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第十四話 苛立ち



「あれ? 柊兄弟は?」

 準備室から出た明治がそこに二人が居ないことに気付いて風馬に尋ねると、風馬は肩をすくめ、代わりに勇騎が答えた。

「それが、いつのまにか居なくなってて…」

「まあ、さっきの教室の件を考えてもあいつらなら大丈夫だろ。俺達は俺達で、先を急ごうぜ」

 どうやら武器の物色はもうすんだらしい。

「で、次はどこ行くんですか? 桐山先輩」

 千秋が尋ねる。風馬はにやっとまた不敵な笑みを浮かべて、くいっと窓から見える職員室を指差した。

「あそこ。職員室なら電話あるだろ? とりあえず外部と連絡を取る」

「え? でも電話なら携帯…」

 そう言ってカバンからそれぞれ携帯を出す。が、誰の携帯も圏外の表示が。

「俺もさっき気付いた。ま、学校の怪談の定番だな。でも、職員室の電話ならなんとかなるかもしんねーし」

「…ですね。行きましょう」

 職員室に面した廊下は、その奥に生徒用の玄関が広がっている。あそこでゾンビに遭遇した明治と潤は、ごくっと唾を飲み込んでその奥を見据えた。

 薄暗い廊下。見えるのは三年生用の下駄箱のみ。そして、その更に奥の扉の向こうには、無数のゾンビ達が蠢いている…。

「ふーん。結構な数がいやがるな。っし、ちょっくら見てくるわ」

 唐突に、風馬が言い出す。

 そしてそのまま駆け出した風馬を、慌てて明治が追った。

「危ないですよ! 桐山先輩!!」

「ヘーキだよ。なんのために武器物色してきたと思ってんだ」

 風馬は、明治の制止の声も聞かず玄関へと向かう。

「お前等は職員室行って調べてこいよ。俺はゾンビを見に行く」

「桐山!」

 しかし、今更明治が引き返せるわけもなく、温厚な勇騎までが珍しく声を荒げて走り出し、それに千秋と水城までが続いて、残ったのはポツンと状況に取り残された潤だけだった。

 が、上に超がつくほどの怖がりでビビりの潤が、一人で夜の職員室になど行ける訳が無い。

「ま、待ってくれー! アキー!! みんなぁああ!!」

 結果、全員が風馬を追いかけて玄関へと走った。

「んだよ。結局皆ついてくんのかよ」

 呆れた様に言う風馬に、本日何度目かの全力疾走を終えた明治が息を切らせながら言う。

「…な…、なにっ考えてるんですかっ! わざわざ自分からっ…危険なところに行くなんてっ…」

「はあ? そんくらいのスリルがなきゃつまんねーだろ?」

「でも! つまるとかつまんないとかじゃなくて、危ないですよっ!」

 明治が食って掛かる。しかし、下駄箱に持たれかかって明治を一瞥する風馬は、不機嫌に眉をしかめて手で払う仕草をした。

「だーかーら、死にゃあしねえっての。さっきも見ただろ? 退魔呪文ばっちり効いてたじゃん。せっかくのチャンスなんだぜ? せーぜー楽しませろっての」


   ぱんっ!


 乾いた音が響く。

 次の瞬間、風馬は呆然と自分の頬を押さえ、そして自分の目の前に立ち塞がる勇騎をぎっと睨んだ。

「なにすんだよっ!」

「それはこっちのセリフだ!! お前、この状況をゲームか何かと勘違いしてないか? ふざけんな!! 退魔呪文? それで倒れたのはドコのどいつだ!!」

「るっせーな!! テメエには関係ねーだろ!!」

「あるさ!! お前に何かあったら架音がっ…!!」

「は…?」

 自分を殴った男の口から突然出た幼馴染の少女の名前に、風馬の顔が不快に歪む。

「なんでそこであいつの名前が出てくるんだ! テメエには関係ねえだろ!!」

「関係なんかっ!!」

 無いけど…っと苦しげに呟く勇騎の胸倉に、今度は風馬が掴みかかる。

「だったら突っかかってくんじゃねー! 大体、俺の考えが気に入らねえんだったらついてこなきゃよかっただろ!」

「あのままじゃいけない、身を守るための武器を探そうって考えには賛成できたよ! だけどな! なんで自分からわざわざ危ない方へ突っ込まなきゃならないんだ!? お前が傷つくことで悲しむ人間の気持ちも考えてみろよ!!」

「テメエ…っ」

「やめなさい!!」

 先輩同士の喧嘩に割って入れずおろおろとしていた二年トリオに代わって、間に入ったのは意外にもあの物静かな水城だった。

 二人の間に入り、お互いを引き離す。

「今は喧嘩してる場合? 近野君は頭を冷やす! 桐山君も、他人の気持ちを配慮してあげる余裕も無いのに状況を楽しめると思うの?」

「………」

「…っち」

「…わかったら、早く職員室に行って外部に連絡を…」

 水城の言に従い、風馬と勇騎はぐっと握っていた拳の力を抜いて項垂れる。

 さすが教師と言うべきか。(養護教諭だけれども)

「…しぇ、しぇんしぇい…」

 が、そんな雰囲気も潤の情けない声で台無し。

「っなんだよ!」

 風馬がイライラと潤を見る。しかし潤だけでなく明治や千秋まで蒼白になって、玄関のドアを指差していた。

「て、手遅れかも~…」

 潤がぷるぷると震える指で指す先には、ガラスに張り付くゾンビの群れ。明治達の気配に気付いて近付いてきたのだろうか。そして、その手には…。

「げっ」

 大きな石が、握られていた。


   ガシャンッ! ガシャンッ!


 次々にガラスが割られ、続々とゾンビ達が校内に入ってくる。

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

「…っそ! どけ吉川!!」

 風馬が、ガタガタ震える潤を後に押し退けてカバンからペットボトルを取り出す。そしてフタを開け、中の油をゾンビ共にぶちまけた。

 その間に、包丁を取り出した勇騎も隣に並ぶ。

 風馬は、一瞬勇騎に目配せしてライターを取り出す。その意図を理解して、勇騎が一歩後に下がった。

 フタを閉じない限り火が消えない優れモノのライター。お気に入りのソレを、風馬はためらいも無くゾンビ共に向かって投げつけた。

 ヴォオオオオオッ!! と炎が広がり、巻き込まれた何体かはそのまま崩れ落ちる。しかし、後から後からゾンビはやってくる。

「あー! もうキリがねえ! 一回呪文ぶちかますからな!! 用意しとけよ!!」

 風馬が振り返って明治達に叫ぶ。彼等は慌てて言われたとおりカバンからそれぞれ武器を取り出した。

 明治は、刃渡りが短く扱いやすい果物ナイフを構える。震える息で深呼吸をし、必死にゾンビ共を見据えた。

「布留部布留部由良由良と。布留部布留部息吹の狭霧!」

 ぶわっと突風が吹き、ゾンビ達の腐った身体を崩しながら吹き抜ける。

 本日三度目の呪文に、くらっと眩暈がする。これが力の反動というやつか。まったく、ゲームのようには簡単にいかないものだ。なおかつゾンビ全てをせたわけではない。一掃できない無力さに苛立ち、舌打ちしながら包丁をさっと構えた。

「とりあえず、倒せるヤツだけ倒せ! 無理はすんなよ!」

 その横で、くすっと勇騎が笑った。

「んだよ」

「いや、やっぱ頼りがいあるなーって」

「はあ?」

 さっきまでの険悪ムードはどこへやら。勇騎は軽く風馬の肩を叩くと、

 さっきは悪かったな。

 彼にだけ聞える小さな声で、そう言った。



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