第4話「宣戦布告」
オルステッドによって、最高神へと振り下ろされる剣。しかし、その凶刃は最高神へとたどり着く前に、鈍い金属音を会場に響かせ止まった。
「━━━━そう簡単に王は取らせへんでぇ……っ!!!」
オルステッドの剣を両手に持った2本の剣で受け止めるサイルの姿がそこにはあった。
「━━━━王手にはまだ早いわよ」
間髪入れずサイルの傍らから、フィルの凄まじい速度の槍がオルステッドを襲う。
再び大きな金属音が会場内に響き、オルステッドの身体は身体を仰け反らせながら大きく後退した。
僅か数秒足らずの間に起きた暗殺未遂。会場にいる誰もが、状況を理解できていなかったことだろう。ただ、見たままを言うのであれば、シュバリエが最高神を狙い、シュバリエがまたそれを防いだ。
かろうじて思考停止を免れていたアイラだったが、やはり状況は理解できなかった。なぜオルステッドが最高神を?その答えを探している内に、サイルが言葉を続けた。
「いやぁ、ギリっギリやわホンマ。
ようこんな厳重な警備の中をくぐり抜けて来おったのぉ。もうちょい遅かったら、危うく今夜のメインディッシュが陛下になるところやったやんけ。」
「ご無事ですか陛下。ここは危険です。お下がりください。オルステッド……彼はもはや我々の知るシュバリエ№6ではありません。」
「ぬ……、状況がイマイチ読み込めぬが、ひとまずは感謝する…!」
流石は最高神と言ったところだろうか。今まさに暗殺されそうになっていたにも関わらず、その表情に動揺の色は見えない。しかし、最高神も状況はあまり理解できていないのだろう。すぐには下がろうとせずに、オルステッドに目線を向けた。
そのやり取りを見て、オルステッドがようやく口を開いた。
「計算が狂ったな。お前らが来るのはもう数分遅いはずだったが…。……あぁ、そうか。”コイツ”の普段の行動を忠実に再現し過ぎたのか。これだから女の尻を追いかけるだけの奴は……」
それは普段のオルステッドではなかった。自信家で、自己顕示欲が高く、しかし貴族としての誇りを持ったシュバリエ№6の姿はそこには無かった。彼の言葉を聞いた会場内の誰もが思った事だろう。この人物はオルステッドではないと。
このオルステッドの姿をした者は一体何者なのか、誰もがその答えを求めた時、フィルが問いかけた。
「冷静に分析をしているところ申し訳ないけど、アナタが何者なのかを聞いてもいいかしら。…この後に及んで、オルステッドです。だなんて冗談は言わないでね。」
「……シュバリエ№6、オルステッド・クリーチャーだ。」
「いや、せやからもうそれは味せんねんて」
「手厳しいな。もう少し天下のシュバリエ様の気分を味わってもいいだろう。…ま、そのシュバリエ様も5年経つうちに随分とお子様向けになったようだが」
そう言うと、オルステッドらしき人物は持っていた剣を眺め始めた。それはオルステッド専用に鍛えられた武器。シュバリエはそれぞれが専用の武器を与えられており、それらは彼らを象徴すると言っても過言ではない。
しかし次の瞬間、その象徴は真っ二つにへし折れた。
「やはり、オルステッドを殺したのはアナタなのね。」
フィルの言葉に会場内がどよめいた。アイラもその言葉に驚きを隠せないようだった。
シュバリエはこの国最強の騎士達である。彼ら一人一人が戦況が大きく変化させる程の実力を持っていると称されるほどだ。それが━━━殺された…?
「俺もガキの頃はシュバリエに憧れたものだったんだがな。”いつかさいきょうのきしさまになってやる”って息巻いてた頃が懐かしい。…いつからモヤシでもジュバリエになれるようになったんだ?」
「ほぉ〜中々言いおるやんけ。モヤシでも炒めたら中々美味い事をさては知らんな?」
「おっと気を悪くするなよ。モヤシ炒めは俺も嫌いじゃない。栄養価が低いのが偶にキズだが…」
「2人で盛り上がらないでくれるかしら。アナタ…その口ぶりからするに、5年前に侵攻してきた”魔族”ね?」
アイラはフィルの言葉を頭の中で反復した。
魔族……5年前に突如として世界各地で侵攻を始めた者達。当時、アイラは騎士学校の生徒であり、王都まで攻め込んできた魔族をたまたま目撃していた。
全身をローブで身にまとい、仮面を付けた不気味な者達。少数ながらも「魔術」を自在に操り王国軍を苦しめていた。
「おいおい、感動の再会だっていうのに随分なご挨拶じゃないか。”魔族”だなんてそんな物騒な呼び方をしてくれるなよ。……っと、それもそうか。そういえば自己紹介をしていなかったな。」
その反応で、会場が再びどよめいた。
魔族が再び現れた。それも、晩餐会という国にとって大きな行事の最中に。ここ数年大きな動きが確認されていなかっただけに、晩餐会の参加者の動揺は目に見えて分かるほどだった。しかしそのどよめきも、すぐに消えることとなる。
「まぁそう騒いでくれるな。ちゃんと自己紹介をしてやるからよ。━━━━━コイツがな」
瞬間、オルステッドの横の床に円形の幾何学模様が現れ鈍く光り出した。そしてそこに、うっすらと1人の人物の姿が現れる。全身にローブをまとい、6つ目の特徴的な仮面をつけた人物が。
『御機嫌よう、王国重鎮の諸君。こうしてお話をする時間を頂けたことに感謝する。
最高神よ。この国の…いや、世界の最高権力者たる君に、この場を借りてお伝えしたい事があり、本日はお邪魔させてもらった』
「私に伝えたい事…?なるほど、聞こうではないか。お主達魔族について、我々はもっと知らねばならぬ事が多い。有意義な話を聞ける事を期待する。」
『最高神よりそのようなお言葉をいただけるとは光栄だ。では改めて……私の名は”ハーディン”。君達が魔族と呼ぶ者”ネメシス”をまとめている者だ』
「”ネメシス”…とな?それがお主達の名か」
『いかにも。私達の目的はただ1つ。
君達”神”に代わりこの世界を統治する。世界を統べるの相応しいのは、我々”ネメシス”である事をここに宣言させてもらう。』
神を排除し世界を我が物にする。それが5年前突如として侵攻してきた魔族…改めネメシスの目的。
ネメシスの長、ハーディン。そしてネメシスの目的、突如として大きな情報の波に覆われた会場は動揺のあまりか静まり返っていた。いや、反応出来なかったという方が正しいのだろうか。有史以来、神に直接反旗を翻した事など無かったのだから。
「世界を統治…やて?どえらいボケかましてくれるやんけ。自分らがどんだけの力持っとるんか知らんけど、んなもん出来るわけないやろ!」
『君は、シュバリエ№5サイル君だね?とても優秀だと聞いている。是非とも我々の仲間になって欲しいくらいだ。
私がボケていると言うが…では聞こう。№6オルステッド君は何故あっけなく死んだのか。……単純な話だ。私の横にいる彼が、オルステッド君よりもはるかに優れていたから…ただそれだけだ。』
「確かにソイツはシュバリエ級…いや、それ以上かもしれん。せやけど、そいつとお前だけで取れるほど世界は甘ないっ……」
『━━━━あと5人いる』
その言葉は、今まで底が知れなかったネメシスの力の一遍が見えたかのように思える一言だった。
「5人……?シュバリエを子供扱いするような奴が…あと5人も……?」
先程、凄まじい殺気を直接感じたアイラには、それが何を意味しているのかがよくわかった。わかってしまった。
『私の下に集ってきてくれた者達は皆優秀でね。特に彼を含めた6人の者達は、その非凡な力を余す事なく発揮してくれるのだよ。
”白夜”・”邪神”・”剣魔”・”紅蓮”・”狂犬”・”奇面”
いずれ全員を君達に紹介する日も来るかもしれない。私の横の彼は”奇面”と呼ばれている者だ。』
「…その呼ばれ方は好きじゃないな。それに俺は裏方だ。俺を抜いて5人でいいだろっていつも言っているだろう。化け物どものバンコクビックリショーに俺を参加させるな」
オルステッドに変装していた人物、”奇面”と呼ばれるその者は、どこか不貞腐れたようにため息をついた。シュバリエの一角を容易く落としておきながら、まるで戦闘には自信が無いかのような発言は、会場内の者を絶句させるには十分過ぎた。そう、あのサイルですらこの時ばかりは目を見開いたまま何も言えないでいた。
『驚かせてしまったかな?だが、私達が本気という事は少しは理解できただろう。改めて宣言させてもらおう。
━━━━”ネメシス”に世界を渡してもらう』
「━━━━━そんな事はさせない!」
ネメシスの脅威にその場にいた誰もが絶句していた。しかしその静寂を切り裂くように、その声はネメシスを否定した。
何故、身体が動いたのだろうか。恐怖で上手く身体を動かせないというのに、自分では絶対に敵わない相手とわかっているのに、気がつけばアイラはハーディンに向けて叫んでいた。
「貴方達が何故神に代わって世界を取ろうとしているかは分からない。でも、例えどれだけ力を持っていようとも、平気で一般市民を傷つける貴方達に世界を統治する資格なんて無い!」
『ほう…?君は…近衛騎士か何かかな?失礼、あまり末端の者の顔は把握していなくてね。』
「私はアイラ。民を守り、国に牙を剥く者を排除する王国騎士の1人だ!」
何故、ここでハーディンに対し反論したかは分からない。しかし本能が叫んでいた。彼らを絶対に思い通りにはさせてはいけないと。過去に一般市民としてネメシスの被害を目の当たりにしたアイラだからこそ、その強い気持ちを抑えることはできなかった。
『王国騎士のアイラ君…か。まずはこの状況下で、私達に対し明確に否定の意を唱えるその勇気に、拍手を贈りたい。
さて、質問させて欲しい。君の言う”統治する資格”とは一体何を指すのだろう?学が浅く申し訳ないが、ご教示いただけるだろうか』
「そ…それは…」
「ハーディン。おしゃべりを楽しんでるとこ悪いが、ここら辺にしてくれるか。これ以上いると、他のシュバリエ…最悪ナイト・オブ・神まで来るかもしれない。流石に骨が折れる。」
『これは失礼した。つい話し込んでしまったようだな。まぁ目的は果たせた、ここいらでお暇するとしよう。
申し訳ないねアイラ君。また会う事も会うだろう。その時にでも、今の問いの答えを聞かしてくれる事を楽しみにしているよ』
ハーディンの言葉が終わるや否や、足元で鈍く光っていた円形の幾何学模様がゆっくりとその光を失う。それと同時にハーディンの姿が、まるで水に溶ける絵の具のように揺らいでいく。
『諸君、また会おう』
その言葉を最後にハーディンの姿は完全に消えた。
「さて…俺も逃げさせてもらう。…あ、そうだ。おい糸目!」
「誰が糸目やねんボケナス!ぱっちりお目目やろがい!!」
「”ベルセルク”は元気か?」
ハーディンの問いかけに対し、何故即座に答えることが出来なかったのかと戸惑うアイラが、我に返るきっかけは、奇面のその言葉だった。
「長い事王都にいたが、ベルセルクの噂を聞かなくなった。退役してるって話だが……お前、ちょくちょく会ってるんだろう?」
「ふんっ!今も昔も変わらずバリッバリじゃボケ!見とけよ、アイツが戻ってきたらお前らなんぞギッタンギッタンにしたるからの!アイツが!!」
「戻ってきたら…か。やはり”あの噂”は本当だったようだな。……おっと、俺まで無駄話をするところだった。じゃあな」
奇面はそう言い残すと、軽快な足取りで窓へと走り大きなガラス音を出して外へと飛び出した。その音に我を取り戻した各警備兵が「追え!」と口々に叫び駆け出す。
「…大丈夫?」
一気に緊張の糸が切れたのか、思わずその場に膝をついたアイラ。特に激しい運動をしたというわけではないのに、肩で息をしていた。そこへ心配そうに声をかけたのはフィルであった。
「よくあの状況で彼らを真っ向から否定できたわね。あの六つ目仮面…ハーディンだったかしら。彼の言葉を借りるわけじゃないけど、本当に勇気ある行動よ」
「フィルさん…いえ、無我夢中で…。でも絶対に彼らに世界を統べる事はできないって思ったんです。理由は…わかりません…。そう言わなきゃとか思ったとしか」
「理由はどうあれ、アナタの行動は私達の立場を明確に示した。それは様々な面でもとても重要な事よ。本来なら私達がすべき行動だったんだけどね。」
ネメシスが去った後の場内は混乱と動揺と焦りが錯綜していた。最高神はナイト・オブ・神に招集をかけようとしているのだろうか。少し慌てた様子ながらも冷静に側近に指示を出しながら会場を後にしていく。
毎回粛々と開催され、特に何事もなく終わるはずであった晩餐会。しかし、ネメシス襲撃という大きなアクシデントが発生したためか、いつもならそろそろ下火になっていく喧騒が収まる様子は無かった。
「…ちょ、そこの兵士くん。さっきの俺…だいぶダサなかった?イキって吠えてもーたけど結局人任せ発言してたやんな?」
「…あの子は自分がどうカッコよく映るかしか頭にないのかしら。」
呆れた様子でため息をつくフィルに、いつもの事ですとアイラはいつものように苦笑いを返した。




