第三十話:暗躍
コスプレ喫茶を後にしたボクは、本校舎の屋上で物思いに耽っていた。
「……はぁ……」
脳裏を過るのは、彼女のことばかり。
【紅茶のおかわりはいかがですか、ご、御主人様……?】
【あ、あはは……やっぱりちょっと恥ずかしいね……っ】
【行ってらっしゃいませ、御主人様】
あの可愛らしいメイドのことが、ボクの心を掴んで離さない。
その後、いったいどれだけの時間、こうしていただろうか。
ようやく自分の中で、一つの『結論』を出せた。
(……そうだ。たとえどれだけ可愛くても、アレン・フォルティスは勇者! 悪役貴族とは、決して相容れぬ運命っ!)
ボクの目的は今も昔もただ一つ、生き残ること。
(その障害となる主人公は、あらゆる手段を以って排除する!)
彼がどれだけイイ奴であっても、彼女がどれだけ可愛くても、そんなモノは一切考慮しない。
そう、『原点回帰』だ!
(『謙虚堅実な極悪貴族』となり、ひたすら地道に努力して、死亡フラグをへし折り、主人公モブ化計画を進め――死の運命に打ち勝つ!)
やはりこれこそが、ボクの本道だろう。
そうして未曽有の『アレンショック』から立ち直ると同時、ゴーンゴーンゴーンと時計塔の鐘が鳴った。
「っと、もうこんな時間か」
気付けばお昼の十二時、どうやら三時間も悩んでいたらしい。
(確か、音楽室の前に集合だったな)
午後からは『いつものメンバー』で、聖レドリック祭を見て回る約束だ。
待ち合わせ場所に向かうとそこには、ニアとエリザが立っていた。
「あっ、ホロウー!」
「ホロウ、こっちだ」
残念ながら、二人はもうメイド服と巫女服を脱いでおり、いつもの制服を着ている。
いやまぁ、このノーマルスタイルも、普通に可愛いんだけどね。
「アレンはどうした?」
非常に不本意ながら、今回は主人公も同行することになってる。
何故かわからないけれど、アレンの好感度は異常なほどに高く、懐かれてしまっているのだ。
「ふふっ、それなんだけど……ねぇ?」
「あぁ、なんとも愉快な話だ」
ニアとエリザは顔を見合わせ、クスクスと楽しそうに笑う。
「何があった?」
「それがさ――」
「実はだな――」
二人の話によれば……アレンはコスプレ喫茶の『人気No1メイド』として、不動の地位を築き上げてしまい、本指名を入れる御主人様が殺到。
クラスメイトに『フルタイム勤務』を頼み込まれ、仕方なくこれを了承したそうだ。
ほんと、天井知らずのお人好しだね。
「そうそう、アレンから伝言があるわよ」
「『お祭り、一緒に回れなくてごめんね』っと、ホロウに謝ってほしいそうだ」
「はっ、くだらん」
せっかくの楽しい聖レドリック祭、勇者と肩を並べずに済んで、むしろせいせいするぐらいだ。
(そう……別に、これっぽっちも残念なんかじゃない)
そのような感情は、一ミリだって抱いていない……はずだ。
なんとも奇妙な気持ちを振り切ったボクが、
「さて、まずはどこへ行こうか」
聖レドリック祭のパンフレットを広げると――ニアとエリザがこちらをジッと見つめた。
「どうした?」
「こういうイベントに乗り気なの、ちょっと意外だなぁって」
「同感だ、てっきり面倒臭がるモノかとばかり思っていたぞ」
「ふっ、祭り事は嫌いじゃない」
原作ホロウは、とにかく派手な催しが好きだった。
自身のキャラ設定を守るためにも、聖レドリック祭はエンジョイすべきだろう。
まぁそういう柵を抜きにしても、ロンゾルキアのファンとして、このお祭りは楽しみなんだけどね。
「ここから近いのは……ふむ、魔法実験室の『お化け屋敷』か」
「「お、お化け屋敷……っ」」
ニアとエリザの顔がピシりと固まる。
(そう言えば……二人ともキャラ設定に『幽霊や怪談が大の苦手』、と書かれてあったっけな)
その瞬間、
(……くくっ)
胸の奥底から『黒い愉悦』が湧きあがる。
ニアとエリザの小動物のような怯え様に、原作ホロウの嗜虐心が刺激されたのだ。
「おや、お化け屋敷では、何か不都合でもあるのか?」
「不都合とか、そういうわけじゃないけど……」
「他にもっと面白そうな出し物はないのか……?」
二人はこちらに身を寄せて、ボクのパンフレットを覗き込んできた。
「ふっ、何も恥ずかしがることはない。怖いのなら素直にそう言えば――」
「――べ、別に怖くないわよ!」
「――聞き逃せん侮辱だなっ!」
ニアとエリザは、声を大にして否定した。
この過剰な反応が、何よりの証拠だね。
(でも、ここで押すのは『悪手』だ……)
こういうときはむしろ、サッと引いてやればいい。
「おっと、これは失礼した。そうだよな、誇り高きエインズワース家の当主様が、栄誉ある聖騎士協会の支部長様が、まさか幽霊を怖がるわけないよな」
「え、えぇ……その通りよ」
「り、理解してもらえたようだな」
ちょっっっろ。
ニアもエリザも、簡単に『詰んだ』よ。
両者の役職を示したうえで、「幽霊なんか怖くない」という言質が簡単に取れた。
自分で宣言した手前、もはや退くことは――お化け屋敷を拒否することはできない。
「二人とも、ホラー系に耐性があるようで何よりだ。よし、それでは行くぞ」
「くっ……いいわ、望むところよ!」
「その勝負、受けて立つ!」
気合の入ったニアとエリザを連れて、魔法実験室へ向かう。
「――はいはーい、まいどありー! 三名様、お入りでぇーすっ!」
元気な受付へ入場料を支払い、お化け屋敷へ足を踏み入れる。
(へぇ……けっこうしっかりしているね)
窓は全て暗幕に覆われ、室内はほとんど真っ暗。
高い壁が視界を遮り、正面に見える細い通路が、ぽっかりと口を開けている。
進行ルートの両端にポツリポツリと置かれた魔水晶、それらの発する僅かな光だけが頼りだ。
美術や小道具もかなり凝っていて、とても学生が作ったモノとは思えない。
(ふふっ、これは中々に楽しめそうだね!)
そんなボクの考えは、すぐに崩れ去った。
「……おい、いい加減に離れろ」
「「……っ」」
さっきまでの威勢はどこへやら……。
開始三秒で顔面蒼白となったニアとエリザは、ブンブンブンと無言で首を横へ振る。
右腕にはニアが左腕にはエリザが、ギュッとしがみ付き、決して離そうとしない。
(いや、これは……ヤバイ……っ)
両サイドから押し寄せる柔らかい感触。
断言できる、これは絶対に当たっている。
(ふぅー……落ち着け……っ)
必死に情欲を鎮めようとするが、ニアとエリザの甘く優しいにおいのせいで、理性が上手く働かない。
(これはもうお化け屋敷とか、驚かしの仕掛けとか、二人へのちょっとした意地悪とか、そんな次元の話じゃない……ッ)
率直に言わせてもらうなら、暗がりに紛れて<虚空渡り>を使い、自室にお持ち帰りしたくなった。
その後、ニアとエリザに抱き着かれながら、必死に情欲と戦いながら――なんとかお化け屋敷を踏破する。
「――ありがとうございましたっ! リピート大歓迎なんで、また来てくださいねー!」
明るい受付に見送られたボクたちは、ひとまず噴水広場へ移動し、休憩を取る。
「ふぅー……まっ、所詮は子ども騙しね!」
「まったく、拍子抜けとはこのことだな」
安全地帯に逃れた二人は、なんと急にイキり始めた。
「あんな驚かしじゃ、ビクッともならないわ」
ニア、キミはビビり倒して、ずっと涙目だったよね?
「うむ、もうちょっと工夫が必要だな」
エリザ、キミはあまりの恐怖に、ほとんど目を閉じていたよね?
なんと立派な『三下ムーブ』だろうか。
そんな姿を見せられては、さらに意地悪をしたくなるのが、人情というもの。
「そう言えば、大講堂に『本格お化け屋敷』があるらしいぞ? 二人ともさっきのは余裕だったみたいだし、ちょっと覗きに行ってみないか?」
ボクの提案を受け、ニアとエリザの顔が絶望に染まる。
「……強がってごめん、本当はお化け、とても苦手なの……っ」
「……正直に告白しよう。幽霊に対して、恐れを抱いている……っ」
「だろうな」
二人が素直に白旗をあげたので、これ以上の追及はやめておく。
しかしまぁ、幽霊が怖いなんて、女の子っぽくて可愛いね。
その後、ボクたちはいろいろな出し物を巡り歩いた。
みんなでクレープを食べたり、喫茶店で雑談に興じたり、ダンスパフォーマンスを見たり、クイズ大会に参加したり、占いをしてもらったり……。
なんだか『普通の学生』になったみたいで、とても楽しかった。
この世界に転生して早六年、こんなに『普通』をエンジョイしたのは、多分これが初めだ。
時刻は夕方五時。
東の空に太陽が沈み出したそのとき――けたたましい警報が鳴り響く。
レドリックの東西南北に設置された<警告>の魔法が、全て一斉に作動したのだ。
窓の外に目を向ければ、夕焼け空を埋め尽くさんとする大量の『召喚獣』が、レドリック魔法学校を覆っていた。
そんな一団の先頭、巨大な白龍の背中に、大魔教団幹部ラグナ・ラインが乗っている。
(ふふっ、やっと会えたね……!)
待っていたよ、ボクの新しい家族!
さてさて、厄介な『三重結界』が完成する前に、みんなへ連絡を済ませてしまおう。
(――お前たち、この念波が届いているな?)
レドリックの敷地内にいる全員へ、一方通行の<交信>を繋ぐ。
(俺はホロウ・フォン・ハイゼンベルク。これより現状を説明するので、どうか静かに聞いてほしい)
ボクの指示を受けて、学校中がシンと静まり返った。
よしよし、いいぞ。
レドリックを支配した意味があったというものだ。
(当校は現在、敵性勢力より奇襲を受けている。首謀者は大魔教団幹部ラグナ・ライン。どうやら今は、強力な『三重結界』を張ろうとしているらしい)
ボクは目を尖らせ、遥か遠くの結界を注視する。
(見たところ、既に第一層『不可侵の結界』が完成し、レドリックは完全に封鎖された。じきに第二層『封魔の結界』、第三層『魔力吸収の結界』も張られるだろうな。この三重結界の内部では、魔法が使えないうえに魔力が奪われ続ける)
その情報を開示すると同時、あちこちでざわめきが起こった。
無理もない、状況はめちゃくちゃ悪いからね。
第三章のラストバトルは、極めて不利な盤面から始まる。
これはもう『そういう設定』なので、黙って受け入れるほかない。
(確かに現況は悪い。だが、何も案ずることはない。お前たちには、この俺が付いている)
その瞬間、ざわめきがピタリと止んだ。
きっとみんな、ボクの存在は認めていないけど、ボクの武力は認めているのだろう。
(これから俺は、結界の解除に動きながら、隙を見てラグナを仕留める。お前たちは二人組以上で行動し、魔法と生命力の漏出を押さえ、敵の召喚獣を薙ぎ払え――以上だ)
全体の接続を切り、次は個別に指示を与えていく。
(――さて、レドリックに忍び込んだ聖騎士諸君。キミたちが何故うちに潜伏しているのか、誰の命令を受けてのことなのか、ここでは敢えて聞かないでおこう。その代わりと言ってはなんだが、うちの生徒たちを守ってやってくれると助かる)
ボクとエリザの関係は秘密なので、そこには触れないようにしつつ、軽く方向性だけを示しておいた。
次は、主人公にも声を掛けておこうか。
(――アレン、敵の狙いはお前の固有魔法だ。精々死なぬよう、必死に足掻け)
(ボクの『勇者因子』を……わかった、頑張るよ!)
最後に、今回の『鍵』を握る二人だ。
(――フィオナ、お前はリンと合流し、速やかに結界の解析に入れ。その際、リンの持つ『龍の瞳』を使うといい。アレは魔法の構造を解き明かす魔道具だ。お前の卓越した頭脳と魔道具の補助があれば、強力な三重結界も解けるは――)
っと、<交信>が強制的に切断された。
どうやらラグナが、第二層『封魔の結界』を完成させたようだ。
(一応、強引に繋げることもできるけど……)
その場合、『実はボクだけ魔法を使える』という情報を向こうに与えてしまう。
フィオナさんは救いようのない『馬カス』だが、頭はとてもいい。
ボクの言わんとしていることは、十分に伝わっているだろう。
「――エリザ、お前は予定通り、現場の聖騎士に指示を出せ。一人の死者も出すな。完璧に勝つぞ」
「承知した」
彼女はコクリと頷き、聖騎士たちのもとへ走りだした。
「ホロウ、私にも何か指示をちょうだい!」
「ニアよ」
「はいっ!」
「魔法の使えないお前は、ただの『足手纏い』だ。守ってやるから、俺の傍を離れるな」
「あ、足手……纏い……っ」
彼女は大きなショックを受けていた。
(でも実際、『魔法の使えない魔法士』って、本当に何もできないからね……)
下手に前線へ送っても周囲の邪魔になるだけだし、こっちで引き取って面倒を見た方がいいだろう。
(さて、一通りの指示は全て出し終えた)
ここから先は、『ボクのターン』!
夢の完全攻略を目指して、『暗躍』を始めようか!
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
「面白いかも!」
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「執筆、頑張れ!」
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