第2話『釣り好きの男』
「狂戦士」━━━━━━それはかつての大戦にて、まるで荒れ狂うように戦場を駆け抜け、魔族たちを蹴散らした1人のシュバリエの呼び名である。炎の魔術を自在に操る彼は、その圧倒的な戦いで魔族撃退に大きく貢献したという。しかし、彼は大戦の後、シュバリエという位を捨て、姿を消してしまった。
ベルセルクの存在は、誰もが知る事実である。……にも関わらず、その素性はあまり知られていない。当時を知る者もその武勇伝は嬉々として語る事が多いが、軍を去った後の事を語る者はいなかった。否、誰も語れないのだろう。去った後の事を知らないから。知っているとするならば、当時同じシュバリエだった者。
「サイルさん…、狂戦士の話になると決まって話をはぐらかすな…」
調査任務の目的地へと向かいながら、先程のサイルの様子を思い出すアイラ。
騎士の誰もがシュバリエに憧れを抱く。と、同時に大戦の英雄とも称されるベルセルクにも興味を抱く事は決して不思議な話ではないだろう。アイラもその内の1人であった。もっとも、彼女がベルセルクの事を知りたいと思うのは、別の理由があるらしい
「この辺り…かな」
色々と考えている内に、目的のエリアへと着いた。今回の賊のものと思われる被害報告が1番集中している地点だ。街道も大して整備されていない上に、周囲を崖や森に囲まれている。王都から少し離れており、人通りもない。確かにこんな所を、金目の物を多く持った行商人が通るなど、どうぞ襲ってくださいと言っているようなものだ。だが、ここは行商人の中では王都へ向かう近道として有名らしい。そのため多くの被害が出てしまったという事らしい。
辺りを警戒しながら周囲を調査するが、今のところ気になる点は特にない。たまに木や岩に刀傷らしきモノがあるが、恐らくこれは過去に襲撃された際にできたものだろう。
「水の音…。そういえば近くに川があったはず…」
事前に付近の地図を確認した際、近くに川があった。もし仮に、この辺りに賊が拠点を構えているとしたら、水の確保というものは重要なポイントとなる。となると川付近に賊の拠点があっても不思議ではない。少し道を外れ、腰辺りまで無造作に生えた雑草をかきわけながら川へと向かう。
━━━━━━━いた。
即座に身体をかがめ、息を潜める。雑草に身を隠しながら、腰にある剣の柄に手を添えた。
アイラの目に入ったのは、川へ向かって腰掛ける男性の姿。丁度アイラに背を向けるように座っていたために、こちらの存在はまだ相手には知られていないようだ。歳にして20代半ば…といったところだろうか。彼の手には釣竿らしき長竿が持たれており、その糸は川へと伸びている。川のせせらぎで気づかなかったが、男性は鼻歌を楽しんでいた。
「こんな所で……釣り……?」
目の前の光景を信じられないとでも言うように眉をひそめるアイラ。確かに環境は悪くない、ここなら良い魚が釣れると考える事は不思議ではない。しかし、ここらは賊の被害が頻発していると城下でも噂になっている。調査任務が依頼されるくらいだ。普通の人ならば、まず近寄ることはしないはず。
状況から推測するに、恐らくあの男性は賊の可能性が高い。こんな危険な場所で、あんなにも無防備に、ご丁寧に鼻歌まで楽しみながら釣りをするなど、ここで襲われる事がないのを確信している証拠だ。しかし、確証はない。もしかしたら、賊の噂を知らない一般市民という可能性も少なからずある。
背後から急襲して拠点を吐かせたいところだが、もし仮に彼が一般市民だった場合の事を考えると、少し思い切れないところがあった。
「このような所で何をしているのですか?」
茂みから出ていき男に背後から声をかけた。念の為に周囲を警戒し、いつでも応戦できるようにと身構えてはいる。今のところは人の気配等は無いようだ。
「ん?なんだ珍しいな。こんな所に人が来るなんて。
ご覧の通り釣りだよ釣り。」
その男は顔だけをアイラの方へ向けた。白髪と黒髪が入り交じった特徴的な髪色の男性。その端正な顔立ちや柔らかな雰囲気は、彼が賊であるという疑いが思わず忘れてしまいそうになるほどだった。
見たところ、武器らしき物は所持していない。彼の周りににも、釣った魚を入れるためであろう空のカゴや、予備の釣り竿。ご丁寧に焚き火の準備までされていた。
「いえ、釣りをしているのはわかります。なぜこんな所で釣りをしているのかということを質問しています」
ここに人気がない事を知っている。という事は彼が、何も知らずにたまたまここに来たという線は消えたに等しい。やはり賊なのだろうか。
「え?……いや、何でって…。よく釣れるから…かな。
ちょっと前までは結構人気のスポットだったけど、最近なんでか人がめっきり来なくなったんだよなぁ。特に気にしてなかったけど…そういや何でだろ」
いや賊ではないのだろうか。
アイラの中で、彼が賊である可能性が消えては現れを繰り返していた。確かに世情に疎ければ、ここに賊が現れるという噂を聞き及んでいない可能性も0ではない。
「ご存知ないのですか?最近この辺りで賊による被害が頻発しているって。王都ではできるだけ近づくなって注意されてるくらいですよ?」
「あ~…だから最近行商人のオッサンとか全然顔見ないわけだ。なーんだよ…次会ったら良い釣竿紹介してくれるって言ってたのに」
演技…しては反応が自然すぎることを見るに、どうやら本当に知らなかったらしい。危うくアイラは一般市民を背後から急襲した、騎士の風上にもおけない外道になるところであったようだ。
「ん?だとしたらアンタも危ないんじゃないのか?こんな所にそんなおっぱいのでっ━━━女の子一人でいたらさ。
…あ、いや、わざわざ俺に注意するからいだから…アレか!見回りの騎士かなんかか!……ってことは、後ろの奴らも?」
何かよからぬ言葉が聞こえ即座に引っぱたいてやろうかとアイラが思ったのも束の間。男のその発言に一気に緊張感が走る。迂闊であったと言わざるを得ないだろう。目の前の男の正体を探るのに集中する余り、周囲への警戒が無意識に薄くなっていたことを。
即座に腰の剣を抜き、構えるアイラ。先程までアイラが隠れていた茂みの辺りから、こちらをうかがうように佇む2人の男。目視できるだけで2人…恐らくあと数名はいるだろう。
「あ、お仲間の兵士じゃない?…いやまぁそうか。あんな極悪なツラ並べて街歩いたら、チビッ子共は家出られねぇよな。うんうん、やっぱり騎士様たるもの、ツラも整ってないといけねぇよなぁ。」
アイラの背後で呑気な事を言いながら頷いている様子の男。そんな事を言っている場合ではないと突っ込みたくなる気持ちをグッと抑えながらも、その反応や、賊たちの挙動を見る限り、少なくとも男はこの賊たちの仲間では無いことを確信した。
「へっへへへ…。最近王宮が俺達を嗅ぎ回ってるってのは知ってたが……いやぁ、王宮も気が利いた事してくれるぜ!こんな上玉を寄越してくれるとはなぁ」
賊の頭らしき男、顔に特徴的なキズがあり、1度見れば忘れる事はないほどだ。間違いなく、最近この辺りを荒らしている野盗の一味、指名手配されている賊その男だ。
「おい野郎ども。女は生け捕りにしろよ。男は…まぁいらねぇか。男は身ぐるみはいで殺っちまうかぁ。」
賊の頭がそう言うと、それが合図だったかのように周りの茂みからワラワラと賊の仲間達が出てきた。数にして合計約10名の賊に囲まれた形となったアイラ達。
アイラは騎士学校を首席で卒業し、その後シュバリエ直属の騎士となるほどに実力を評価されている。しかしながら、この状況で、背後の男を守りながら戦うのは些か骨が折れるようだ。頬に伝わる冷や汗が、状況の切迫感をよく表していた。
このままではまずい。そう考え、背後の男に小声で声をかけた。
「…良いですか。よく聞いてください。
私が合図をしたら、貴方は川に飛び込んでとにかくこの場から逃げてください」
「え…?アンタはどうするんだよ」
「私は騎士です。貴方の安全が確保できるまで、彼らを引き付けます。問題ありません、あの程度の雑兵など取るに足りません」
嘘である。通常の賊が5人程度であれば、アイラ1人でも十分にたいしょできるだろう。だが、今回は指名手配はされる程の凶悪な賊の頭と配下の9名。自身の力では流石に敵わないと判断したアイラは、まずは一般市民の安全を確保することを第一優先事項とした。
「……よしわかった。合図で川…だな」
少し間があった後に、背後の男から返答があった。物分りが良くて助かった。「女を置いて逃げれるか」や「俺も一緒に戦う!」などと言われたらどうしようかと考えていたところだ。
川の流れに乗って泳いでいけば、ひとまずここの場からの離脱はできるだろう。幸いこの川の下流の方は王都へと繋がっている。上手くいけばそのまま王宮へ事の次第を伝えてくれるかもしれない。
「へっへへへ…作戦会議は終わったかい?まぁ、どうせ全部無駄だろうがなぁ!野郎ども!やっちまえ!」
「今です!!!!」
今まさに戦闘の火蓋が切って落とされた。一斉にとびかかる賊たち。それぞれが持った凶器は、目標を仕留めんと構えられている。同時に「川へ飛び込め」と合図を出したアイラ。
瞬間、アイラの身体が宙を浮いた。
「━━━━━━━━━え?」
背後に迫る川。少しづつ離れていく岸の男。そしてその背後に迫る賊たち。まるで全てがスローモーションのように動いているようだった。
「上手いこと逃げろよ〜」
合図と同時に、アイラの襟ぐりを思いっきり引っ張り川へと突き落とした男は、川へ落ちゆくアイラに向けてヒラヒラと手を振っていた。背後に今まさに向かってきている賊かいるとは思えない程に、爽やかな笑顔で。
違う違う違う!!!!そうじゃない!!!!逆だ!!!!
そんな心の叫びと共に大きく水しぶきをあげて、川へと落ちたアイラ。どうやらこの川は見た目よりも深く、流れが速いようだ。動揺もあったのか、うまく水中で動けず、流れに逆らえなかった。
何をしているんだあの男は?「一緒に俺も戦う」なんて言ってくるどころじゃなかった!まさか己を置いて、騎士を逃がすという、誰もが選択し得ない道を選んだ!?
戸惑いと憤りと混乱が見事なハーモニーを奏でるアイラの頭の中。何とか水中で、体勢を立て直し水面に顔を出した時にはもう、元いた場所からはかなり離れてしまっていた。もはや目視もできない程に。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アイラの叫びは虚しく、水の音にかき消された。
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その後、何とか岸にあがることができたアイラ。
岸に戻ることができたのは、あの場所よりもかなり下流の方だった。しかしアイラは息を整えるのよりもまず先に走り出した。あの勘違いした大バカを助けにいかなばならない。元の場所へと戻るべく、全力で川沿いを駆ける。
「━━━━━━━え?」
そして、元いた場所に戻ったその時、アイラはまたしても理解できないと言う風に目を見開いた。
無惨な姿で横たわる釣り男の姿……などはどこにもなく、代わりに先程まで意気揚々と襲撃してきた賊たちが横たわっていた。しかも全員、ただ気絶しているだけ。「誰かが」これだけの数の荒くれ者を、殺す事なく無力化したという事だろう。
その誰かの姿は既にそこにはなく、先程まであった釣り具や、焚き火の火も消えていた。
「……まさかあの男が……?」
その考えに至るのに時間は要さなかった。騎士である自分ですら、対処するのに骨を折ると判断した賊たちを、この短い時間で無力化した?しかも釣具を回収するという余裕まであった?
何が起きたのかは分かるが、それを納得できないまま、アイラは立ち尽くしていた。




