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第十話 力



      どこにいるの?

      ねえ、お前はどこにいるの?

      会いたいのに、

      会えると思っていたのに

      ここは暗いの   ここは淋しいの

      お前に会いたくて、胸が痛いよ

      ねえ…。




「何だ。何もいないじゃん」

 恐る恐る開けたドアから顔を出し、ほっと息を吐いたのは潤だ。

 しかし、つかえた後からとっとと入れよと風馬に蹴倒され、うわあっと叫びながら室内に転がり込んだ。

 今、あの物音は聞えない。きょろきょろと明治が辺りを見渡すと、最後に水城が入った後でいきなりぴしゃん! っとドアが閉まった。

 ひいっ! と奇声を上げて潤がドアに駆け寄るが、どんなに引いてもドアは開かない。


          ガタッ


「! あの音だ!」

 音のする方へ全員が注目する。

 それは、教室の窓だった。前から三番目の席の隣の窓が、ガタガタッと揺れている。

 潤は思わず近くにいた風馬の腕にしがみつく。しかし、しがみつかれていることにも気付かないほど、風馬は、そして他の誰もがその窓から目が離せなかった。

「翠…」

「ああ」

 小声で双子が話すが、今だ目はガラス窓に向けられている。

 一瞬、窓の揺れが止んだ。

 そして、一瞬の静寂の後…、


          ぴちゃ…、


「ひいっ! …ぅぐっ!」

「しっ! 静かにしてろ吉川!」

 今にも絶叫しそうだった潤の口元を風馬が押さえて、窓を凝視する。

 最初は、何の音か分からなかった。雨音か…? だが雨は降っていない。

 そして全員の頭に、かつてこの教室の下で起こった惨劇が過ぎる。

『うん…。ちょっと喰べられてたって……』


          ぴちゃ…、


 薄暗い中で、黒い手の平が一つ、窓に張り付く。

 ゆっくりと、『それ』は全身を現した。重力など存在しないかのように、ゆっくり、手から腕、腕から肩、頭、胴と。


          痛いよ


 まただ。あの体育館に現れた少女のように、か細い声が聞える。


          痛いよ 一人は嫌だ


 手が、窓ガラスの端にかかって、ゆっくりと開かれる。ず、ずず…と血に塗れた身体が引きずられる音がした。


          苦しい 苦しい


 半分以上開けられた窓から、ずるっと嫌な音と共に『それ』が教室内に入ってくる。纏っているのはこの学園の冬服で、真っ白いシャツは血が黒く固まってこびりついている。


          苦しいのは嫌だ 一人だけ苦しいのは嫌だ


「やばいな。地縛霊になってやがる」

 翠が、ちっと舌打ちして一歩進み出る。

「え? じ、地縛霊?」

 なんなのそれ…、と明治。

「地縛霊はその地に縛られている霊のことだ。成仏できず、その地に縛られいてるうちに生者を自分の側に引きずり込むことしか考えられなくなるって言われてんだよ」

 風馬が説明するように続けた。

「そ…それじゃあ」

 サアッっと、潤の顔から血の気が引いた。


          嫌だ 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ 一人は嫌だ


「碧衣」

 翠が弟の名を呼ぶと、碧衣はすっとその隣に並んで、制服のポケットから一枚の紙を取り出した。

 そして、札のような形のその紙を亡霊めがけて放つと、それはまるで紙であるのが嘘のようにすごい勢いで飛んでいった。

「ノウマクサンマンダバサラダンカン!」

 碧衣の凛とした声が呪文のようなものを唱えると、途端に突風が吹き亡霊を窓の外へと吹き飛ばした。

「真言かよ…。すげえな」

「き、桐山先輩。真言ってなんですか?」

 事の成り行きに呆然とする明治が、感心したように頷いている風馬に尋ねる。

「簡単に言えば、仏教の呪文みたいなもんだ。空海っつー坊サンが開いた真言宗、密教系のな。名前くらい聞いたことあるだろ?」

「あ! そーいえば柊兄弟ン家って寺だったよな!」

 千秋の発言に、明治と潤が揃って驚きの声を上げる。

「「ええ!!??」」 

「だ、だって翠、金髪…」

 明治が翠を指差し本気で驚いてみせると、翠は拗ねたように言った。

「悪かったな。オヤジが見分けつかないって言ってちっさい頃に染められたんだよ」

「ぷっ!」

「吉川ぁ! テメエ何笑ってんだよ!」

「翠」

 潤の胸倉を掴んだ翠をいさめるように、碧衣が名を呼ぶ。

「まだ終わってない」

「…なあ柊、真言以外の呪文は効くと思うか?」

 風馬が、碧衣の肩に手を置いて聞いた。

「…効く。今この学園は霊的磁場になっていて、どんな呪文でも関係ない。要は呪文を唱えることで“気”を高め、力をぶつければいいんだ」

「へえ。そりゃますますイイ感じ」

 にまっと無邪気に笑って、そのまま窓際へと進む。

「桐山!?」

  驚いて静止する勇騎の声を無視して、風馬は血塗れの窓ガラスをがしっと掴み、それを思い切り開けた。

 ぱしん! という音とともにガラスに付いていた血がびちゃっと飛び散る。後ろで潤がひいっと奇声を上げたが、風馬は気にせず窓の下を覗き込んだ。

 三階にまで届くほど伸びた大木を囲む柵の一つに脇腹を貫通し、死んだ今も血を流し続ける死体が仰向けに転がっていた。

 ぞくっと嫌な悪寒とともに、死体と目が合う。

 そして風馬は、にやっと笑った。

「あー、何だっけか…」

「桐山先輩!」

 嫌な予感に、明治が駆け寄る。

 その時、ぐわっと大気を震わせて亡霊が一気に風馬の目前まで浮かび上がった。その血に塗れた黒い手がばっと風馬の首に伸びる、瞬間、

「布留部布留部 由良由良と 布留部布留部息吹の狭霧!」

 風馬が紡ぐ不思議な音の呪文が亡霊を吹き飛ばし、大木の幹に叩き付けた。

 更に、

「天地玄妙 急々如律令!」

 続けて紡いだ呪文が雷を呼び、ドン! と亡霊ごと大木に落ちた。


 ぎゃああああああああああああああああああ!!


「知ってる呪文のオンパレード…って、結構効くもんだな」

「うっわ…、すっげー…」

 千秋が感嘆の声を上げると、風馬は「だなぁ…」と同意し、そのままよろよろっと後ろに倒れこんだ。

「桐山!」

 勇騎が慌てて駆け寄りその身体を支える。さっと水城が動き、その額に手を置いた。

「僕の手、冷たいから。少しは楽になるかな?」

「…っす。ドーモ」

「っど、どどどどどどどどうしたんだよ桐山先輩! タタリか? タタリなのくあぁっ!?」

「五月蝿い」

 騒ぐ潤の頭をべしっと叩く翠。そして碧衣が潤に、というよりは風馬本人に説明するように続ける。

「呪文が効くって言っても、無尽蔵なわけじゃない。使ったら使っただけ気力を削る。立て続けにあんな強い呪文唱えたんじゃ、倒れても当たり前」

「でも、凄いんっすね桐山先輩。オカルト関係詳しいんだ」

 無邪気に千秋が褒めると、風馬は珍しく照れ臭そうにふいっと顔を背けた。

「別に、幼馴染がそーいうジャンルにハマってて、それ借りて読んでる内に覚えちまったんだよ」

「…幼馴染って、架音?」

「あ?」

「去年、同じクラスだったから。いいコだよね、彼女」

「…るせぇ」

 またぷいっと顔を背ける風馬に、ははっと爽やかに笑う勇騎。

 明治は少し微妙な、でもようやく落ち着きを取り戻した雰囲気にほっとして、立ち上がる。

(…あれ…?)

 その時ふと、目の端で何かが光ったような気がした。

「…んー…?」

 恐る恐る、開かれた窓から下を覗き込む。

 雷が落ちた大木の根元は見る影もなく吹き飛び、そこには大きな穴が空いていた。

「あ!」

「アキ? どうしたんだー?」

 千秋が明治の隣に並び、尋ねる。潤はというと、ここぞとばかりに水城の腕にしがみついていた。まだ怖いらしい。

「何か土の中にあるみたいなんだ。さっきちらっと光って…」

(あれ…? でもなんで光もないのに光ったんだろう…)

「え~? 俺には暗くてわかんないぞ?」

「ちらっとだけ、見えたんだけど…」

 二人でじーっと見ていると、ようやく復活した風馬がどれ、と二人の頭に手を置いて間から下を覗き込んだ。

「ふん…、気になるなら確かめに行くか。予定変更! 東階段じゃなくて西階段から下に降りて、地学室から外に出ようぜ」

「で、でもゾンビはっ?」

「こっから見た限りじゃあこっち側にはいねえな。そんなにビビんなよ吉川」

「び、びびびいびびびびびってなんか…」

(((((((ビビってんじゃん)))))))





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