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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
二章「グラヴァディカにて」
17/44

慢心は足元をすくう

17話目になります。丁寧な口調が書き辛いです。

しかし戦闘描写になると途端に筆が遅くなるのはどうしてでしょう?

 ラテリア神聖国家の首都である『聖都クラレンシア』。その中心部にあるのは王城ではなく、神聖国家の名の象徴である大聖堂である。

 各国の王城と比べても遜色がないどころか、遥かに上回る大きさと豪華さを兼ね備えたその建物の最上階。クラレンシアの全貌を見渡す事のできる高さを誇る塔の一室に、彼女はいた。


 全身を染み一つない真っ白の修道服で包んだ、淡い青色の髪をした少女。

 年の頃はまだ成人を前にしたというところ。だがいざ彼女の前に立てば、その落ち着いた神々しい雰囲気に呑まれ、彼女の年齢を正確に把握する事は困難だろう。


 両の眼は閉じられた状態で姿勢正しく椅子に腰掛けたその姿は、その美しいという言葉でもまだ足りないくらいの清楚な美貌も合わさり、それだけで一つの絵になる光景だった。

 だが残念な事に、その光景は瞬く間に破られる事になる。


「聖女様、私です。ディンツィオです!」

「……お入り下さい」


 慌しくノックされた扉に微かに眉をひそめ、しかしそれを声に出す事無く入室を許可する。


「失礼します!」


 扉を開けて入ってきたのは、銀色の甲冑と十字の描かれた赤いマントを身に纏った騎士。

 甲冑にもマントにも汚れ一つなく、その洗練された動作はまさに騎士を名乗るのに相応しいもの。装備の神聖さもさながら、兜から除く顔も若々しく端正な作りをしている。室内にいた聖女と呼ばれる少女に対して、さしずめこの騎士は聖騎士と言ったところか。


 その聖騎士は少女の前で膝を突き、頭を垂れる。主君に忠誠を誓う騎士の中でも、心から己の全てを主君のために投げ打てると確信した者だけが可能にする動作だった。


「報告いたします。つい先ほど、東のアラゴの街から【ソローリン商人組合】のギルドが壊滅したとの知らせがありました!」

「そうですか……」


 騎士の言葉に対して、少女の反応は落ち着いた―――言い換えれば素っ気無いものだった。


「あの……」

「何か?」

「いえ、それだけかと思いまして」


 騎士の発言に、少女は心から何を言っているのか理解できないとでもいう風に、首を傾げる。


「異教徒の者たちが被害を受けて、何か問題でもあるのですか?」

「ありません」


 僅かな間も置かずに即答する。その表情もまた、心からそう思っているという顔だった。


「ですが、この神聖なラテリアの領内で粗相(・・)をした者がいるのも事実。何らかの対処はする必要があると思われますが……」

「ああ、そういう事でしたか」


 合点がいったと、両手を合わせる。


「それでしたら問題ありません。犯行を行ったのはおそらく、お隣の【ネーヴェル商人組合】の者でしょうから」

「最近、我々の周辺(・・・・・)を嗅ぎ回っている奴らですか……?」

「ええ。これは今朝方届いた報告なのですが、その【ネーヴェル商人組合】の者が二人程、アラゴの街に入って来たそうです。ご存知でしたか?」

「いえ、初耳でした。そのような情報を既に耳にされていたとは、さすがです」


 騎士の賞賛を、少女は当然のものとして受け取る。高慢であるとか、そういった雰囲気は一切感じられない。全てが当たり前であるかのような、そんな態度だった。


「そしてその日の内に起こった事件。結び付けて考えるのが自然では?」

「おっしゃる通りです。という事は、既に手を打ってらしたのですか?」

「ええ。【ネーヴェル商人組合】の者がどのような意図を持って入国してきたのかは不明でしたが、大方不愉快な理由だと思いましたので、昼ごろには【ドブ攫い(・・・・)】を二匹(・・)、向かわせましたわ。いけなかったでしょうか?」

「滅相もありません! 聖女様のなさった事は当然です。むしろ、そのご慧眼を見習いたい程です!」


 なら良かったですと微笑む少女に、恐れながらと騎士は言葉を連ねる。


「しかし【ドブ攫い】を、それも二匹も向かわせるとは、些かやり過ぎでは?」

「果たして本当にそうでしょうか?」


 やんわりと否定する。


「この私の膝元(・・・・)で粗相をするような者です。それに、放っておけば私の大切な財産である信徒の方々に被害が及ぶかもしれない。そんな危険な者たちは、例えどれ程矮小な存在であっても、全力で刈り取らねばなりません。それが信徒の方々を守る、一番確実な手段なのですから」

「……私の考えが愚かでした」


 少女の言葉に、騎士はこれ以上ないという程の感激を表情に浮かべる。

 そんな騎士を、少女は優しく慈愛に満ちた声で励ます。


「よいのです。誰にも間違いはあります。大切なのは、それをきちんと見つめて直す事。主の意思に背かぬ限り、主はいつでも見守っておられます。

 それに、あまり自分を卑下する事はありません。貴方は私が選んだ、聖騎士長なのです。その聖騎士長が愚かだという事は、それを選んだ私もまた愚かだという事になります」

「そんな事はありえません!」

「でしたら、自分を卑下しないでください。貴方が愚かでない事は、この私が保証いたします」

「ありがとうございます!」


 涙を流しそうなほどに感極まった表情で頭を下げ、騎士は退室する。

 扉が閉まり、再び静寂が戻ってきた室内で、少女は椅子から立ち上がる。

 軽く体を伸ばした後に歩き出し、室内にある窓へと歩み寄り、全開にして下界を見下ろす。


「まったく、愚かな事です……」


 既に日は沈み、所々に灯る明かりだけでは全景を見渡す事などできない。それでも少女の目には、真昼のような光景が浮かび上がっていた。


「この光景も、この街も、この国も。そしてそこに属する全てのものも、皆この私のもの」


 小さな唇を割って出て来たのは、高慢というよりも不遜と言ったほうが的確な言葉。しかし本人の表情は、いたって真面目だった。


「その私の所有物に手を出すなど、考えるまでもなく愚かな事です。そんな愚か者にはきちんと教えて差し上げなければ……」


 微笑が浮かべられる。清楚で慈愛に満ちている、しかしどこか悪戯っ子のような無邪気さの感じられる笑みを。


「授業料は高くつきますけどもね」


 彼女の名はラテリア。神聖国家と同じ名を宿す、名実共に国の頂点に君臨する聖女である。



――――――――――――



 【分析Ex】を使い、二人を凝視する。だが返って来たのは、伏字によって埋め尽くされた情報のみ。

 初めて見る光景に一瞬戸惑うも、すぐに両者が身に纏っているローブに付与されている【認識阻害】というスキルによるものだと判明する。


「黒いローブ……?」


 そういえば、ソリティアで頻発していた連続暴行事件の犯人像は、共通して黒いローブを身に纏っていたんじゃなかったか?

 加えて【認識阻害】という付与スキル。犯人像がイマイチ判然としないという事件の特徴に対して、このスキルは打ってつけじゃないのか?


 いや、考えすぎか。第一ここはソリティアではない。俺の考えはあくまでこじ付けで、偶然と考えるのが自然だ。


「どの道、締め上げれば良いだけの事だしな」


 二人組みのステータスが見えない事など、さしたる問題にはならない。レベルは間違いなく俺の方が上だし、潜ってきた死線の数だってそうだ。

 俺とニューアースの住民とでは、根本的に経験が違うのだ。


 最初に仕掛けたのは勿論俺。

 二人組みのどちらかだったか、とにかく何かをしようとした素振りを見せた瞬間に【水面走り】を発動―――からの跳躍。相手の視界から消えてからの跳躍で、最初の獲物として長身の人物の背後に回る。

 そのまま殴って昏倒させようかと思ったが、横手から思わぬ奇襲に遭う。犯人は言うまでもなく、もう一人の小柄な人物だ。

 まるで最初から俺がそこに降り立つのが分かっていたかのように待機していたそいつは、俺の右脇腹に勢いの乗った掌底を放ってきた。


「っ……【臥震掌鍛】か!」


 打撃の瞬間に全身に浸透するように襲い掛かってくる衝撃。それは紛れもなく、俺も使う【臥震掌鍛】のスキルだった。

 本来ならばその全身に浸透する衝撃で相手の身動きを封じるという、こと対人戦や人型のモンスター相手には非常に使い勝手の良いスキルなのだが、生憎俺の動きを封じるにはステータス差がありすぎた。


「寝てろっ!」


 続く拳のラッシュを右腕だけで捌いておき、空いていた左手で、お返しとばかりに同じ【臥震掌鍛】を相手の腹部にお見舞いしてやる。当然攻撃直後の隙を突いた為、防御もできずに直撃する。

 小柄な体は俺の掌底を喰らって面白いように軽々と吹っ飛び、側の壁に激突―――して突き抜けていった。


「やっべぇ。やり過ぎたか」


 ようやく事態の推移に追いついた長身の人物の拳を回避しつつ、思わずやり過ぎたと後悔する。

 そして腕が引き戻される前に掴み、捻り上げながら技術もクソもない、力任せに背負い投げをかまして反対側の壁に叩き付ける。

 今度は壁に罅が入った程度で済み、長身の人物は一瞬だけ壁に貼り付けになり、そして重力にしたがって地面に落下する。


「……おいおい、タフだな」


 今ので終わったと思ったが、驚いた事に地面に衝突したそいつは、何事もなかったかのように立ち上がっていた。


「入り方が甘かったか? まあもう一発決めれば―――」

「【失墜する氷塊(アス・クォルレイト)】」


 頭上に1トン近い重さの氷塊が出現し、落下。立ち上がった側から、グシャッという生々しい音と共に再び地面に倒れる。


「……惨い」


 常人ならば間違いなく頭部が熟れたトマトの様になっているであろう一撃だ。激突の際に砕け散った氷塊の破片には、おそらく頭部を切ったのであろう、血が点々と付着していた。

 というか、氷塊が激突した瞬間に飛び散った血が、俺の右目に飛び込んできた。何の嫌がらせだ。


「殺す気で襲い掛かって来た者に対して、惨いも何もあったものでは―――」

「……これは、タフって言葉で片付けられるものなのか?」


 氷塊が激突した瞬間にフードが脱げて露出した、前の世界ではまずお目に掛かる事はなかった紫色の髪の頭部からは、血が止めなく流れていた。にも関わらず、その人物―――男は、一切の淀みなく立ち上がった。

 いや、その男だけではない。

 瓦礫を蹴って退かしながら、壁を突き破って飛んで行ったはずのもう一人が戻って来ていた。


 どちらも俺が喰らわせたダメージは、決して軽いものではないはずだ。いや、俺が同じものを喰らったとしても平然としていられる自身はあるが、この世界で俺は基準にはなりえないという事ぐらい、良く分かっている。

 そもそも、仮に堪える事ができたとしても、頭部から血を流しながらも呻き声の一つもあげないなんて事が、果たして可能なのか?


「……そういう事か」


 不審に思ってよくよく注視して見れば、フードが脱げた男の首には、ごつごつとした無骨なデザインの首輪が嵌められていた。

 その首輪を【分析Ex】で観察してみれば【傀儡の首輪】と出る。効果は名称を見ただけで、十分に予想できる。


 もしかしなくとも、精神を他者に乗っ取られている。その証拠になるかどうかは知らないが、現に男の目には一切の光が宿っていない。


「精神感応って、合法だったっけか?」

「……いや、この大陸に限らず、他の大陸でも精神感応魔法は条約で禁じられているはずだ」


 そこら辺は、前の世界と変わらないと。

 しかしそうなると、今回の件はますますきな臭くなってくる。


「つーことは、こっちもか!」


 先に飛び出してきた小柄な奴の跳び蹴りを、再び右腕で弾き、左手でフードを剥ぎに掛かる。

 目論見はあっさりと成功し、現れたのは俺の(元の)年齢よりも下ぐらいな少女の顔。


 女は殴れない―――なんて事はなく、むしろ反射で五割り増しぐらいの力で殴ってしまう。


「やっべ!」

「そういう君も容赦ないな……」


 拳は見事顔面を捉え、今度は反対側の、先ほど男が亀裂を入れた壁を突き破って再び見えなくなる。


「【氷墓の石像(アス・フィビュラント)】」


 残るもう一人の男も、エレナの上級氷属性魔法によって下半身を地面ごと凍らされ、一切の身動きが取れなくなる。

 本来は全身を凍らせて氷像を作るという魔法なのだが、あえて下半身だけの留めたのは、殺さずに情報を得る為か。


 まあ今はそんな事はどうでも良い。むしろ重要なのは、殴り飛ばしてしまった少女のほうだ。

 殴った時に何かを砕くような感触が返って来たので一瞬焦るが、姿が消えたのは僅か数秒の間の事で、即座に少女は壁を越えて戻ってくる。

 そしてその表情も目も、やはり死んだように生気がない。首にはちゃんと、白い無骨な首輪。


 二度も自分の体で壁を突き破る羽目になったのだから、少しは堪えてもよさそうなものだが、やはり少女の表情にも変化はない。


「======」


 睨み合っていると、下半身を氷漬けにされた男が、なにやら口を動かし始める。

 耳を澄ませて聞いてみれば、それ自体は聞いた事がない、しかしなんなのかは俺自身よく知っている内容のものだった。

 即ち、本来魔法を発動するのに要する呪文の詠唱だ。


「させるか!」


 詠唱自体は俺の知らないもの。つまりは、俺の知らない魔法である可能性が高い。

 どんな効果の魔法が来るのか分からない以上、迂闊に発動させるよりも先手を取って封じてしまった方がいい。


「っ、しまった―――!」


 真っ直ぐに男の下に向かう途中にいる少女。そいつも当然俺の事を妨害してくるだろうと予測していたのだが、俺が男の下に向かい始めると同時に身を翻し、真っ直ぐにエレナの下へと向かう。

 考えてみれば合理的だ。この二人のターゲットはあくまでエレナであって、俺ではないのだから。


「こんの―――!」


 すかさずナイフを取り出して投擲。ナイフはちょうど少女の肩口を捉え、少女は回避どころか反応もできずにモロに喰らう。

 そしてそのまま、ナイフが刺さっても気にする素振りも見せずにエレナへと向かう足を止めなかった。


「馬鹿か俺は!」


 精神を乗っ取られた状態というのが経験がないためどうしても推測になってしまうが、それでも痛覚を感じていない、もしくは意に介していないという事の予測ぐらいは、容易に立てられたはずだ。

 そして事実そうであった以上、ナイフでの牽制など無意味だ。いくら当てようとも相手は止まることなく、止めるには命を刈るしかない。


「クソが!」


 一瞬ぼさついている間に、エレナと刺客の間の距離は大幅に縮まっていた。もう接触するのに一秒掛からないという距離。

 いくら俺が規格外のステータスを持っているとは言えども、今の立ち位置からエレナと刺客との間に入り込むのは不可能だ。入り込むには、距離を詰める時間が足りなさ過ぎた。元々はあったものを、俺の間抜けな判断で無にしてしまった。

 そうなれば、打つ手は限られてくる。


 【瞬間転移(テレポート)】


「調子に、乗んな!」


 エレナと刺客の少女との間に転移し、腕を交差させて正拳を受け止める。変わりに俺はがら空きの胴体に【踏襲脚】を噛ましてやる。

 蹴りが入った瞬間もやはり呻き声一つなく、ゴムボールのように弾みながら吹っ飛ばされる。まるでマリオネットを相手にしているような気分だ。


「護衛任務の基本は、護衛対象から離れるなだ」

「そりゃ、参考にな……る―――!?」


 急に立ち眩みに襲われ、状態が揺らぐ。そして直後に立て続けに襲い掛かってくる、強烈な頭痛と倦怠感。


「あ、なん……ごれ……」


 なんだよこれと言おうとして、声が上手く出ない。喉につっかえができた様な違和感があり、同時に喉奥からせり上がってくる感覚。


「うぐぇ、ゴホッ、ガハッ!!」


 口から自分でも信じられない量の血塊を吐き出す。咳き込むたびに肺が痛み、倦怠感と頭痛も相まって、立ち続ける事ができずに自分が吐き出した血溜まりに膝を突いてしまう。


「おい! 一体どうした!?」


 手を貸そうとしてくるエレナを制し、俺に触れないよう手で指示する。


 最初に疑ったのは毒だ。そして本当に毒ならば、接触感染する可能性もある。事実、俺自身もそういった毒は何種類か扱える。

 だが一方で、その可能性は薄いとも推測する。俺は【毒無効】のスキルを持っている。このスキルがある限り、どんな毒であろうと俺に害を及ぼすことはないからだ。


 実際に自分の体をスキャンしてみるが、状態異常に掛かった様子はない。だが現在もなお襲ってきている複数の苦痛は、俺の体を蝕んでいた。


 そうこう考えている間にも、今度は心臓にも異変が生じる。

 徐々に心拍数が上がっていき、今では当初の倍以上の鼓動を刻むと共に、信じられないほどの激痛を左胸から発していた。

 新たな異変は心臓だけではない。右目にも同じような激痛が走り、右の視界がブラックアウトする。どういう原理か、失明したようだった。


 触って確かめてみるが、眼球自体はあるし、損傷も確認できない。そうなると、神経を断たれたのか。


「しづ、げえ、な……!」


 俺が膝を突いたのを好機と見たのか、【踏襲脚】を叩き込んだはずの少女が再び襲い掛かってくる。

 今回もやはり無手。おそらく体術スキルを保有しているのだろう。【臥震掌鍛】が使える事から最低でもDランクのはずだが、端から見ても見事なその攻撃は、CやBであっても驚かない。


 拳と蹴りを織り交ぜた体術のラッシュを捌いている最中に、今度は腕に新たな異変が襲い掛かってくる。

 最初に症状が襲ったのは、右の腕。といっても、今度は苦痛を伴った訳ではない。

 ただ、唐突に腕が重くなったのだ。


 既に生じている倦怠感から来る全身の重さではなく、右腕だけが明確に、急激に重くなったのだ。続いて、左腕も同じように重くなる。だがこちらは、右腕と比べれば幾分かマシだった。


「……ごん、の!」


 【大河の砲撃(アクアカノン)】


 上手く声が出せないので、無詠唱で発動させた水の波濤で、少女と何度目かになる強制的に距離をとる。

 激流に追いやられている間に、右腕を【分析Ex】で観察する。


「ごれ……魔法、が?」


 中級重力属性魔法の【質量の枷(グルゲスタ)】とでる。効果は直に触れた物の質量を増大させる。

 これで少なくとも、両腕の重みの原因は判明した。基本的に少女の攻撃は一番は右腕で、次いで左腕で弾いたりいなしていた為、ここに来て魔法が発動して急激に重くなったのだ。


「こほっ……」

「―――!?」


 背後で突然咳き込んだエレナに、まさかと思い振り向けば、最悪の予測通りの光景が広がっていた。

 口元を押さえるエレナの両手の隙間からは、俺と同じように赤い血塊が零れ落ちている。同時にエレナの顔色は急速に青、そして白へと変化していき、両膝を突く。


「まさか―――!」


 両腕の重みが少女の仕業であるのなら、この原因不明の異常はもう一人の可能性が高いのではと思い、紫頭の男の方を見る。

 戻ってきた情報は、男の周囲の空間に漂う紫色の霧。【分析Ex】だけで視認できるその霧は上級疫病属性魔法【胸腔蝕む疫霧(トルフェイラ)】と出る。


 重力属性に、疫病属性。どちらも基本十四属性に分類されない特殊属性であり、そして俺が知らない属性だった。


 面倒なのは、疫病属性の方だ。こちらはどうやら魔法によって病を強制的に発症させるえげつない魔法のようだが、毒無効で無効化できないどころか、そもそもあくまで病気の発症は本人の異常であるからか、状態異常として認識されない。これでは仮に俺が【状態異常無効化】を持っていたとしても、防ぐことはできなかっただろう。

 レベル差がある時に状態異常を駆使して戦うのは当たり前だが、ここまで徹底しているのも珍しい。

 重力属性も厄介ではあるが、あくまで重さを増やすだけだ。体さえ動けば、相手に触れられることなく回避に徹することで容易く完封できるはずだった。


(今の体調じゃ、それもきついか……)


 また咳き込む。咳き込むたびに痛みが増大し、血塊を吐き出す。血塊を吐き出すたびに喉に血が詰まり、咳き込むことになる。悪循環だった。


 一通り血を吐き出して顔を上げたところで、乾いた硬質の音が響く。


 【氷墓の石像(アス・フィビュラント)】は余程の事がない限り、その氷は砕けることはない。しかしその代わりに、その氷を維持するには永続的に魔力を供給し続けなければいけない。

 しかし今のエレナは俺とほぼ同じ症状に襲われ、魔力の供給すら覚束ない状態だったのだろう。紫頭の男は、自分を縛る戒めから脱出していた。


「ぐっ、おぉ―――!」


 唐突に体が引っ張られる感覚に襲われ、そして実際に抵抗虚しく前方へと引きずられていく。いや、俺だけではない。紫頭の男もまた、俺と同じように自分の前方側に引っ張られていた。


 中級重力属性魔法【引き寄せる重力場(グル・フォール)】という最大で1分間、一定範囲内の物体全てを無条件で一箇所に引き寄せるという効果を持つ魔法らしかった。

 偶然か意図的か、ギリギリで範囲外にいたらしいエレナは引き寄せられる事はなかったが、俺はこのまま行けば敵である紫頭と接触する羽目になる。だが力ずくで重力の戒めから逃れようとしても、体にまるで力が入らない。


 ならばと、接触する瞬間に合わせてできる限りの全力のアッパーをお見舞いしてやる事にする。そしてそれは、紫頭が俺の体に触れたギリギリのタイミングで成功する。

 だが全力でやったのにも関わらず、精々が顎を打ち抜く程度の威力。顎から不穏な音が聞こえて血が撒き散らされるまでは良かったが、ダメージは然程のものでもない。いや、むしろ被害があったのは、俺の拳の方だった。


「痛ぅ……」


 響いたのは顎を砕く音ではなく、拳が砕ける音。余りの異常事態に拳を見てみると、拳に限らず俺の全身には最上級疫病属性魔法【骨格塵化浸食(ルレデフェン)】と表示されていた。効果は言わずもなが、全身の骨をスカスカにするという非常に嫌らしいもの。


「======」


 聞き慣れない、澄んだ声で響き渡る詠唱。聞きなれないのは俺にその属性の適性がないためだろうが、それでも俺にとって愉快ならざる事が起ころうとしているという予測は付く。

 かなり短い詠唱が終わり、少女が腕を振るう。腕に宿っていたのは上級重力属性魔法【重力斬(ガテーラ)】。重力を斬撃として飛ばす魔法で、付属効果は耐久力精神力無視って、そんなのアリか!? しかも仲間も無視か!


 直撃したらやばいと、とにかく重力の網から逃れようと、筋力のパラメータに物を言わせてその場から全力で退避。その際に足首の骨が不穏な軋みを上げたが、考えると怖いから今は無視!

 一瞬遅れて放たれた重力の斬撃は、道中の紫頭の腕を掠めて出血させ、俺の頭上数センチを飛び過ぎて髪の毛を数本引き寄せて引っこ抜き、向こう側の建物に激突。あっという間に倒壊させた。とんでもない威力だった。


 ようやく俺は自覚する。この二人は、俺を殺しかねない存在であると。むしろ遅すぎたぐらいだ。


 少女の重力は、俺の高パラメータを無視してダメージを与えてくる。万が一頭部にでも当たれば、残りのHPに関わらず一撃死は確定だ。

 対する紫頭も、破壊力と言う点では少女に大幅に見劣りするが、相手の動きを封じるという事に関してはスペシャリストだろう。一見すれば怪我を負っているようにも見えるが、注意深く観察してみれば、その流れている血にもまた上級疫病属性魔法【神経侵犯(ヴェトル)】という魔法が宿っていた。

 俺の右眼の視界を奪ったのも、おそらくはこの魔法だろう。紫頭の頭部に氷塊を落とした際に飛び散った血が目に入り込み、そして視神経をどうにかして視界を奪ったのだ。つまりは、血を浴びればそれだけでアウトだ。


 二人の相性は客観的に見れば、相当良いという部類に入るだろう。もちろん、相対する俺からすれば最悪な事実だ。


 既に俺は全身を疫病に犯され、右目の視界を奪われ、さらには骨の強度まで大幅に低下している。HPこそ9割以上をキープしているが、一撃死の手段を持った少女相手には対して意味はない。

 エレナも俺ほどではないが疫病に犯され、既に【氷墓の石像(アス・フィビュラント)】のような魔法の発動が不可能になっている。実質的な戦力外だ。 


 ……あれ、これ詰んでね?




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