資本主義の怪物4
また別の日、これまた彼と飲み交わしていたのだが、彼が突拍子もないことを言い放った。
「お前、彼女作らねぇの?」
私は絶句した。彼は私が好きだった人と交際していることを忘れたみたいだ。いや、覚えているのかもしれない。どちらにせよ彼の頭は故障っているらしい。
「いやぁ、どうなのかな。」
「どうなのかなって何だよ。最後に付き合ってたのはいつ?」
「中学生の時だったかな。」
「まじかよ! まぁいいや、その子とはどういう感じだったの?」
私は、相変わらずの圧を押し返せず、その時の話を彼にした。
「あー、そりゃダメだ。愛情は伝えなきゃ。その子が可哀想。」
私は流石にカチンとくるものがあったので、私の得意分野を喧嘩の舞台にすることにした。
「君は、夏目漱石の話知ってる?」
「漱石? なに、知らん。」
「あの人はね、I love you. は月が綺麗ですねと訳しなさいって言ったんだ。」
「ん、え? どういうこと。」
「月が綺麗ですねなんて導入言葉、友達には使わないでしょ。好きな人と話を弾ませる前置きで言うもんさ、多分。」
「あー、それで?」
「だからつまり、好きな人にしか言わないんだからアイラブユーと同じ言葉だってこと。君には情緒という余白が欠けてるんだ。」
「なんだそれ! 回りくど。そんな曖昧なのダメだめ。やっぱ、あなたが好きだ!ってはっきり言わなきゃ。伝わらない愛なんて持ってても仕方ないだろ。」
私がため息つこうとするのさえ遮って彼は続けた。
「だいたいな、そういうところがお前の曖昧な性格を作ってるんだよ。そんなんじゃビジネスマンになった時に海外でやってけねぇよ。」
「なんでさ。」
「それこそお前、日本語と英語の違い知ってるか?」
「え? 違いって、全部違うじゃないか。」
「はぁ。あのな、英語ってのは基本的に主語が抜けないんだ。お腹空いたはI'm hungry.だし、ついてないねはYou had bad day.だ。日本語ではいちいち、私はお腹空いたとか、あなたはついてないねって言わないだろ。英語は私とあなた、彼や彼女をはっきりと言って分けるんだよ。日本語は私とあなたを主張せず曖昧なんだ。特にお前んとこの関西は顕著だな。曖昧どころか、あなたを自分って言って一緒にするんだもんな。とにかく、言語ってのはその言葉を使う国の人の国民性から来てると思うぜ。自分は何だ、自分はどうなんだ、ってのをはっきり持ってないと海外の人に相手にされねぇんだよ。」
「いや、まぁ。僕は日本語も日本人のそういうところも好きだけどな・・・。」
「まぁ、3流ビジネスマンで終わりたきゃそれで良いんじゃない。ただ、何でもかんでも海外の真似事する奴らいるだろ。あれも俺からしちゃあ、自分を持ってないのと同じだね、むしろタチが悪いってもんだ。何でも価値ってのは創造するもんだからな、真似事や追いかけっこじゃダメだ。」
彼の繋げ力と論破力によって、私の沈黙は通常運転であった。
この沈黙の間に、祖父との想い出が蘇ってきた。




