神は変態か高慢の二択
「シュウヤ・アマガミだな?」
「人違いです」
「いえ、合っています。その人で間違いありません」
おのれジェイキンス! タヌキ爺の犬が、あっさりと裏切りやがったな!
「……シュウヤ・アマガミ。君には今すぐ我々に同行してもらいたい」
「強制じゃないんですね? ならお断りします」
「……君に拒否権はない」
「あはははは、またまたご冗談を。ここをどこだと思っているんですか? 大陸の絶対中立機関である冒険者ギルドの真っ只中ですよ? あなた方が誰で、どれ程の権力を持っているのであっても、ギルドに所属している身である僕に対してそれを振るう事はできませんよ」
「ただし、相手が騎士団などの公的存在である場合は、必ずしもその限りではない。ギルド規則第29条補足条項より」
「……同行してもらおうか」
ジェイキンス、殺すぞオイ。
見てみろよ。あの騎士たち、明らかに剣呑なオーラを振りまいているじゃねえか。関わったら、絶対に碌でもない事になるに決まってんだろうが。
「ちなみに、冒険者が公的機関と揉め事を起こした際に、非が冒険者側にあると判明した場合、即座に冒険者の登録を抹消、並びに大陸全土のギルドに永久的に立ち入りができなくなります」
「……マジ滅びればいいのに」
騎士が俺に対して用があるという事は、背後に居るのは十中八九エレナだろう。ならば俺に対して冤罪が掛けられるとか、そんな事はまず無いと見て良い。
ただし、それが面倒事には繋がらないという保証にはならない。
しかしここで勧告を無視した場合に起こるであろう面倒事と、まだ可能性に過ぎない面倒事と、どちらがマシか……。
「……分かったよ」
まあ、普通に考えれば後者に決まってる。
そんなわけで案内(という名の連行)された先は、よりにもよって王城だった。
早くも選択を間違えたかと後悔する。これならば無視しておいた方が無難な展開になったかもしれない。
だが、今さら逃げ出そうにも、既に四方は騎士共に囲まれている。これでは移動中にはぐれたから仕方ないね作戦も実行できない。大人しく腹を括ることにする。
そうと決まってしまえば、せめて観光を満喫するまでだ。なにせ生の城だ。それも東洋式ではなく、西洋式。実物を見るのは初めてだ。
第一の感想としては、やはりまず先にデカイという印象が来る。
敷地そのものは、ラテリアにあった商人ギルドの建物よりもやや広いという程度のもの。だが、それと比べて王城の方が圧倒的に縦にもデカイ。加えて、その外観の威容さは、見ていて本来の大きさよりもさらに大きく見せられる。
外壁は無難な石造りだが、色の異なる石を用いて至るところに模様が施されている他、どうもこの国の象徴として扱われているらしいタケニグサを染めた上等な垂れ幕が下ろされている。
外観はそれだけで観光地としてやっていけそうなほどに見事なものだったが、一度敷地内に入って内側から観察すれば、その城が実用性を第一に考えて建てられたものであるというのがよく分かる。
パッと見ただけでも過剰なまでの作りだと思うその構造は、おそらくは『大侵攻』などの有事の際の最終防衛ラインとして備えられたのだろう。
そんな物々しい造りの外側とは打って変わって、内装は実に綺麗なものだった。
床に敷かれた絨毯や調度品、壁に掛けてある絵画などな芸術品。燭台の一つを取っても贅が凝らされており、総額が莫大なものになるであろうことは想像に難くなかった。
そんな品々の中で、気に入ったものを後程再現しようと外観を記憶しつつ、扉の前に衛兵が立っているという分かりやすい部屋へと連れて行かれる。
「失礼します。シュウヤ・アマガミを連れて来ました!」
「ご苦労」
中から聞こえてきたのは、紛れもなくエレナのもの。いざ室内に入ると、側に騎士を控えさせて優雅に紅茶を嗜むエレナの姿があった。
だが、その姿は普段のものとはまったく違った。
身を包むのは染み一つない純白のドレスで、両手には同色の長手袋。髪は一纏めに結われ、頭には純度の高い宝石をふんだんに使ったティアラを載せている。
普段の商人としてのエレナに慣れているせいか違和感を感じる姿ではあったが、それでも一目見た瞬間に惹き込まれかけた。
「……すまないが、しばらくの間この者と二人きりにしてもらえないか?」
カチャリとティーカップをソーサーに戻す無機質な音を響かせて、エレナが騎士たちに言う。言葉こそ疑問系だったが、不思議と有無を言わせないようななにかがあった。
だがちょっと待て。その台詞では面倒事を引き寄せるのは明白ではないか。
「お待ちください、エレナ様! このようなどこぞの馬の骨とも分からぬ者と二人きりになるなど、危険です!」
「そうです! そもそも、冒険者などという下賎な者を城内に招き入れるという事自体が、本来ならばあってはならない事です! その上姫様と二人になるなど、言語道断です!」
ほら見ろ、面倒な事になった。
つーか初対面の相手を下賎な者呼ばわりするとか、この騎士は何様のつもりだ?
ぶっ殺すぞ、選民思想に凝り固まった似非騎士が。
「―――つまり君たちは、この私の目が信じられないと言うのだな? この者を選び招いたこの私の目が、曇っていると、そう言いたいわけなのだな?」
「なっ、そう言いたいわけでは……」
「では、どのような意図で口にしたのだ? この国を、民を守るのに冒険者が大きく貢献しているのは知っているだろう。その冒険者を貶めるような発言を、誰が許可した?」
「そ、それは……」
あーあ、かわいそうに。下手に諫言なんかするから。
今のエレナは【王者の威厳Ⅲ】を発動している。ランクⅢであっても、この俺の腰を引かしたものだ。ましてやただの一介の騎士程度では、裸で悪竜の前に放り出されたに等しい思いをしているだろう。
ほんと、ざまぁ―――ゲフンゲフン、かわいそうに。
騎士がなにも答えられずに震えているのを見て、エレナはスキルを解除する。
「皆、私のレベルは知っているだろう。万が一、この者が私に対して悪意を持って襲い掛かろうとも、何の問題もない。三度は言わない。退室してくれ」
その言葉を受けて、やがて一人、二人と部屋から出ていく。もちろんその際に、エレナに対して一礼する事を忘れない。
一番最後に、エレナに睨まれていた騎士が―――なぜかその際に睨まれたが退室し、ようやく室内は俺とエレナの二人だけになる。
「………………」
「……あ、そういう事ね」
【静寂(サイレンス)】
扉の方を指差したり、顔の前に指を立てたりと色々なジェスチャーをしていたので、試しに【静寂(サイレンス)】を使ってみたが、どうやら正解だったらしい。
「すまない。無属性はどうにも使えなくてな」
そりゃ適性ねえからな、とは言えなかったので、適当に相槌を打つだけにしておく。
「まずは、勝手に呼び出してしまった非礼を詫びよう。すまなかった。どうしても外に出れない事情があったので、多目に見て欲しい。
その上で、本題に入らせてもらってもいいか?」
「ああ……」
本題。そう、本題だ。
俺がここで済ますべき用、そんなの決まってる。
「はいチーズ」
【空間画像保存(セーブ・シャッター)】を使う以外になにがある?
「おい、君は一体なにをして―――?」
「もう少し自然体でお願いします。それとティアラは取って頂けませんか? 耳が上手く写らないので。あっ、無理ですか。まあ構いません」
「何も言ってないだろう! それと何だ、その気持ち悪い敬語は!? 普段の不遜な君の口調はどこに消えた!?」
「あっ、そうそう、そんな感じです。そんな怒ったような表情も素敵です。はいチーズ。……もう一枚いきますね?」
「だから君は一体なにをしているんだ? さっきからなぜ、指で額縁を作って……って、まさか【空間画像保存(セーブ・シャッター)】か!?」
どうやら気付かれたようだ。この魔法はシャッター音がしない代わりに、指で保存対象を囲まなければいけないからな。その手の知識があるなら、分かって当然か。
だがそんなの関係ない。今の俺はハンターだ。対象を捕捉して、写す。連写する。激写する!
「【失墜する氷塊(アス・クォルレイト)】」
「メチャ痛い!?」
頭に氷塊を落とされ、目に火花が散った。
「本題に入らせてもらってもいいか?」
「どうぞ……」
ゴミを見るような目で蔑まれる。表情は至って普通なのに、目だけが如実に意思を主張してきていた。
これ以上は逆らってはいけない、そう本能が告げていた。
「……先日、イーリャ様から神託が下された」
イーリャ―――確か上級神の一柱で、エレナに加護を与えている《凍鉄神》の名前だったか。
「なんでも、君を『大侵攻』の防衛に参加させろという事らしい」
「……なんで?」
神が、俺を指名して『大侵攻』を防がせろと?
一体どういう意図を持ってして?
「そんなの、私が聞きたいぐらいだ。まさか本当に堕ち神なのではあるまいな?」
「まさか。そんな訳ないだろう」
自分から名乗った覚えはないからな。嘘は言っていない……筈。
「胡散臭いな。俺一人が防衛に参加したところで、大差無いだろうに」
「……いや、私はそうは思わない」
「前に言っていた、レベルを偽っている云々の話か? 悪いけど、それはあんたの勘違い―――」
「君は、失態を二つ、犯した」
俺の言葉を遮り、俺の眼を覗き込むようにして、エレナが一句ずつ区切りながらハッキリと言葉を述べていく。
「一つ目は、先日の戦闘の時だ。君は襲撃者を撃退する為に【傀儡の首輪】を切断したようだが、あれがどんな代物だか、理解していなかった。
あれは特殊な鉱石のみで作られる物だが、一度対象に嵌めてしまえば、嵌めた者以外では絶対に外す事はできない。当然ながら、破壊もだ。今までにあらゆる手法が試されたが、一度加工されたその鉱石には傷一つ付けることはできなかった」
続けて二本目の指を立てる。
「二つ目は帰る時だ。君は帰る際に時間を短縮する為と言って、転移魔法を使った。だがそれは、今にして思えば非常におかしい事だった。
ラテリア神聖国家の排他傾向は徹底している。外部から不審人物や大規模な勢力が流入してこないよう、大陸でも指折りの警備体制を常時敷いているだけでなく、転移魔法で国境を越えてくる者が出てこないよう、国境沿いには常に転移阻害の結界が張られている。これを破って転移できるという事は、相当な量の魔力を保有しているか、もしくは非常に高いレベルであるか、あるいはその両方であるという事の証左だ。ましてや、自分一人だけでなく荷物も抱えながらとなると、相当のものだ」
「………………」
ヤバイ。やばいなんてもんじゃないくらいにヤバイ。
何だその話は。過分にして初耳だぞ!?
「以上の点から踏まえて、君は自分のレベルを、最低でも半分程度に偽っていると私は見積もっている」
実際は半分どころか、十分の一に偽っているのだが、それを差し引いても鋭すぎだ。
だけど、鋭すぎる事が、必ずしも良好な結果を齎すとは限らない。
「世の中には、知らなくても良い事って言うのは、割とあるよな?」
「………………」
「例えば身内の醜態とか、身内の変質的な思考回路とか、あとは憧れの対象の負の部分とかさ。そういうのを知ると―――」
袖口からナイフを取り出して、切っ先を向ける。刃に光が反射し、鈍い硬質の輝きを放つ。
「知った事をなかった事にしたくなる」
「……それで私の心臓を一突き。あるいは喉を一掻き。どちらにしろ、それだけで君は私を殺せる訳だ。そして君なら、私を殺した後にこの場を脱し、悠々と国外に逃亡する事も容易だろうな」
俺が取り出したナイフを前に、目を逸らす事無く、むしろ自ら直視する。
その瞳に怯えの成分が宿っているのかどうかは、俺には分からなかった。分からなかったが、代わりに不敵な自信が宿っているのは見て取れた。
「……つまらない駆け引きはやめにしよう。時間の無駄だ。
仮の話、ここで私が騒いだり命乞いをしたり説得を試みたり、あるいは抵抗するような愚か者であるなら、君は迷わず私を殺しただろう。そういった者は、お世辞にも口が堅いとは言えないだろうからな。
だがその手の駆け引きが通用するのは、相手にその意図を理解されていない時だけだ。相手が駆け引きであるという事をを理解してしまえば、いくらでも表面上は取り繕える」
「……頭では敵わないね。わざわざこっちの意図を理解しているという事を伝えてくる、その小賢しさも含めて」
ナイフを下ろし、手元で半回転させて袖口に仕舞う。
「ついでに訂正しておくと、殺すつもりは毛頭なかったさ。ただ、軽い隷属状態になってもらうだけでね」
「……精神感応系の魔法も使えるのか。使い方次第では、冗談抜きで単身で国を滅ぼせるな」
喉が渇いたと紅茶を口に含むその動作は余裕そうであったが、一方でこめかみには薄っすらと汗が浮いていた辺り、先ほどのはブラフ半分であったという事か。
もっとも、残り半分は勝算あっての事だったのだろうが。
「まだるっこしいのは抜きだ。改めて君に頼みたい。防衛に参加してくれないか?」
「分からないな。何故今さらそんな事を頼む? 神託を受けたから……にしては、少し切実過ぎるよな?」
「……さっき、私は外に出れない事情があったと言ったな?」
「ああ、言ってたな」
それが理由で、わざわざ俺をここに連れてきたのだ。
「その事情と言うのは、君も予想はしていたと思うが『大侵攻』に関係するものだ。
これは明日には公表される事だが、数日以内に『大侵攻』が起こる。既に澱みの森の方ではモンスターの集結が確認されていて、早ければ今週末にも攻めて来るはずだ。
だが、これ自体は毎度の事だ。今回問題となるのは、おそらく今回の侵攻は、ほぼ確実に過去には無かったほどの大規模なものになるという予測が立っているという事だ。お陰で継承順位の低い私まで、呼び出されて缶詰にされる始末だ。こんな非常時に、商人の真似事をする余裕があるのかと、父上にも兄様にも怒られてな」
商人をやっていたのって、家族公認だったのか。家族もさぞかし、苦労をしている事だろう。
「その規模がどの程度っていうのは、どうやって予測しているんだ?」
「単純な集結しているモンスターの規模と、魔人がどの程度確認されているかだ。今回の場合で言えば、モンスターの集結規模は、まだ初日の段階で既に普段の3倍強に達している上に、遠目にだが古くから確認されている魔人が複数確認されている。この内で厄介なのは魔人の方で、個としての戦闘力はもちろん、数が多ければそれだけ多くのモンスターを率いられるからな」
「なるほどね……」
モンスターというのは、その殆どが同種族間における縦社会を形成している。力のある個体や、存在としての格が上の存在が同種族間において上位に立つ。
そんな中で魔人は、同種族間だけに限れば、例外を除いて最上位に位置する。
そもそも魔人とは何か? それは複数ある進化形態の一つであり、特殊な条件を満たさなければ進化することのできないクラスだ。
モンスターに限らず、ニューアースにおける種族の殆どが、一定の条件を満たす事で元の存在よりも上位の存在に進化することができる。例えばエルフならばハイエルフ、ヴァンパイアだったらエルダーヴァンパイア、竜なら龍といった具合にだ。
そんな中で本来の条件に加えて、別の条件―――確か摂取した魔力濃度が云々だったか、それを満たせば魔人となる事ができ、そしてさらにそこから進化することで、種族を問わない間で上位に位置する魔王に、その魔王がさらに特殊な条件を満たす事で魔神へと繋がっていく。
とにかく、その同種族間における最上位の存在である魔人が複数決起すれば、それに比例してその傘下であるモンスターも動くということだ。言うなれば、多国籍軍のようなものだ。
「その予測じゃ、今回は防ぎきれないってのか?」
「分からない。いや、それは嘘だ。おそらくという言葉が頭に付くが、今回を防ぎきることは可能だ。だがその次、その次に起こる『大侵攻』との間隔が短ければ、その次で何ヶ国かが滅びる可能性が高い。最悪、全滅もありうるそうだ」
「ちなみに前回『大侵攻』が起こったのは?」
「一ヶ月と半月前。終結したのは君と遭遇する四日前だな」
今さらだが、ここに放り込まれた当時、エレナ以外の誰とも遭遇しなかった事を思い出す。いくらなんでも人気が無さすぎだろうと思っていたが、そんな事情があったわけね。
「考えようによっちゃ、国家存亡の危機ってわけか」
それなら、エレナが頼み込んでくる理由にも納得はできる。
残る問題となるのは、やはり神託についてだろう。
「凍鉄神は国教か何かか?」
「このソリティアでは、国教など定めてはいない。イーリャ様は一応は王族である私が加護を受けた事で、今でこそ国内ではメジャーではあるが、私が生まれる前はエスト教と並んでマイナーな部類だった筈だ」
国教ではない―――言い換えれば、数多信仰されている神の一柱でしかないわけだ。
国民全員が自分の信者ならばともかく、そんな信仰入り乱れた国家の為に、わざわざ神が動く理由。考えられるのは一つしかない。
「それで、参加してくれるか?」
「……一日待ってくれ。つっても、安心しろ。多分参加せざる得なくなるから」
「っ……感謝する!」
深々と頭を下げられる。表には出していなかったが、相当に切羽詰っていたのだろう、その横顔には疲労の色が見て取れた。
さすがにここまで期待させれば、何もしないというのも後味が悪くなる。十中八九参加する事になるのだろうが、最悪適当な使役モンスターを召喚して蹂躙でもするとしよう。
……しかし、どこか疲れた笑顔というのも悪くないな。いや、むしろ良い。
【空間画像保存(セーブ・シャッター)】
「させるわけ無いだろう」
「喰らうわけ無いだろう」
体術スキルの補正すらない拳など、受け止めるのは容易い。
「君は、肖像権を知っているか?」
「安心しろ。ばら撒いたりするつもりはない」
「写す段階で既にアウトだ! 即刻削除したまえ!」
「だが断る!」
筋力値が300未満では、抑制されている俺の能力であっても、どうあがいても勝つことはできない。
その事を理解したのか、疲れた溜め息を吐き出す。
「……仕方ない。その代わり、きちんと働いてもらうぞ」
「手を抜くつもりは無い。一応借りも一つあるしな」
命をという訳ではないが、戦闘で助けられたのは事実だ。
「それで、用件はそれだけか?」
「ああ、それだけ……いや、もう一つあったな。さっきも少しだけ会話に出たが、ラテリアで襲撃を仕掛けてきた二人を覚えているか?」
「当たり前だろう」
たかだか十日前の事だ。忘れる訳がない。
「あれから取り調べなどを行って、ある程度だが正体について判明した」
「本当か?」
脳裏に浮かび上がる、二人の襲撃者の姿。
「……奴らは一体、何者だったんだ?」
あの時、男のほうは心臓を、少女に至っては頚椎を間違いなく断った。手応えからしても、間違いない。
だが結論から言えば、その後二人は生き延びた。戦闘後の治療があったとはいえ、人間ならば即死間違いない傷を受けて、治療が施されるまでの時間を生き延びたのだ。
その後一応は【分析Ex】で見てみたが、返って来たのは【認識阻害】が発動している時と比べてやや伏字が減った程度の情報だけだった。
「彼らは、端的に言えば混ぜ物だ」
「混ぜ物?」
「知らないか? なら合成魔獣は?」
「そっちは知ってるさ」
箱庭にも居たからな。
他のモンスターを吸収する事で姿や能力を自在に変質させる、ある意味では最強のモンスターだ。七百年くらい前に龍を吸収したキメラが出現して、一ヶ月間不眠不休で死闘を演じたのは記憶に新しい。
「混ぜ物はそれに近い。人間を素体に、モンスターの細胞を移植する。拒絶反応が起こらずに上手く適合すれば、モンスター並みの身体能力や耐久度を誇る人間の完成だ」
「いわゆる人体実験ってやつか」
「もちろん、その手の人体実験は大陸を通じて禁じられているがな。万が一発覚すれば、周辺国家による集中砲撃を受ける事になる」
裏返せば、バレなきゃ何の罪にも問われないという事か。脱税しかり、詐欺しかり、その手の違法行為はどこであっても尽きることはない。
「その混ぜ物を生み出したのが、他でもないラテリア神聖国家というわけだ。当然、差し向けてきたのもな」
「んなこと、ガキだって推測できる。その先を言えっての」
「せっかちだな君は。まあ私も人の事を言えた義理でもないが……問題となるのが、その素体の調達だ」
「大方奴隷とか、そこら辺の連中を攫ったとか、そんな感じだろ? そんな事に興味はない」
「だから落ち着いて聞いてくれ。君にも関係のある話だから。でなければわざわざこの場で話たりはしない。
隷属状態にあった為か、二人の記憶には穴が多数あった。その為全容は分かっていないが、それでも多くの事が判明した」
前置きはいいと、先を促す。そんな俺の態度に、エレナは苦笑する。
「まず簡単に予想できる事だが、生み出された混ぜ物は彼らだけではない。既に相当な数の混ぜ物が、ラテリアに存在しているらしい。正確な数は知らないがな。だが当然だが、混ぜ物を生み出すのは容易な事ではない。一体生み出すのに必要な素体数は、百とも二百とも言われている。そしてそこで問題となるのが―――」
「素体の調達だろ? 勿体ぶらずに、さっさと俺に関係のある話とやらを話してくれないか?」
「……素体として重宝するのが、拒絶反応の起きにくい、まだ未発達な段階にある子供と、そして強靭な肉体を持った者だ。そしてこれが、君に関係のある話だ。ここまで言えば分かるか?」
「まさか……」
頭に一つの結論が浮かび上がる。そういう事かよ、クソがっ!
「連続誘拐事件の被害者は、素体の調達のため。連続暴行事件は、強靭な肉体を持った者に冤罪を被せて模倣犯に仕立てあげるため。そういう事なんだな?」
「そうだ。子供はともかくも、強靭な肉体を持った者というのは、中々国内では調達し辛い。そういった者を成功率の低い実験の素体にすれば、結果的に自国の優秀な人材を失うことに繋がる。ならば他国で調達すれば良いと考えたわけだ。
適当な街でサクラを用意し、襲われたという状況を自演させる。そうして引っ掛かった者は、大抵は腕に覚えのある者だ。そうした者に罪を被せ、そして連行された拘留所の責任者なりに金を掴ませる事で、上手いこと奴隷に身を落とすよう選択させる。戦奴隷などは、腕に覚えがあれば、割りと早く解放されるからな。後はその奴隷を買い取れば、素体を手に入れられるという事だ。
一方で、自演でない実際の犯行も、彼らのような混ぜ物によって引き起こされている。虚実織り混ぜる事で事件の信憑性を作り出すと共に、隷属状態にある混ぜ物が、どれだけの距離が離れている中で、どれだけ精密に命令を実行できるかを確認する意図もあったようだ」
エレナの語った長い説明は、俺の出した結論とそう変わらなかった。だが改めて他人の口から聞かされると、腹の底からふつふつと湧き上がるものがある。
「……おい、大丈夫か?」
「なにがだ?」
「……気付いていないようだが、今の君は凄まじい表情を浮かべているぞ。義憤に駆られる気持ちは分かるが、平静さを失うのは余り感心しない」
言われて初めて、肩に力が入っていることに気付く。
ひとまず深呼吸をして肩の力を抜くが、腸が煮えくり返る思いはちっとも静まらない。だが多少の自制は利くようになった。
いっそ全てをぶっ壊してやろうかと思ったが、それで取り返しの付かない事になるのは俺もゴメンだ。今はまだ機を見る段階だと自分に言い聞かせる。
「呼ばれた用は、これで全部か?」
「ああ。わざわざ呼び出してすまなかったな」
「そう思うなら、騎士の教育ぐらいはちゃんとしておくんだな」
「それは本当にすまない。今日の返答は、どうやって受け取ればいい?」
「明日この部屋に手紙を送って知らせる」
「分かった」
【静寂(サイレンス)】を解除し、エレナが外で待機している騎士たちを室内に入るよう指示する。
「客人を城外まで、丁重に案内しろ」
「「「「はっ!」」」」
丁重にの部分を強調して命令を下し、その命を受けた騎士たちが声を揃えて応じる。もっとも、立派なのはその対応だけで、応答した騎士のうちの何人かはあからさまに俺に対して敵意を向けていた。
だが先ほどの話を聞いた直後では、その程度の敵意など、そよ風ほどにも感じない。そのお陰もあって、道中で俺から噛み付くこともなく、精々が吸い込んだ者を嘔吐させる遅効性の毒霧を散布する下級毒属性魔法の【嘔吐霧(ゼス・キ)】をこっそり発動させたぐらいで、無事に城から出ることができた。
躾のなっていない犬共に制裁を下した後、ギルドに直接戻る前に寄り道をする。目的地は凍鉄神を奉る教会だ。
無駄に金の掛かっているデカイ建物の裏手に回り、周囲に誰も居ない事を確認してから、【静寂(サイレンス)】の魔法を使った上で二階のステンドガラスを割って中に侵入。驚いた表情で俺の事を見ていたシスターに当て身を食らわせて昏倒させる。
扉から廊下に出て誰も居ない事を確認。部屋の扉を一枚ずつ開けて回り、室内に誰かが居た場合は昏倒させる。それを繰り返してこの階に俺以外に意識のある者が居なくなったのを確認した上で、一階に降りる。
「神はいつでも、あなた方の行いを見ていらっしゃいます」
「冷静に考えたら、ただのストーカーだよな」
礼拝堂で神父の文句にツッコミを入れつつ、神父を含めて礼拝堂に居た者全員に【強制睡眠(スリープ)】の魔法を掛けて眠らせる。
仕上げに礼拝堂にある扉全てに細工を施して、外側からは絶対に開けられないようにして準備完了。
「出て来い、凍鉄神イーリャ!」
入り口側から見て一番奥に置かれている、凍鉄神イーリャをイメージして造られたという巨大な女性の裸身の石像を睨み、声を張り上げる。
「十秒以内に出て来い! 出てこなかった場合は、この教会を潰す!」
『矮小な人間が、よう吼えるものじゃのう……』
頭上から降ってくる声。この奇妙な現象は、兄貴たちが俺に話しかけてくる時と同じものだった。
ただ兄貴たちのと違うのは、声に妙な威厳がある事だ。
『妾はただの人間ごときに構っていられる暇は、本来はないのじゃがな。貴様のその不遜な態度に免じて、特別に話くらいは聞いてやらん事もないぞ?』
「……言うじゃないか、被造物ごときが」
まだ言葉を交わして数秒だというのに、早くもこの高慢極まりない態度にはカチンと来た。
曲がりなりにも王族であるエレナですら、礼節はきちんと弁えていたというのに、こいつのこの態度は一体なんだ?
そっちがそのつもりなら、俺もそれ相応の態度で応じるまでだ。
「おい、俺の事をただの人間呼ばわりしている駄神。テメェに特別に俺の質問に答える権利をくれてやる。エレナに―――テメェの加護持ちに、俺に『大侵攻』の防衛に参加するよう神託を下したそうだが、一体どういうつもりだ? どうしてわざわざ、仲介者を用意するような真似をした」
『……妾が寛容な態度を見せていれば、図に乗りおって』
どうやら先ほどのあれは、凍鉄神様からすれば、寛容な態度だったらしい。俺にはとてもそうは思えなかったがな。これが見解の相違ってやつか。
『妾を敬いもせぬ貴様ごときに、何故妾が言葉を交わさねばならぬ。貴様はただ黙って、妾の神託を間接的に下された事に対して、感激しておればよいのじゃ』
「んな事は、俺の知った事じゃねえよ。そもそも、用があるなら仲介者を用意せずに、本人に対して言葉を直接伝えるのが礼儀ってもんだろうが」
『何故妾が、貴様のような矮小な存在に礼を見せなければ―――』
「まともな礼儀も持ち合わせてないくせに、矮小とかほざいてんじゃねえぞ被造物が! 大体、さっきから声だけで済ませてねえで、姿ぐらい見せてみろよ。それとも他人に姿を見せることはできないってか? このコミュ障が!」
「いい加減にしろ、人間……!」
今度は頭上からではなく、背後から肉声が返って来る。
その声は年寄りめいた言葉遣いから想像していたよりも、ずっと若々しい。なんにせよ、ようやく姿を現したかと振り向いて―――噎せた。
「たかが人間の分際で、この妾に対してなんという口を―――」
「ぶはっ、ぶはっははは、ぶへふはは……げふっ!」
「おい貴様、妾の話を」
「わ、妾、妾だってよ……そのナリで、妾とか……ぶふふっ!」
「な、なにがそんなにおかしいのじゃ!」
「どうみても、ガキじゃ、ねぇか……ガキが、語尾にじゃとか、妾とか……ぶはははははは!」
背後に立っていたのは、身長がようやく140代に達したという程度の子供。
透き通るような肌に加えて、水色の髪と瞳は、凍鉄神という名前を良く表しているが、それだけだ。その小さな体では、威厳もクソもあったものではない。
しかも服装は黒のゴシックロリータのドレス。誰がどう見ても、ただの裕福そうな子供だ。
「ひっ、ひひひっ……んで、と……凍鉄神様? 誰が矮小でしたっけ? 矮小って、確か丈が低く形の小さい事でしたよね? そのナリで、よく俺の事を矮小とか言えましたね? ひひゃっ、へははっ……げほっげほっ!」
「……小僧が、今すぐにその口を閉じろ!」
空気を凍らせるような、低くドスの利いた声で、凍鉄神が言う。
あわせて全身から地を這うように、白く濃密な煙が濛々と溢れ出し、途端に講堂内の気温が急激に下がる。周囲に並んでいた木製の長椅子は、煙が触れた途端に氷が張り付き始め、僅か数秒で氷の長椅子へと変わる。
「至高神の方々のお気に入りであるからと手出しを控えておれば、調子に乗りおって―――!」
なるほど、どうも態度がデカイと思ったら、向こうは俺の事を、ただ兄貴たちに目を掛けられただけの人間と思い込んでいたらしい。
それはさておき、煙は俺の足元にも到達し、俺の身体を足から順に徐々に凍らせ始めていた。
この煙は神位級氷属性魔法【絶対を凌駕する冷気(アス・リズトリオン)】によるもので、煙に触れた物を凍りつかせ、問答無用で即死させるという広範囲魔法である。
この魔法の利点は魔力が続く限り、煙はそれこそ地の果てまで際限なく広がり続け、完全に決まれば相手のHPや精神力に関係なく即死させられる点にあり、逆に欠点は精神力が高ければ完全に決まるまでいくらかの猶予が与えられる事と、ダメージその物は全か無か(対象を凍りつかせる過程自体にダメージは発生しない)のどちらかであるという事、そして余りにもレベル差がありすぎると効果を発揮しないという事だ。
当然俺にも通用しない。
「なっ……そんな馬鹿な! 妾の魔法が通じぬなど、そんな事があるはずが―――」
「目の前で起きた事が現実だ」
さて、記憶が正しければ凍鉄神イーリャは、メロナさんが造った神だ。ならばメロナさんに免じて、多少の手加減はしてやるべきだろう。
勿論ローブは脱ぐがな。
「メロナさんに感謝するんだな。あの人のお陰で、お前は折檻程度で済まされるんだからな」
「き、貴様……妾を創造して下さった偉大なる御方を、気安く呼ぶ―――」
「ラッセーラ!」
拳はさすがに可哀想なので、張り手で済ませてやる事にした。
側頭部を包むように手を当てて、思い切り押し流す。それだけで凍鉄神イーリャは教会の壁をぶち破り、さらに隣の建築物を貫通し、遥か向こうに吹っ飛んでいった。
「……うん、死んじゃいないだろ」
曲がりなりにも神だし。元人間である兄貴ですら、俺の拳を受けてもぴんぴんしていたし。
「兄貴ー、どうせ聞こえてるだろうから、返事はしなくていいよ。後であの神には、相応の酬いを与えといて」
オマケとして、兄貴に頼んでおく。
ああいう手合いは、きちんと自分よりも立場が上と認識している相手から怒られなければ懲りないからな。最悪、今後俺の命を狙って付き纏うなんていう展開もありうる。
なんにせよ、スッキリした。溜まっていたフラストレーションも全部上乗せしておいたから、今の俺の気分は爽快そのものだった。
「……あっ、結局肝心な事聞いてなかったや」
――――――――――――
「聖女様、ディンツィオです。姿を晦ました【ドブ攫い】について、行方が分かりましたので報告しに来ました」
「お入りなさい」
許可を得て、聖騎士が聖女の住まう部屋へと足を踏み入れる。
「報告を」
「はっ。送り込んだ【ドブ攫い】ですが、アラゴの街に到着したのは間違いありません。そしてその後、【ネーヴェル商人組合】の者と交戦したのも、【傀儡の首輪】から送られて来ていた情報により間違いはないようです」
「それは存じております。私が知りたいのは、その先です」
「失礼しました。その先については、これを見て頂いたほうが早いかと……」
ディンツィオが、懐から乾いた血の付いた二つの首輪を取り出す。
「それは―――」
「識別番号から、検体37号と検体897号の物であると判明しています」
二つの首輪は、それぞれ一部が鋭利な刃物で切除されて消えていたが、内側に刻まれた数字は辛うじて被害を免れていた。
「……星楼鉱で作られた首輪が、外的要因で破壊されたという事ですか」
「おそらくは。一体何者がどんな手段で行ったのかは、不明なままですが」
「【ドブ攫い】の屍骸はなかったのですか?」
「………………」
その言葉を聞いた途端に、聖騎士の表情に苦いものが走る。
「何故黙るのですか?」
「非常に報告しづらい事なのですが……」
唇を舐めて、何度か深呼吸をした後に、焦らすように言葉を続けた。
「どうやら、捕虜となったとの事です」
「捕虜……ですか」
聖女の表情に、驚きはない。ただ淡々と、事実を受け止めているといった表情だった。
「捕虜との事ですが、なにか情報が漏れる可能性は?」
「申し訳ありません。そこまでは分かっていません。首輪を嵌められた者が生きた状態で、外的要因で外されたケースがない為に、どうしても推測になってしまうとの―――」
「推測で構いません。話して下さい」
「……分かりました。責任者の話によりますと、記憶の欠落が生じる可能性はありますが、完全に抹消される可能性は限りなく皆無に近いとの事です」
「つまり、こちらの情報が漏れる可能性が高いという事ですね」
「はっ……」
室内に沈黙がしばしの間満ちる。その沈黙を破ったのは、やはり聖女の方だった。
「そういえば、そろそろシエート連合は、恒例の『アレ』が訪れる頃でしたね」
「ええ。既に同志たちによって、数日以内に始まるという報告が上がっています」
「なら、好都合ですね」
ニッコリと、見ていて微笑ましい笑顔を浮かべる。だが、その下に宿っているものが、必ずしも微笑ましいものとは限らなかった。
「ディンツィオ、指揮は貴方に任せます。お隣に少々警告をしに行って来てください。数は、そうですね……1万もあれば十分でしょうか?」
「はっ、承りました」
1万、並みの国家であっても掻き集めるのは困難な数を、聖女はあっさりと口にする。そして命じられた聖騎士もまた、当然のものとして答え、退室していく。
「ふ、ふふふ……」
耳を澄ませて部屋の外にも誰もいなくなった事を確認して、聖女は押さえ込んだ笑い声を漏らす。
「【ドブ攫い】を撃退し、あまつさえ【傀儡の首輪】を破壊する。一体どこのどなたがやったのでしょうか?」
予想は当然付いている。報告の上がっていた、国内に入ってきた【ネーヴェル商人組合】所属の二人組み。その内の護衛らしき男。
少なくとも外見と国外の要注意人物の目録との一致はなかったそうだが、仮にその男が行ったのだとして、一体その男は何者なのか。
ラテリア神聖国家の所有する【ドブ攫い】の中でも、送り込んだ二名はかなり出来の良い部類に入る検体だった。片やレベルは600の後半に差し掛かり、もう一名に至っては700を越えている。それを一人で、もう一人の商人が戦えたとしても、同数同士で戦って隷属状態にある相手を殺さずに捕らえる、そんな事が可能な者は、国内でも数えるほどしかいない。
「もしかしたら、ディンツィオよりも強いかもしれませんね」
自分が最も信頼の置く聖騎士の名を、どこか期待するように上げる。
そんなことはあり得る筈がないと思いつつも、一方でそうである事を望む。矛盾した自分の思いをむしろ楽しむように、クスクスと笑う。
「もし生き残るのでしたら、是非とも合いたいものです」
誰もいない室内で、聖女はただの少女のように、いつまでも楽しそうに笑っていた。
爺臭い口調のゴスロリ少女はジャスティス