第八話 進む者 残る者
「へえーっ。そんなことがあったんだぁ」
もうこの状況に順応してしまったのか、はたまた元々こういう性格なのか、優は「大変だったねえ」とちっとも大変そうに見えない顔で言った。その横では恵がぐすっぐすっと泣きじゃくっている。よっぽどカエルのホルマリン漬けにびびらされたらしい。
「そーなんスよねえ。あれっきり水城先生は喋らないし、アキは泣き出すしさ」
「そんなに怖かったのか? 森永」
一人煙草を吸う如月に訊かれ、明治は慌てて否定した。
「そういうわけじゃ…。ただ出ちゃったんです。それだけ」
結局、なんとか合流した彼らは今この体育館に集まっている。することといえば限られているので、こうしてお互いの遭遇した怪奇現象を話し合っているのだった。
「っつーかあなた達は怖くなかったんですか? 如月先生」
潤がびしっとツッコむ。優や和希の話を聞いて、もし自分がその場にいたらと、ホルマリン漬けのカエルに追いかけられる想像にぶるりと体が震えた。
「さあ? 怖かったか? 斉藤」
「……興味深いとは思いましたけどね」
「……………」
シカケンメンバーは幽霊よりタチが悪いかもしれない…。そう思ったのはきっと潤だけではなかったろう。
「おーいジューン。そっちでクサってないでお前もバスケやろーぜぃ」
けらけらと笑って無邪気にバスケをしている千秋が潤を呼んだ。どうやら勇騎相手にワンオンワンをやっているらしい。
「えーっと、そこの転校生……アキ……、だっけ?」
呼ばれて、明治は「ああ」と立ち上がった。
「俺、森永明治。アキでいいよ」
パシッと手を合わせあって明治が言うと、千秋は人懐っこい笑みを浮かべて「よろしくっ」と言った。
「バスケ部二年小林千秋。で、」
隣に来た勇騎を、千秋が紹介する。
「この人はバスケ部のセンパイで、近野勇騎センパイ。練習に付き合ってくれてたんだ」
「なんだか大変なことになったけど、まあなんとかなるだろ。で、やる?」
差し出されたボールを取って、明治と潤が顔を見合わせ、揃って「はいっ!」と元気よく答えた。
四人がバスケで遊んでいるのを横目に、水城はゆっくりとした動作で柊兄弟に視線を移す。
「君達は、やらないの?」
「………」
「やりません」
無言で返す碧衣の隣で、翠が素っ気無く言った。
「そう。…はは、吉永君達は元気があっていいね。若いなぁ」
「「………」」
「…………」
「…………あーあっ。ヒーマっ」
生徒会長の和希と不良の風馬。折り合いの悪い二人が、ぎすぎすした雰囲気の中で互いを牽制しあっている。
泣き止んだ恵は今度はおろおろと、優はどこ吹く風でまんざらでもなく薫の話を聞いていて、如月は相変わらずぷかぷかと煙草を吹かしている。
「なあ、こんなトコでじっとしててなんになるわけ?」
「…安全のためだ」
「つっまんねえよなあ。俺だったら全員で学校探索するぜ。とっとと脱出するべきだろうがよ」
どこか小馬鹿にしたような風馬の口調。その挑発に、和希は心中から沸き起こる苛立ちを隠せない。
「何を馬鹿なことを。危険だ」
「ここが安全だとは限んねえだろ。それとも根拠があんのかよ」
「それは……」
「それじゃあ、」
二人の口論に口を挟んだのは、意外にも如月だった。一番無関心に見えたのに。
「校内を探る派と、ここに残る派に分かれて別行動したらどうだ?」
「「…………」」
教師からの提案に、二人は互いに顔を背けながら頷いた。
そして無邪気にバスケをしている四人や水城達を集めて、彼らは再び二手に分かれた。