第二十九話:トゥンク(真)
聖暦1015年6月15日。
今日は第三章のラストイベント、『聖レドリック祭』が開催される。
うちのクラスの出し物は、厳正な多数決の結果、
コスプレ喫茶16票。
喫茶店8票。
お化け屋敷2票。
占いの館2票。
クイズ大会1票。
白紙2票。
圧倒的な得票差で、コスプレ喫茶に決まった。
ボクが投じたのは――もちろん『白紙』だ。
(本音を言えば、コスプレ喫茶に入れたかったんだけど……)
それはちょっと原作ホロウの設定からブレるし、別にそんなことをしなくとも、『男子の結束力』で勝てるだろうと踏んだ。
もう一人の白紙は多分、アレンだろうね。
ちなみに……コスプレ喫茶の発起人たる第十位は、噴水広場で磔にされた。
『男子の談合』が発覚し、女子の怒りを買ってしまったのだ。
彼は犠牲になった、男たちの理想郷――コスプレ喫茶の犠牲に。
時刻は朝七時、ボクはいつもよりかなり早く、レドリックへ登校した。
祭りの開始まで後一時間もあるんだけど、急遽『呼び出し』を受けたのだ。
(確か、『体育倉庫』だったな)
昨晩遅くのこと、
「――お前は『溺死のムーマ』だな?」
「あぁん? だったらなんだ……ぶぼッ!?」
ボクが趣味と実益を兼ねた『犯罪者狩り』をしていたところ、ニアから<交信>が入った。
(ねぇホロウ、ちょっといい?)
(あぁ、どうした)
(えっと、その……今、何してたの?)
彼女にしては珍しく、すぐに本題へ入ってこなかった。
どうやら切り出しづらい話題らしい。
(俺は……そうだな、ちょうど家族を増やすところだ)
(か、かかか、『家族を増やす』!? あなた、もしかして……っ)
(あぁ、『お楽しみ』の真っ最中だよ)
(そ……そん、な……ッ)
何がそんなにショックなのか、ニアの声は酷く掠れ、死にそうなほどに弱々しい。
(おい、大丈夫か……?)
ちょっと心配になったボクが、優しく声を掛けたそのとき、
「ぅ、ぉおおおおおおおお……!」
今夜の主菜が逃げ出した。
仕方がないので一足で追い付き、そのまま首を締めあげる。
「おいおい、どこへ行くつもりだ?」
「た、頼む助けてくれ……っ。もう二度と『殺し』はしないと誓う。だから、命だけは……ッ」
「お前の全てを許そう。俺達はもう家族だ」
漆黒の渦が出現し、『溺死のムーマ』の体を包み込む。
「ひ、ひぃいいいいいいいい……っ。嫌だ、こんなところで死にたくな――」
ヌポン。
王都を騒がす『猟奇殺人鬼』は、虚空に呑まれて消えた。
ふふっ、また貴重な労働力が増えたね。
(ねぇ……なんか今、物凄い断末魔が聞こえたんだけど……。あなたの言う『お楽しみ』って、もしかしてまた悪いこと?)
(あぁ、犯罪者を狩っていたところだ)
(もぅ、紛らわしいんだから……っ)
ニアはホッと安堵の息を零しつつ、何やらブツブツとぼやいた。
(で、こんな夜更けになんの用だ?)
(え、えっと……。それなんだけどさ……明日の朝、ちょっとだけ時間もらってもいい?)
(もちろん駄目だ)
(ありがと……え、ちょっ……どうして!?)
彼女は喜んだかと思えば、声をひっくり返して驚いた。
こういう感情表現が豊かなところ、とても可愛いと思う。
(俺は忙しい、他を当たれ)
(ほ、他の人じゃ駄目。ホロウじゃないと、その……。と、とにかく! あなたに、どうしても見せたいモノがあるのっ!)
(はぁ……わかったわかった。五分だけ時間を取ってやる。それでいいだろう?)
(うん、ありがとう!)
っとまぁそんなこんながあって、今日は早めの出勤となった。
こっちの『仕事』をこなすついでに、ちょっと顔を出せば満足するだろう。
ニアとの約束を軽く脳内で処理したボクは、本日の『メインイベント』について、思考を巡らせる。
(第三章の『大ボス』大魔教団幹部ラグナは、レドリックに『巨大な三重結界』を張り、入念に『場作り』を行ったうえで、総攻撃を仕掛けてくる)
ロンゾルキアの結界は、『即時展開式』か『事前設置式』の二種類。
ラグナの結界がどっちのタイプかは、原作でも明らかになっていない。
(即時展開式の場合、こちらからはどうにもできないけど……)
事前設置式だった場合、結界の起点を発見して潰せば、『面倒な手順』をスキップして、ラグナをサクッと家族にできる。
(まぁ悪役貴族に死ぬほど厳しいこの世界が、そんな甘い設定にしてくれているとは思えないけど……)
念には念をということで、軽く敷地内を見て回るつもりだ。
(それにしても、ちょっと早く着き過ぎたな)
ニアとの約束は七時半。
(待ち合わせの時間より、三十分も早いけど……まぁいいや)
先に体育倉庫へ入って、結界の起点を探すとしよう。
そんなことを考えながら、扉をガラガラッと開け放つ。
するとそこには、
「……ふぇ……?」
下着姿のニアがいた。
「……」
「……」
世界の時間が止まる。
時間系統の魔法に対し、『完全耐性』を持つはずのボクが、ピクリとも動けなかった。
可愛らしい純白の下着・瑞々しい柔肌・大きくて柔らかそうな胸・ほっそりとした可憐な腰つき、完璧なプロポーションだ。
(す、素晴らしい……っ)
ボクの視線は、ニアの体に釘付けとなり、かつてない情欲の嵐が吹き荒れた。
幸いにもここは人目のない体育倉庫、お誂え向きに体操用のマットもある。
(……据え膳食わぬはなんとやら、だ……ッ)
欲望のままに一歩踏み出そうとしたそのとき、
「そんなに見られると、恥ずかしいんだけど……っ」
顔を真っ赤にしたニアが、胸元を手で隠しながら、なんとか声を絞り出す。
「わ、悪い……っ」
我に返ったボクは、すぐさまバッと背を向けた。
(あ、あああ……危なかったぁ……ッ)
今のは言い訳の余地もなく、完全に呑まれていた。
ニアが声を出さなければ、体操マットに押し倒し……情欲のままに致していたことだろう。
(もうなんか封印系の魔法とかで、情欲を縛れないか……?)
このままじゃ、本当に取り返しのつかないことになりそうだ。
ボクが真剣に頭を抱えていると、シュルシュルという衣擦れの音が聞こえてきた。
「……っ」
背後で同級生の美少女が、生着替えをしている。
そう考えるだけで、喉はカラカラに乾き、心臓が激しく脈打った。
(落ち着け、こういうときは羊を数えるん……だっけ?)
いや違う、それは眠りたいときのやつだ。
(マズい、思考力がジャガイモレベルにまで落ちている……っ)
普段のホロウ脳からは、決して考えられないポンコツっぷりだ。
(これが情欲による、思考力の極弱体化……)
うっかり戦闘中に発動しないよう、気を付けないといけないな。
そんなことを考えていると、背後から声を掛けられた。
「ねぇ、ホロウ……」
「……なんだ」
「さっき、私に見惚れてた?」
「…………己惚れるな」
「ふふっ、いつもの毒舌にキレがないよ?」
ニアはそう言って、悪戯っ子のようにクスクスと微笑んだ。
(……やめろ。頼むから、これ以上可愛いところを見せないでくれ……っ)
こっちはもう『限界ギリギリ』、凄まじい情欲がパンパンに膨れ上がっている。
ありったけの精神力を動員し、なんとか必死に抑え付けているけど、いつまで持つかわからない。
『内なる情欲』と死闘を繰り広げていること約一分、
「――これでよしっと。ホロウ、こっち向いて」
振り返るとそこには、メイド服を纏うニアがいた。
「ど、どうかしら……?」
彼女はちょっぴり恥ずかしそうに、伏し目がちに聞いてくる。
(……可愛い……)
現代的なミニスカートタイプのメイド服だ。
頭に乗せたホワイトブリム・フリルの付いた白いエプロン・純白のハイソックス、どこに出しても恥ずかしくない立派な『美少女金髪メイド』。
(やっぱりここで押し倒して――いや、駄目だ……っ)
情欲と煩悩が脳内で炸裂し、強烈な立ち眩みを覚える。
「ほ、ホロウ……? なんか周りに『黒い玉』が出てきたんだけど、なんか凄く禍々しい魔力を放っているんだけど……これ、大丈夫なやつなの!?」
「ふぅー……あぁ、問題ない」
うっかりポロリしてしまった『虚空玉』を消し、改めてニアの姿を確認する。
(しかし、完璧なメイドだな……)
「エインズワース家の当主が、メイドのコスプレとかいいのか?」という思いもあるけれど……レドリック魔法学校において、爵位はまったく関係ない。
それに何より、今日は年に一度の聖レドリック祭だ。
原作ロンゾルキアの祭りは無礼講が基本、やっぱり混沌を楽しまないとね。
「まぁなんだ、その……悪くないんじゃないか?」
「ふふっ、ありがとう」
ニアは嬉しそうに微笑み、その場でクルリと回った。
「どうしてもホロウに一番に見せたくて、ここへ呼んだの」
「なるほど、そういうことか」
「うん、そういうこと。――それじゃ私は、お店の準備をしてくるから、後で遊びに来てよね?」
「気が向いたらな」
無論、絶対に行くつもりだ。
そうしてニアと別れた後は、レドリック全体をグルリと見て回る。
(うーん、これはちょっとなさそうだな……)
魔法探知を鋭く尖らせながら、敷地を一周してみたけれど、反応はゼロ。
おそらくラグナの結界は、即時展開式のモノだろう。
(結界探しは諦めて、祭りを楽しんだ方がよさそうだね)
そんなこんなをしているうちに、ゴーンゴーンゴーンと鐘が鳴った。
どうやら聖レドリック祭が始まったらしい。
(ちょうどいいタイミングだ……よし、行くか!)
男の理想郷――コスプレ喫茶へ。
ボクは颯爽と一年特進クラスへ向かう。
幸いにもまだ混んでおらず、特に待たされることもなく、ストレートに通された。
(ふぅ……なんかドキドキするな……っ)
店の中に入ると同時、
「「おかえりなさいませ、御主人様」」
金髪美少女メイドのニアと銀髪美少女巫女のエリザが、温かく出迎えてくれた。
「あ、あぁ……」
「どうぞこちらへ」
「御席へ案内します」
そのまま座に着き、しばし呆然とする。
(あれ……ボク、死んだ?)
ここって天国……じゃないよね?
頬を軽く引っ張ると、しっかり痛みがあった。
(あぁよかった、まだちゃんと生きているみたいだ……)
うっかり死亡フラグを踏んでしまい、気付く間もなく殺され、天国に旅立ったのかと思った。
それほどまでにここは、『最高の場所』だった。
「こちらがメニューでございます」
「ご注文はいかがいたしましょう?」
「ふむ……紅茶とスコーンを」
「はい、かしこまりました」
「少々お待ちくださいませ」
二人は優雅に頭を下げ、仮設の厨房へ向かった。
(……ニアのメイド姿もいいけど、エリザの巫女姿も素晴らしいね)
高貴で清廉な女騎士が、神聖な巫女にクラスチェンジ……『アリ』だ。
(文化祭イベント、ちょっとこれ最高過ぎない?)
なんなら一年に五回ぐらいあってもいい、いやそれが適性だ。
(職員会議に圧力を掛けて、祭りの数を増やすか……)
割と真剣にそんなことを考えていると、
「御主人様、紅茶でございます」
「スコーンをお持ちしました」
机の上にティーセットとケーキスタンドが並べられる。
配膳を終えたニアとエリザは、柔らかく微笑みながら、ボクの両脇に控えてくれた。
(悪くない気分だ、これもサービスの一環なのかな?)
ボクは紅茶のかおりを楽しみ、ゆっくりと口に含む。
(……あぁ、最高だ……)
原作ロンゾルキアファンとして、ボクは今『幸せの絶頂』にいる。
きっとこういうのを『至福のひととき』と言うんだろう。
そんな折、とある疑問が浮かんだ。
(世界に中指を立てられた悪役貴族に、こんな『御褒美イベント』があってもいいのだろうか?)
――いや、いいね!
ボクは第三章の最終盤まで、ひたすら走ってきた。
『怠惰傲慢』を捨て去り、『謙虚堅実』に努力してきた。
(たまにはおいしい思いをしたって、バチは当たらないはずだ!)
その後、紅茶とスコーンを堪能し、そろそろ退店しようかと思ったそのとき――店の奥から新たなメイドがやってきた。
「紅茶のおかわりはいかがですか、ご、御主人様……?」
ボクはこのとき、『人生最大の衝撃』を受ける。
「なっ、ァ……!?」
なんと目の前のメイドは、原作ホロウの宿敵――主人公アレン・フォルティスだった。
(いやいやいや、待て待て待て……っ)
お前、それ……似合い過ぎだろ……ッ。
白髪のミディアムヘア・絹のように滑らかな肌・中性的な整った顔立ち、そこにミラクルフィットするメイド服。
これはもはや『可愛いの擬人化』。爪先から頭の天辺まで、全てが『可愛い』で構成されている。
(アレンお前……当代の『勇者』だよな?)
ボクが思わず硬直していると、
「あ、あはは……やっぱりちょっと恥ずかしいね……っ」
主人公は頬を赤く染めながら、指でクルクルと白い髪をいじった。
もうなんか行動の一つ一つが可愛い。
「いったい何があった……?」
「実は、コスプレ好きのリンさんに捕まっちゃって……」
「……あいつ、そんな趣味があったのか」
初めて知ったよ。
「それでホロウく――じゃなかった。御主人様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「いや、もう十分だ」
「そうですか。では、こちらへどうぞ」
フロントで会計を済ませ、コスプレ喫茶の外に出ると、わざわざ見送りに来てくれたアレンは、
「行ってらっしゃいませ、御主人様」
気恥ずかしそうに微笑みながら、右手を小さく振った。
――トゥンク。
心が跳ねた。
(嗚呼、誰か教えてくれ……)
この胸の高鳴りは、なんなんだ?
ボクはいったい、どうすればいいんだ?
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
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