第二十四話:時は満ちた
フィオナさんの頭がおかしくなった。
いやまぁ元からおかしいんだけど……今回はいつにも増して狂っている。
「いきなり『頬をぶて』とは、いったいなんの冗談だ?」
「冗談でこんなことは言いません。私、今回は真剣なんです」
どういうベクトルで真剣なのか、まったくわからないけど……。
彼女の言葉には、『迫力』があった。
名状し難い『圧』が、『本気の思い』が、ヒシヒシと伝わってくる。
(ふむ……どうやら訳アリみたいだね)
臣下の抱える悩みを聞き、道を示してあげるのは、次期領主の務め。
仕方ない、ちょっとだけ時間を割くとしよう。
「手短に話せ」
壁に背中を預け、話の続きを促すと、フィオナさんは「ありがとうございます」と頭を下げた。
「私の人生は……これまでずっと『敗北』の連続でした。馬に負け、酒に溺れ、魔法省のお金を盗み……。四年前のあの日、ホロウ様に拾っていただけなければ、きっと今頃どこかの地下牢に繋がれていたことでしょう」
「まぁ、そうだろうな」
「私も今年で二十五歳、もう立派な大人です。真剣に自分を見つめ直し、問い掛けてみました。『フィオナ・セーデル、あなたはこのまま負け続ける人生でいいのか?』、と」
「ほぅ」
これは驚いた。
今日のフィオナさんは、いつもと一味違う。本気で生まれ変わろうとしている。
「敗北だらけの日々は、もう嫌なんですっ! 一度切りの人生、どうせならやっぱり……勝ちたいッ!」
「よく言った」
「今回こそは、絶対に勝つ! いや、勝たなくちゃいけない! 『クラインダービー』にッ!」
「いい心掛け……ダービー……?」
「はい! 以前にもお伝えしたかと思うのですが、来たる6月16日に『クラインダービー』が開催されます! これは上半期における最大規模のレースっ! 私はこの日のために軍資金を掻き集め、今やその額は2000万の大台に乗りましたッ!」
そう言えば……第三章の冒頭で、そんなことを言っていたっけか。
「……はぁ……」
思わず、失望のため息が零れ落ちる。
(こいつ、結局また馬じゃん……)
真剣に話を聞こうとしたボクが馬鹿だったよ。
「あっ、その顔! 『こいつ、結局また馬じゃん』、と思いましたね!?」
「よくわかっているじゃないか」
「違うんですよ、ホロウ様! 今回の私はいつもと違うんです! 本気も本気なんですっ!」
フィオナさんはそう言って、ボクの肩をゆっさゆっさと揺さぶった。
「馬中毒の戯言に付き合っている暇はない。そこをどけ、俺は忙しいんだ」
「もがっ!?」
無駄に美しい顔をグイと押しのけ、自分の部屋へ入ろうとすると、
「ほ、ホロウ様ぁ、そんな冷たいことを言わず、少しだけ話を聞いてくださぃ……っ」
目尻に涙を浮かべた彼女が、腰にがっしりとしがみ付いてきた。
無理矢理に引っ剥がすのは簡単だけど……その場合、部屋の外でわんわんと泣かれそうだ。
ここは借金馬女の『飼育コスト』と割り切り、少し優しく構ってあげた方が、結果的に丸く収まるだろう。
「はぁ……三分だけだぞ?」
「あ、ありがとうございます! さすがはホロウ様、なんだかんだでお優しい!」
そうして先ほどの話に戻る。
「それで……今回のお前は、何がどう違うんだ?」
「よくぞ聞いてくださいました! 私は今回、来たるクラインダービーに備えて、『三つの必勝戦略』を用意したんです!」
これ、もう聞く価値ないよね?
競馬にはいくつもの不確定要素が絡む。
当然のことながら、必勝法など存在しない。
しかしまぁ、三分やると言った手前、ここで話を切るのは不義理だ。
時間潰しも兼ねて、その必勝戦略とやらを聞くとしよう。
「どんな手を用意したんだ?」
「まず一つ目は――お酒を断つことで、この身を清めました!」
「ほぅ、それはいいことじゃないか」
フィオナさんは『馬カス』であると同時に『酒カス』でもある。
『ヤニカス』じゃないのが、せめてもの救いだ。
「既に断酒を初めて四日、細胞がアルコールを求めているのがわかります……っ」
そう言った彼女の手は、カタカタと小刻みに震えていた。
(……今日で断酒四日目、ダービーは三日後……)
願掛けとして酒を断つのはいいけど……さすがに期間が短過ぎないか?
たかだか一週間ぽっちの断酒で、競馬の神様が微笑んでくれるとは思えない。
「そして二つ目は、超貴重な魔法具を用意しました!」
フィオナさんの右手には、透明な小石が乗っている。
「これは『神秘の勾玉』と言って、霊験あらたかな森で清められた、凄い御利益のある魔道具なんですっ!」
「そんな胡散臭いモノ、どこで手に入れたんだ?」
「露天商のオジサンから、特別に売っていただきました!」
「いくらで?」
「なんとたったの100万ぽっきり!」
「馬鹿だろ」
1億%カモられている。
「断酒という縛りによる『ツキの大幅向上』! 神秘の勾玉による『運気の限界突破』! そして最後にもう一つ!」
彼女はそこで言葉を切り、何故かこちらを見つめた。
「ここで『最初のお願い』に戻るのですが……。私の頬をぶっていただけませんか?」
「なんのために?」
「煩悩を消すために」
「お前は天才だな」
論理の飛躍が凄過ぎて、まるで意味がわからない。
ボクが心の底から呆れ返っていると、フィオナさんがコホンと咳払いした。
「ホロウ様、この世界には『物欲センサー』という概念が存在します。自分が強く欲するモノは、<感知器>の魔法で世界に汲み取られ、むしろ遠く離れてしまう――という考え方です」
「あぁ、知っている」
物欲センサーは、確かに実在する。
ボクが原作ロンゾルキアをプレイしていたとき、『龍の極鱗』という超レアドロップを狙って、一か月ほど龍を狩り続けたことがある。
(しかし、そういうときに限って、何故か全くドロップしない……)
普段なんでもないときには、ポロッと簡単に落ちたりするのにね。
(物欲センサーを『迷信』や『オカルト』だという声もあるけど……それは違う)
この現象は全世界で確認されており、きっと多分おそらく確実に存在するモノだ。
「私はとある可能性に気付きました。競馬でド派手な勝利を――『一攫千金』を求めるあまり、物欲センサーに弾かれているのではないか、と」
「そうか」
「だからこそ、ホロウ様に強烈な一撃をもらい、『無我の境地』へ至るっ! そうすれば物欲センサーを掻い潜り、きっと勝てるようになると思うんですッ!」
フィオナさんはその豊かな胸を張って、自身の考えを高らかに発表した。
「こんなこと、ホロウ様にしか頼めません。どうか何卒お願いします、私の頬をぶってください!」
もはやツッコミどころしかないけど、そろそろ予定の三分が経過する。
ビンタ一発で終われるのなら、サクッとやってしまおう。
「フィオナ、舌を噛まぬように口を閉じろ」
「ありがとうございます!」
「では、行くぞ?」
「ばっちこいです!」
ゆっくりと右手を振りかぶり、フィオナさんの左頬を引っ叩く。
「――ぶへぁッ!?」
彼女はド派手に床を転がり、ピクピクと痙攣した。
せっかくの機会なので、ちょっと強めにイッておいたのだ。
(今の衝撃で、『真人間』になってくれたらいいのにな……)
そんなボクの切なる願いは、
「ふぅふぅ……よし、これで勝てるッ!」
まったく届かなかった。
人間、そう簡単には変われないね。
(しかしフィオナさん……やっぱりタフだね)
ボクが『とある設定』を思い出していると、彼女が勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございました! これでクラインダービーは、絶対に勝てますっ! 人生一発大逆転勝利、間違いなしですッ!」
凄いね、もう煩悩が駄々洩れだよ。
「精々励むといい」
「はいっ! それではホロウ様、おやすみなさい」
フィオナさんは会心の笑顔を浮かべ、自分の部屋に帰って行った。
(ダービーの開かれる6月16日は、悲惨なことになりそうだね……)
彼女の幸運値は『-1000』、ロンゾルキアでもぶっちぎりの最下位。
きっと軍資金の2000万を全て溶かし、泣きべそを掻いて帰ってくるだろう。
こうして借金馬女を軽くいなしたボクは、自室へ戻って席に着き、第三章の攻略チャートを眺める。
(……よしよし、これ以上ないほどの進み具合だっ!)
この五日間、ボクはひたすら『サブイベント』をこなし続けた。
まずは王都のチェス大会。
実戦で腕を磨きつつ、優勝を掻っ攫い、『箔』を付けようと思ったのだ。
ちなみに決勝の相手は――なんとうちの執事長オルヴィン・ダンケルトだった。
「坊ちゃま、ここで会ったが百年目……先日の雪辱、果たさせていただきます」
「くくっ、面白い。受けて立とう」
あれから密かに特訓を重ねたのか、オルヴィンさんは遥かに手強かった。
彼は死ぬほど負けず嫌いだからね。
だがしかし、ホロウ脳の進化は凄まじく……。
「……さすがでございます」
「お前も見事な指し筋だったぞ」
蓋を開けてみれば、ボクの圧勝に終わった。
これで第四章の『チェスイベント』は、簡単に乗り切れるだろう。
その後も大貴族以外と交流を深め、王都の商業組合と密会を重ね、『先々の布石』を着実に打って行った。
こういう小さな積み重ねが、やがて『大きな差』を生むからね。
基本はメインルートの流れに沿って、学校・サブイベント・修業を行き来する。
その合間を縫って、虚の定時報告・ボイドタウンの視察・主人公モブ化計画をこなすのだ。
ちなみに……第三章からランダムで発生する暗殺者の襲撃は、なんとこの五日間で『七回』を数えた。
(……いや、いくらなんでも多過ぎるでしょ……)
一日当たり1.4回エンカウントしている計算だ。
(原作ホロウへの殺意が高過ぎる。せめて平均1回に抑えてくれ……)
この世界は、どれだけ悪役貴族を殺したいのか。
そして明日からはまた、『怒濤のイベントラッシュ』が始まる。
今のようにゆっくり攻略チャートを眺められるのは、おそらく今日この時間が最後だ。
ルート分岐をミスらないよう、しっかり確認しておかないとね。
(そう言えば、『ケルビー家の回収イベント』。そろそろ頃合いだと思うんだけど……まだ発生しないのかな?)
もう間もなく第三章は最終盤面に突入し、『聖レドリック祭』が始まってしまう。
ケルビー母娘を仲間にできるのは今このときだけ、所謂『取り返しのつかない要素』だ。
(……ちょっと不安になってきたな、監視のシュガーに連絡をしてみよう)
ボクが<交信>を使おうとしたそのとき、遥か遠方から念波が飛んできた。
噂をすればなんとやら、虚の構成員シュガーからだ。
(ボイド様、シュガーでございます。監視対象リン・ケルビーが攫われました)
(ふふっ、ちょうどいいタイミングだね!)
(相手は濃紺の外套を纏った三人組、現在は王都北西部へ移動中です。『手出しは無用』とのことでしたので、このまま尾行を続けます)
(うん、お願い。ボクもすぐにそっちへ飛ぶよ。――あっでも、『森』の中には入らないでね? 多分『探知結界』が張ってある、追うのはその手前までだ。大魔教団の奴等にバレると、逃げられちゃうかもだからさ)
(承知しました)
<交信>切断。
ボクは漆黒のローブを纏い、ボイドの仮面を付ける。
(ふふっ、『じっくり熟成させたカレー』が、イイ感じに出来上がったようだね!)
時は満ちた。
第三章の冒頭から、丁寧に丁寧に立ててきたフラグが、今宵ようやく成立する!
さぁ、悲劇の運命に囚われたケルビー母娘を救済しに行こうじゃないか!
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