第九話 二年六組の怪
「やーっぱ夜の学校怖ぇーなあ……」
潤が言い、けらけらと笑う風馬がぽんぽんとその肩を叩いた。
「なーにビビッてんだよ。お前ほんっと怖がりだな」
「つーか、先輩のがおかしいっすよ。怖くないんすか?」
「全然。むしろ楽しいくらいだね」
結局そんな恐いもの知らずの風馬を先頭に、明治・潤・柊兄弟・千秋・勇騎・水城は体育館を出て、南校舎二階へと続く渡り廊下を歩いていた。
「で、一体どこに行くんすか?」
聞いたのは千秋。
ふふんと不敵に笑って、風馬が答える。
「とりあえず、身を守る物を探そうと思ってな。家庭科室に行けば包丁とかあるだろ」
「なるほどー。って、包丁!?」
自分が包丁を持ってゾンビどもに斬りかかる姿を想像して、千秋が思わず問い返すと、風馬は無いよりゃマシだろーがと一蹴した。
「うう…、そんな無茶な…」
「どうしたの? 潤。元気ないけど…」
明治が先ほどから―というよりずっと―元気のない潤を気にかける。
「…うん。今更思い出したんだけどさあ…、この学校…結構古いじゃん? だから……」
「あーあ、なるなるっ。怪談話も多いんだよなあ。あははっ!」
けらけら笑いながら千秋がばしばしと潤の背中を叩く。潤はまるでこの世の終わりのような形相で固まる。
「へえー。七不思議みたいなもの? 一斉に血文字が表示されるパソコン室とか?」
「アキ…、そんなさらっと怖ぇーこと言うなよお…」
「んーっと、確か…」
怯える潤を尻目に、勇騎がこの学校の怪談を話し出す。
「二年六組の…」
「ええ!!?? お、俺達のクラスじゃんっ!!??」
「うっせーぞぉ吉川。つーか知らなかったのか?」
「まあまあ桐山。そう脅すもんじゃないよ」
恐怖に固まっていると思ったらいきなり絶叫しだす潤に、風馬がツッコみ勇騎がなだめた。しかし潤が「しぇんぱい…」と抱きついてくる寸前に、勇騎は怪談話を続ける。
「えーっと、もう十何年も前にイジメを苦に自殺した男子生徒がいて…」
「ひいっ! お、俺は聞かない! 聞かないぞおっ!」
しかし、そんな潤を無視して話は続く。しかも、折りよくもうじき二年六組の前へと差しかかろうとしていた。
「自分の教室の窓から飛び降りたんだって。しかも、運悪く即死じゃなくて、窓のすぐ下の木を囲む柵に脇腹から突き刺さって…」
「うひーっ! い、イヤだああ!!」
「五月蝿い」
耳を覆って絶叫する潤の頭をずびしっと殴る翠。
「……苦しんだんだろうね。たとえ短い時間だったとしても、自分の血に埋もれて…」
水城が、その整った顔を伏せて小さく呟く。
ざわ、と明治の心が揺れた。まただ。水城の傍にいると、何故か泣きたくなる。
(はっ! ま、まままままままままさか恋とかじゃないよね違うよね俺ちゃんと女の子好きだよねー!?)
「…ええ。飛び降りたのが放課後遅くで、その日は冬で、グラウンドも使われてなかったから、発見されたのは次の日だったそうです。下の階の地学室の窓際に座っていた生徒達が、やけにカラスが騒いでるからって、覗き込んで…」
「ま、まさかそれってカラスに…?」
「うん…。ちょっと喰べられてたって……」
「っげー。グロー」
風馬の軽薄な声が薄暗い廊下に響く。すでに灯りの落とされた校舎では、わずかな非常ドアの緑の光だけがうっすらと物の輪郭を捉えさせていた。
カタッ
「ん?」
最初に気付いたのは明治だった。
しかし気のせいかと廊下を歩く皆に歩調を合わせる。
ガタッ…
「え…?」
「どーしたんだ? アキ」
立ち止まった明治に気付いて、千秋も立ち止まり振り返る。
「今、俺達のクラスから物音が」
そう。一回目には気付かなかったが、あの物音は確かに自分達のクラス―二年六組から聞えてきた。
にやっと、風馬が笑う。
「そうか。行ってみようぜ。物音の原因を確かめるんだ」
「ええ!!?? 正気っすか!!??」
「うっせー吉川。大体考えてもみろよ。このまま進んでも、あの教室からバケモンが追ってきたら更に怖ぇと思わねえか?」
がしっと潤の肩に腕を回して、悪魔の囁き。潤はぐっと唾を飲み込み、こ…こあい…と呻いた。
「確かに、それは危険かもしれない」
と、勇騎も同意する。
「センパイが言うなら、そうなんじゃねー?」
「ち、千秋。それでいいの?」
けろっと言ってのける千秋に、明治が言った。
「だって、俺考えんのはニガテー」
「そのくせ、暗記系の科目はバカにいいんだよなあコイツ」
「うしし。一夜漬けは得意なんだぁー」
勇騎がふうっとため息を吐く。
「じゃ、柊兄弟と先生はどうする?」
風馬の問いに、双子はただ頷いて肯定し、水城もいいよと同意した。
「よおっし! んじゃ行こうぜ!」