第二十二話 みつけてほしかったもの
ギ、ギギギイと水気を含んでボロボロになった扉をやっと開くと、地下に繋がる階段が見える。この先に座敷牢があり、おそらくそこに青年の『みつけてほしいもの』があるのだろう。
最初に如月が無言で階段を降りていく。それに風馬、和希、優、柊兄弟、千秋、勇騎、恵、薫と続いて、ためらいがちに潤も降りて行った。
長い間人が通ることのなかった階段は湿っぽく、今にも崩れてきそうである。おまけに灯りはそれぞれが手に持ったアルコールランプの小さな炎だけ。
階段を降りると、その先は一本の廊下になっていた。暗い視界にアルコールランプをかざせば、その横にうっすらと木の格子が浮かび上がる。これが、見取り図にあった座敷牢なのだろうか。
各々が格子を照らし、そして、
「「「「「「「「「「!!!!!?????」」」」」」」」」」
誰もがその奥に広がる光景から、目が離せなかった。
その胸中に走ったのは恐怖か、それとも…。
「そ…んな……まさか……あの……人…?」
「探して欲しいって…、…見つけてって……このことだったの…っ」
恵が泣きそうになりながら口元を押さえ、そして優がぐっと格子を握り締めて呟く。
未だ朽ちぬ格子の向こう、腐った畳の上に一つだけ置かれた椅子に、ボロボロに腐食した縄で繋がれた、一つの人骨…。さらにその人骨には、無数の蜘蛛の巣が絡みついていた。
そしてその人骨は、ボロボロになってはいたけれど、確かにあの幽霊の青年が着ていたものと同じ服を着ている。
「ひどい…っ」
堪えきれず、恵が泣き出す。
彼の姿は明らかに、人の手によって捕らえられ、そして殺された者の末路だった。
「…………」
誰もが動けずに彼の人を見つめる中、最初に動いたのは如月だった。思い切り足で格子を蹴り付け、続けざまに手ずから力ずくで格子を破壊する。
バキッ! バキッ!!
「せ、先生!?」
驚きの声を上げたのは和希だ。今まで物静かに自分達を支えてくれていた教師の突然の破壊行動に驚きを隠せない。
「………」
言葉にならない、憤り。
こんな暗く湿った、地下の座敷牢。食事を運ばれた形跡もなく、死ぬまで、いや死んでからもここに閉じ込められた青年。どうしてそこまで酷い目に合わなければいけないのか。どうしてこんな……。
「……よし」
格子をあらかた破壊し終えて、如月は腐った木片を踏みつけながら座敷牢の中にずかずかと入っていく。そして、同じく腐って簡単に落ちる縄の戒めと蜘蛛の巣を取り払い、人骨を優しく抱き上げた。
「うわあっ!」
中から戻ってきた如月の肩に担ぎ上げられた人骨の落ち窪んだ眼窩ともろに目が合った潤が悲鳴を上げるが、如月は気にせずつかつかと階段を上っていく。
「…先生っ! …どうするんですか? そのほ…遺体」
骨、と言いかけたのを訂正して、和希が声を掛ける。
「土に還す。こんな所に閉じ込められたままだから……」
呟いたまま、上っていく如月の姿はやがて見えなくなった。
こんな所に閉じ込められたままだから。だから彼の魂もまた囚われていたのだろうか。成仏することもなく、あのどこか哀しげな笑みを浮かべて、ずっと、この場所に…。
「………っ」
やりきれない思いを覚え、舌を打つ風馬。こんな場所に、と囚われ人のいなくなった座敷牢を睨む。
と、そこに一冊の本が落ちていることに気付いた。
「…なんだ…?」
牢の中に入って、それを拾い上げる。自分が手に持ったアルコールランプの灯りをかざしてよく見ると、色の褪せた藍色の装丁のそれは日記帳のようだった。
「うわ古っ……。て、んん?」
湿ってわずかに重い頁をめくる。すると、中に一枚の白黒写真が挟まっていた。
それは二人の人物が映る写真。和室の中で、こちらに向かって微笑むのはあの青年と、振袖姿の黒髪の少女。
(…? なんか見覚えがある気がする…。こっちの男はあの幽霊だろ…? で、こっちの女…。誰かに似ているような…)
「どうしたんすかー? センパイ」
千秋がひょいっと肩越しに風馬の手元を覗き込む。
「あっ! これってあの人じゃん! んー?」
目を細めてじーっと見入る千秋に、風馬が尋ねる。
「どうした?」
(もしかしたら、こいつもこの女に見覚えがあるのか…?)
しかし、返って来た言葉は風馬の予想から大きく外れていた。
「へへっ。なーんか恋人同士みたいだなーって。あの人がこの女の子見る目、すんげー優しい感じ」
ああ、そうだなと風馬も呟く。
悲惨な末路を辿った男。今もこの世に縛られている幽霊。
彼にも、こんなにも幸せな時間があったのだとこの写真は伝えているようで。
「…あいつが言ってたっていう、『もういちどあいたい』相手は、この子なのかもしれないな」
会えるといいな。そう言って、風馬と千秋はその写真を日記から抜き取った。
彼の遺体を土に還す時、この写真を一緒に埋めてあげよう。そう、心に決めて。