第5話「狂戦士と呼ばれた男」
部屋の中は重々しい空気に包まれていた。それもそのはず、この部屋にこのメンバーが集められている事が緊急事態を意味すると言っても過言ではないからである。
部屋の中心に置かれた円卓には5名の人物が腰掛けていた。1人はこの国の最高権力者、神・神田さん。先日のネメシス襲撃の件があるのだろうか、顔の前で組まれた手から覗くその表情はどこか険しかった。
「おいおい、最高神様ともあろう御方がそんかクソでも詰まったような顔しちゃいかんだろうよ」
重い空気を切り裂いたのは、中年風の男だった。円卓に肘を付き頬杖をつき、最高神に対して軽口を叩くその態度は、この場に相応しくないと言っても過言ではない程に朗らかであった。
「口を慎めキャンサー!神の御前だぞ。」
その軽口を諌めるように、語気が強めの女性の声が響く。キャンサー呼ばれた男の向かい側に腰掛けるその女性は、注意した後に申し訳ございませんと、最高神へと深々と頭を下げる。
「陛下が思い悩むのも無理はないだろう。今まで沈黙を貫いてきた奴らが、突如として再び喧嘩を売ってきたのだ。それも、わざわざ重鎮連中が集まっている場所でな」
「私達が招集されたのも、その件…でお間違いないでしょうか?」
腕を組み、冷静な態度で淡々と事実を述べる男。そしてそれに追従するように言葉を続けた眼鏡の男。
円卓に腰掛ける彼らは、先日のネメシス襲撃の件で招集された、各地方を治める領長、最高神の4人の配下「ナイト・オブ・神」だった。彼らはそれぞれ「破壊」・「時空」・「生命」・「創造」の名を最高神より与えられ、最高神に次ぐ権力者として世界を治めている。
「うむ。その通りだ。先日の晩餐会にてネメシスに襲撃された事は、皆既に周知のことだろう。今はパニックを避けるために王宮内にて箝口令をしいてはいるが、これが国民に広まるのも時間の問題だ。そこで君達に状況を見ての率直な感想、意見を聞きたい。まずは…セシリア」
「はっ!…5年前の奴らの侵攻の際ですが、恐らく奴らは本気で侵攻してきた訳では無いかと。王都まで侵攻を許したにも関わらず、王宮内は無傷だった。魔族大戦はいわゆる、テストだったのではないかと。」
「生命」の名を与えられし女性、セシリアはそう答えた。
「ふむ…テスト…か。つまり今度こそは奴らも本気でくる…と?」
「恐らくは。この5年という月日はテストで得た情報をもとに、力を蓄えていたと考えて間違いないかと思います。
が、こちらもそれは同じこと。同じ鉄は踏みません。ランシェル、軍備はどうなっている?」
「…先の襲撃によりシュバリエ№6が落ちました。まずはこの欠員の補充が最優先事項でしょう。残りの9名のシュバリエにも意見を仰ぎ、早急に体制を整える必要があります。
また、各地方に近衛騎士団を派遣し、関係各所警備の強化、及びネメシスの対策に充てる準備は既に進めています。」
資料に目を通しながら眼鏡の位置を修正する男。ランシェルと呼ばれる彼は、「破壊」の名を与えられており、軍備に関する諸々を統括していた。
「流石は坊主。仕事が速いじゃないのぉ」
「茶化さないでくれますかキャンサー閣下。そう言うアナタも既に諜報部隊を編成し、各地に派遣しているでしょう。」
「あれ?なんで知ってるのよ。実はオジサン有能でしたってパターンを目指してたのに。まぁ…残念ながらあの”奇面”という奴は飛び抜けて優秀だねぇ。尻尾すら見せないよ。何処へ消えたんだか…」
「時空」の名を与えられた神、キャンサーはそうボヤくとお手上げと言わんばかりにため息をついて頭の後ろで手を組んだ。
「しかし、軍備だけでは充分な対策とは言えないだろう。5年前とて軍備が穴だらけだったわけではない。ネメシスの力は常に我々の想定を超えていた。
恐らくだが、奴らの言う6人の人物は我々にも匹敵する程ではないだろうか」
淡々と言葉を繋げる彼はレグルス。「創造」の名を持つナイトの一角である。
「おっほい、レグルスちゃんとんでもねぇ事をサラッと言っちゃうねぇ。仮にも神を名乗る俺たちに匹敵するだなんて、世界の均衡がちゃぶ台返しよ?」
「私もレグルスの意見に同じだ。5年前のが本気ではないとするならば、奴らの底力は計り知れない。我らナイト・オブ・神に匹敵する者がいても不思議ではない。」
「僭越ながら私も同意見ですね。それに恐らく、彼ら6人にはそれぞれ得意分野があるかと。例えば”奇面”、彼は諜報能力等に長けている。5年前に軍の指揮系統が乱れたのを覚えていますか?…恐らく、変装能力に長けている”奇面”が内部に入り情報を撹乱したのでしょう」
「出した覚えの無い指示で部隊が動いていたアレか…。結果、王都にまで侵入を許してしまった」
「しかし本気じゃなかったとはいえ、王都にまで来てさっさと逃げるもんかね?世界を取る気だったのなら、そのままいっちゃってもいい気がするもんだけどねぇ。」
「…どういう事だキャンサー。つまり、奴らには別の目的がある…と?」
「ハッキリと断言はできないけど、少なくともオジサンなら、例え想定外でも目的が達せそうならそこでやっちゃうよって話。ってことは…奴さんの目的は”世界の統治”だけじゃないんじゃないかってね」
キャンサーの言葉に全員が考えるかのように黙り込んだ。今ある情報では、肯定も否定もできない…というのが現状なのだろうか。あらゆる可能性が捨て切れない。
「ふむ、皆の意見はよくわかった。ひとまずはシュバリエの欠員を補充せねばならぬな。まずは候補者の選定から始める必要があるな」
「あ〜ぁ、ベルセルクちゃん帰ってきたらいいのにねぇ」
「№5が彼との親交が深く、度々顔を合わせてはいるろうです。。…が、復帰は難しいだろうというのが報告であがってきています」
「そっかぁ…数少ない魔術の使い手だから、とんでももない戦力なんだけどねぇ…」
かつて、シュバリエの1人に「狂戦士」と呼ばれた男がいた。誰をシュバリエにするかと考えた時、誰しもがまず頭に浮かぶ人物なのだが……
「ま、仕方ない。他をあたるしかないね」
やれやれと困ったように肩をすくめ、天井を仰ぐキャンサー。他の神達もどこか思うところがあるような表情を浮かべながら、それぞれ候補者の人物の名を挙げていった。
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ネメシスの襲撃から数日。あの一件は、パニックを避けるために公開はされていない。しかし、国の一大イベントである晩餐会、国民の注目度も高く、何かが起きたというのは既に知れ渡っているようだ。根も葉もない噂もあれば、核心に近い噂も流れている。今や城下は、その話で持ち切りという事らしい。
また、晩餐会の前と後では明らかに王都の警備が厳しくなったのも、その噂の流布に拍車をかけていた。普段は滅多とないシュバリエが王都巡回任務にまで駆り出されているのを見れば、何かがあったと考えるのは自然な流れだろう。
「やはり、真相が知られるのは時間の問題でしょうね。」
「混乱を避けるためとはいえ、俺は隠し事が向いてへんからキッツイわぁ…。連中の目線が痛いねん」
「仕方ありませんね。これも民を守るために必要な事ですし。……というか、皆がジロジロ見てるのは、サイルさんが仕事してるのが珍しいからじゃないでしょうかね?」
「え!?町の人ですら俺の扱いはそんな感じなん!?なんで!?ちゃんと仕事してるやん!!」
焼き鳥の串を咥えながら言う台詞が「仕事をしている」となると、グルメレポートが今回の任務になるのだろうか。そんな事を考えながら上司の悲痛な叫びを華麗に無視したアイラは、人通りの多い城下の大通りを歩いていた。
ネメシスがどこに潜んでいるか分からない以上、こうして巡回の頻度を上げる事が今できる最善の手と言うのが何とも無力感を強くする。
「あ、せや。せっかく城下に下りたんや。鎌のおっちゃんところに顔出しとこかな」
「お邪魔しても大丈夫なのでしょうか?王宮の軍備調整の影響で、鍛冶師への武具の調整依頼が山のように来ていて手が足りないと工房組合から報告がありましたし…」
「それは一般兵士の武器の話やろ?おっちゃんところは、俺らシュバリエ専用のやつみたいな変態武器専門やからいつもと大してかわらんのちゃうけ?」
「せめて特殊武器と言いませんか…」
シュバリエは、各々が得意とする専用の武器を持っていた。サイルがいつも所持している二対の剣も、サイル専用に鍛え上げられた双剣である。他にも、オルステッドならば剣、フィルならば槍と、その形状は様々。全て希少価値の高い「神合金」と呼ばれる物を使い、使用者に合わせて鍛え上げられている。最強の騎士達に贈られる最強の武器ともあって、それを作れる人物は非常に限られている。その内の一人が、サイルの言う「鎌のおっちゃん」なる人物だ。
彼の鍛冶工房は、大通りから少し外れたハードボイルドな雰囲気漂う路地裏にあった。とても重要な役割を担う鍛冶師の営む工房とは思えない程ひっそりとしている。アイラもサイルに連れられて何度も訪れた事があり、このリズム良く聞こえてくる金属音もお馴染みのものとなっていた。
「…んぎっ…ご…っ!!!相変わらずボッロイかったい扉やのう…っ!おーい、鎌のおっちゃん邪魔するでぇ。」
年季の入った扉を軋む音を立てながら開くサイル。何の変哲もない挨拶をした瞬間、金属音が止まり、奥から何かが迫ってきた。
「━━━━━馬鹿野郎っ!!!!」
奥から出てきた人物の拳は、綺麗にサイルの頬をとらえた。きりもみ回転しながら扉ごと表の路地へ吹っ飛ぶサイル。
「大声をだすんじゃねぇぇぇぇ!!!!刃が痛むだろうがぁぁぁぁ!!!!」
大声を出すなと大声で叱責する店主。身長2mはあろう筋肉隆々の漢の頭には、鎌が柄の部分から突き刺さっているという1度見れば忘れない衝撃的な容姿をしていた。
「む?アイラではないか。久しいな。という事は今私が殴り飛ばしたのはサイルか?」
「ご…ご無沙汰しております…」
引き攣った笑いを浮かべながら挨拶をするアイラの後ろでは完全にKO状態のサイルとへし折れた扉があった。
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「……なるほど。メンテナンスの周期はまだと思っていたが…そういう経緯があったのか」
サイルの双剣を手に取り刃の状態を見ながら、鍛冶師・デスサイズ鎌田はそう口にした。
「はい。城内では箝口令が敷かれていますが…後日、正式に王宮より専用武器のメンテナンス依頼と、今お話した内容が伝えられるかと。」
店内の椅子に腰掛け、床で転がっているサイルをよそに事の顛末を話す2人。いま何が起きているのかを理解すると、納得したかのようにデスサイズ鎌田は頷いた。
「糸目の小僧にしては随分と念入りだな。やはりネメシスはそれ程までに強大な敵ということか」
「えぇ…。少なくとも5年前よりは確実に強力になっているとサイルさんも私も考えています。あのクラスの者が6人もいるとなると…」
「警戒せざるを得ないというわけか。…しかし、この状況でシュバリエが一人落ちたのは痛手だな。戦力としては勿論、士気にも関わる」
シュバリエという存在は実力もさることながら、その存在による影響も大きい。兵士や騎士の憧れの者が居る、ただそれだけで士気がどれだけ左右されるのかは言うまでもない。だからこそ、早急に体制を整える必要があるのだ。
上層部では既に候補者の選定が進められているとの事らしいが、正式に確定するのには時間がかかることだろう。
「あの…鎌田さんは”ベルセルク”についてはご存知ですか?サイルさんに聞いてもいつも流されてしまって…」
かつてシュバリエであったベルセルクと呼ばれる人物。新しいシュバリエの選出の話の流れで、それを思い出したアイラはおもむろに問いかけた。
デスサイズ鎌田は最初は少し驚いた表情だったが、気絶して転がっているサイルに少し目線を向けた後に話し出した。
「…そこに剣が1本置いてあるだろう。
あの剣の名は”ドレイク・ハウリング”。持ち主の魔力エネルギーと共鳴し、魔力を増加させると言われている剣だ。
元シュバリエ№6・エルクの武器…貴様が知りたがっている「ベルセルク」。その人物の専用武器よ。」
デスサイズの指さした先には、鞘に収められたままの剣が一振り置かれていた。丁寧に装飾が施され、柄の中心には怪しげに光る球体がはめ込まれている。隅々まで手入れが行き届いているのだろうか、まるで新品かのような綺麗さが遠くから見てもよくわかる。
「や…やはりご存知なのですね…っ!」
「無論だ。奴とサイルの武器は私が鍛えた物だからな。よくこの工房にも足を運んでいた。が、数年前に奴は剣を預けた後、ここには姿を現してはおらん。」
「な…なぜ…?大戦で大きな戦果を挙げたというのは存じてますが、それ以降戦わなくなった理由と結びつかなくて」
「そうか。サイルはそこは伏せていたのか。いや、まぁ仕方あるまい。状況が状況なだけに、知る事になるのも時間の問題だろう。
奴は大戦後間もなく、軍を去ることになった。いや、去らざるを得なかったと言うべきだろうか。
……奴は戦わなくなったのではない。”戦えなくなった”のだよ。」
一瞬、言葉の意味が理解できず、時間が止まっってしまったかのように静止したアイラ。
戦えなくなった…?考えられるとするならば怪我、いやしかしそれならば後方支援に回るなどの道がある。軍を去らざるを得なくなった理由というのは……
「そ…それってどういう━━━━━━━」
デスサイズ鎌田の語るベルセルク「エルク」という人物の輪郭が少しばかり見えてきた。デスサイズ鎌田に聞けば、その人となり、そしてなぜ今は姿を消しているのかを知る事ができると確信した時だった。
「━━━━おやっさん、やってる?」
先程破壊された工房の扉が、大きい音をたてて開いた。するとそこには、サイルと同じくらいの年の人物が立っていた。
まるで友人を尋ねてきたかのような軽い調子のその人物に、アイラは見覚えがあった。
数日前、単独で賊の調査に行った時に現れた謎の人物。確実に魔族に通じている為に調査すべきとサイルに進言していたのは記憶に新しい。釣竿こそ今は持って居ないが、特徴的な黒と白の頭髪、左右で色の異なるオッドアイ…1度見れば忘れる事は中々ない男がそこに立っていた。
「「「あ」」」
そこに居合わせた3人が同時に声を揃えた。




