第十一話 鍵
そして八人は西階段から一階へ降り、地学室へと入った。宿直の水城がまだ見回り前で鍵を掛けていなかったのが幸いして、すんなりと進入できた彼らは、そのまま窓から外に出ようとした。
先に潤が降り―というより怯える彼を翠と風馬がどついて落とし―明治も続いて枠に足を掛ける。しかしそのまますとん、と降りるつもりが、彼は足を滑らせてべしょっと落ちてしまった。
「うわっ!」
ずざっと地を滑る。衝撃に目を瞑り、痛たた…と顔を上げると、そこに一人の人影を見た。
こんな薄闇の中で、ぼんやりと白く光る人影。少女だ。
真っ白い腕が紅い振袖の袖から覗き、漆黒の長い髪が顔にかかっていてその容貌は窺えない。少女はしゃがみこみ、白い手で穴を掘るように土を掻いている。
(あ…)
叫びたくても声は出なかった。
目を逸らしたくても、少女から目が離せなかった。
何故か心がかき乱されて、泣きたくなって、
(…この感じ…)
そうだ。この感じは水城の傍にいるときに似ている。
やがて、少女の手が止まり、
(…何かを…埋めたのか…?)
ぼたっと、涙が零れた。
(俺…泣いてるの…? …なんで…)
泣きたいのは、自分か。それとも、
「アキ!!」
潤の声と肩を揺さぶられる衝撃にはっとして、いつのまにか目の前にあった潤の瞳と目が合う。見れば、潤だけでなく千秋や勇騎も心配げに明治の顔を覗き込んでいた。
「え…潤…?」
「うああああああ!! アキのバカっ! コケてからぼおっと動かないからびっくりしたよおっ!」
がばっと抱きついてきた潤の肩越しに、千秋や勇騎がほっとしたのがわかる。
「俺…どうしたの…?」
「落ちてからずっと、ぼおっとしたまま動かなかったんだよ。脳震盪かな? どこかおかしいところはある?」
保険医らしく、水城の手がすっと明治の額に伸びる。至近距離に美麗な顔が近付いて、明治は慌てて顔を横に振った。
「だ、大丈夫です! それよりほら、確かめてみましょうよ。あの穴の中っ」
立ち上がって、穴の縁に行く明治。すれ違いざま、碧衣がぼそっと呟いた。
「…何を見た…?」
「え…?」
しかし明治が答えるより早く、風馬の声が響く。
「おーい、何かあるぞ」
いつのまにか穴の中に降りて、何かを拾い上げる。ぱっぱっと土を払ったそれは、小さな銀製の鍵だった。
「鍵…? 小さいんですね」
明治も覗き込む。
「何の鍵だろーな」
「ね、先輩」
千秋が、グラウンドを見つめてつぶやく。
「こっちから逃げられないかな。ゾンビとか、いないみたいだし」
今のところ、グラウンド側は静かなものだ。ゾンビ達の気配もない。
このままここを突っ切れば、学校の敷地を抜け、外へ出られる。
「…いや、危険だ」
そう返したのは風馬。
「今はこっちにいないとしても、突っ切ってる内にこっちに現れないとも限らない。手ぶらで突っ切るには危険だ。まずは武器を手に入れてからの方が良い」
「それに、逃げるなら会長達も呼んでこないと」
と勇騎。確かにと、他の面々も頷く。
「さ、もういいだろう。家庭科室に急ぐぞ」
鍵に興味はないのか、それを明治の手に落としてさっさと窓枠に登る風馬。
小さな鍵をぎゅっと握り締め、それをポケットに入れると、明治も皆の後に続いた。