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青い乙女と銀のツバサ ―名もなき少年が描く自分の物語―

作者: 松下一成
掲載日:2026/01/24

その国には、古くからの決まりがありました。


それは「名前を呼ばれなかった子どもは、森の社に仕えなければならない」というものです。


ある少年はその役目をすることになり、朝起きると森へ向かい、毎日、社の掃除をしては帰ってくるという暮らしをすることになりました。


社には神さまの像も、祈りの道具もなく、ただ木でできた部屋がそこにひっそりとあるだけでした。


彼は戸を開けて風を通し、掃き掃除をしたあと、川で汲んできた水を使って床を拭き、社を毎日きれいにしました。


そしてやることが終わると、決まってひとり縁側に座り、鳥の声や木々のざわめきを聞くのでした。彼にとってそれが何よりの楽しみでした。


―ある日、縁側で座っているといつの間にか寝てしまい、そこで夢を見ました。


自分が部屋の中の壁を叩き、低い音のする場所を見つける夢です。


目を覚ますと、彼はその夢の通りに壁を叩いて周ることにしました。すると低い音がする場所を見つけます。ていねいに板を外し、中を覗いてみるとそこには古い本が入っていました。


けれど、彼は文字を読むことが得意ではありません。


もう一度、中に何かないかほうきを入れてガサガサと動かすと「チャリン」という音がして何枚かのお金が床に散らばりました。


わずかなお金を見つけた彼は、町に戻るとガラクタ市場へ向かい、そこで辞書を買い、また社へと帰ってきました。


「これで、僕にも読めるかもしれない」

 少年はさっそく古い本を開き、辞書を使ってみました。


「よかった、なんとか読むことができる!」


 古い本には少年が知ることのなかった町の外のことが描かれていました。


 見たこともがない動物、すごく大きな山のこと。


 少年は外の世界がどうなっているのか気になりはじめました。


それから彼は、掃除を終えると縁側に座ってゆっくりと本を読み進めていくことにしました。


そして、ついに最後のページに辿り着き、きちんと読み終えることができました。


すると少年は満足したのか、あの日と同じようにいつの間にか寝てしまいます。


やがて目を覚ましたとき、部屋の中央にひとりの乙女が正座しているのに気が付きます。


乙女は澄んだ青い服をまとい、静かな目で彼を見つめています。


「ずっとここにいたよ。君が気づくのを待っていたんだ」


乙女は言いました。


「この国の人々は心の色をなくし、わずかなあざやかさを取り合っている。でも君は、本を読むことで、自分の中に輝きを見つけた」


そう言って乙女は彼の使っていた辞書を手に持つと、それは銀色の筆になり、それを使って少年の体に模様を描き始めます。


背に、腕に、足に。模様は輝きとなって彼に宿ります。


「おや、キミには名前が付いてないね。なら私が付けようか」


 そう言うと乙女は彼の正面に立ち、そして空中で筆を動かしました。


「キミは今日から銀のツバサを持った私の友だ。だから名前は月翔ツカサにしよう」


そして乙女に渡された赤い布を体にあてると、それは乙女の着ている服とお揃いのものになりました。


「さあ、羽ばたいてごらん」


社の外に出て、ツカサが心の中でツバサを思い描くと、背中に描かれた模様が銀に輝くツバサとなり、広がりました。


ひと羽ばたきで宙に浮き、もうひと羽ばたきで夜空へ。見下ろす町には灯りがともり、人々の暮らしが小さく揺れていました。


「きれいだけど、美しくはないですね」


「そうだろう?彩はわずかになってしまったからね。だから君には、私が見えるんだ」


乙女は空を指さしました。


「このまま、どこへでも飛んでいけるよ」


ツカサは彼女を背に乗せ、夜の向こうへ。


2人は、いつまでも夜空を照らしながら、遠く遠く飛んでいきました。


その夜、ツカサと乙女は、町をあとにしました。


この町から輝きが飛び立ったことに人々はまだ気づいていません――


けれど、いつの日か気づくことになるでしょう。


それはきっと、ツバサを持った名の有る少年がこの街に帰ってきた時になるのかもしれません。


おしまい。

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