと、あの先輩は評判もよくないからやめた方がいいって言おうと思ってたんだけど、あんまり一途だからなかなか言い出せなかった」


 彼の傘が地面に落ちた瞬間、彼の冷たく冷え切った体が私を包んだ。


「あの日、・・・この桜の木の下で君がいつまでも待ち続けてるのを見たとき、君が待ってるのが僕だったらって思ってたんだ」


 雨が少しずつやんできて、雨の音にかき消されることなく彼の言葉は、はっきりと聞こえた。


「ずっと、好きだった」


 いつの間にか彼の傘の色に染まった空は雨の雫と一緒に太陽の光で輝いていた。  

ありがとうございました!

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