第七話 体育館の少女
タン、タタタン。
一定のリズムでドリブル。そしてレイアップシュート。
「よっし! 決まった!」
見事にゴールに決まったボールをまた取って、千秋がガッツポーズを決めた。
これで十本全てがゴールに決まったことになる。
「じゃ、帰るか」
二人分のカバンを持ち上げて、勇騎が千秋を呼んだ。千秋は「ウィーッス」と軽く答えて、転がったボールを拾いカゴに投げ入れる。そしてそのまま勇騎のところに駆け寄り、カバンを受け取った。
ぽーん… ぽーん…
「? 何だ? この音…」
「バスケットボール…じゃないみたいっすね…」
ぽーん… ぽーん…
段々近付いてくる音。まるで…、
「鞠つき…? …まさかな」
「え? センパイそれってどういう…」
「ん~。あのな、この学校の七不思議っつーか、ありきたりな怪談話の中に『体育館で鞠をつく少女』っていうのがあって…」
ごくっと息を殺す千秋に、勇騎は真剣な声色で語った。
「昔、ここの教師が休みの日に娘を連れて学校に来たんだそうだ。教師は仕事があって、娘の相手ができなくて。娘は仕方なく、この体育館で鞠をついて遊んでいた。でも…」
「でも…?」
「その時地震が起こって、老朽化したバスケットゴールが運悪くその娘の頭上に落ちてきたんだってさ。教師が心配して駆けつけたときには、ほら…」
勇騎が、奥のバスケットゴールを指差す。
「あの辺りに……って、ええ!!??」
「セ、センパイっ! アレっ!!」
その指の先に、一瞬前には確かにいなかったはずの少女が。
ぽーん… ぽーん…
真っ白いセーターが、真っ赤に染まっている。所々から赤い鮮血がぽたり、ぽたりと滴って、少女の影があるはずの場所に吸い込まれていった。
真っ黒な髪は、刈上げを少し残したオカッパ。こちらに背を向けて、ぽーんぽーんと鞠をついている。
かーごーめかーごめ
かーごのなーかのとーりーはー
いーついーつでーあーう
よーあーけーのばーんに
つーるとかーめがすーべった
うしのろしょーめん
そして手から鞠を離した少女は、
ゆっくり、ゆっくりと振り返り、
涙のように血を流すその目で二人の姿を捉え、
ごふっと血を吐く口で、
だーあれ
笑った。
「「うわあああああああああああっっ!!」」
「どうしたっ!?」
風馬が勢いよく扉を開け、続いて明治、翠、碧衣、水城、潤が雪崩れ込むように駆けつける。
体育館の中では、バスケ部の二人がじりじりと後ずさるように壁際に寄っていた。
「千秋!? どうしたんだよ、いった…」
どうやら千秋と顔馴染みだったらしい潤が、言葉の途中でようやく血まみれの少女の存在に気付き、絶句した。他の面々も同じように、顔を強張らせて少女を見据えている。
「マジかよ。これじゃまんま学校の怪談だな」
にやっと笑う風馬。
「……どーする? 碧衣」
「……たぶん、俺達が手を出さなくても…」
小さな声で相談し合う双子。そして二人は水城、そして明治を見て、何かを得心したように少女を見た。
いっしょにあそぼう
クスクスと、血まみれの唇を動かして笑う少女は、そっと白い骨が見える痛ましい手を千秋達に向ける。
ねえ、いっしょにあそぼうよ
「遊ばないよ」
伸ばされた手を拒んだのは、意外な人物。
「俺達は君とは遊ばない。遊べない。だから、もう帰りなさい…」
水城が、身動きできない生徒達の後ろから一歩、また一歩少女に近付いていく。
「水城先生……?」
「「………」」
生徒達の多くが困惑する中で、ただ柊兄弟だけが静かに水城と少女を見つめていた。
さみしい、 さみしいよう
ぐしゃっと顔を歪めて、笑っていた少女がぐすぐすと泣き出した。
「大丈夫だよ」
水城はふっと、優しく微笑む。
「きっと、君を待っている人がいる」
かつっと靴音を立てて、少女の前に立った水城は血を厭いもせずに少女に触れた。
「ひいっ、せ、センセエっ!?」
潤が短い悲鳴を上げる。しかし水城はその手を止めずに、そっと少女を抱きしめた。
「…きっと、こうして君を抱きしめてくれる人が、待ってるよ」
「………マジかよ………」
さすがの風馬も息を呑んで、その光景を見つめていた。
禍々しい姿だった少女から、自身を染めていた血が消えていき、やがて少女の体は白い光に包まれていく。
淡く、儚く、
そして静かに、
少女は消えていった。
明治は何故だか哀しい気持ちになった。
どうしてだかはわからないけれど、明治は水城を見て、
「先生……?」
彼が、泣いているような気がして、
これは自分の感情ではないのだと思う。まるで水城の中にある何かが、明治の中に入り込んできたような、不思議な感覚。
あいたい
それは確かに聞こえた、誰かの声。
おまえにあいたいよ
「アキ?」
「―っ」
「ど、どうしたんだよっ! アキっ!?」
そして明治は、一人涙を流した。