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第十二話 写真



 上履きについた土を払い、八人は一階の廊下を家庭科室へ向かって歩いた。

「そーいえば、ウチの家庭科室って三つあるじゃん? どれに行くんすか?」

 相変わらずのんきな声で千秋が言うと、風馬が呆れ顔で答える。

「お前ら調理実習したことねーのかよ。包丁があんのは実習室だけだ」

「あ、そっかあ」

「家庭経営室には…大きなハサミくらいしかないだろうね」

 勇騎が言えば、調子に乗った潤が、

「あ! アイロンは? あれでゾンビをジューって!!」

「「バーカ」」

 しかし、すぐさま風馬と翠のダブルツッコミが入る。どうもこの二人、会話はないのに潤に対するツッコミという点では恐ろしいほど気が合っている。

「電源どうすんだよ」

「それ以前に、ビビリのお前がアイロン片手にゾンビと立ち向かえんのかよ」

 もっともな指摘に、うっと押し黙った潤はそのまま逃げるように明治の影に隠れた。

「でも、家庭科室開いてるかな?」

 と明治が呟く。調理実習でしか使われない教室は、普段から鍵が掛かっているはずだった。

「大丈夫。僕がマスターキーを持ってるから」

 今日の宿直だった水城が、白衣のポケットから鍵の束を取り出した。暗がりの中、眼を細めてなんとか家庭科室の鍵を探そうと苦心していると、風馬がポケットからライターを取り出して灯り代わりに火を点した。

「ありがとう。…、ああ、これだ」

「…………何も言わないんすね?」

「え? あ! ああ…。吸い過ぎは身体によくないよ?」

 わざととぼけているのか、今は教え子の生活態度に眼を瞑ってくれるようだ。

 鍵を回して扉を開ければ、ふわっと家庭科室独特の匂いが鼻孔をくすぐる。風馬は何気なく、去年の調理実習を思い出していた。

 幼馴染の架音。当時も違うクラスで、そのくせ何かとかまってきた彼女が風邪で休んで。

 同じ日に調理実習を控えていた風馬は、サボるつもりだった。

 でも架音が、

『紅茶のケーキを作るの、すごく楽しみにしてたの…』

 なんて珍しく泣き言を言うから…。

 しょーがねえなと悪態を吐きながら、実習に参加したのだ。

 そして焼き上げたケーキを見舞いに持っていけば、彼女はすでに友人達から紅茶のケーキをたくさん貰っていて。

 でも架音は、自分の不恰好なケーキを美味しいと言って食べてくれたっけ。もちろん、風馬は素直に礼が言えず、お前味覚おかしいんじゃねえのかと悪態を吐いて帰ってしまったけれど。

(…って、何思い出してんだよっ)

 思い出を振り払うように、風馬は頭を振る。今はそんなことを思い出している場合ではないのだ。そして、包丁が保管してある教卓後ろの棚を開けた。

「一番使いやすいのは…、刃渡りの長い柳刃包丁…か…」

 風馬は柳刃包丁をそっと手に取ると、その刃に布巾を巻きつけてバックの中にしまった。

 そして、あれだこれだと選んでいる明治達を尻目に、他に何か役立つものはないかと物色する。

(ライター持ってるしな…。油…? サラダ油か…)

 バックからペットボトルを取り出して、中身をシンクに流し中にサラダ油を詰める。

 他の面々も、各々武器になるものを物色していた。

 明治は扱いやすい果物ナイフを手に取り、風馬に倣って布巾を巻きつけてバックにしまった。

 そして、改めて家庭科室の中を見渡す。

 ふと、目に留まったのは黒板の横にあるドア。隣でせっせと出刃包丁に布巾を巻きつけている潤に聞けば、あれは家庭科準備室に続くドアらしい。

(な、なんでかわかんないんだけどあの部屋すっごく気になる…)

 明治は根拠の無い自分でも理解できない直感に促され、じっとそのドアを見つめる。

「…気になるの? 森永君」

(っ!)

 突然耳元に響いた声に驚いて振り向くと、そこには水城が立っていた。

 いつのまにこんな近くに来ていたのだろう。

「ええと、準備室の鍵は…」

「あ、あの…。先生?」

「ん? まあ入ってみようよ。せっかくだしね」

 そして水城が開けてくれたドアから、明治・潤・千秋の二年トリオは家庭科準備室へと入っていった。

 元々入る機会の無い準備室ということもあって、初めて見るこの部屋は思ったより小さく、学園自体が古いせいか、この部屋も木造で古めかしい。さすがに料理を作る部屋ということもあって隣の家庭科室は十数年前に改装されているのだが、それだけにこの部屋とのギャップが激しかった。

「うわー。俺初めて入ったよ。にしてもごちゃごちゃー」

 千秋の言うように、ドアのある壁以外の三面には全て棚が置かれており、ファイルやらプリントやらが乱雑に詰め込まれている。テーブルの上などは、今にも積み上げられたプリント類が雪崩を起しそうだ。

「うんわ汚っ! 家庭科の石田ちゃん案外不精なんだなー」

「意外だね~」

 言って、何かめぼしいものはないかと三人はそれぞれ物色し始める。ちょうど月に懸かっていた雲が動いて、わずかながら差し込む月光のおかげで物は見える。

(あれ…?)

 家庭科関係の資料類ばかりかと思いきや、ぐちゃぐちゃに差し込まれた棚には古いアルバムが何冊か紛れ込んでいた。ぱっと目に入ったそれを取り出し、月明かりを頼りに見てみると、それは古い写真を集めたアルバムのようだった。

(うわ、すごく古い…。何かの資料かな…? …っと、)

 ふいに開いたページから二枚の写真がすべり落ち、明治は慌ててそれを拾い上げた。

 白黒のその写真は、経てきた年月を感じさせるようにセピア色に変色している。

(古い…屋敷…? 随分と大きな家だなあ…。旧家…お屋敷って感じの…)

 手にした写真を裏返すと、そこには何か文字が書き付けてあったが、よく見えない。諦めてもう一枚に目を通して、明治は愕然とした。

(!? 嘘!! これ…顔は良くわかんないけど、あの人だ!)

 その写真に写っているのは、椅子に座る一人の少女。そしてその少女が着ている振袖は、あの時木の下で見た幻の少女と同じものだ。

(お、俺幽霊でも見たのかなーっ…!)

 ぞくっと鳥肌がたって、思わず一歩後ずさってしまう。

「おーい!」

「!!??」

 風馬の声が戸口から響いて、びくっと体を震わせる。

「そろそろいくぞ。長居してっとまたバケモンが出てくるかもしれないからな」

 急き立てるように部屋を出るよう促された明治は、慌ててその写真をポケットに仕舞いこみ、準備室を後にした。



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