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第十九話 幽霊



 千秋、勇騎両名と合流した体育館居残り組は、ひとまず学校中をくまなく回って他の四人を探すことにした。このまま別れているのは危険である。

 さあ行くかという段になって、如月がふと気付いた。

 何気なく目を遣った渡り廊下の窓に、一人の人影が映っている。

「…ん? あれ桐山か?」

 ここから見える人影の背格好から、風馬だろうかと推測できる。もし本人ならこれで一人分探す手間が省けるというわけだ。

 しかし、人影はそこから動こうとしない。如月はやれやれとため息を吐き、どのルートで行くか話し合っている生徒達の横をすり抜け、廊下を進んだ。

 しんと静まり返った廊下は暗い。

 そして、そこに立っていたのは自分の知っている生徒ではなかった。

 誰だ…? と如月が問う前に、人影が一歩自分に近付く。

 如月は別段驚くでもなく、じっと人影を見据えた。

 その人影―自分と幾ばくも歳の変わらないような青年は、ふっと手を振ってこちらに何かを投げてよこした。

「…?」

 その何かを受け取る如月の手には、古びた鍵が納まっていた。

「おい、これ……、って!」

 手から再び目線を上げれば、如月の疑問に答える前に青年は姿を消していた。

 夢…だったのだろうか。

 いいや、確かにこの手には彼に渡された鍵が握られている。

「………先生?」

 優が、ひょっこりと顔を出す。

 一人先に行ってしまった自分の様子を伺いに来たのだろう。元居た場所に視線を向ければ、生徒達がどうしたのかと首を傾げながらこちらを見ていた。

「ん、ああ。悪い悪い」

 如月は優と二人連れ立って、元居た場所に戻った。そして、ふと思い立って青年に渡された鍵を碧衣に投げ渡す。

「お前ン家、確か寺だろ? それから何か感じたりするか?」

 教師としてか、教え子の家業は把握しているらしい。

「………………」

 黙って鍵を見つめる碧衣。答えない彼に代わって、兄の翠が答える。

「…俺達は、恨みとか悲しみとか、そういう負の念しか感じ取れない。幽霊でも、化け物でも。そういう負の念に呑まれている奴等のことならわかるけど。節操なく感知するなんて、よっぽど力の強いヤツじゃなきゃできない…」

「えーっ? でもお前等呪文唱えてたじゃん。ナントカー! って。ちゃんとバッチシ効いてたし」

「…それとこれとは別だ。あいつらは皆負の念に呑まれて、害意の塊みたいなもんだった。俺達を喰おうとか、道連れにしてやりたいとか。そういう奴等には対応できる。そういう退魔の修行は一応積んでるからな。でも、この鍵からは何も感じられない。…先生、この鍵は何なんですか? 普通の鍵じゃない感じはする。でも、俺達にはわからない」

 珍しく饒舌な碧衣に問われ、如月はその鍵を返してもらって手の中でちゃらちゃらといじった。所々傷が付いている、とても古い鍵だ。

「…てことは、あの人影は悪い霊じゃない…てことか。柊、これはついさっき、渡り廊下で幽霊に渡されたんだ」

「「…………」」

「せ、先生っ!? 幽霊って、いつのまに……」

 恵がびくっと体を震わせ涙を浮かべる。が、優がその頭をぽんぽんと優しくなで、落ち着かせる。

「大丈夫だよ、恵。先生も言ってたでしょ? 悪い霊なら柊達が気付いたって」

「………(こくん)」

 全員が、如月の手の中にある鍵に注目した。それを皆に見えるように摘んで、その形をじっと見つめる。

「作りも古いよな。学校のどっかの鍵じゃない…と思う」

 んーっ、と考え込む如月。

 すると、それまで黙って鍵を見つめていた勇騎があ、と声を上げた。

「…先生の見た幽霊って……、もしかして……、あの人…ですか?」

 ばっと全員が勇騎の視線の先に目を向ける。

 いつのまにか、またあの青年がこちらに微笑を浮かべ、立っていた。


    み つ け て 


 ゆっくりと口元が動き、静かな声色を紡ぐ。

 青年の指が、すっと窓ガラスの向こうの南校舎一階を指差す。


    あ そ こ に い る か ら 


 そして彼はもう一度微笑み、


    も う い ち ど   あ い た い ん だ 


 ふわっと、霧のように消えていった。


「………あ、」

「………す、すごくない?」

 初めて、悪意も恐怖も感じない幽霊に出会った。

 まるでここだけ時間が止まってしまったような感覚の中で、鮮明に響いた彼の願う声。

「「……初めて、見た…。あんな幽霊。どうして負の感情に囚われていないのに、この世に縛られているんだ…。普通なら、綺麗に成仏しているか、とっくに汚れて堕ちてしまっているはずなのに」」

 それは、あの体育館の少女や二年六組の少年のように。

 翠と碧衣が見てきたのは、そんな幽霊や化け物達ばかりだった。

 それなのに、あの幽霊は…、

「簡単なことだろ」

 如月が、あっけらかんと双子に言う。

「あいつ言ってたじゃないか。もう一度会いたい、そういう相手がいるから、逝けないんじゃないのか?」

「でも! 死んだ人間はこの世に留まれば留まるほど変質します。この世に留まることは真理に反し、歪みを生む。今まで出会ってきた幽霊や化け物達も、最初は死んだ時のまま力はなかったはずです。でもこの世に留まる内に、負の感情に呑まれて力を得てしまう。そして生きている人間を傷つけてしまうんだ…っ」

「…翠」

 碧衣が、どこか痛みを堪えるように言い募る片割れの名を心配げに呼んだ。

「…なら、あいつはそれに呑まれないくらい強い想いを抱いているんじゃないのか? そういう霊が一人くらい、いたっていいよな」

「……先生……」

 如月が、俯く翠の頭を撫でる。彼等にとって、幽霊や化け物達は敵でしかなかったのだろう。自分達を傷つけるもの、排除すべき敵。その定義が覆されて、彼等は今揺らいでいる。

 でも、大丈夫だ。

 自分達が知っていたものだけが世界ではないことに気付けたとき、人は成長するのだから。

「…先生、これからどうしましょう…?」

 不安げに、和希が尋ねた。

「とりあえず、願いを叶えてやろうぜ? あいつのさ。せっかく鍵までくれたんだし」

「あの人が指差してたの、生物室でしたね。……何かあるとしたら、地下でしょう」

 さすがに薫は、生物室を自分の実験室にしているだけあって察しが早い。

「地下?」

 和希が疑問の声を上げる。

「生物室に、鍵が無くて開かない扉はない。だとしたら、可能性があるのは地下だ」

 と薫が断言する。

「でも、恵は大丈夫?」

 優が、心配げに隣の後輩を見る。恵は数時間前、あの部屋で恐怖の体験をしたのだ。できればもう二度と近付きたくないだろう。

「…だ、大丈夫です…っ。それに…さっきの幽霊さん、すごくびっくりしたけど……、全然怖くなかった…。正直、生物室は怖いけど…、でも僕もあの人の願いを叶えてあげたいって思うんです…」

 助けてって、言われた気がしたんです、と恵はだんだん声を小さくしながらも、なんとか答えた。

「おう! 俺も行くぜ。だって皆行くだろ? あんな風に頼まれたらさ、断れないって」

 千秋も恵に賛同する。他の面々も異論はないようだった。

「…それじゃあ、ひとまずはあの人のお願いをきくということで。行きますか」

 最後を和希がまとめ、これからのルートが決まった。



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