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世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~  作者: 月島 秀一
第三章

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第二十六話:天才魔法研究者セレス・ケルビー【後編】

 セレスとゴドリー、両者の視線が交錯する。


「ご、ゴドリー、室長……。今日は魔法省で『室長会議』があるはずじゃ……!?」


「うん、欠席してきたんだよ。最近ちょっとキミの様子がおかしかったからね。プロジェクトも遅れ気味だし、もしかしたら僕のいない間に、何かよからぬことでもしているんじゃないかと思ってさ」


 ゴドリーは不気味なほど、いつも通りだった。


「ねぇセレスくん、どうしてこんなことをするんだい? キミは今、『貴重な検体』を殺そうとしているんだよ?」


これ(・・)が『悪魔の研究』だからです……っ」


「いいや違うね。この研究は、『人類の希望』だ。原初の回復因子は、大いなる可能性を秘めている。今はまだ汚染されているけれど、不純物を取り除くことができれば、多くの命を救え――」 


「――この検体は、そんな素晴らしいモノじゃありません! これはただの……呪われた『魔王因子』です!」


「あはは、魔王因子と来たか。知らなかったよ、キミがそんな『都市伝説』()みたモノを信じていたなんてね」


(とぼ)けても無駄ですよ。私は知っています、ガラス張りの実験室も、そこに囚われた少女も、ゴドリー室長の裏の顔もっ!」


 セレスの鋭い追及を受け、


「あっちゃぁ……。そうか、見られちゃったのか……」


 ゴドリーは自身の(ひたい)をパンと叩く。


「それじゃ……隠しても意味がないね」


 次の瞬間、ゴドリーはセレスの頭を乱暴に掴み、勢いよく壁へ叩き付けた。


「ぁう゛ッ」


 彼女の眼鏡にヒビが入り、額から鮮血が垂れ落ちる。


「この研究所は荒らしたくない。ちょっと場所を移そうか」


「……っ」


 片や屈強な男。

 片や華奢(きゃしゃ)な女。

 当然抵抗できるわけもなく、薄暗い地下牢へ連れ込まれた。


「ねぇセレスくん、僕たちもう一度やり直せないかな? キミのその明晰(めいせき)な頭脳は、とても得難(えがた)い代物なんだ。どうだろう、報酬ならたくさん――」


「――何を言われようとも、大魔教団に手を貸すつもりはありません」


 絶体絶命の状況にありながら、セレスは断固として拒否した。

 彼女は英雄の末裔、そんな汚いことをするぐらいなら死を選ぶ。

 誇り高く犯し難い、正義の心の持ち主だ。


「そうか……それじゃちょっと痛い目を見てもらおう」


 ゴドリーは白衣を脱ぎ捨て、セレスのもとへ押し迫る。


 その後、


「ほら、ちゃんと立って」


「ぅぐっ!?」


 顔を叩かれ、腹を殴られ、脚を蹴られ、たっぷりと(なぶ)られた。


 ゴドリーは手加減が(うま)い。

 骨が折れないよう、意識が飛ばないよう、ギリギリのラインを攻め続ける。


「ふぅ……。どうだい、そろそろ協力する気になってきたかな?」


「はぁはぁ……死んでも、嫌です……っ」


 散々痛め付けられたセレスだが、依然としてその目には、強い意思の力が宿っている。

 ケルビーの血が、悪に屈服することを許さないのだ。


「まったく、キミの強情っぷりには参ったね……」


 ゴドリーは肩を(すく)め、「また来るよ」と言い残し、地下牢を去った。


 数日後、


「やぁセレスくん、ちょっとやつれたかな?」


「……」


「あはは、そんなに(にら)まないでよ。今日はキミに見せたいモノがあるんだ」


 ゴドリーは無邪気に微笑み、背後に向けて声を掛ける。


「ほらこっちだよ、おいでリンくん(・・・・)


 暗がりの奥から現れたのは、最愛の娘だった。


「り、リン……!?」


「……お母、さん……っ」


 ゴドリーが部下に命じ、リンを誘拐させたのだ。


「この子は、優秀な研究者の『タマゴ』。まだ学生の身でありながら、いくつもの論文を執筆し、著名な魔法雑誌に掲載されている。きっと将来は、セレスくんをも超える、凄い研究者になるだろう」


「うちの娘に何をするつもりですか!?」


「ふふっ、いい顔だ」


 ゴドリーは嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべる。


「『上』と相談した結果、方針を変えることになってね。セレスくんは(いささ)か強情に過ぎる、仲間に迎え入れるのは危険だ。っということで、標的(ターゲット)を切り変えた」


 彼はそう言いながら、リンの目を見つめる。


「――リンくんが言うことを聞けば、セレスくんの命は助かる。だけど、もしも抵抗するのなら、とても酷い目に()ってしまう。もちろん、『キミ』じゃなくて、『キミのお母さん』がね。どうすればいいか……わかるだろう?」


「は、はい……っ」


「ふふっ、いい子だ」


 ゴドリーはニッコリと微笑み、リンの頭をねっとりと()ぜる。


 大魔教団は、セレスの頭脳を諦めた。

 その代わり、『鎖』として使う。

 リンを縛るための『呪縛』として。

 その間に『次世代の天才』リン・ケルビーを育成(きょういく)し、忠実な(コマ)にせんとしているのだ。


(そんなこと、絶対にさせない……っ)


 激情に駆られた母親は、白衣の(すそ)から、ガラスの小瓶(こびん)を取り出す。

 その中を満たすのは、『魔王の血』と呼ばれる深紅の液体だ。


「ど、どうしてセレスくんがそれ(・・)を!? この施設には保管していないはず……っ。いや、その異常な純度は、『第二世代』じゃない……まさか、キミが作ったのかッ!?」


「はい」


 これはセレスが研究の過程で誤って開発してしまい、すぐにその存在を秘匿(ひとく)した、『第三世代の魔王因子』。

 変異(へんい)副作用(リスク)を最小限に抑えた、現時点における『最高傑作』だ。


「確かここにあった研究レポートによれば、魔王の血を摂取すると『魔人』になれるとか」


「魔人のことでまで……っ。どうやら僕のいない間に、随分と嗅ぎ回っていたようだね……ッ」


 ゴドリーの顔から、初めて余裕が消えた。


これ(・・)の恐ろしさは、ゴドリー室長の方がご存知ですよね?」


 セレスは小瓶の蓋を開け、魔王の血を口元へ運ぶ。


「ば、馬鹿な真似はやめろ! その(とうと)き血に『適合』できるのは、英雄のような選ばれし者だけだ! こんなところで『暴走』を起こせば、お互いにタダじゃ済まな――」


 忠告も虚しく、セレスは深紅の液体を飲み干した。


 次の瞬間、


「ぁ、ぐ、ぁああああああああああああ……っ」


 紫紺(しこん)の大魔力が、四方八方へ吹き荒れる。


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」


 英雄の因子を持つセレスは、不完全ながらも適合を果たした。


 脳裏に響くのは、魔王の(おぞ)ましい声。


【勇者を殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……っ】


 怨嗟(えんさ)呪詛(じゅそ)が、精神を(むしば)んでいく。


 常人はこれに呑まれ、やがて暴走状態となるのだが、


「……うる、さい……ッ」


 英雄の因子を持つセレスは、魔王の命令に抵抗(レジスト)した。


「ば、馬鹿な……っ。ただの女が適合を……!?」


 ゴドリーが驚愕に目を見開く中、


「リンを……返して……!」


 セレスが右手を振れば、凄まじい衝撃波が発生し、地下牢の鉄格子(てつごうし)が吹き飛んだ。


「なんてふざけたパワーだ……ッ」


 ゴドリーはたまらず上階へ向かい、


「お前たち、セレスが魔人となった! すぐに地下牢へ来い、大至急だッ!」


 途轍(とてつ)もない大声を張り上げ、戦闘員を呼び集めた。


「リン、今のうちに逃げるわよ!」


「は、はい!」


 セレスはリンの手を取り、上層の出口――ではなく、下層へ走り出した。

 巨大な通路を進み、突き当たりの壁をペタペタと触る。


「確かこの辺りに……あった!」


 巧妙に隠されたボタンを押すと同時、正面の巨岩が二つに割れ、『秘密の隠し通路』が出現する。


「リン、あなたが先に――」


「――そこまでだ」


 ゴドリーの冷たい声が響いた。


「まったく、僕専用の逃げ道まで調べているとは……。キミは本当に優秀だね、セレスくん」


 彼の背後には、100人の戦闘員(ぶか)が控えている。


「リン、早く行って!」


「お、お母さんも一緒に……っ」


「私なら大丈夫、後で必ず追い付くわ」


「そ、そんなの……っ」


 敵は100人の屈強な男。

 研究職の母が勝てるとは、とても思えなかった。


 セレスは優しく微笑み、リンの頭を優しく撫ぜる。


「今まで寂しい思いをさせてごめんね。最後くらい、親らしいことをさせてちょうだい」


「……っ」


 リンは目尻に涙を浮かべ、そのまま静かに走り出した。


「ありがとう……愛しているわ、リン」


 今生(こんじょう)の別れを済ませたセレスは、改めてゴドリーに向き直る。


「大人しく待っていてくれるなんて、優しいところもあるんですね、ゴドリー室長」


「ふふっ、母娘(おやこ)の別れを邪魔するほど、僕は無粋(ぶすい)な人間じゃないさ」


 彼は余裕に満ちた笑みを浮かべ、パンと両手を打ち鳴らす。


「さて、まずは裏切り者のセレスくんからだ。キミをじっくりと(なぶ)

(ごろ)しにした後、リンくんをゆっくり確保するとしよう」


「先に言っておきますが、私はけっこうしぶといですよ?」


 そうしてセレスとゴドリーたち大魔教団の戦いが始まった。


「ハァッ!」


 セレスは紫紺(しこん)の魔力を右手に集め、強烈な衝撃波を解き放つ。


「「「ぐぁ!?」」」


 魔人の力は凄まじく、一撃で五人の戦闘員が倒れた。


 しかし、セレスの戦法はこれだけだ。

 魔力を集中させ、衝撃波を放つだけ。

 超人的な膂力(りょりょく)と魔力があっても、それを使いこなす(すべ)を知らない。


 その結果、攻撃は酷く単調なモノとなり、敵もすぐに対策を講じる。


「食らいなさい!」


 セレスの衝撃波にタイミングを合わせ、


「「「――<障壁(ウォール)>!」」」


 複数人で分厚い防御魔法を展開、


「「「<雷撃(ライトニング)>!」」」


 反撃に魔法攻撃を放つ。


「えっ……あ゛ぅッ!?」


 防御魔法はおろか回避の心得も知らない彼女は、敵の攻撃に対して無力だった。


(な、なんて『痛み』なの……っ)


 鋭い雷が肉を抉り、焦熱が骨を焼く。

 魔人の体ゆえ再生こそすれど、研究職のセレスには、痛みへの耐性がまるでない。


 しかしそれでも、


「ま、だ……です……ッ」


 二本の足でしっかりと立った。


 自分が倒れれば、リンのもとへ追手が差し向けられる。


(私があの子にしてあげられるのは……一秒でも長く耐えること!)


 自分の体を盾にする。

 それがセレスにできる、ただ一つの仕事だった。


 その後、どれくらいの時間が経っただろうか。

 雨や(あられ)のように吹き荒ぶ攻撃魔法を、セレスはその身で受け続けた。


「はぁ、はぁ……まだまだ……元気、いっぱい……です……っ」


「こ、この女……不死身か!?」


「いくら魔人とはいえ、普通もう死んでるぞ!?」


「ただの研究職が、どうしてこんなにタフなんだ……っ」


『母のド根性』に戦闘員が揺らぐ中、ゴドリーは大きなため息を零す。


「はぁ……まったく、見苦しいね。セレスくんは、もう少し利口な人間だと思っていたよ」


 呆れたように(かぶり)を振った彼は、底意地(そこいじ)の悪い笑みを浮かべる。


冥途(めいど)土産(みやげ)だ、一つイイことを教えてあげよう。この一帯は、大魔教団の縄張りでね。外に広がる大きな森には、たくさんの戦闘員が潜伏している。つまり、リンくんは絶対に逃げられないんだ。あははっ、今どんな気持ちかなぁ? キミの必死の頑張りは、全て徒労(とろう)だったんだよ!」


「はぁ、はぁ……どうせ、そんなことだろうと……思いました」


 セレスは荒々しい息を吐きながら、冷静に思考を回転させる。


(状況は悪いけど、まだ可能性(・・・)は残っている……っ)


 彼女の勝利条件は一つ、リンを無事に逃がすこと。

 ゴドリーには見えない細い『勝ち筋』が、セレスにはしっかりと見えていた。


(この出血量、私はもう助からない……)


 魔人は不死じゃない。

 その再生力は有限であり、魔力というエネルギーが枯渇(こかつ)すれば、当然そのまま朽ち果てる。


(どうせ死ぬのなら、ありったけを……っ)


 セレスの天才的な頭脳は、この場における『最適解』を導き出した。

 自分が助かるための――ではなく、娘が助かるための。


「ハァアアアアアアアア……!」


 セレスは全魔力を右腕一本に集中させ――天井に向けて解き放った。

 それは分厚い岩盤を突き破り、遥か大空へ打ち上がる。


「あはは、どこを狙っているんだい?」


 ゴドリーが邪悪に(わら)い、


「……お願い(・・・)見つけて(・・・・)……っ」


 セレスは切なる願いを(とな)えた。


 その直後、


「――<獄炎>」


「――<雷槍>」


「――<氷礫>」


 大量の攻撃魔法が、彼女の全身を襲った。

 灼熱の劫火(ごうか)が肉を焼き、雷の槍が骨を穿(うが)ち、氷の礫が細胞を(えぐ)る。


「か、は……っ」


 凄まじい土煙が舞い上がる中、魔人はゆっくりと倒れ伏す。


 セレスの体は、もう再生しない。

 先ほど天井に放った一撃で、魔力が底を突いたのだ。


「ふふっ、お仕置き完了だね。それじゃみんな、セレスくんを『実験室』へ運んでおくれ。わかっていると思うけど、彼女の体は丁重に扱うんだよ? 魔人を解剖できる機会なんて、そう中々あるものじゃないからね」


「「「はっ!」」」


 大魔教団の戦闘員たちは、迅速に行動を開始する。


「後は外の部隊に指示を出して、リンくんを回収すれば、全て終わりだ」


 ゴドリーが<交信(コール)>を使おうとしたそのとき――『異変』が起こる。


「貴様、いったいどこから――」


「ま、まさかお前は――」


「ひぃッ!? やめてくれ、助け――」


 戦闘員の情けない悲鳴が、ぶつ切りになって消えていく。


(……なんだ……?)


 ゴドリーが怪訝(けげん)に眉を(しか)める中、土煙が晴れるとそこには――漆黒のローブを纏う、謎の仮面が立っていた。


「「「ぼ、ボイド……ッ!?」」」


 大魔教団の面々が、恐怖に顔を引き()らせる中、


(……見つけて(・・・・)……くれ(・・)()……っ)


 瀕死のセレスは、グッと拳を握った。

 彼女が最後に行った攻撃は――『信号』。

 魔人化した自分の魔力を天高く撃ち上げることで、大魔教団の『天敵』へ助けを求めたのだ。


 ボイドの(かたわ)らには、最愛の娘が立っている。

 おそらく途中で合流を果たし、事情を説明したのだろう。


 セレスは最後の力を振り絞り、(かす)れた声で懇願(こんがん)する。


「……お願い、しま、す……。なんでも……するので……どうか……娘、を……」


 ボイドは無言のまま、スッと右手を伸ばした。

 <契約(コントラ)>が起動し、魔法で記された誓約文書が浮かび上がる。


 瀕死のセレスに、その全てを読む力はない。


 それでも必死に探した。


あの記述(・・・・)さえ、アレ(・・)さえあれば……っ)


 明滅する視界の中――とある一節を見つけた。


『娘の命を保証する』。


 自分の求めるモノが、そこにはしっかりと記されていた。


「……ありが、とぅ……」


 それだけで十分だった。

 セレスの望みは、全て叶えられる。

 彼女はなんの躊躇(ちゅうちょ)もなく契約を結び、そのまま意識を手放した。


「くくっ、契約成立だな」


 望みの研究者(モノ)を手に入れた虚空の王は、飛び切り邪悪な笑みを浮かべる。


「――さぁ、『選手交代』だ」


 今、蹂躙(じゅうりん)が始まる。

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― 新着の感想 ―
セレス博士の自称「しぶとい」台詞からくる一連の戦闘の流れを読んで 月島先生は 幽遊白書の桑原和真を愛してると見える! ┌(┌^o^)┐ホモォ...
なんでも…ふーん?
珍しく胸糞悪い話が続いてたな… このくらい追い詰められてないと自分を売ることをしないからかな?
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