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サンタクロースの在り方

作者: 暁文空

 12月24日。クリスマス・イブ。

 かのキリストの誕生日とされる12月25日の前日。日本では一番大騒ぎする日。キリスト教徒だろうと仏教徒だろうと、この日の日本はクリスマス一色となるのだ。25日が正式なクリスマスだというのに騒ぐのはなにか間違っているようにも感じられるが、大勢が騒いでいる以上、ここで24日は静かにして25日に騒ぐことこそが間違いになってしまうだろう。――少なくとも、現在屋根の上にいる彼はそう考えた。


 ――なんてことを彼が考えていたのは、ただの現実逃避である。


 この困難な任務をこなさなければいけない。そのプレッシャーが、彼を押しつぶそうとする。そんなプレッシャーをなんとかしてなかった事にしようと、彼は現実逃避のためにそんな事を考えていたのだが――どうやら効果はなかったようだ。結局、任務をこなす事だけを考えようと現実逃避をやめた。

 そもそも、現実逃避なんてしている場合ではない。とっとと任務を終わらせなければ、彼は自由にはなれないのだ。


 そんな事になってしまったのには、ある原因があった。


 彼、三田太郎は絶望していた。何もかもに絶望していた。今年の初めに第一志望の大学には落ち、滑り止めの大学の受験には様々な事情があったせいで行けず、ちょうど中間の大学には運が悪く落ちてしまった。これが現役ならともかく、これで二浪というのは太郎にとっては絶望以外のなにものでもなかった。そんな状況での11月に受けた模試の結果。それを見て、彼は再び絶望した。とにかく、彼は何かにすがりたかった。

 そんな時に見えたのが、赤い建物。なんとなく、それが神々しく見えてしまった彼は、こんな事を言ってしまったのだ。


「大学に合格させてください! なんでもしますから!」

「ん? 今なんでもするって言ったよね?」

「……ゑっ?」

 そこには、赤い装束に身を包んだ、笑みを浮かべた白ひげの老人がいた。

「人手不足ってわけじゃあないんだけどねえ、なんでもしますと言われちゃ、黙ってるわけにはいかんでしょ」

「ちょ、え、どういうことですか……!?」

「君には私と同じサンタクロースになってもらおう」

 そう言って、老人は太郎に人差し指を向け、太郎には聞き取れない言葉を発すると、太郎は老人の指からナニカを感じる。そして、異変は起きる。

 浪人生とは言えまだ二十歳。若々しい身体が、徐々に老いてゆく。ストレスで食が細くなった関係で痩せてきたからだが、少しずつ肥えてゆく。

「ちょ、え、えっ……!?」

 驚きの声をあげると、その声は既に彼の本来の声ではなかった。目の前にいる老人と同じ声が出ていた。

 気がつけば、彼の身体は――











サンタ支援機構企画


サンタクロースの在り方










 ――結果、彼はサンタクロースとなってしまった。いくら人生に絶望していたとはいえ、若々しい身体すらも白ひげの老人に奪われ、老人と同じ姿として、今日を迎えた。、三田太郎という人物はこの世界にはいなかった事になっている。試しに実家に電話をしてみたり、周辺を歩いてみて情報を仕入れてみた結果、そういう結論に彼は至った。老人曰く「ノルマを達成すれば、元の身体に戻し、お前の願いを叶えてやる」との事だった。つまり、老人から課せられたノルマを達成さえすればこの身体とも別れ、彼は願いを叶えられるのだ。――そう、ノルマを達成さえすれば。


「もしも、ノルマを達成できなければ……そうだな。働き口には困らないだろうなあ。案外、ノルマ達成しても願いを叶えない方がいいかもしれんぞ? 就職氷河期に働き口が確定するんだから」


 その一言に、彼はぞっとした。働き口――そんなの、今の彼の身体じゃサンタクロースしかできない。この身体では彼女を作ることもできない。サンタクロースは不老不死ではあるものの、外見年齢が老人なうえに、欲を満たせるものを得る事ができないという苦痛。そんなものに、彼はなりたくない。絶対にノルマを達成して、願いを叶えてみせる――彼はそう決意した。

 だが、課せられたノルマの厳しさに、一瞬現実逃避をしてしまったのだ。このタイムロスをどうにかして帳消ししなければならない――彼はそう思い、動きをはやめる。

 いくら見た目が老人とはいえ、毎年この時期に多くの子供たちに夢と希望を運んでいるのだ。身体能力だけは高い。少なくとも、受験生だからという理由で家に引きこもっていた、彼の本来の身体よりは上である。否、この身体能力はそこらの運動部よりも上。下手すれば、オリンピックに出場するようなアスリートの領域にすら達している。また、普通じゃ成し得ない非現実的なものすらサンタクロースは行使できる。というのも、それほどの力がなければ達成できないノルマをサンタクロースは課せられているからだと言える。

 冷静に彼は考え、非常にまずいと考えた。


 ――時間がない、急がなければ。


 極めて冷静に、彼は夜の街を駆ける。

 鍵のかかった無人の寝室にサンタクロースの持つ力で侵入し、身体能力の高さを活かして一瞬でその家にいる子供へのプレゼントを布団の中に入れ、誰にも見つからぬうちに侵入した痕跡を残さずにそのまま家を脱出する。

 この身体になってから、彼は何度もこの動作を練習した。短い時間ではあったが、必死さもあって十分に洗練されている。確実に願いを叶えて、元の身体に戻るために。故に、その行動にムダなどない。スムーズな動きで、何度もこれを繰り返す。無駄が一つでもあれば、タイムロスにつながり、ノルマを達成できない。この動きの洗練された様はまさしくサンタクロースである。

 一つ一つ、老人から渡された指示書通りにプレゼントをおいてゆく。

 そして、残り一つ。最後の場所にいこうとして――子供の泣き声が聞こえてきて、つい彼は足を止めてしまった。


「クリスマスは外国のものだから。我が家にはサンタは来ないのよ!」

「だって、欲しいんだもん! ――が、欲しいんだもん……っ!」


 耳に聞こえてきたそんな言葉。そして、子供が言った欲しいものの名前――それは彼が最後の場所に持っていかなければいけないものと同じ。しかし、一つしかない。指示書通りに動くのであれば、こんなことは無視して最後の場所に持っていき、そのままノルマを達成してしまったほうがいいに決まっている――彼は冷静に考えて、そう思った。

 だが、それでも身体は動かない。果たしてそれでいいのかと彼の本能が叫ぶ。

 目の前に子供がいて、泣いていて、それを無視することがサンタクロースのする事だろうか。


 ――否、それがサンタクロースであるわけがない。


 過去、彼自身、目の前の子供と似たような経験をした事がある。プレゼントをもらえず、泣いた夜。その日、彼の幻想は崩れた。サンタクロースなんて、親がプレゼントを買っているだけ――そういう現実を幼い頃に知ってしまったのだ。

 まわりの子供が喜びにつつまれるなか、彼はそうはなれなかった。崩された幻想は、もう元には戻らない。

 そんな幻想を崩れる瞬間を、彼は見たくなかった。


「……無視、できるかよ……っ!」


 ノルマが達成できないなんて事はわかっていた。だが、それでも目の前で幻想が壊れかかっているのを見て、無視できなかった。

 だから、リビングで子供が泣き、親が説得している間に寝室へと侵入し、プレゼントを置いた。




 サンタクロースの拠点の前に彼は立っていた。その顔は、疲労感と悲壮感に溢れていた。

「……やっちまった」

 彼のもつ白い袋は空。しかし、指示書どおりには動かなかったために一つの家にはプレゼントをおけなかった。幻想が壊れてしまうのを止めたかったがために、プレゼントをおいてしまったから。

「サンタクロースとして、頑張るしかないのか……」

「いや、お前さんは合格だよ。お前は立派にサンタクロースとして頑張った。願いを叶えるに値する」

「ゑっ……?」

 驚きの声をあげる。無理もない。指示書に従わず、ノルマを達成できなかったというのに、そう言われるのはなぜか。願いを叶える、という一言に喜ぶという余裕もなく、ただ、驚きの声をもらす。彼にはそれしかできなかった。

「お前はサンタクロースというものをよく理解していた。それが全ての勝因だ。もし、あの場面で指示書通りに動いていたら、お前さんは失格だったというわけだ。……さて、と。これはいい経験になっただろうが、私たちサンタクロースの存在をお前さんが大きくなってから喋られても困る。まあ、お前さん自身が損するだけの可能性もあるが、サンタクロースは秘密の存在じゃなきゃいけないんでな。……記憶は消させてもらうが……願いを叶えるか、お前さんは?」

「……はい」

 確かに、この夜の任務に彼はやりがいを感じた。だが、彼にはやりたい事がある。そのためにも、願いを叶え、この身体とは別れなければならない。そのために頑張ってきた、という初心を彼は忘れなかった。

「……そうか。……それじゃ、いくぞ……」

 そんな声を聞いた直後、彼は意識を失った。



 翌年12月。

 一組のカップルが夜の街を歩いていた。それを、一人のサンタクロースが任務の合間に見ていた。

「どうやら、うまくいったみたいだなあ……」

 カップルのうち、若い男の方は彼が過去に関わった事のある人物だ。もっとも、本人は忘れているが――と彼は心の内に呟きながら、過去を振り返った。彼は、去の12月にサンタクロースの在り方を理解し、その通りに動いた。それが、今の結果につながっている。

 そんな男を見ていると、彼はもっと前を思い出してしまう。

 それは、十年以上も前。その時、彼は男と同じように願いを叶えるためにサンタクロースとして任務を遂行していた。

 そんな時に聞こえてきた声。それに耳を傾けず、指示書にやった結果、彼に待っていた結果は、サンタクロースとして永遠に働き続けることだった。既に自らの名前も忘れ、ただサンタクロースという記号に成り下がった今でも、その頃のことを忘れられずにいた。まだサンタクロースではなく、確かに人間であった頃の思い出を。そして、これを忘れてしまえば、自分がかつて人間だったのだという証拠がなくなってしまうから、忘れないようにしようと大切にしていた記憶。

 確か、あの時に聞こえてきた声は――


「太郎、何度言えばわかるの!? ここは日本なのよ!? クリスマスは外国の文化! サンタクロースなんて我が家には来ないのよ!」


 ――そう言えば、あの家の表札は三田だったような。


 そんな事を思い出しつつ、だとすれば、去年の出来事は運命だったのか、とも彼は思った。同時に、当時はすまなかった、と思いつつ、首を振る。今夜はまだ終わらない。サンタクロースは子供たちにプレゼントを渡していかなければならない。これ以上休んでは時間が足りなくなってしまう。サンタクロースたるもの、子供達のために働かなければならないのだから。

「メリークリスマス」

 ただ、そんな一言を遠くから気づかれないと知りつつ彼に送る。そして、彼は夜の街を駆けた。

 既にノルマなんてない。だが、彼は働き続ける。サンタクロースとしてなすべき事をなす為に。

 サンタクロースの在り方を、彼は今日も全うする。

 来年も、再来年も。ずっと。

 サンタクロースは夢と希望を子供たちに与え続ける。








fin

ホントは主人公を女の子にして、女の子が老人サンタ(男)にされるとかいう誰得小説にしようかとも思ったが誰得過ぎたのでやめました。

……正直、そんなの書いたら、書く自分のSAN値がヤバいからやめたんですけどね。

ちなみに、これ。【サンタ支援機構企画】という企画で書いたものです。気になると思ったら企画主である有漏蕁麻さんのページへどうぞ。

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[良い点]  読者の目を引く展開から始まって、題意サンタクロースの在り方へ上手くまとまっていると思います。 [気になる点]  最初の展開が理不尽に過ぎることでしょうか。幻想を壊された側の三田にそのサン…
[良い点] シュール。ひたすらシュール。 [気になる点] 真面目な話をしているはずなのにシュールさがそれをひたすら打ち消している。 [一言] ×日本じゃ一番大騒ぎする日 ○日本では一番大騒ぎする日 …
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