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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
二章「グラヴァディカにて」
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やつらはどこにでもいる

すいません、今回は短いです。

 突然だが、生活環境がそれまでのものと比べて急激に悪化した場合、耐えられる人はいるだろうか?

 俺はそうはいないと思う。なぜなら、今の俺がそうだから。


 思い返せば、箱庭生活は良かった。俺以外に人間がいないとはいえ、徹底的に快適さを追求した結果、前の世界と比べるのもおこがましい程の生活水準を手に入れていた。

 完全防音と安全の保障された寝床。疲れた体を優しく、それでいて決して柔らか過ぎない完璧な反発度で包んでくれるベッド。寒い時は外気を完全に遮断してくれる羽毛布団に、暑い時はちょっとした清涼感を与えてくれる毛布。枕は当然最高級の物で、聖母の膝枕を道具で再現した代物。

 室内に置かれた家具は見た目からして高級感が漂い、なぜ貴族が見栄に力を注ぐのかを実感させられるほどのクオリティ。おまけに、実用性も抜群だった。

 食事に関しても、食材の調達からして自分から行うため、手間隙が掛かれど達成感があった。もちろん、味に関してもスキルの補正を受けるため完璧だ。それだけじゃなく、食材からして最高級という枠組みには収まらない程の物。肉一つ、野菜一つをとっても、ニューアースでは目玉が飛び出るほどの金額が付くであろうことは想像に難くない。


 なにもかもが完璧―――とまでは言わないが、超を3つ付けても足りないくらいの高水準な環境。それが俺の箱庭で努力の末に手に入れた生活スタイルだった。


 だが、今はどうだ?


 劣悪な労働環境(誇張)。低い賃金(誇張)。お世辞にも快適とは言えない宿の部屋(大分誇張)。

 一つの仕事をこなした程度では、一日の宿代すら貯まらない。複数の仕事を同時にこなし、一日あくせくと働いてようやく一日の宿代が貯まる。

 それだけの苦労をしたのにも関わらず、宿で出される食事は多くない。味はそれなりだが、腹を膨らませるには余分にお金を払って注文する必要がある。

 ベッドは硬く、隙間風が入り込み、音を遮断するつもりのない壁の向こう側からは酔っ払いどもの馬鹿騒ぎがひっきりなしに響いている。【聴覚遮断】がなければ、酔っ払い共を全員撫で斬りにしているところだった。


 泊まっている宿の名前は『白樹の宿』。通称白樹。王都の中でも指折りの高級宿であり、大陸中に支店を出している宿である。

 しかし、高級といってもいくつかランク分けがある。俺が泊まっているのは、その中でも最底辺の『根の部屋』だ。そして順に『幹の部屋』『枝の部屋』『高枝の部屋』『若葉の部屋』と続いていく。

 気になる一泊の料金は、定価で金貨1枚。銀貨にして100枚。銅貨にして10000枚。それを稼ぐのがどれだけ大変な事か。


 まだランクが低いために、冒険者として受けられる依頼は限られている。そんな中で俺が受けているのは、年がら年中募集を掛けているという土木工系の雑事系依頼だ。

 依頼を受けている理由は、それが最も賃金が高いからだ。基本手当てに加えて働きに応じて追加報酬もあるこの依頼は、俺にとってはかなり都合が良い。

 なにせスキルに物を言わせて、他人とは圧倒的に差のある作業効率で何十人分もの仕事を一日にこなせる。


 日当は銀貨1枚。だが俺なら、1日に60~70枚も稼げる。そして残りを、他の依頼をこなして稼ぐという寸法だ。

 プラスマイナスゼロ。恐ろしく効率が悪いように見えるだろう。

 だが、それも今のうちだけだ。

 このまま依頼をこなしていけば、遠くない先ランクは上がるだろう。そうすれば更に効率よく稼げるし、それだけでなく、ランクが高ければ高額な素材を売っ払っても不自然じゃない。完璧なプランだ。


 そしてそのプランを実現させるためにも、俺は今を堪え忍ぶ。


 それが例え、家に被害を一切出さずに、黒く光るGの称号を持つ奴らの群れを全滅させる事であっても。


「………………」


 うん、いやね、無理だわ。

 報酬が金貨10枚で、儲けものだと思っていたさっきまでの自分をぶん殴ってやりたい。


 まず、足の踏み場がないどころの話じゃない。

 依頼の詳細に従って案内された家は、一般的な一軒やといった印象。唯一の変わったところは、外見がいやに真っ黒だった事だ。

 まあ大方の予想を裏切らず、その真っ黒な色は壁や屋根を埋め尽くすG共の色だったんだけど。

 それもただのGではない。一匹の大きさが30センチから最大で1メートルもある。


 もうね、ステータスとかスキルとか関係無しに無理。

 【分析Ex】を使うまでもなく、俺の方が圧倒的に強いと分かる。だがそれでも、生理的嫌悪はどうしようもない。

 これならアンデッド共のほうが遥かにマシだ。あれはただ臭いだけだから。


 当然だが、建物内もG共で埋め尽くされている。もはや建物がGで作られていると言っても過言ではない。

 どうしてこんなになるまで放っておいた! これを一体どうしろと!?


「兄貴ィ! バ○サンを、煙でGを殺す専念の歴史を持つベストセラー商品を!」

『くっはははははははっ!』


 天に向かって叫ぶと、久しぶりに返答が返って来た。笑い声だけが。


『自分でやるんだな。まじウケる!』

「死ね駄神(だしん)!」


 もう兄貴には一切頼らない! 箱庭でも散々決意していた気がするが、ここで改めて決意しておく!


 とりあえず建物を埋め尽くすGを【分析Ex】で確認すると【ジャイアントコローチ】と出る。まんまである。

 レベルはまちまちだがどうやら大きさに比例するらしく、30センチほどの奴で5、1メートルほどの奴で10と言ったところ。取り立ててスキルを保有している訳でもない、ゴブリンやスライムを下回る雑魚だ。

 だがそれが分かっても、どうにかしようという気は起きない。それどころか、帰りたいという重いばかりが募る。直視する事すら堪えられそうにない。

 しかし失敗は許されない。ならばどうすればいいか?


 簡単だ。俺以外の奴にやらせればいい。


 ――下位種族召喚【ハートマン・スパイダー】


 召喚したのは、体長が3メートル程の大蜘蛛、それが三匹。

 しかし、こいつらはただの大蜘蛛ではない。レベルこそ200だが、昆虫系のモンスターを相手に確率で発動し、レベルを無視して相手を問答無用で殺す【蟲食い】というスキルを保有している。

 女王蜘蛛さえ支配下に置いてしまえば、生まれてくる子蜘蛛共は自動的に俺の支配下に入るため、箱庭では昆虫系のモンスターが多発するエリアでは軍団規模で召喚して尖兵としていたモンスターである。


「さあ、やれ! 忌まわしきG共を蹂躙するがいい!」

「「「ギギギ……!」」」


 ハートマン・スパイダーたちが一斉に走り出す。

 手近なGに跳びつき、前足の内の二本を巧みに動かしてGを団子状に丸めて、掃除機のように口腔の中に吸い込む。

 吸い込んだ後は即座に次のターゲットに飛びかかり、貪欲にGを喰らっていく。一匹丸呑みするのに、二秒掛かっていない。


 次から次へとG共を吸い込んで行き、あるべき建物の姿を取り戻していくその姿はまさに仕事人と呼ぶのに相応しい。

 急速に数を減らしていくG共は、ハートマン・スパイダーたちが召喚されてから三時間が経過した頃には全滅していた。


「ご苦労」

「「「ギギ!」」」


 足を器用に動かして敬礼の仕草をした後、ハートマン・スパイダーたちは日凪に撤退して行った。


 さらに一時間後、事実確認を終えたギルドの職員によって、驚愕の表情で迎え入れられる。


「……正直、驚きました。絶対に無理だと思っていたのですが」


 当初のような営業スマイルを他所に置いて、ルーレアさんが真剣な表情で問い掛けて来る。

 基本的に冒険者ギルドを利用するようになってからは、もっぱらルーレアさんと勝負を繰り広げていている為、ルーレアさんも俺の能力が卓越している事は十二分に理解している。しかしその認識を持ってしても、俺のやった事は驚きだったようだ。


「例えば、毒などを散布して殺したのならまだ分かりますが、現場には死骸の一つも転がっていませんでした。一体あれほどの数を、死骸一つ残さずに処理するなど、どうやったのですか?」

「企業秘密」

「………………」

「………………」


 ルーレアさんは好奇心を、職業魂で押さえ込んだ。見事だ、敬意を表する。


「……こちらがクエストの成功報酬です」


 金貨が10枚入った小さな袋を渡される。中身は検めるまでもない。ルーレアさんを含め、ギルドの職員が報酬を誤魔化したりする事はないと、このしばらくの間で俺は理解しているからだ。


「そして、おめでとうございます。アマガミ様の働きはF1ランクに相当するとの昇格の知らせが届いています。たった今をもって、アマガミ様はF1ランクとなります」


 よし、よし。順調なペースだ。これなら遠くない先にEランクやDランクにも到達できるだろう。

 そうすれば報酬もアップしていき、ゆくゆくは箱庭と同等の水準の生活も取り戻せる。


「それと……アマガミ様に指名依頼が一件入っています」


 決意を新たにしたところで水を差されも、すぐに意識を切り替える。


 指名以来と言うのはその名のとおり、冒険者ギルドを通して特定個人を指名して依頼をする事を言う。

 ギルドを仲介しているとはいえ、ギルドに対して依頼しているわけではなく、あくまで冒険者個人に対して依頼している為、冒険者ギルドに対するポイントは貯まらない反面、ランクに捉われない報酬の依頼を受けられるという利点がある。


 一体誰からと考えるまでもなく、一人しかいないだろう。正確には、一グループだろうが。


「依頼主は【ネーヴェル商人組合】で、依頼内容は組合員の道中の護衛。報酬は日当で金貨1枚で、道中に敵が現れた場合、それを撃退する事で特別手当が付くそうです。詳しくは、直接【ネーヴェル商人組合】に足を運んでからとの事です」


 【ネーヴェル商人組合】―――エレナが所属する商人ギルドの名前だ。

 道中の護衛はおそらくは方便。真の目的は、十中八九目的地にあるはずだ。


 この時の俺は、考えもしなかった。

 この依頼が、苦難に満ち満ちたものとなる可能性を。


 そして実際、そうなる事もなかった。



 モンスター図鑑


・ジャイアントコローチ

 昆虫系モンスター

 モンスターの中では食物連鎖の最底辺に位置する存在。平均レベルは7であり、ニューアースでは子供が熱湯を浴びせたり初級の火属性魔法で炙ったりしていじめ殺す事でレベル上げの肥やしとなるのが日常風景。

 実は食用になる。だが食べるものは殆どいない。

 稀に限定範囲内で異常繁殖しコロニーを作り出す。その範囲内に人工物があった場合、目も当てられない事になる。


・ハートマン・スパイダー

 昆虫系モンスター。蜘蛛は昆虫ではないというツッコミはいらない。

 昆虫系モンスターに対して圧倒的優位に立てる【蟲食い】というスキルを有している。

 女王を頂点に置く縦社会を形成するが、女王が何者かに屈服した場合、その女王が屈服した存在を頂点にした縦社会へと切り替わる、長いものには巻かれろ主義。

 極めて繁殖力が高く、一匹の女王がいれば、一ヵ月後には万単位の軍団を作り出す。

 階級に当てはめるならもちろん二等兵。断じて軍曹ではない。断じて。

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