第九話:盗賊団
禁書庫に引き籠る中で、一つ理解したことがある。
読書、おもしれぇええええええええ!
なんだこれ、本ってこんなに面白いものだったのか?
新たな知識を得ることで、自分の知らなかった世界がどんどん広がっていく。
現実のボクは、本なんて碌に読まなかったんだけど……なんてもったいないことをしていたんだろう。
いや……それはちょっと違うか。
読書がこんなに楽しいのは、原作ホロウの地頭がいいからだ。
現世のボクが小難しい本を読んでも、きっと三秒で夢の世界へ跳んでしまう。
つくづく思う、才能ってズルい。
日中は剣術と魔法の修業に励み、夜は禁書庫で静かに知性を磨く。
そんな日々が半年ほど過ぎた頃、ハイゼンベルク領で問題が発生した。
なんでも領地の北部に盗賊団が住み着き、夜な夜な暴れているらしい。
オルヴィンさん曰く、「北部の治安維持を担う当家の私兵が、鎮圧に当たっているのですが……。相手はそれなりに腕が立つようで、手を焼いております」とのこと。
(これは……使えるな)
そう判断したボクは、父の執務室へ行き、趣味と実益を兼ねた『盗賊狩り』を申し出た。
「なに、お前が盗賊団を……?」
「はい、どうか御任命いただきたく」
ボクが強い希望を口にすると、父は書類仕事の手を止め、悩ましげに髭を揉む。
「むぅ……オルヴィン、お前はどう見る?」
父の背後に控えていたオルヴィンさんは、すぐに答えを返す。
「ホロウ様であれば、万事問題ないかと」
「そうか……(ホロウは単独で魔女の試練を突破した。こやつも今年で十一を数えるし、この手の仕事を任せても、良い頃なのかもしれんな)」
しばし考え込んだ父は、やがてゆっくりと頷く。
「――よかろう。この一件、ホロウの預かりとする。わかっていると思うが、お前は将来ハイゼンベルク家を継ぐ男だ。手温い仕事は許されんぞ?」
「はっ、承知しました」
っというわけで今日は、楽しい楽しい盗賊狩りだ!
朝から夕方に掛けては、筋トレ・剣術・魔法の修業を行い――待ちに待った夜を迎える。
ボクは黒いローブを纏い、フードを目深にかぶって、ハイゼンベルク領北部の街へ移動した。
(さてさて、盗賊団はどこだ……?)
人気のない裏路地をぶらぶら練り歩いていると、
「――きゃぁああああああああ!?」
遠くの方から、甲高い女性の悲鳴が聞こえてきた。
おっ、あっちだね。
声のする方へ向かうと、天井の崩れたボロボロの酒場に辿り着く。
そこではなんと……。
「げっへっへっ! 無駄な抵抗はよせ!」
「ぃ、いや……っ。お願い、やめて……ッ」
盛りのついた男が若い女性を押し倒し、その衣服をビリビリに引き裂いていた。
「ひゅーっ、こりゃ上物だ! い~ぃ体してんじゃねぇか!」
「どうして……こんな酷いことを……っ」
「げへへっ、覚えときな嬢ちゃん。この世界は弱肉強食、強い奴が正義なんだよぉ!」
「――ならば、俺が正義だな」
ボクは颯爽と駆け出し、男の後頭部を軽く蹴り付ける。
「ぉごッ!?」
彼は面白い声をあげながら、遥か彼方へ吹き飛んだ。
「ははっ、気持ちのいい飛びっぷりだ」
ボクが肩を揺らして笑うと、女性が不安気にこちらを見上げる。
「ほ、ホロウ……様……?」
「ここは危険だ、さっさと下がれ」
そう言いながらローブを乱雑に脱ぎ、彼女に向けてポイと投げ捨てる。
若い女性がそんなあられもない姿で走っていたら、また別の事件に巻き込まれるかもしれないからね。
「で、ですが、ホロウ様を置いていくわけには……っ」
「……おぃ゛、俺の命令が聞けないのか?」
ちょっと語気を強めて、真紅の眼を尖らせると、
「も、申し訳ございません……っ」
ビクッと肩を揺らした彼女は、大慌てで黒いローブを纏い、大通りの方へ走り出した。
うーん、ちょっと怖がらせちゃったかな……?
いやでも、ボクは『怠惰傲慢な悪役貴族』を演じなくちゃいけない。
盗賊Aに襲われなかったんだから、プラマイゼロということにしてほしい。
そんなことを考えていると、ボクの周囲を三十人の男が取り囲んだ。
彼らの手には短剣やら棍棒やら斧やら、物騒な得物が握られている。
危険な空気が漂う中、酒樽に腰掛けた大男が、極太の葉巻に火を付ける。
ボクの原作知識によれば……彼の名はグラード・グランツ50歳、確かこの盗賊団を率いるボスだ。
グラードは胸いっぱいに白い煙を吸い、なんとも気持ちよさそうに吐き出した。
「ふぅー……」
こちらが風下であったため、ヤニ臭いにおいがツンと鼻を刺す。
おいおい、成長期のお子様ボディになんてことをしてくれるんだ。
副流煙は、児童の健全な育成に深刻な悪影響を及ぼすんだぞ。
ボクが右手で煙を振り払うと、グラードが嘲笑を浮かべた。
「くくっ、一時の正義感に呑まれたか? どこのガキだか知らねぇが、今日日珍しい馬鹿野郎だな」
「まったく、次期領主の顔も知らぬとは……呆れてモノも言えんな」
互いの視線が交錯する中、真後ろにいた男がぶち切れた。
「なぁに舐めた口利いてんだ、クソガキッ!」
彼はボクの頭を鷲掴みにして、そのまま地面に叩きつけんとする。
しかし次の瞬間――男はヌポンっと虚空に呑まれた。
「「「……はっ……?」」」
盗賊たちは目を点にして固まる。
無理もない、仲間が一人忽然と消えたのだ。
「てめぇ……まさかその魔法は!?」
グラードが驚愕に瞳を揺らし、
「どうした、顔色が悪いぞ? まさかとは思うが……こんな子ども相手に怖気づいたのではあるまいな?」
ボクが挑発的な笑みを浮かべると同時、
「「「ざ……ざっけんなぁこらぁッ!」」」
気の短い盗賊たちは、一斉に襲い掛かってきた。
「馬鹿野郎、逃げろッ!」
グラードの必死の忠告も虚しく……。
ヌポン。
ヌポポン。
ヌッポポン。
「た、助けてボス――」
盗賊たちはみんな、虚空に呑まれていった。
「さて、どうしますか、ボスぅ?」
ボクは悪い笑みを貼り付けながら、ゆっくりとグラードの元へ歩み寄る。
「お前、その魔法……『厄災』ゼノの<虚――」
ヌポポン。
グラードもまた、虚空に呑まれ――そして誰もいなくなった。
盗賊団は壊滅し、街の浄化は完了。
めでたしめでたし。
ボクは屋敷に戻って、父に報告する。
「父上、盗賊団を始末して参りました」
「ふむ、早かったな。奴等はどこに捕えてある?」
「いえ、全て始末しました」
「……ほぅ」
父は目を丸くした。
(盗賊団を一夜にして壊滅させ、構成員たちは皆殺し、か。齢十一にしてこの胆力……儂がホロウと同じ歳の頃、これほどの器量があっただろうか? 並外れた問題解決速度・盗賊団を寄せ付けぬ武力・殺しを厭わぬ冷徹な心……さすがは儂の息子だ)
彼は眉根を緩ませ、満足気に頷く。
「よくやったホロウ、今日はもう下がってよいぞ」
「失礼します」
執務室を出たボクは、そのまま私室へ戻り――『虚空界』へ飛ぶ。
そこはどこまでも広がる真っ白な空間。
虚空の支配者たるボクだけの閉ざされた世界。
外で吸い込んだり飛ばしたりしたモノは全て、この特殊な空間に収められているのだ。
(……改めて見ると、けっこう散らかっているな)
虚空の修業中に飛ばした山や岩や土などなど……種々雑多なモノがあちこちに転がっている。
そこにはもちろん、先ほど吸い込んだ盗賊団の姿もあった。
「やぁみんな、元気そうで何よりだよ」
ボクは原作ホロウの演技をやめ、素の自分を曝け出す。
怠惰傲慢を気取るのって、実はけっこう疲れるんだよね……。
どうせこの人たちはみんな、死ぬまで虚空界から出られない。
それならば、自然体でも構わないだろうと判断したのだ。
「あっ、てめぇこの野郎! ハイゼンベルク家のドラ息子だそうだな!」
「ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、そのツラ絶対に忘れねぇ!」
「さっさとここから出しやがれ! さもないとぶっ殺すぞ!」
悲しいね、罵詈雑言のオンパレードだ。
「そんなに出たいのなら、別に出してあげてもいいけど……その場合、父の前になるよ?」
「「「……っ」」」
盗賊たちの顔が、真っ青に染まった。
ボクの父ダフネス・フォン・ハイゼンベルクは、極悪貴族と恐れられる裏社会の大物。
彼の恐ろしさは、肩書ではなく――圧倒的な力にある。
実はパパン、めちゃくちゃ強い。
神懸かった魔法技能と異常なまでの大魔力。
そして何より、起源級の固有魔法<虚飾>がチートだ。
ボクの<虚空>と父の<虚飾>は、ロンゾルキアにおける『最強議論スレ』常連だったりする。
「虚空界を出たら、父に殺される。運よくその場は恩情を勝ち得たとしても、ハイゼンベルク領の厳しい法律に照らせば、無期懲役か打首獄門は固いだろう。それならばいっそのこと、ここで楽しく暮らさない?」
ボクが優しい提案を口にしたところ、
「こ、このイカレ野郎が……っ」
「お前、サイコパスだろ。こんな何もねぇ場所で、どうやって楽しく暮らせってんだ!」
「腐れ外道め! 人の心ってもんがねぇのか!」
イカレ野郎・サイコパス・腐れ外道、盗賊団の面々から口汚いヤジが飛ぶ。
「まったく……自分のことを棚に上げて、よくもまぁそんな好き放題に言えるね。キミたちに泣かされた人が、いったいどれだけいると思う?」
「「「う、ぐ……っ」」」
正論パンチを食らった盗賊たちは、わかりやすく黙り込んだ。
「く、くそが……っ。こうなりゃお前をぶっ殺して、極悪領主のいねぇところに脱出してやる!」
盗賊Aが出刃包丁を取り出すと、
「――やめておけ、時間の無駄だ」
ここまで沈黙を守り続けていた盗賊団のボス、グラード・グランツが制止の声をあげた。
「あのガキが使っているのは<虚空>。史上最悪の魔法士『厄災』ゼノと同じ、起源級の固有魔法だ」
「や、厄災ゼノって……っ。お伽噺に出て来る、あのゼノっすか!?」
「そんな凄ぇ奴と同じ魔法を、あんなクソガキが……!?」
「もしかしてアイツ、めちゃくちゃ強いんすか……?」
矢継ぎ早の質問に対し、グラードは重々しく頷く。
「強いなんてもんじゃねぇ……正真正銘の化物だ。たとえ王国の正規軍が束になったとしても、あいつには傷一つ付けられねぇ」
「「「……っ」」」
絶望的な実力差を知った盗賊たちの顔は、見る見るうちに青くなっていった。
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