第3話「王宮晩餐会」
「彼は魔族…少なくとも関係者ではないかと」
件の調査任務の翌日。あの後、騎士団に報告を入れ倒れていた賊を全員捕縛する事ができた。これで今後被害が出ることはないだろうと安心する反面、やはりあの「釣り男」の存在がアイラの中で引っかかっていた。
「ほんほん……魔族……なぁ。せやけど、報告書からはそいつが「男」なんと「釣り好き」って事くらいしかわからへんで。流石にこん情報だけやと探しようもないわ」
王宮内、各シュバリエに与えれる専用の執務室にて、椅子に腰掛けサイルはアイラの調査報告書に目を通していた。
「そ…それは…確かにそうですが…。状況から見て、彼が騎士…少なくとも私以上の実力を持っていることは確かです。一般市民でそんな人が居るとは考えられませんし…。魔術的な何かで賊を全員倒したと考えてもおかしくはないかと。」
「ん〜、まぁ言いたい事はわかるで。せやけど、その肝心な倒すところを見てへんやん?もしかしたら第三者正義のヒーローが颯爽と現れてぶちのめした…って事もあるやん?その間に釣り男君は逃げた〜的な。」
「その場合、それはそれで調べるべきです!王宮関係者でもないのに、そんな力を持っているのは我々にとっても見逃せない事態かと!」
執務室内に、何回目かのアイラが机を叩く音が響き、サイルが肩をビクっとさせた。さながら蛇に睨まれた蛙のようだ。
サイルとてアイラの言う事を頭から否定しているわけではない。確かに、騎士であるアイラが困難と言わざるを得ない状況を切り抜けた人物がいる。それも王宮の敵かどうかもわからない奴ともなれば、見過ごしておくわけにはいかない。だが、推測で動ける程騎士のフットワークは軽いものではない。
「そうだ!たしか彼は商人とよくあそこで釣りをしていたと言っていました!あそこをよく通っていた商人を当たれば或いは…」
「いやそれどんだけ時間かかんねん。俺らがそれ調査しとる間に別の事件起こってまうわ。アイラの言いたい事はよーわかるし、できるんなら付き合ってやりたいところや。せやけど、今はそんな余裕ないねん」
盛り上がるアイラの前に、1つの資料を置いたサイル
「もう言うてる間に晩餐会や。それに向けて王宮、城下の警備を強化せなアカン。そんな時に穴でも空けてみぃや。アンブリエルのおっさんにしばかれてまうわ。」
「晩餐会…そうでしたか。そういえばもうそんな時期でしたね…。」
「ナイト・オブ・神は今回は参加せーへんらしいけど、それにしたって各地方のおエラいさん方が集まりおるんや。警備の人員はなんぼおっても邪魔にはならんくらいやで」
「大戦後、魔族が大きな動きを見せてないとはいえ、何かするならこの期間を狙ってもおかしくはないですものね…」
「せやで。俺が魔族やったらこんなチャンス逃さんわぁ。上手いこといったら、お偉いさん方一網打尽やで」
もし国家転覆を目論むような者がいたとしたら、重鎮が集まるこのチャンスに動きを見せる可能性は高い。そのため、この晩餐会が開かれる前後の期間は王都…特に王宮の警備は非常に厳しくなっている。
「シュバリエも何人か地方から呼び戻されて警備にあたるくらいや。中央配属の俺が抜けるわけにゃいかん。勿論アイラもやで。ちゅーことで、しばらくはそっちに集中せなアカンわけよ。」
「すみません…。晩餐会を前に軽率でした」
「かめへんかめへん。とりあえずその釣り男の事は、晩餐会のゴタゴタが落ち着いてから調べよ。もしかしたらまた新しい情報入るかもやしな」
サイルの言葉にお礼を言いながらも、少し不安そうに眉を下げアイラは退室していった。アイラの表情から理解こそできるものの納得はできないと暗に示された形になったが、仕方ない状況と言う他にない。アイラは優秀な騎士である。故に何か起きた時に自身1人では対処できないという可能性に、大きい責任感を感じているのだろう。
騎士としてその心意気は誇るべきだと感心しながらも、もう少し肩の力を抜けばいいものをと常日頃から感じるサイルであった。
「……俺も釣りやってみよかな。」
アイラの報告書に再び目を落としながら、サイルはとある男の事を考えていた。かつて騎士学校で出会い、同時にシュバリエに選出された唯一無二の親友の事を。
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王宮には、最高神 神・神田さんが国王として存在している。最高神のいる王都を中心に、大きく4つの領地が存在し、そこを4人の神「ナイト・オブ・神」が治めている。領地内には様々な市や群が存在しており、それぞれの長が年に数回、最高神への謁見の為に王都へ集結する。謁見と言っても、その内容は形式的である事が多い。財政状況や軍事などを簡単に報告し、それで終了となる。メインとされているのが、全ての謁見が終わった後に開かれる晩餐会だ。晩餐会には、最高神を初め、ナイト・オブ・神や各群長市長、大商人、大貴族など、政治に関わる重鎮が集まり、各々の思いや企みが錯綜している。ここで所謂エラい人に気に入られるかどうかで今後の出世にも大きく影響する…というのもまた事実だ。
アイラはこういった場はあまり得意ではなかった。目に映る人は偽りの仮面を被り、その根底にある本音を決して語る事は無い。どう上手くここで上の人に気に入られ今後に繋げれるか…といった下心がモノを言う世界だ。勿論それが決して悪い事ではないが、自分には決して相容れる事のない世界だなと、例年の様に晩餐会の様子を眺めていた。
「そんな眼であまり見ないでやってくれるかな」
どこか冷めた目をしていたアイラに語りかけてきた人物。晩餐会を眺めていたとはいえ、警備をしていた騎士に気取られる事無く声をかける事ができる人物などこの場では限られていた。
「オルステッド卿!ご無沙汰しております。」
「久しぶりだねアイラ。以前の演習以来だから2ヶ月ぶりくらいかな?相変わらず、騎士とは思えない美しさだね。サイル氏が羨ましい限りだ。」
丁寧な所作で挨拶をしたその男の名は、オルステッド・クリーチャー。シュバリエ№6であり、名門クリーチャー家の次期当主と言われている。元々は宮廷魔術研究者であったが、その才を買われ3年前にシュバリエに選出された実力者である。
「そう、目につく全ての女性に仰られますと、婚約者の方に後で叱られてしまいますよ?
オルステッド卿は本日は警備としてここへ?」
「半々…かな。私も一応貴族の端くれだからね。こういった場で挨拶をしないわけにもいかない。ま、これが貴族としての私の仕事といえばそうなのかもしれないけどね。
時には目上に媚びへつらう…傍から見れば私利私欲に塗れたようにも見えるが、それも国を守るためには必要な時だってある。だから、そんな冷めた眼で彼らを見ないでくれたまえよ。」
「いえ、そんな…そのような気持ちは決して…」
「それに、今年は大戦からちょうど5年だ。依然として謎の多い魔族の侵攻がいつ再開されるかもわからかい。改めて関係各所との連携を強化するという陛下のお考えもあるのさ。」
戦争とは、兵士が強ければそれで良いわけではない。兵士が戦いに集中できるように準備を整える事もまた重要である。そういった後方支援の際には、貴族や大商人といった者達の影響は大きい。
勿論それはアイラも理解している。その為、こうして晩餐会の警護を毎回しっかりとこなしているのだ。
「まっ、安心したまえ。魔族など我らシュバリエの敵ではないさ。ということで、どうかなアイラ君。この後よければ2人で話さないかい?とても珍しい紅茶が手に入ってね、美しい君と是非……おっと失礼。どうやら呼び出しのようだ。やれやれ、今回は僕はゲストではないというのに。これも選ばれし者の宿命と言うやつかな。失礼するよ。」
アイラが晩餐会を好かない理由の一つにオルステッドが挙げられる。彼はシュバリエとしては申し分ない。……が、些か性格に難があった。婚約者がいながらも、こうして毎回毎回声をかけられてしまっては、アイラが死んだ魚のような目になるのも仕方の無い事なのかもしらない。
「シュバリエって…ロクな人居ないのかな」
去っていくオルステッドの背を見送りながらアイラは呟いた。仕事をサボる能天気お調子者、女大好きスケコマシ、究極筋肉達磨、聳え立つ紳士etc…まともな人が少ないような気がする。
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晩餐会が開催されている会場は勿論、開催されているフロアや周辺も警備が強化されている。普段ですら侵入が難しいと言われているのに、更に強化される、正に「鉄壁」と称されるには相応しい状態である━━━━━はずだった。
「なぁ、姉御。奴さんの実力は疑いようはなかった。…それがこないなってるっちゅう事は…これだいぶアカンのとちゃう?結構キてるんちゃう?」
とある一室、晩餐会参加者の控え室としても使われていた部屋にて、「それ」を見ながら話すサイル。姉御と呼ばれたその人物も、驚きを隠せない様子で「それ」を見つめていた。
「……そうね。特に部屋も荒れていない。全く気づく事なくこうなったのか、抵抗する間もなく瞬間的にこうなったのかはわからないけども…どちらにせよ大問題と言わざるを得ないわね。
貴方が珍しくちゃんと仕事をしていたから、何か起きるんじゃないのかと思ったけど……どうやら本当に起きていたようね。」
そう言葉を連ねる彼女もまた、サイル同様にシュバリエに名を連ねる人物であった。シュバリエ№4・フィル。シュバリエの中でも数少ない女性である。槍術においては「神槍」と呼ばれる程の使い手であり、5年前の大戦時にもその力で王都防衛に大きく貢献した。
そんな彼女が、目の前の光景に冷や汗をかいている。
「これは…悠長にしている場合ではないわね。間違いなく既に王宮内に侵入している。すぐに陛下にお知らせして、晩餐会を中止するよう進言する必要があるわね。私たちが警備についていながら情けないわ。」
「いやぁ、いつかは来るやろ思てたけども、まさかホンマに来おるとはなぁ。しかもとんだ”お土産”まで置いていきおってからに。
おい、警備兵!とりあえずここは任せたで!俺らはすぐに陛下に報告に行く!」
「急ぐわよサイル!」
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「━━━━依然として魔族の正体、目的は不明なままである。大戦から5年という月日が経った今でも奴らの尻尾は掴めていない。なによりも今は情報が足りない。そこで諸君らの……」
最高神・神・神田さんは参加者へとそう語っていた。魔族に対抗する為の連携強化、そして各地に根を張る有力貴族からの情報提供が何よりも今は大切となる。今回の晩餐会はそれを目的としたものであると言っていいだろう。
ここ数年、魔族の大きな動きは確認されていない。が、それはあくまで「確認されていない」だけ。水面下で奴らは確実に動いている。最高神を初め、王宮の誰もがそう考えていた。
「あの男も魔族に関係しているはず。やはり調査を再開しないと……。晩餐会が終わったらすぐにサイルさんに……あれ?そういえばサイルさんは…?」
数日前に遭遇したあの釣りの男。正体不明ではあるが、何十人もの賊を1人で倒せる程の力を持っている。あの男が魔族関係者だとしたら、もしかしたら晩餐会にも来ているかもしれない。そうも考えたが、この警備体制の中に侵入するなどまず不可能だ。普段の倍以上の警備に加え、最強の騎士であるシュバリエの№4・№5・№6も警備にあたっているのだから。
が、その肝心のシュバリエの№5・サイルが会場に居ない事に気がついたアイラ。彼は何処にいるのかと辺りを見渡した。
「そういえば前回はいつの間にか厨房に行って、料理を盗み食いしてたような…。その前は影武者置いて別室で貴族と賭け麻雀を…。
今年はフィルさんがいるから大丈夫だと思ってたのに…。」
過去のサイルのサボり履歴を思い出した。サイルのサボり癖はもはや恒例となっている。が、彼の実力は疑いようもなく、他のシュバリエも特にそれを咎めようという気はないらしい。しかし、そんなサイルも、唯一№4のフィルには弱いらしい。しかし、よく見ればそのフィルも会場には見当たらない。
2人して警備を離れている?そうなると何か問題が起きたのではないかとも考えれる。
「あ、オルステッド卿…。……いや、まぁ仕方なか。」
2人を探している時、視界に№6・オルステッドの姿が目に入った。出来れば彼と会話をする事は極力避けたいとは思っていたアイラだが、同じシュバリエである彼なら、2人の所在を知っている可能性も高い。数秒程考えた後に、2人の事を聞いてみようとした。
しかし、その時アイラは違和感を持った。
視界で捉えたオルステッドは、アイラがいつも知る自己顕示欲の高い自信家のオルステッドとは少し違った気がした。姿形はオルステッドそのものだ。他の有力貴族と話をしている姿、いつもの彼の雰囲気もある。
しかし、「眼」が違った。まるで何かを狙い定めているかのような鋭い眼光。また新しい女性にでも目をつけたかとも思ったが、そんな雰囲気でもない。目の前にいる貴族と話しているはずなのに、その眼は別の何かをずっと捉えている。そんな気がした。
何を見ているのかと、彼の視線上を辿ってみた。するとそこには、玉座に腰掛ける神・神田さんの姿。
別にそれらをを見ること自体は変ではない。今、この瞬間、最高神の護衛に穴が空いた事に対し、シュバリエとて警戒しているのかもしれい。……が、あの眼光は……?
「オルステッド卿……?」
何とも言えない違和感を持ったまま見ているウチに、思わず声に出てしまった困惑の声。その声は、晩餐会の喧騒の中では埋もれに埋もれてしまう程の小さな声。アイラの横に誰かが居たとしてと、聞き返してしまうくらいの声量だ。しかしその瞬間、オルステッドはその鋭い眼光をアイラへと向けた。距離的にも声量的にも届くはずのないその呟きが、オルステッドにはしっかりと聞こえていたかのように。
その時、まるで身体を貫くかのような「殺意」がアイラの身を襲った。声を出そうにも、まるで声の出し方を忘れてしまったかのように、細かい呼吸をする事しか出来なくなってしまった。
そこからの会場内の動きは一瞬であった。
突如としてオルステッドはアイラの視界から消えた。彼の持っていた剣の鞘のみをその場に残して。瞬きの間にオルステッドは最高神の目の前へと移動しており、その剣を最高神へ振り下ろした。
その一連の流れを追えていたのは果たして会場内にどれほどいただろうか。恐怖により強ばってしまったアイラの身体も、「最高神の暗殺」という前代未聞の出来事を前に何とか動くようにはなった。…が、こここらでは間に合わない。
「……陛下っ!!!」
アイラの叫びが会場に響く。




