夏の終わりの喫茶店
トウマ、17歳の夏
雨宿りしようと入った喫茶店で経験した不思議で切ないホラーラブストーリー
高校二年の夏休み。
トウマは部活の帰り道、突然の夕立に降られた。
「まいったなぁ。今日雨が降るなんて予報には無かったのに」
トウマは店先のテントの下に潜り込んだ。
回りを見渡すと初めて見る景色に驚いた。
「こんな場所あったかな」
見慣れない路地へ駆け込み、雨宿りできる場所を探していると、小さな喫茶店が目に入る。
「こんな場所に喫茶店あったかな?」
木製の看板には、少し掠れた文字で
「喫茶 月灯」と書かれていた。
古びた扉を開けると、小さなベルが優しく鳴る。
カランコロン
店内にはコーヒーの香りが漂い、古い柱時計が見てとれた。
どこに座ろうかと店内を見回す。
店内は混んでおり、窓際に空席は一つだけだった。
トウマと目が合うと、本を読んでいた少女は小さく微笑む。
「雨、すごいね」
その一言が、二人の始まりだった。
少女はニコッと微笑み手を差し伸べた。
彼女は「よかったら」とトウマに声を掛ける。
そわそわするトウマ。
だが、せっかくの誘いを断る理由もなく、彼女の言葉に甘えた。
本を持つ彼女の姿はどこか懐かしげに見えた。
「ありがとう。邪魔じゃないかな」
「邪魔だなんて。座って」
時計を見ると17時半。
おかしい。
さっきスマホの時計は18時を過ぎていたはずだった。
店内の時計は17時30分を指したままだ。
トウマの視線に気付いた彼女は声をかけた。
「あの時計?止まってるの。店長も直さないし、みんなもあの時間が好きみたい」
トウマはその意味を理解出来なかった。
時計が壊れていることは、今のトウマは特に気にはならなかった。
それよりも見ず知らずの自分を相席に誘ってくれたことにドキドキしていた。
「ここの喫茶店は初めて?」
「え?……あ、はい」
「あはは。そんな緊張しないで。面接じゃないんだから。私はユイ。あなたは?」
「トウマ」
「いい名前ね」
「あ、ありがとう」
トウマの視線は落ち着かず、オドオドしていた。
マスターが声をかける。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、キリマンジャロのホットをお願いします」
「トウマくん、不思議な人ね」
「そうかな」
「そうよ。初めて来た店でキリマンジャロを頼む人、初めて見たわ」
「昔に読んだ小説でちょっとね」
「あ、その小説知ってる」
「ほんとに?」
「主人公がキリマンジャロを飲むと感覚が研ぎ澄まされる話でしょう?」
「なんか嬉しいな」
「私も好きよ。その小説」
マスターも微笑みながら二人の会話を聞いていた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
気がつくと先ほどまで降っていた雨は止み、青空が顔を覗かせていた。
「雨、やんだね。そろそろ行かないと」
帰り支度をしながらトウマは恥ずかしげに言った。
「また来てもいいかな」
「やめてよ。私のお店じゃないのよ。私もトウマ君と話をしたいわ」
それからトウマは学校帰りに、何度もその喫茶店へ通うようになる。
少女も、いつも同じ席に座っていた。
好きな本の話。
学校の話。
将来の夢。
他愛もない会話なのに、不思議と時間はあっという間に過ぎていく。
店主は無口だが、二人を見ている時だけ優しく笑っていた。
ただ、少しだけ不思議なことがあった。
店に来る客は、どこか時代が違うような服を着ている。
柱時計は、夕方五時三十分で止まったままなのに、やはり誰も気にしていない。
ユイは店の外へ出ようとはせず、
「ここが一番落ち着くの」
と笑うだけだった。
トウマは、深く考えなかった。
ユイと過ごせる時間が心地よかったから。
夏休みが終わる頃。
トウマは、自分がユイに恋をしていることに気付く。
夏休み最後の日、その日もトウマは喫茶店へ向かった。
しかし、その日のユイはどこか寂しそうだった。
ユイは窓の外を見ている。
「ねぇ、トウマくん」
「なに?」
「もしかしたら今日でお別れかもしれない」
意味が分からず笑うトウマ。
「学校が始まるから?」
ユイは首を横に振った。
「まぁ、そんなところかな」
ユイは窓の外を見ながら照れくさそうに呟いた。
「私、あなたに会えてよかった」
その言葉だけを残し、ユイは優しく笑った。
翌日。
トウマは学校帰りに月灯に寄ってみた。
しかし見当たらない。
あれだけ毎日通っていたはずなのに店に辿りつかないのだ。
「おかしいだろ」
結局、喫茶 月灯はどこにもなかった。
路地はある。
けれど、喫茶店だけが消えている。
何度探しても見つからない。
近所の老人に尋ねてみた。
しかし、不思議そうな顔をしている。
「喫茶店?ああ、あの店か……」
老人は静かな声で続けた。
「ずいぶん昔に火事で燃えたよ」
しばらくの間、静けさが2人を包む。
「常連さんも何人も亡くなってさ」
トウマは言葉を失う。
老人は哀しげな顔で想いにふける。
「私も通っていたからね。いい店だったよ。
その時の新聞が残っているよ。見るかい?」
老人が見せてくれた古い新聞には、店主と数人の犠牲者の写真が載っていた。
火事で全焼……10年前だ。時間は17時半。
「だからその時間で止まっていたのか」
信じたくはなかった。
当時の新聞の犠牲者の中にユイの名前もあった。
トウマの目から涙が溢れていた。
夏が終わった。季節は何度も巡った。
月日は流れ、トウマもいつしか大人になっていた。
あの日のような雨の日にいつも思い出す。
コーヒーの香りに足を止める。
月灯に似た喫茶店を見ると、つい立ち止まってしまう。
窓際の席に彼女が座っていないかと。
もしかしたら、また君に会えるんじゃないかと。
トウマは微笑み静かにコーヒーを注文する。
「キリマンジャロ、ホットで」
あの日と同じ窓際の席に腰を下ろす。
「あの日、君と過ごした夏は楽しかったな」
返事はない。
あの時と同じキリマンジャロの香りが、トウマの目の前に差し出される。
ふと目の前を見る。
そこには誰もいない。
それでもあの日の彼女の笑顔は、今もトウマの心の中にしっかりと残っていた。
完
最後まで読んで頂きありがとうございます。
また、掲載を笑顔でOK してくれたトウマさんに感謝しています。
レンタル肝試しに一緒について行ってくれる人のトウマさんの原点となる物語。勿論、フィクションです。




