第十八話:真の目的
ヴァランの反抗的な態度を目にしたルビーは――笑った。
苛立つのでも、怒りに呑まれるのでも、激情に駆られるのでもなく、嬉しそうに口角を吊り上げた。
うわぁ……完全に愉しむ気だよ。
「ふふっ、なるほどなるほど、確かにこれは『教育』が必要ね」
「はっ、貴様のような小娘が、この私に何を教え諭すと?」
ヴァランは鼻を鳴らし、無謀にも挑発を口にした。
(……怖い、ボクはもう怖いよ……っ)
彼は今、地雷原でタップダンスを踊っている。
しかし当の本人は、それにまったく気付いていない。
なんと恐ろしく、滑稽な話だろうか。
ボクが『約束された惨劇』に肝を冷やしていると、ゾーヴァが大声を張り上げた。
「お、お待ちくださいルビー様! こやつはただ、何も知らないだけです! ボイド様の偉大さも、貴女様の恐ろしさもっ! 儂が後ほど、厳しく言い聞かせておきますので、どうかここは寛大なる御慈悲を……ッ」
彼は深々と頭を下げ、必死に許しを請うた。
きっと怖いだろうに……自分と同じ『被害者』を増やさないよう、なけなしの勇気を振り絞ったのだ。
「残念だけど、無理な相談ね。本件はボイド様より賜った勅命。それに、こういう身の程知らずには、厳しい躾が必要よ」
「うぐ……っ」
ルビーの説得は不可能。
そう判断したゾーヴァは、すぐさま標的を変える。
「ヴァランよ、悪いことは言わぬ! 今すぐに心を入れ替え、謝罪するのだ! ボイド様は心優しき御方! しかと誠意を見せれば、慈悲を賜れるやもしれぬっ! さもなくば、儂と同じ運命を辿ることになるぞッ!?」
「ふんっ、どこまでも情けない男だ。こうなっては、人間もう終わりだな」
ヴァランは侮蔑の言葉を吐き捨て、
「こ、この馬鹿者め……っ。何故、年長者の言うことに耳を貸さぬのだ……ッ」
ゾーヴァはグッと奥歯を噛み締めた。
「ふふっ。私、嫌いじゃないわよ? あなたのような愚か者は」
「奇遇だな。私も嫌いではないぞ? お前のような勘違い女は」
そうして始まったルビーとヴァランの死闘は――コンマ一秒で終わった。
開幕と同時、ルビーの右拳が、ヴァランの顎を砕いたのだ。
「ぁ、ぐ……っ(つ、強過ぎる……ッ。この女、いったい何者なのだ!?)」
顎を叩き割られたヴァランは、脳が揺れているのか、無様に床へ這いつくばり、
「所詮は『魔人崩れ』、口ほどにもないわね」
『龍の女王』は、冷たい瞳で敗者を見下ろした。
(まぁ……こうなるよね)
魔人になった程度じゃ、うちのルビーには敵わない。
何せ彼女は、龍の血×英雄因子×魔王因子の持ち主。
所謂『スーパーサラブレッド』だからね。
(でも、思ったより控えめだったな)
てっきりルビーのことだから、もっとえげつない倒し方をして、ヴァランの尊厳を踏み躙り、彼の人格を破壊するのかと思ったけど……。
顎を叩き割るだけなんて、とても良心的だ。
(きっと彼女も、いろいろな経験を重ねて、丸くなったんだろうなぁ)
そんなボクの幻想は、すぐに打ち砕かれた。
「再生は終わったかしら? ……よし、それじゃ行くわよ」
ルビーは『炎の首輪』をヴァランに付け、付属のリードを容赦なく引っ張る。
「う゛ぐっ!? ま、待て、どこへ行くつもりだ……!?」
「こんなところで始めたら、ボイド様のお目汚しになるでしょう? だから場所を移すの、『仲良しの家』にね」
……どうやら、まだ始まってすらいないらしい。
さっきのはただの『格付け』に過ぎず、『地獄』はこれから、ということだ。
「な、仲良しの、家……?」
「わかりやすく言えば『懲罰房』ね」
「……っ」
ヴァランはゴクリと息を呑む。
「ふふっ、いい顔になったじゃない。ようやく自分の立場を理解したのね? 偉いわ、御褒美にその紫の鱗、一枚一枚丁寧に剥ぎ取ってあげる」
「だ、誰か……そうだ、ゾーヴァっ! 頼む、助けてくれ……後生だッ!」
根源的な恐怖に震えた彼は、必死にこちらへ手を伸ばすけれど……もう遅い。
せっかく犠牲者Zが助けようとしてくれたのに、それをすげなく断ったのは、他でもないヴァラン自身だ。
「あらあら、情けない声ねぇ……ゾクゾクしちゃう」
ルビーは恍惚とした表情で微笑み、
「ひ、ひぃ……っ」
ヴァランは顔を引き攣らせ、
「「……」」
ボクとゾーヴァは揃って目を伏せた。
(ルビー先生は……完全に『スイッチ』が入っていらっしゃる)
もはや彼女を止めることはできない。
(頑張ってね、ヴァラン……)
人格面は……もう無理だ。
おそらく徹底的に矯正され、花を慈しみ鳥の歌に心を寄せる、『綺麗なヴァラン』となって返ってくる。
(でもせめて、『目』だけは守ってほしい……っ)
キラッキラの瞳は、ゾーヴァ一人で十分だ。
ボクは自分の街を――このボイドタウンを『少女漫画的な乙女空間』にしたくない。
目に星の入った爺キャラは、もう間に合っている。
「魔人を調教するのは初めてね、とても楽しみだわ」
「い、いやだ……いやだいやだいやだ、いやだぁああああああああ……ッ!」
凄まじい絶叫が響く中、扉がバタンと閉められ、虚の宮に平穏が訪れた。
「ふぅ……緊迫の時間だったね」
「……救えなかった、儂はいったいどうすればよかったのでしょうか……」
「あれはヴァランが悪い。むしろゾーヴァは、よく頑張ったと思うよ?」
まぁ結果的に、新たな『犠牲者』が増えちゃったけどね。
「それにしても、面白いモノが見られたなぁ……」
ボクがしみじみと感慨に耽っていると、ゾーヴァが無言でジッとこちらを見つめてきた。
(ボイド様は本当に恐ろしい、ヒトをただの『玩具』としか思っていない……。儂とて偉そうなことは言えぬ、幾度となく悪しき実験を行ってきた。しかしそこには『目的』があった、最強の固有魔法を再現するという『野望』があった。その点、この御方は根本的に違う。彼の望みは――楽しむこと。ただそれだけのため、人間を『ゲームの駒』としておる、『真性のサイコパス』……ッ)
(ふふっ。悪いけど、キミの考えていることは、全て手に取るようにわかるよ?)
敢えて言葉に出さずとも、十分に伝わってきた。
(間違いない、ゾーヴァは――ボクに『感謝』している)
「こんな貴重なイベントを見せていただき、本当にありがとうございます」、彼の目がそう語り掛けてくるのだ。
昔から、『目は口ほどにモノを語る』と言うしね。
「さて、それじゃボクは次の現場に行ってくるよ。引き続き、魔法炉の調整をお願いね」
「はっ、承知しました」
こうして第一章と第二章の大ボスが絡む、超々貴重なイベントを堪能したボクは――<虚空渡り>を使い、虚空界の『とある一角』へ飛んだ。
現在ボイドタウンでは、二つの巨大事業が行われている。
『ニュータウンの開発』と『武具の大量生産』だ。
どちらもメインルートの攻略に直結する『重要な下準備』であり、その成否によって、今後の展開が大きく変わってくる。
「――到着っと」
<虚空渡り>で飛んだ先は『特設展望台』。
最上部の展望デッキでは、現場監督のダイヤが指示を飛ばし、眼下に広がる作業エリアでは、大勢の犯罪者たちが街づくりに励んでいる。
(うんうん、みんな頑張ってくれているね!)
作業員の中には、見知った顔がたくさんあった。
(盗賊団の頭領グラード・大魔教団の副支部長イグヴァ・切り裂きジェイ・暴虐のマット兄弟、奴隷商の長ムンド・裏カジノの総支配人ベラルタ……)
新しいところで言えば、帝国の暗殺者ティアラなんかも、重たい土嚢を運んでいる。
第一章~第三章の小ボスや中ボスたちが、みんなで力を合わせて、ボクのために働くその光景は――控えめに言って『壮観』だ。
(ふふっ、今後もコレクショ……ゴホン、大切な家族を増やしていかなきゃね!)
自分の搔き集めたトロフィーに満足しつつ、現場監督へ声を掛ける。
「やぁダイヤ、遊びに来たよ」
「えっ、ボイド? あなた、時間は大丈夫なの? 最近は忙しいって聞いていたのだけれど」
「うん、ちょっとだけ手が空いてね。それよりも、進捗はどんな感じ?」
「ニュータウンの開発事業は……あまり芳しくないわ。このままじゃ、工期に間に合わないかも」
彼女は申し訳なさそうに視線を落とした。
「やっぱり人手が足りない?」
「えぇ、労働力不足が一番の問題ね」
「そっか」
まぁこればかりは仕方ない。
いくらダイヤが完璧な指示を出し、効率的な計画を組んだとしても、手が足りなければどうしようもないからね。
「もう一つの事業、『武具の生産』はどう?」
「あっちはギリギリ間に合うかどうか、と言ったところかしら。正直、余裕はまったくないわ。一つの遅れが命取りになる状況よ」
なるほど……ニュータウンはまぁいいとしても、武具の遅れはちょっと困るね。
「それじゃ、街作りに割いているリソースを武具の量産に回そう。街作りが『3』、武器の量産が『7』ぐらいかな」
「確かにそうすれば、武具の量産は固いけれど……。ニュータウン事業は、どう足掻いても間に合わなくなるわよ?」
「大丈夫。労働力には『アテ』があるんだ」
「そう、もう既に手を打ってあるのね。さすがだわ」
ダイヤはすぐに<交信>を使い、現場作業員に指示を出し始めた。
(ニュータウンの開発は、もうちょっと後でいい)
この街を活用するのは、『王選』の後だからね。
そんなことよりも今は、武具の生産を急ぎたい。
ボクが未来のイベントを見据えていると、ダイヤが「ふぅ」と息をついた。
「あなたの指示通り、街づくりの人員を武具の生産へ移行したわ。これで猶予時間も十分だし、武具の方は絶対に大丈夫よ」
「それはよかった」
ひとまず、安心してもよさそうだね。
「でも、こんなに大量の武具を作って、いったいどうするつもりなの?」
「実はもうすぐ『大きな戦い』が起こるんだ。それをどう捌くかによって、今後の『勢力図』が激変する。今作っている武具は全部、そのときに備えたモノだね」
王選と違って、こっちの戦はかなり近い。
具体的には、『第四章』の最終盤面だ。
今はまだ『第三章』の途中であり、本来ならば、目の前のイベントに集中すべきなんだけど……。
(第四章は特別だ。何せ原作ロンゾキルア『前編』の締め括り、第一章・第二章・第三章の『総決算』にあたる、とても大切な章だからね!)
ボクはそこでハイゼンベルク家の力を――いや、『極悪貴族』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの力を見せ付ける!
父ダフネスへ、四大貴族の当主たちへ、そして何より……クライン王国の王族たちへ!
そのためにも今は、ボイドタウンという『水面下』で、しっかりと準備を整える。
そうして万全な状態で『奴』を迎え撃ち、ケチの付けようのない、『圧倒的な実績』をあげるのだ!
(くくくっ……順調だ! ここまでは完璧、最高の展開を進んでいる!)
ボクが邪悪な微笑みを浮かべていると――ダイヤが声を掛けてきた。
「ねぇ……ボイドはどこまで未来を見据えているの? あなたの真の目的はいったいなんなの?」
「ふっ、そんなの決まっているだろう? ――『生存End』だよ」
ボクの見据える未来・真なる目的、それはこの世界に転生した六年前から、一ミリだって変わっちゃいない。
死の運命に勝ち、生き残ること。
誰もが当たり前のように享受する、『生』という極々ありふれた状態。
ボクはそれを勝ち取るため、ひたすらに努力しているのだ。
(現状、攻略チャートの障害になっているのは、たった一つ――『労働力不足』)
ボクは折に触れて家族を増やしているけど……それでもまだまだ足りていない。
このままではニュータウンの開発事業は失敗に終わり、メインルート攻略に深刻な影響が出てしまう。
(でも、大丈夫! 労働力問題を一手に解決する、夢のような方法があるっ!)
第三章の大ボスが持つ、起源級の固有魔法だ。
あの超便利な固有が手に入れば、労働力不足は一発で解消する。
武具の生産も余裕で間に合うし、ニュータウンの開発も予定通りに終わる。
(たとえどんな手を使っても、『彼』だけは絶対に拉致するっ! そう、何があっても絶対にだッ!)
決意を新たにしたボクは、攻略チャートを取り出す。
(さて……そろそろ第三章も終盤に突入する)
今回の最終盤面は、レドリック魔法学校。
大魔教団の幹部が、万全の準備を整えたうえで、奇襲を仕掛けてくる。
(どうせやるなら、『死者ゼロの完全攻略』を目指したい……)
きっとそっちの方が、原作ホロウの名声に繋がるだろう。
(そのためには、こちらも『場作り』をしなきゃだね!)
つまり、ボクが次に取るべき最善手は――『レドリックの完全支配』だ!
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