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神々に見守られし男  作者: 宇井東吾
二章「グラヴァディカにて」
11/44

冤罪はいつの時代でも面倒な問題である

少し更新が遅れました。申し訳ありません。

「吐け! 貴様がやったんだろう!」

「だから誤解だって言ってんだろ! もう一回落ち着いて被害者の女に話を聞けよ!」

「その手には乗らんぞ。大人しく罪を認めれば、減刑を嘆願してもいいんだぞ!?」

「ああ、クソがっ! 全然話が通じねえ!」


 ソリティアに足を踏み入れたその日に冤罪で捕まり、拘留所に閉じ込められてから早二日。いい加減力ずくで脱獄してやろうかと思い始めている今日この頃。

 二日間俺を尋問しているのは、俺を捕らえた警備隊副隊長のおっさんである。他にも顔を合わせる者はいるが、最も頻繁に顔を合わせる相手がこのおっさんな訳であり、そしておっさんなだけありかなりむさい顔立ちをしている。ぶっちゃけ顔を合わせるのが苦痛ですらある。


 ただまあ、我慢しきれないというほどではない。二日間だけとはいえ、このおっさんの性格はそれなりに掴めているつもりだ。

 人の話を聞こうともしないのは問題だが、職務に対する熱意は本物だ。有体に言えば、正義漢と言ったところだろう。少なくとも、悪い奴じゃない。

 取調べの最中にも、定期的に休憩を取って俺に対してお茶を振る舞ってくれたりするし、きちんと(味はともかく)食事を与えてくれたりと、一応は容疑者であるはずの俺に対しても気遣いを払ってくれるのだ。先ほどの減刑云々も、俺の事を慮っての事であるのは間違いないだろう。


 それが分かっているからこそ、俺も力ずくでの脱獄を思い止まっている。もし脱獄してしまえば、このおっさんに責任が降り掛かるのは必死だ。そうなると、さすがの俺も後味が悪い。俺が悪くないのだとしても。


 ただ一方で、このままでは俺の冤罪が証明される可能性が低いという事も漠然と感じられた。

 これはおっさんから聞いた話なのだが、俺はここ最近ソリティアで頻発している連続暴行事件の筆頭容疑者なのだそうだ。そして同時に、連続誘拐犯にも仕立て上げられようとしているとの事。


 最近のソリティアでは、二つの事件が起きている。主に女性を中心に狙った連続暴行事件と、主に子供を中心に狙った連続誘拐事件である。


 前者の手口は単純で、黒いフードを被り顔が分からぬようにした人物が、女性に対して暴行を行うというもの。幸い死者は出ていないが、被害者の多数が傷心し、立ち直れずにいる者も多くいるのだとか。

 一方後者は、誘拐とは言っているものの、身代金の要求などは一切行われていない。ただ毎日のように、子供が一人無差別に行方不明となっており、それを誘拐と断定しているらしい。


 そんな事件が続いているところに、連続暴行事件の被害者らしき女の証言で容疑者となった俺の登場である。しかもおあつらえ向きに、黒いローブを着ている。そりゃ疑われて当然だろう。

 おまけに俺にとっては不都合なことに、頻発していた行方不明者も、俺が捕まってからぱったりと止んだとの事。そこで上層部は証拠こそないものの、俺を連続誘拐犯として処理したいらしい。頻発している事件に対して有効な捜査の進展がないことから非難が殺到していることも、その展開に一役買っている。


「だから、俺は先週まではこの大陸に居なかったんだっての! 誘拐も暴行も、しようがないだろ!」

「嘘を言うな! シュウヤ・アマガミだったか、そんな人物が渡来して来たという記録は残っていないぞ!」

「それは、俺が密航してきたから―――」

「ほう?」

「んあっ!?」


 馬鹿か俺は。なんでここに来て、さらに自分の首を絞めるかね?


「どうやら、叩けばまだまだ余罪が出てきそうだな……」

「ちょっ、タンマ! 今のナシ、ナシにしといて!」

「貴様……ふざけるのも大概に―――!」


 おっさんの激昂は、唐突に取調室に入って来た人物たちによって遮られる。


 入室してきたのは、見た目三十代と七十代ほどの二人の男。

 三十代の見た目の男は服の下からでもそうと分かる屈強な体を持っており、表情はニヤニヤとした生理的な不快感を覚えさせるようなもの。腰にはその大柄な体躯にはあまり似合っていない剣を下げている。

 そして白く色の抜けた少ない髪を短く刈り込んだ、皺のある顔や皮膚だけを見れば七十代ほどに見える老人は、もう一人の男と比べればどうしても見劣りしてしまうものの、老いてなお盛んとでも言うように鍛えられて引き締まった体躯をしており、背筋も少しも曲がる事無くピンと伸びている為に、皺のある老人のはずなのにその半分ほどの年齢の人物を見ているような錯覚を覚えさせられる。


 その二人の姿を確認したおっさんがあわてて立ち上がり、最敬礼の姿勢をとる。


「隊長! このような場所に、いかなる用で!?」

「なに、大したようじゃない。巷を騒がせる犯罪者が捕らえられたと聞いて、顔を見に来ただけだ」


 そう答えたのは、三十代の男の方。どうやらここの警備隊の責任者らしい。

 俺としては責任者だろうが下っ端だろうが興味などないというのが本音なのだが、どうやら向こうは俺に対して興味を持っているようだった。


「それで……この小僧が件の奴か?」

「は、はい……」


 なぜかどもるおっさん。そんな要素なんかあったか?

 そして俺の事を小僧呼ばわりとは、中々良い度胸だと言わざる得ない。俺からすれば、この場の全員が小僧同然だというのに。


 そんな俺の内心を読み取ったわけではないだろうが、件の責任者は俺の顔を不躾に眺め回し、程なくして不愉快そうに顔を歪ませる。


「ふんっ……」


 そして鼻で俺を笑うと、おもむろに俺の後頭部を掴み、机に思い切り叩き付けた。


「なっ、隊長! 一体何を!?」

「何を? 決まっているだろう。尋問だ」


 そしてさらに、俺の顔面を机に叩きつける。


「隊長、これはいささかやり過ぎです!」

「誰に物を言っている? だからお前は甘いんだ。こいつらは社会のクズだ。クズにはこれがちょうど良い。いや、これでも生温いくらいだ」


 どうでもいいけど、言葉を区切るたびにリズムカルに俺の顔を机に叩きつけるのを止めろ。そして副隊長さんも口で止めるだけじゃなくて、力で押さえ付けろよ。

 俺の耐久値を持ってすれば痛くも痒くもないが、逆に叩き付けられている机が俺の耐久値でヤバイ。


「さて小僧、ここではこのオレがルールだ。口答えは許さん。反抗など持っての外だ。お前に許された唯一の権利は、自分の侵した罪に関してつぶさに、正直に証言することのみだ。ああ、そういえばもう一つ権利があったな。黙秘権だ。ただし、黙秘する場合はこちらも相応の態度で応じるがな」

「……俺はやっていない」


 十中八九無駄だとは思うが、一応無罪は主張しておく。そしてこの返答は、ここの隊長には大層お気に召さなかったらしい。

 無駄に力強い舌打ちが一つ聞こえ、続いて頭部に熱い液体が垂らされる。副隊長のおっさんが先ほど俺のために煎れてくれた、湯気の立ち上るお茶を頭に掛けられていた。


「耳が悪いようだな? 貴様には無罪を主張することは許されてはいながっ!?」


 両手の動きを阻害する手錠が邪魔だったので力任せに引き千切り、未だに人の頭を押さえ付けているゴミの腕を掴み、握り潰してやる。

 骨が手の中で粉々になる確かな感触に満足しつつ、砕けた腕を握ったまま椅子から立ち上がりつつ捻り上げ、先ほどのお返しとして耳を掴んで机に叩きつける。もちろん机は木っ端微塵だ。


 当然机がそうなっているのに、ゴミが無事なわけがない。叩きつけるために掴んだ耳は千切れたし、床には赤い飛沫が飛び散っているが、知ったことではない。

 とりあえず汚いので、千切れた耳はそこら辺に放り捨てる。そしてゴミの腰から剣を頂いて、もがくゴミの右手を床に縫い付けておく。

 その際になにかゴミが囀っていたが、悲しいかな、俺がいくら大量のスキルを保有しているからといっても、ゴミの言語までは理解しかねた。


「テメェ、人の頭に飲み物を掛けるとはいい度胸だな。それがどれだけ人のトラウマ抉るか、分かっててやったのか? だとしたら、逆に褒めてやるよ」


 ゴミが吠えているが、片耳をなくして地面に縫い付けられた状態でのその姿は滑稽極まりない。ざまぁ見ろ。

 どうせこいつは知らなかったんだろうが、それにしたって大したクソ野郎だ。頭に飲み物を掛けられるなんて、中学生の時以来……じゃなくて、初めての経験だ。

 うん、あんな忌まわしき記憶が現実のものであるはずがない。きっと夢と混同しているんだろう。二億年も生きていると、いくら魔法で脳のキャパを底上げしているといっても、多少の不調は出てくるだろう。そうに決まっている。


「貴様、何をしている!?」


 事態の推移にようやく追いついたおっさんが抜剣をして構える。さらに扉の向こうからは、騒ぎを聞きつけたのか警備隊の者たちが集まってくる音が聞こえてくる。

 いっその事、全部ぶっ壊してやろうかと考えてみる。思わずやらかしてしまったが、逆に良い機会だったのかもしれない。

 だがその考えは、入室してきたもう一人の人物によって変えられる。


「ウェンハース殿、落ち着きなされ」

「なっ、タードレイ殿!?」


 入ってきてからずっと扉の前に陣取っていた爺さんによると、副隊長のおっさんの名前はウェンハースと言うらしい。なんか菓子みたいな名前だな。


 それにしても、そのウェンハースなる名前のおっさんの狼狽振りが不自然だ。あの驚き方は、止められるとは思っていなかったという類のものではなく、そもそも居たことに気付いていなかったという類のほうがしっくり来る。

 思い返してみれば、いま転がっているゴミに対しては対応しても、タードレイと名乗る爺さんには対応していなかったように思える。

 と思って【分析Ex】でよくよく見てみればあの爺さん、スキルに【隠密Ⅷ】を持っていた。今は発動していないが、さっきまで発動していた形跡もある。

 そうなると、色々と辻褄が合う。それどころか、このゴミもついて来ていた事に気付いていなかった可能性もある。


 しかし、一体何の為……?


「やはり、ただ者ではないのう……」

「……そういう事か」


 このタヌキ爺、俺の事を勝手に推し量ってやがったか。俺が自分の隠密スキルを看破できるかどうか。


「ウェンハース殿、此度の件はガレイト殿が無実の者に対して横暴な振る舞いをしたのが原因。もちろん、そこの若者の行動はやり過ぎかもしれないが、ここは一つ、この儂に免じて見過ごしてはくれんか?」

「お待ち下さい、タードレイ殿。確かに隊長の行動は規則にも反してはいますが、だからといって見過ごす事はできません! それに、この者が無実である証拠など―――」

「それはまず、これを見てから判断してもらいたい」


 爺さんが懐から、やけに豪華な手紙を取り出す。封蝋にはタケニグサの模様がある。なぜにタケニグサ?


 ともあれ、その手紙を受け取ったおっさんの表情が、見る見るうちに驚愕に染まっていく。続いて、震える手付きで開封して中身を改めると、眩暈に襲われたかのように大きくよろめく。

 あわや倒れるかと思ったが、寸での所で踏ん張り耐える。一体何が書かれていたのかは知らないが、よほど重要な事が書かれていたらしい。


「おい、ウェンハース! なにをグズグズしている! さっさとこのゴミをギャッ!?」


 またゴミが囀り始めたので、きっちりと頭に足を踏み下ろして意識を刈っておく。善行を積むと気持ちが良いね。


「こっ、ここっ、ここれこれこれ―――」

「一端落ち着きなされ。そしてそこに書かれているのは全て事実じゃ。この者は数日間あの御方と行動を共にされ、そして二日前に街に入っておる。一連の事件を起こすのは不可能じゃ」


 手紙にはどうやら、俺の無実を証明することが書かれていたらしい。

 一体誰がそんな事をと思って、すぐに思い当たる。誰も何も、俺と顔の面識があるのは一人しかいない。エレナだ。

 やんごとなき立場の者だとは薄々察していたが、随分と地位のある者だったらしい。これはもしかしなくとも、王族フラグでも来たか?


 まあ今はそんな事はどうでも良い。


「ようするに、俺の無罪は証明されたわけだ。さっさと釈放して欲しいんだが?」

「あ、ああ……そうだな、済まなかった」


 数分の間に、おっさんは酷く憔悴していた。床に転がっているゴミの事すら視界に入らないようで、俺に対する謝罪も力のない物だった。

 あれほど俺の事を絞っていたおっさんが、見る影もないほどにまで堕とす手紙とは、一体なんなのだろうか。ますます好奇心を刺激される。


「これこれ、若い者はせっかちでいかん」


 爺さん、一応俺はあんたよりも年上なんだが。


「お主の釈放は確約しよう。じゃがその前に、いくつか尋ねたい事があるんじゃ。よいかのう?」

「………………」


 タヌキ爺の目からは、何も読み取れない。いや、そもそも二億年間対人関係を築いていなかった俺に、相手の内心を推し量る事なんざ不可能か。

 なんにせよ、この爺さんの対応は俺の事を推し量った結果によるものである可能性が高い。そしてどうやら、俺はこの爺さんのお眼鏡に叶ったようだ。


「まあ、いいか」

「それは僥倖。ではウェンハース殿、別室に案内してはくれぬか? ここは少々、汚いのでのう」


 汚物扱いされてるな、ゴミ。いや、ゴミなんだから汚物扱いは当然か。


「か、畏まりました……」


 背筋を伸ばして毅然と歩く姿がやせ我慢なのは、その僅かにふらつく足取りからも一目瞭然だった。にも関わらず、己の職務を全うするその職務態度には頭が下がる。


 そして先頭におっさん、続いて爺さんに最後尾が俺という隊列で外に出ると、武装した警備兵たちに取り囲まれる。

 既に抜剣まで完了しており、一瞬緊迫した空気が流れるが、おっさんの一言でたちどころに剣を収めて道を開ける。一つの言葉も挟ませずに従わせる辺り、隊内での人望も相当なものだろう。


 一応隊長はゴミらしいが、あのゴミに人望があるのだろうか?

 ……正直、無い気がする。そしてその分、人望が副隊長であるおっさんに集まっていると。まああのゴミの人望がどんなのだろうが、クソどうでもいいが。


 さてと、とりあえず移動している間に、この謎の爺さんの正体でも探るか。こういう時、【分析Ex】はマジで便利だな。


 名前 タードレイ・バロバクト

 種族 人類(ヒューマン)

 称号 冒険者ギルドソリティア支部長


 冒険者ギルドソリティア支部長って、役職であって称号じゃないよな? どうにもこの称号のシステムは、二億年経っても理解できない。

 まあとにかく、この爺さんは冒険者ギルドの支部長であると。冒険者の影響力がソリティア内でどの程度のものなのかは分からないが、そこそこの立場はあるようだ。


 年齢 74

 身長 172―――


 爺のそんなプロフィール知って、何が楽しいんだ。次行こう、次。


 Lv 420

 《スキル》

【ナイフ捌きA】【投擲A+】【暗殺】【心臓突き】【上級無属性適性】【上級毒属性適性】【分析Ⅴ】【鑑定Ⅵ】【隠密Ⅷ】【罠発見Ⅵ】【罠解除Ⅵ】


 レベルが420とか、俺の一割もねえじゃん―――と一瞬思ったが、冷静に考えれば俺が420に到達するのに二百年掛かっているので、特にコメントはしないでおく。

 スキルから推測するに、元暗殺者か盗賊といったところか。それでよく、ギルドの支部長になれたな。


 それにしても、レベルに対して保有スキルが異様に少ない。当時の俺の半分も無い。この差は一体にから来てるんだ?


 それは置いて、おっさんに案内されたのは、先ほどまでの取締室とは雲泥の差の部屋。イメージとしては応接室が近いだろうか。俺の囚人服が、室内で嫌に浮いている。


「さてさて、そこに腰掛けてくれい。ウェンハース殿、何か飲む物を頼みます」

「はい」


 なんか我が物顔で踏ん反り返ってるけど、あんたも一応よそ者だよな。

 まあ俺もその図々しさをあやかって、爺さんの向かい側のソファーに腰掛ける。ソファーの品質は……俺が作った奴のほうが遥かに良いな。


「お主に尋ねたい事というのは、これの事じゃ」


 爺さんがテーブルの上に一枚の書類を出す。

 その書類は、俺がこの拘留所に入った初日に最初に書かされた、俺の嘘満載のプロフィールだった。


 名前 シュウヤ・アマガミ

 種族 人類ヒューマン

 年齢 18

 出身地 日凪

 Lv 579


「これがなにか?」

「重要なのはこれじゃ」


 爺さんが指したのは、俺の出身地の覧。


「これは事実なのかのう?」

「……事実だ」


 なんとなく、爺さんの言いたいことは理解できてきた。


 ニューアースにある十二の大陸の中で、最も広大な面積を誇る大陸―――それが日凪(ひなぎ)だ。

 そしてその広大な面積に反して、そこに住む種族はいないとされている。あまりにも、そこの原生生物たるモンスターたちが強大すぎる為に。


 兄貴たちによれば、過去に幾度と無く他の大陸から大艦隊が編成されて日凪へと向けられたが、その中でどれ一つとして、開拓に成功したものは無いという。

 日凪に到達する前に、周辺海域の異常なまでに強大な海竜を始めとした水生魔獣に艦隊の七割近くを沈められ、運よく上陸できた者たちも、奥地に辿り着く事無く全滅する。

 生きて戻ってこれたのは、本当に一握り。その者たちが例外なく怯えて口にするのも憚る地であり、古に謳われる英雄が幾人も果て、あるいは逃げ帰る地、それが日凪だ。


 そして現在、箱庭が転移されたのも、この大陸である。

 その為、俺が日凪出身であるというのも、あながち嘘ではない。もっとも、設定として出身地を日凪としたのは、そんな理由からではない。単純に、公に知られていない方が設定の後付けに苦労しないからだ。


「本当にかの?」

「本当だ。といっても、嫌疑を晴らせるような具体的な証拠は無いわけだがな」

「いやいや、別に疑っておる訳ではない。この紙は特殊での、記された事の真偽を見抜くことのできるマジックアイテムなのじゃよ。そして、ここに書かれている事は全て事実だと結論が出ておる」


 当たり前だ。そのマジックアイテムが果たしてどの程度のものだかは知らないが、俺の設定は兄貴たちが一緒になって練り上げ、そして認可したものだ。ちゃちなマジックアイテム如きで真偽を見抜ける訳がない。


「ただのう、このマジックアイテムも絶対ではない。本当にごく稀にじゃが、誤魔化せる者もおるのじゃよ。主にレベル等をな。もっとも、これを誤魔化せるという事はそれ相応のレベルの者であるという事じゃから、然程は困らぬのじゃが、お主の場合は出身地じゃからの。ついでに言えば、本当にレベルがこの表記で正しいかも怪しい」

「……このタヌキが」


 疑っていないとか言っておきながら、バリバリ疑ってんじゃねえか。しかも公言してやがるし。

 とはいえ、この爺さんの嫌疑は全て正しい。勘と言ってもいいものだが、中々侮れない。


「あんたの疑問ももっともだろうな。だが、一応言っておくが、日凪が無人の地であるというのはあんたらの勝手な勘違いだ。日凪には、遥か昔から人が住み着いている。そこまで辿り着いてから生還した者が今までいなく、尚且つそこで生を受けてから出た者がいないだけでな」

「ほうほう。ではなぜ、お主はここにおるのじゃ?」

「別に、若い奴が閉鎖された空間に飽き飽きして外に出たいと思うのは、どこも同じだろ?」


 実際には若くはないがな。


「……仮に、お主がいう事が全て本当だとしてもじゃ、実際にはそれを証明する術はないのじゃろう?」

「まあな。ただ、強いて言うなら、俺が着ていたローブと持っていた刀。あの二つは日凪のモンスターの素材で作られている。その素材主が日凪の存在であると言う証明はできないが、未知の物であればあるいは、弱いが多少の証拠にはなるだろう?」

「なるほどのう……」


 納得したように頷くが、内心がどうだかは知らない。少なくとも俺が見る限り、半信半疑と言ったところか。それすらも演技という可能性もあるが。


「それで? わざわざそんな事を尋ねる為だけに、俺をここまで移動させたのか?」

「そんな訳ないと、お主も分かっておるじゃろう。ただまあ、まだるっこしいのはここまでじゃな」


 なんか勝手に深読みしているが、別に俺は分かってはいなかったぞ。


「単刀直入に言おう。お主に少々、力を貸して欲しい」

「……それまた唐突だな。一体どうして俺に? 他にも人材はいるだろう」

「謙遜するでない。いや、それとも単純に知らぬだけかの? お主ほどのレベルの者は、そうそうおらぬのじゃよ」


 爺さんの話によれば、一般兵士のレベルは80程度。100以上あれば冒険者でも初心者以上と見られ、近衛騎士のボーダーラインが250前後、平均でも300といったところなのだそうだ。

 そう考えると、ギルドマスターの420がいかに高いかが伺える。もっともこの大陸基準だが。

 ぶっちゃけ言って低いと言わざる得ない。この国、日凪のモンスターが一体来るだけで全滅するぞ。マジで。


「それに、儂は【分析Ⅴ】のスキルを持っておるのじゃがな、お主のステータスはさっぱり見えん。レベルはおろか、種族や名前すらもな。これは100や200レベルが離れている程度では、説明がつかぬのじゃよ」


 これは初めて知った。どうやら分析スキルは、レベルが離れすぎると名前すらも分からなくなるらしい。俺は最初から【分析Ex】を所持していて、どれだけレベルが離れていても名前は判明したのだが、他のスキルではそうもいかないそうだ。

 こういうところは、本当に勉強になる。


「なるほど、理由については納得できた。それで、具体的には何をしろと?」

「お主には冒険者となって、ギルドに登録して欲しい。それだけで十分じゃ」

「それまたどうして?」

「お主は『大侵攻』を知っておるか?」


 確か、シエート連合に常に付きまとう問題だったか。南方にある澱みの森から、定期的にモンスター共が群れを成して北上してくるという。


「その通りじゃ。付け加えるならば、頻度は一月か二月に一度とかなり頻繁での」


 そこまでは知らなかった。そりゃ三大国が忌避する訳だ。


「実のところ、近年になって見た事もない新種のモンスターまで見かけるようになってきて、かなり手一杯なのが現状なのじゃ。このままでは、いずれ国はおろか連合が滅ぶことになりかねん。それを防ぐためにも、少しでも手を打っておきたいのじゃよ」

「その為に俺を確保しようと?」

「そうなるのう。もちろん、ただでとは言わん。お主がこちらの要求を呑んでくれれば、以降儂の権限の及ぶ限り様々な便宜を取り計らうし、何よりギルドに所属すればギルドカードが手に入る。ギルドカードは身分証の代わりにもなるし、お主にとっても悪い話ではないはずじゃ」


 との事だが、果たしてどう考えるべきだろうか。


 今の話には穴がある。それは所属した後の行動を特に制限していないという事だ。

 仮に所属した後で、俺がシエート連合以外の国に行こうが、あるいはこの大陸を出ようとしようが、ましてや大侵攻の防衛線に参加しないのも自由なのだ。もしかしたら、この世界ではフットワークが重いのが通例なのかもしれないが、俺にそんな常識は通じない。

 だがそれは相手も承知と考えるべきだろう。となれば、そういった行動を取る事に対して、なんらかの予防策を張っていると見ても構わない。そしてついでに言えば、爺さんの述べた理由が真実である保証もない。

 というよりも、ほぼ確実にブラフだろう。もっと別の理由があるはずだ。


「ちなみに、拒否した場合は?」

「お主が取調室で行った粗相について、儂が見逃す義理がなくなるのう。そうなれば、困るのはお主じゃぞ?」


 当然、これもブラフ。向こうも、それがその気になれば捕縛など不可能だと理解しているはずだ。まあ、そうなればこの国にはいられなくなるが。


 とはいえ、向こうの意図はともかく、結果としては有効な手段でもある。

 兄貴が、なんの意図もなく俺をこの辺りに放り込んだ筈がない。具体的に何なのかは分からないが、それ相応の理由があるはずだ。それを無視して、いらぬ波風を立てるのは得策ではないだろう。


「……いいだろう。ただし、あくまで所属するだけな」

「もちろんじゃ。その後ランクを上げるのも上げぬのも、お主の自由じゃ。個人的には、最低限は上げてくれると嬉しいのじゃがの」

「そっちの都合なんざ知った事か。そんな事より、さっさと釈放してくれ。後、ローブと刀返せ」


 基本的に所持品は【不思議で愉快な世界(ワンダーワールド)】に収納してあるが、唯一外面的にもカモフラージュするために所持していた刀と、着ていたローブだけは捕まった際に没収されていた。


「おお、言われてみればその通りじゃの。ウェンハース殿、この者の所持品を返却してはくれぬか?」

「は、はいっ! ただいま!」


 そう言えばいたな、おっさん。色々と聞かれていたが、大丈夫だったか?


「彼は大丈夫じゃよ。信用できる人材じゃ」

「俺には関係ないがな」


 他人の人間関係を深く突っ込むつもりは毛頭ない。だが、おっさんが信用に値する人物だと言うのには同意しよう。


 とにかく、ようやく自由になれたんだ。まずはエレナから貰った資金を元に宿を取って、それから観光とでも洒落込もうか。なにせ、二億年ぶりの人里だ。多少の羽目ぐらいは―――、


「……タードレイ殿」

「早かったのう。どうした、そんな青い顔をして?」

「それが……」


 おっさんがちらりと俺の顔を見る。

 あっ、なんか凄く嫌な予感。


「彼のローブと武器は、既に隊長が無断で横流ししていました……」

「なん……だと……?」


 あのゴミ燃やそう、そう思った瞬間でした。


おっさんの名前は某チョコレートから。

書いていて割りと気に入ったキャラなので、再登場するかもしれません。

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