第二十話:デスマッチ
現在ボクは、レドリックの『地下演習場』に立っていた。
正面にズラリと並ぶのは、物騒な空気を醸し出す、特進クラスの三年生――総勢30人。
周囲の観客席は、大勢の野次馬たちで埋まっている。
(ひーふーみー……うわぁ、凄い数だな……っ)
ボクと三年生の特進クラス30人が、まるで大名行列のように移動するものだから、めちゃくちゃ目立ってしまい、たくさんの生徒たちが押し寄せたのだ。
(だいたい300人ぐらいかな?)
ほぼほぼ全校生徒が集結している。
(いやけっこう、実にけっこうなことだね!)
この大観衆の中、三年特進クラスの皆さんを締めれば、ボクは晴れてレドリックの頂点に立つ。
わざわざ夏休み明けまで、本序列の発表を待つ必要もない。
(やっぱりホロウ脳は優秀だ)
あの場で三年生を煽り立て、こんなおいしい盤面を作りだすのだから、本当に大したモノだと思う。
悪いことを考えさせたら天下一だね。
ちなみに……序列戦は1対1が原則なので、今回の争いは『私闘』という形になった。
いろいろな制限のつく序列戦と違って、私闘は極論『なんでもアリ』だからね。
お互いの合意が取れれば、1対30の戦いも成立するのだ。
(さて、昼休みは後十五分、サクッと終わらせてしまおう)
ボクがそんなことを考えていると、クラスメイトの顔を発見した。
ニアとエリザが最前列に陣取っており、その隣にはアレンとリンもいる。
「ホロウくん、いくらキミでもこの数は……っ」
「だ、大丈夫なんでしょうか……?」
アレンとリンは、随分と不安気な表情を浮かべている。
一方のニアとエリザは、
「これは多分、自分の力を見せ付けるつもりね。その目的は……レドリックの支配、ってところかしら?」
「あぁ、間違いない。衆人環視の中、特進クラスの三年を蹂躙し、全校生徒をわからせるのだろう。なんともホロウらしい、大胆かつ効率的な一手だ」
随分と深刻な表情で、こちらをジッと見つめている。
何か喋っているっぽいけれど、ちょっと距離があるので聞こえない。
まぁおそらく、ボクのことを心配してくれているのだろう。
(でもこれ、ちょっとしくじったかも……)
改めて三年生たちに目を向け、自分の犯した『失態』に気付く。
「ふむ……1対30というのは、些かハンデが過ぎたな。いくつか条件を加えよう」
ボクがそんな提案を口にすると、大きな嘲笑が湧いた。
「馬鹿が! 今更になってもう遅ぇよ!」
「お前が口を切ったんだぜ? 『1対30でいいぞ、掛かって来い』ってよぉ!」
「まさかハイゼンベルクの次期当主様が、こんなところでイモ引かねぇよなぁ!?」
三年生たちは、大きな勘違いをしていた。
「すまない、少し言葉が足りなかったようだ」
ボクは誤解を招いたことを素直に謝罪し、改めて提案を持ち掛ける。
「1対30というのは、そちらがあまりに不利過ぎる。こちら側に何か『縛り』を設けよう」
次の瞬間、
「「「……はっ……?」」」
まるで<時の調停者>でも使ったかのように、世界の時がピシりと止まった。
「そうだな……。『俺は魔法を一切使わず、ここから一歩も動かない』。こうすれば、勝負の体裁ぐらいは整うと思うのだが……どうだろうか?」
あくまでも紳士的に条件面の擦り合わせを行ったところ、
「ふ、ふざけんじゃねぇぞごらッ!」
「四大貴族だかなんだか知らねぇが……調子に乗るなよ、一年坊主がッ!」
「そんなに死にてぇのなら、お望み通りにぶち殺してやらぁッ!」
先方から、凄まじい怒声があがった。
しかも、それだけじゃない。
周囲の観客たちもまた、激しい怒りに駆られている。
「噂には聞いていたが、まさかここまで傲慢な野郎だとはな……っ」
「ぶっ殺せ! 血祭りにあげろぉ!」
「極悪貴族がなんぼのもんだ! 目にモノ見せてやれぇッ!」
あちらこちらから罵声が飛び交い、完全にアウェーの状況だ。
(いや……治安、悪過ぎない?)
確かにロンゾルキアでも、レドリックの上級生たちは、めちゃくちゃ荒れていた。
(いくら原作準拠とはいえ……さすがにこれは、ちょっと酷過ぎるなぁ……っ)
こんな罵詈雑言を浴びせられたら、もう「なぁなぁ」では済ませられない。
もしも中途半端に許そうものならば、原作ホロウの設定がブレてしまう。
(ここは心を鬼にして、『怠惰傲慢な極悪貴族』として、厳しく対処しなきゃだね)
ボクがそんな感想を抱いていると、三年生の集団から、リーダー格っぽい男が前に出た。
「よぉホロウ、俺達にも先輩としての面子がある。一年坊主にここまで言われて、黙っているわけにゃいかねぇ」
「そうか」
「そこで……今回の私闘には、『特別ルール』を採用させてもらう! 降参なんて生温いモンはなし! 泣いて謝っても許されねぇ! 相手が気を失うまで闘り切る――『デスマッチ』と行こうじゃねぇかッ!」
「あぁ、それでいいぞ」
ボクがコクリと頷くと、
「クソガキが……何を余裕ぶっこいてんだッ!」
開始の合図を待たずして、金髪の三年生Aが突っ込んできた。
短気な男の手には、魔法で強化された剣が握られている。
(彼は…………誰だ?)
原作知識を漁ってみたが、まるでヒットしなかった。
つまりはモブだね。
「死ねやァ゛!」
野太い怒声が響き、振り下ろされる刃。
ボクはそれを右手で迎え、下から上に軽く振り払う。
次の瞬間、
「ベガッ!?」
ボクの右手の甲が、モブAの頬を正確に捕え、彼は遥か大空へ舞い上がった。
「ば、馬鹿な!?」
「屈強なバロンズを一撃で……!?」
「あの野郎、口だけじゃねぇぞ……っ」
三年生たちに緊張が走る中、簡単な提案を持ち掛ける。
「そうだ、アレを開始の合図としよう」
「「「……?」」」
「ほら、『コイン』の代わりだよ。バロンズとやらが地面に落ちたとき、それが私闘の始まりだ」
「「「……っ(こ、こいつ……狂ってる……ッ)」」」
天空のバロンズくんが、重力に引かれて落下し、
「――グハッ!?」
その大きな肉体が、地面に激突した瞬間、長髪の男が右手を振るう。
「吠え面かきやがれ! <土製武装>!」
彼の叫びに呼応して、大量の土が『剣』・『槍』・『斧』と化し、一斉にこちらへ殺到した。
(おっ、精鋭級の固有<大地の恵み>だね)
原作でよく見た魔法に懐かしさを覚えていると、
「「「「「おらぁああああああああ……!」」」」」
強化魔法を纏った五人の男たちが、凄まじい勢いで突っ込んでくる。
さらにそこへ、後衛の女子三人が一般魔法<妖精の賛歌>を使い、前衛の膂力を引き上げた。
(土の武器で弾幕を張り、強化&支援魔法を受けた前衛が詰める、か。ふふっ、面白い! やっぱり『集団戦』はこうじゃなきゃね!)
ボクは右の爪先を軽く浮かせ、軽くトンと地面を叩いた。
刹那、凄まじい衝撃波が大気を打ち、迫りくる<土製武装>は砕け、
「「「「「が、はっ!?」」」」」
五人の前衛たちも、みんな綺麗に吹き飛んだ。
「お、俺の固有が、足踏み一つで……!?」
「あの野郎、いったい何をしやがったんだ……!?」
三年生たちが驚愕のあまりに硬直している間――ボクは宙を舞う<土製武装>の残骸に目を付け、そのお尻部分を指で軽く弾いた。
「よっと」
『土の弾丸』は瞬く間に音速を超え、後方の女子三人組を強襲する。
「「「きゃぁッ!?」」」
不意の一撃を喰らった彼女たちは、そのままぐったりと倒れ伏した。
(これでよし)
支援職を先に落とすのは、集団戦における基本だ。
「さて、残りは後20人。もう三分の一が倒れた計算になるが……大丈夫か?」
ボクが心配そうに声を掛けると、
「な、舐めやがってェ゛!」
三年生のたちのボルテージは、いっそう激しく燃え上がった。
その後、彼らは攻勢を強めた。
「死にさらせ! ――<獄炎の絨毯>!」
真紅の炎が地面を這い進み、こちらへ向かってくる。
「範囲こそ広いものの、火力に欠けるな」
右手を軽く横へ薙ぎ、その風圧で押し返したところ、
「ぁ、ぐ、がぁああああああああ……!?」
ピアスの目立つ男が、こんがりと焼けた。
「こいつでどうだっ! ――<蒼電の雷槍>!」
蒼電を纏った鋭い槍が、勢いよく飛んでくる。
「希少な雷系統の固有だが……些か練度が低過ぎるぞ」
指パッチンで静電気を作り、それを魔力で数百倍に増幅して放つと、
「ぁ、ばばばばばばばば……ッ」
紫電の槍は掻き消され、青髪のキザな男は感電し、なんか面白いことになった。
「これでも食らいなさい! ――<水の致死袋>!」
大きな水の塊を展開し、窒息させようとしてくる。
「面白い魔法だ。しかし、構成が甘い」
魔法技能の差で、水の支配権を強引に奪い取り、
「ん、んー、んーっ!?」
ギャルっぽい美少女の顔を水で覆い、逆に溺れさせてやった。
ボクは全ての攻撃を無力化し、圧倒的な実力差をわからせていく。
そんなこんなをしているうちに――残すところは後三人。
男・男・女のスリーマンセルが、怯えた目付きでこちらを見つめている。
もしかしたらこの三人が、本序列一位・二位・三位なのかもしれないね。
超手抜きとはいえ、ボクの軽い攻撃から、生き残っているわけだし。
「おいおい、どうしたんだ? そんな隅っこで震えていては、戦いにならないぞ?」
ボクが困り顔でそう言うと、
「「「……っ」」」
三人は恐怖と屈辱と憤怒の綯い交ぜになった視線を向け、ギッと奥歯を噛み締めた。
軽く挑発してみたけれど……さっきまでとは異なり、もう襲い掛かって来ない。
ちゃんと『理解』してもらえたようだ。
(他の生徒たちは、どんな感じかな……?)
チラリと周囲を見回し、観客の様子をチェックする。
「ひ、酷ぇ……あまりにも一方的過ぎる……っ」
「こんなの、戦いじゃない……」
「いくらなんでも、強過ぎんだろ……ッ」
当初は罵声を飛ばしていた彼らも、すっかり大人しくなっている。
(よしよし、『後もう一押し』ってところだね)
なんかいい感じに、この戦いを締め括る方法はないものか。
そんな風に思考を巡らせたところ、
(……ふふっ、いいことを思い付いたぞ!)
邪悪なホロウ脳が、『素晴らしいフィニッシュ』を閃いた。
「まったく、困った先輩たちだ。俺は縛りによって、ここから一歩も動けんというのに、そんな遠いところで縮こまって……。これではオーディエンスが冷めてしまう」
ボクはやれやれといった風に肩を竦め――飛び切り邪悪な笑みを浮かべた。
「どれ、最後に一つ面白いモノを見せてやろう」
言い切ると同時、普段は抑えている魔力をほんの僅かに解放した。
ボクの足元から汚泥のような黒が滲み出し、ゴポゴポと不気味な音を立てながら、ゆっくりと舞台を覆っていく。
(な、なんて悍ましい魔力だ……っ)
(あんなのに触れたら、心が壊されちゃう……ッ)
(くそっ、やっぱり極悪貴族には、関わるべきじゃなかった……ッ)
残された三人の顔が、恐怖に引き攣った。
(くくくっ、いい表情になったじゃないか……!)
ボクが仄かに滾る『黒い愉悦』を噛み締めていると、三人は両手をあげて膝を突いた。
「こ、降参だ! 俺たちの負けでいい!」
「おやおや、『そんな生温いモンはなし』と言っていたじゃないか?」
「私達が悪かったから、もう勘弁してちょうだい……っ」
「『泣いて謝っても許さねぇ』、そちらが言い出したことだぞ?」
「ホロウ、序列なら譲る! お前がレドリックの『第一位』だ! だからもう、勘弁してくれ!」
「くくくっ、『相手が気を失うまで闘り切る』――デスマッチ、なのだろう?」
おどろおどろしい魔力は、やがて獲物を搦め捕り、
「い、いやだいやだ、いやだぁああああああああ……!」
「や、やめて……お願い、私の中に入って来ないで……ッ」
「ぉ、おぉ、おぉおおおおおおおおお……!?」
『闇』に呑まれた三人は、それぞれ独創的な悲鳴をあげ――やがて意識を手放した。
(いや、早過ぎでしょ。あれだけ啖呵を切ったんだから、せめてもうちょっと粘ろうよ……)
とはいえ、このままボクの魔力に触れ続けたら、一分と経たずに死んでしまう。
(まったく、仕方ないな)
魔力の放出を止め、三人を解放してあげた。
こうして三年特進クラスとの私闘は、ボクの完勝に終わり――観客席でざわめきが起こる。
「こ、これが極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルク……っ」
「デタラメな奴だとは聞いていたが……」
「まさか、ここまでの『化物』だなんて……ッ」
違う違う、そうじゃない。
レドリックの頂点を競う激闘が、ついに決着となったんだ。
今ここですべきは、アレしかないだろう。
ボクはパンと手を打ち、周囲の注目を集めた。
「――拍手」
その声は地下演習場に響き渡り、不気味なほどの静寂が生まれる。
「聞こえなかったのか? 拍手だ」
再び同じ言葉を繰り返すと、ニアとエリザが立ち上がり、手を打ち鳴らした。
アレンとリンがその後に続き、拍手の輪はどんどん広がりを見せ、割れんばかりの大喝采が響き渡る。
(うんうん、そうだよね)
ボクはオーディエンスを楽しませるため、いろいろと趣向を凝らして戦い――綺麗な勝利を収めた。
勝者に対しては、温かい拍手で迎えるべきだ。
(戦う者には戦う者の、観客には観客の、それぞれの礼儀作法があるからね)
さて、ボクはこれで全校生徒を従え、名実ともにレドリックの頂点に立った。
後はカーラ先生を口説き落とし、教師たちの支配を完成させるだけ。
そうすれば、レドリック魔法学校は、ボクの手に落ちる!
(ふふっ、順調だ!)
この勢いのまま、今日中に『場作り』を終えてしまおう!
午後の授業を終え、迎えた放課後。
(さて、『彼』はもう来ているかな?)
ボクが本校舎から出た瞬間、前方から『特別ゲスト』が駆け寄ってきた。
「――ホロウ様、お久しぶりでございます!」
「すまんな、急に呼び立ててしまって」
「何を仰いますことやら! 私のことなど気になさらず、いつ何時でもお呼びください!」
「そういうわけにもいかんだろう。聞いたぞ? なんでも王国中から、『絹糸』の注文が殺到しているらしいじゃないか」
「いやぁ、はははっ! あれからというもの、ひっきりなしに連絡が入り、嬉しい悲鳴が止まりません! これも全て、ホロウ様のおかげでございます!」
「ふっ、それは何よりだ」
その後、三分弱の短い打ち合わせを行い、彼とは一度そこで別れた。
(手札は切りどころが命。最初から『フルオープン』で臨むのは、下策も下策だからね)
万全の準備を整えたボクは、魔法準備室に向かい、扉を軽く三度叩く。
「はい、どうぞ」
ノックの音に反応して、綺麗な女性の声が返ってきた。
ボクは無言のまま扉を開け、レドリックに紛れ込んだ刺客と対峙する。
「――はじめまして、カーラ先生」
「ほ、ホロウ・フォン……ハイゼンベルク……っ」
彼女の顔から血の気が引き、瞳の奥に濃密な『恐れ』が浮かぶ。
「私がここへ来た理由、もちろんおわかりですよね?」
「……ッ」
さぁ、楽しい『お話し合い』を始めようか。
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