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天敵  作者: 海野かもめ
1/2

前編


 はじめてその猫を見たのは道のまんなかだった。

 角をまがれば家という文字通り自宅の近所で、これまた自宅から三分の距離にあるコンビニでハーゲンダッツのクッキークリームを買った帰り道だった。

 ふつう猫は塀の上にいたり道を横切ったりということはあっても、道路のまんなかで悠然とたたずんでいることはめったにない。

 まんまるに太った、大きな猫だった。

 三毛猫なのだろうが、ぶち猫といったほうがしっくりくる。

 優雅さとは無縁の短い尻尾、ぼってりした腹、なんだか顔つきまでがふてぶてしく見えてきた。

「げけげ!」

 リリコは思わず足をとめ、絶句した。

 ぶち猫がオスだということは一目でわかった。なぜなら猫は上にいたからだ。

「なにも真昼間から、それも道路のまんなかでやらなくてもいいんじゃないの!」

 正確にはぶち猫ともう一匹、こちらはメスなのだろう白い猫がいた。

 まさに真昼の道路のまんなかで交尾中の二匹にしばらくあっけにとられ、ふと我にかえったリリコだが、なんだかむしょうに腹がたってきた。

 二年付き合った彼と先月別れたばかりなのだ。

「猫のぶんざいで生意気な。邪魔してやる」

 むなしくひとりつぶやいて、さてどうするかと考えた。

 よく考えれば猫の交尾なんて見たこともなかった。

 こんなチャンスはそうあるもんじゃない。リリコは周囲に人影がないのを確かめると、邪魔するついでにここはひとつじっくり観察してやろうと猫に近づいた。

 リリコは二メートルくらい手前で立ち止まってじっと見た。ぶち猫が白い猫に乗っかったまま、どちらも動かない。

 警戒しているのか、二匹はリリコをじっと見つめている。

 一メートル地点。それでも動かない。疑惑のまなざしがリリコを見つめ返してくる。

 絶対に邪魔してやる、と決意したリリコはさらに一歩近づいた。

 猫の手前1メートルまで近寄ってしゃがみこむ。

 他人に見られたら相当恥ずかしことをしている自覚はあったが、とことんいってやるつもりだった。

 ハンドバッグを膝にかかえてしゃがんだまま、なおもリリコは猫ににじり寄った。

 それでも離れない二匹にしびれをきらし、手に持っていたバッグの本体を持って手を伸ばすと、取っ手の部分でぶち猫をツンツンした。

「ふん、ざまー見ろ。あたしの勝ちよ!」

 やがて、とうとう耐え切れなくなったのか、ぶち猫がそろそろと白い猫から離れ、名残惜しそうに去ってゆくのを眺め、リリコはにんまりと笑った。


 ぶち猫はみょうに目立つ存在だった。

 野良猫とは思えないほどまるまると太った体型といい、大きさといい、なによりそのふてぶてしさが気になって仕方がない。

 そう思っているからか、リリコはよくぶち猫を見かけた。

 ぶち猫も最初の出会いを覚えているのか、たんにもともとの愛想ない性格のせいなのか、リリコの姿を見かけると移動中の足を止め胡散臭げにじっと見つめてくる。

 そして突然我にかえると、さっと身を翻し逃げて行くのだった。

 猫の尻で丸くなっている短く不恰好な尻尾、その後姿もやはり可愛げがないなあ、とリリコは思うのだった。



 

 冬の寒さもだいぶ和らいだこの季節、深夜に目を覚ますハメになることがよくあった。

 枕元の時計を引き寄せて見てみれば緑色の蛍光塗料でにぶく光る時計の針は、三時二十分を指している。

「もう……明日も仕事だってのに」

 窓の下から聴こえてくる騒音に眉をしかめる。

 猫が鳴いていた。

 可愛らしい甘えた鳴き声ではない。

 化け猫みたいなダミ声が二種類、互いの存在を誇示するように、高く低く、深夜のシンと静まりかえった空気を震わしていた。

 鳴き声が聴こえだしてから三十分はたっただろうか。こんなことが幾日も続いていた。

 いいかげん我慢の限界にきてリリコはベッドから出ると、猫を追い払おうと窓をガタガタ揺らした。

 鳴き声は一瞬とまったものの、なおいっそう大きく鳴り響いた。

「ほんと頭くる」

 リリコは窓を開けた。

 暗くてよく見えなかったが、猫らしき黒い影がふたつ窓の真下で向かい合っていた。鳴き声はあいかわらずつづいていた。

 階下から懐中電灯を持ってくると、リリコは窓の下を照らした。

 相手の黒猫は見たことがないが、もう一匹はまちがいない。

「あ! ……またおまえか」

 あの可愛げのない、ぶち猫だった。

 まさに一触即発、いまにも喧嘩が始まりそうな緊張感がみなぎっていた。

「もういいかげんにしてほしいんだけど」

 リリコはふたたび階下に降りると、キッチンに入っていった。窓から何か落として、今度こそ猫を追い払うつもりだった。けれどなかなかコレという物が見つからない。

「そうだ!」

 水をかけてやろうと思い立った。

 そういえば昔、テレビでそんな場面があったのを、リリコは思い出した。

 手じかなところに置いてあった片手鍋を手にとって、水道の蛇口をひねる。

 たっぷりの水を眺めながらふと、この寒さに水は可哀相な気がしてきた。

 リリコは鍋の水を半分捨て、ポットのお湯をたすと、手を入れて温度を確かめた。

「もうちょっとへらしたほうがいいなかぁ……」

 大量の水というのもどうかと思った。

 こでリリコはコーヒーカップに半分ほどのぬるま湯を用意して部屋に戻った。

「ていっ!」

 真夜中のこと、あまり大声というわけにもいかず中途半端に脅しをかけて、リリコは猫に向かってコーヒーカップの水をパシャっとやった。

 カップの水が地に落ちる寸前、二匹の猫は飛びのいた。

 予定ではこれで猫は逃げていくはずだった。

 けれどリリコの思惑は大きくはずれ、カップのぬるま湯が戦いのゴングの役目をはたしたのだった。

「ぎゃあー!」

 すごみのきいた、鳴き声というよりは叫び声がした。

 二匹の猫は絡み合ってゴロゴロ転がり、置いてあった植木鉢がいくつか倒れた。

 数秒の後に二匹は離れ、片方が一目散に逃げ出し、もう一方が追いかけて行き、やがて猫の姿は闇にまぎれて見えなくなった。

 あまりの早い展開に、どっちの猫が勝ったのかも判らない。

 ただ自分の行為が喧嘩の引き金になったことに、リリコはあっけにとられていた。



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