第十五話:異世界の知識
システィの淹れてくれたコーヒーを楽しみ、優雅な朝を満喫したボクは、レドリック魔法学校へ向かう。
無論、出席日数を確保するためだ。
(ねぇホロウ、どうしてすぐ切断す――)
朝のホームルームを終え、午前の授業が始まる。
(私、エンティアよ! たまにはうちへ遊びに――)
ゴーンゴーンと鐘が鳴り、昼食の時間となった。
いつも通り、ボク・ニア・エリザ・アレンの四人でごはんを食べる。
最近はたまにリンが入ることもあるかな。
(ぴっぴー、聞こえてますかー? こちら知欲の魔女が――)
午後の授業を終え、放課後を迎える。
頭に響く念波は、ひたすらブッチし続けた。
こういうのは、相手にしたら負けだからね。
原作ロンゾルキアの攻略板で、幾度のレスバを超えて不敗のボクは、極めて高いスルースキルを持っているのだ。
(うっ、うぅ……酷いわホロウ、私がいったい何をしたって言うのよ……っ)
ぐすっぐすっとエンティアの涙声が響く。
断言できる、1億%嘘泣きだ。
フィオナさんの命を賭けたっていい。
絶対にチラッチラッて、こっちの反応を窺っているよ、これ。
(ただまぁ、ちょっと可哀想になってきたのも事実……)
途中から少し面白くなってきたところもあったし、この辺りで返事をしてあげるとしよう。
(わかったわかった、後でそっちに行くから、ちょっとだけ待ってて)
(ほぉら、やっぱり聞こえているんじゃないっ! この知欲の魔女様を待たせるなんて、あなたも偉くなったものね! あなたにお願いがあるから、早く禁書庫へ来てちょうだい!)
……前言撤回、やっぱり鬱陶しいや。
その後ボクは、レドリック魔法学校の図書館へ行き、とある本を借りた。
タイトルは、『赤ちゃんのあやし方~幼児教育の極意~』。
(『イヤイヤ期』は……っと35ページか)
該当の章に飛び、しばし黙読する。
(イヤイヤ期とは、1歳から2歳の幼児が成長の過程で見せる、自己主張が強まる時期を指す……)
エンティアは、大きな赤ちゃんだ。
無駄に知識だけがある、面倒くさい赤ちゃんだ。
(この時期の幼児は、親の回答・指示・提案に対して無条件にイヤと言い、強い拒否反応を示す……)
今から一週間ほど前――知識欲の塊であるエンティアは、ボイドタウンに強い興味を示し、ノリノリで移住計画を立てていた。
しかし、『禁書庫の番人』が座を離れたら、あの自然図書館は閉じられてしまい、ボクが本を読めなくなってしまう。
それは完全に『契約違反』なので、彼女に「ノー」と伝えたところ……「やだやだやだ」と駄々を捏ね始め、イヤイヤ期へ突入。
(親は感情的にならず、子どもと同じ目線に立って、理由を説明してあげることが大切です、か……)
それ以来ボクは、禁書庫に立ち寄らず、エンティアを避け続けた。
理由は単純、面倒くさいから。
(ただ、いつまでも禁書庫を使えないのはちょっと不便なんだよなぁ……)
っというわけで今回、幼児教育の本をしっかりと読み込み、『残念美少女』と向き合うことを決めた。
(さて、行くか)
人目のないところへ移動し、<虚空渡り>を発動――およそ一週間ぶりに禁書庫を訪れた。
青々とした木々の生い茂る、巨大な自然図書館。その中央部に、パラソル付きのテーブルセットが置かれ、ジト目の魔女様が座っている。
知欲の魔女エンティア、パステルピンクのロングヘアと腰に生えた黒い翼が目を引く、絶世の美少女だ。
「久しぶりだね、エンティア。元気にしてた?」
「ねぇホロウ、いい加減に私もボイドタウンへ連れて行ってよ」
挨拶を返すこともなく、すぐに本題へ入ってきた。
せっかちな魔女様だ。
でも残念、何度お願いされても、ボクの答えは変わらない。
「ダメ、その話は前もしたでしょ?」
「犯罪者は大量に拉致しているのに、どうして私だけ駄目なの!? なんでそんな意地悪をするの!? おーねーがーいー、つーれーてってよー……っ」
涙目のエンティアは、ボクの腰にしがみ付いてきた。
(確か幼児教育の極意書には、『イヤイヤ期の幼児には、同じ目線に立ってあげて、きちんと向き合うべし』、と書いてあったっけな)
ボクはコホンと咳払いをして、努めて優しく話し掛ける。
「いいかい、エンティア? キミがここを離れたら、禁書庫が閉じてしまう。そうなったら、『契約』を果たせなくなるでしょ?」
次の瞬間――得意気な表情を浮かべた魔女様は、威風堂々と立ち上がり、自信満々にその豊かな胸を張る。
「ふっふっふぅ、心配ご無用よ! 私はこの一週間、必死に固有魔法を調整して、ついに『完成』させたの! さぁ、刮目なさい!」
彼女がパチンと指を鳴らせば、影のような黒いモノが溢れ出し――エンティアそっくりの人形となった。
「これは……キミの分身?」
「そっ。この子を『座』に据え置けば、私がここを離れても、禁書庫は開かれたままになるの!」
「本当に? ボイドタウンに行きたいあまり、適当なことを言ってない?」
「もちろん、知欲の魔女の名に懸けて、くだらない嘘はつかないわ」
ここまで言い切るんだから、きっと本当なんだろう。
万が一にも嘘だった場合、すぐに追放してやればいい。
「はぁ……仕方ないな」
「ぃやった!」
「但し、一つ条件がある」
「な、なによ……?」
エンティアは強い警戒を示した。
「もう四年前になるかな……。ボクと交わした契約、ちゃんと覚えてる?」
「『ホロウへ禁書庫のアクセスを渡し、ここにある本を自由に読ませる。私はその見返りとして、月に一度だけ異世界の知識を教えてもらう』、よね?」
「うん、その通り。で、ここからが問題なんだけど……ボイドタウンには、ボクの広めた日本の知識が、あちこちに転がっている。エンティアをそこへ連れて行ったら、キミはなんの対価も支払わず、一方的に果実を得ることになってしまう。これはとても不平等だと思わない?」
「まぁ、確かにそうね」
「でしょ? だから、契約内容を更新したいんだ」
柔らかい笑顔で友好的に提案したけれど、何故かエンティアの緊張はさらに高まった。
「……どんな風に?」
「ボクはこれまで通り、禁書庫の本を自由に読ませてもらう。ただ、キミに異世界の知識を教えるのは半年に一度、そしてうちの研究事業に参加してもらう。この条件を呑むのなら、ボイドタウンへ連れて行ってあげるよ」
「ちょっ、ちょっと待って! 半年に一度というのは、いくらなんでも絞り過ぎじゃないかしら!? しかも、よくわからない『研究』とか増えているし!」
「嫌なら別にいいんだよ。ボクは今の契約で、何も困っていないからね。これはあくまで、キミの要望を汲んだ『善意の提案』だ」
「く、くぅ……こっちの足元ばかり見て……っ。そう言えばあなたは、こういう人だったわね……ッ」
「思い出した? ボクは昔から『こういう人』だよ」
ボクの圧倒的な強み、それは『異世界の知識』だ。
広大なロンゾルキアの世界で、『日本の知識』を持つのはボクだけ。
いつの時代もどんな業種も如何なる商品も、『独占』というのは途轍もなく強い。
(エンティアは知識欲に支配された魔女。異世界の情報を独占している今、交渉の主導権はこちらにある。前回同様、ここは強気に押すのが吉だね)
(ホロウは人の皮を被った悪魔のような男。異世界の情報を独占されている今、交渉の主導権は向こうにある。悔しいけど、ここは折れるしかない……っ)
刹那の沈黙が流れ――。
「く、くぅうううううううう……ッ。わかった、わかった、わかりました! 呑めばいいんでしょ、呑めばっ!」
「はい、契約成立ね」
お互いに<契約>を使い、新たな契約を取り交わした。
全て計画通りにコトが進み、ホックホクのボクへ――エンティアはジト目を向ける。
「……あなたのそういう邪悪なところ、昔から一ミリも変わらないわね。いえ、むしろ酷くなっているわ」
「ありがとう、誉め言葉として受け取っておくよ」
でも、本当によかった。
(『異世界の知識を月に一度教える』って契約、地味に面倒くさいんだよね……)
今回の契約改定で、半年に一度となったのは、正直とても助かる。
しかもどさくさに紛れて、エンティアを研究に巻き込むことができた。
彼女は研究職じゃないけど、単純な知識量は作中でもトップクラス。
要は使いよう、だね。
「さて、それじゃ早速ボイドタウンへ行こうか」
「……! 早く、早く、早く!」
エンティアは腰の黒い翼をバッサバッサと振り、ボクの肩をわっさわっさと揺すった。
「はいはい、今繋ぐよ」
<虚空渡り>を発動し、黒い渦を潜るとそこには――見慣れたボイドタウンの景色が広がる。
「うわぁああああああああ……!」
子どものようにキラキラと目を輝かせたエンティアは、
「ここが一般商業エリアでって……おーい、どこ行くの?」
ボクの説明も聞かず、近くの雑貨店へ飛び込んだ。
あの嬉しそうな顔……もう完全に知識欲に呑まれちゃってるね。
「まったく、仕方ないな……」
ボクはため息まじりに彼女の後へ続く。
「お邪魔するよ」
「いらっしゃいま――って、ボイド様!?」
雑貨店を営業する元重罪人は、驚愕に目を白黒とさせた。
ボクは普段、あまりこういう店には立ち寄らないので、ビックリさせてしまったようだ。
「ねぇねぇホロウ、あれは何かしら!?」
エンティアは鼻息を荒くしながら、『お椀型のガラス』を指さした。
「あれは『風鈴』と言ってね。風が吹くと綺麗な音が鳴るんだ。ボクのいた日本では、縁側とか軒先に飾られていたりするよ」
「へぇ、素敵なアイテムね」
「買ってあげようか?」
「えっ、いいの……?」
「うん、高いモノでもないしね」
「ありがとう。……ふふっ、優しいところもあるんじゃない」
エンティアはそう言って、華やかな微笑みを咲かせた。
さすがはロンゾルキアのヒロイン……めちゃくちゃ可愛い。
「ねねっ、この『箱型のアイテム』は何かしら?」
「それは『オイルライター』。魔法を使えない人でも、すぐに火を起こせるんだ。ほら、こうやってね」
ボクがフリントホイールを指で軽く回すと、カチッという音と共に火が点き、エンティアは「わっ」と小さな驚き声をあげた。
「凄い、便利な魔道具ね!」
ただの日用雑貨なんだけど……まぁ細かいことはいいか。
「むっ、この曲がった木の棒は……」
「それは――」
「――ちょっと待って、私が当てたい」
「どうぞご自由に」
エンティアは真剣な表情で、日本で生まれた『とある伝統的な道具』を眺める。
「この手に馴染む感じ、先端の曲がり具合、ちょうどよい長さ……日本の武器、『木刀の亜種』と見たっ!」
「残念、それは『孫の手』だね」
「ま、まごの、て……?」
「そう。背中が痒くなったとき、こっちの手の形をした先っぽを使うんだ。これがあれば、普通は届かないところも掻けるようになる」
「せ、世紀の大発明じゃない!?」
その後も、エンティアはいろいろな日本の雑貨に興味を示し、ボクはそれらの品々を簡単に説明してあげた。
魔女様は終始ご満悦な様子で、ずっと楽しそうに笑っている。
なんだか『デートイベント』みたいで、ボクもけっこう楽しめた。
「――ちょっと多いけど、これ全部もらえる?」
大量の日用雑貨を抱えたボクが、お会計をお願いすると、店主はコクリと頷いた。
「もちろんでございます。お代はけっこうですので、どうぞお持ち帰りください」
「いやいや、そういうわけにはいかないよ。ちゃんと払うから、いくらか教えて」
「で、では恐れながら……9800ボイドでございます」
「はい」
「確かに頂戴いたしました」
このボイドタウンでは、表の世界の『ゴルド』とは違って、『ボイド』という独自の通貨が流通している。
これは虚の頭脳である五獄の一人、『ウルフ』によって考案された制度で、毎日の労働や特別なミッションをこなすと支給される……っぽい。
ボイドタウンの法律や制度は、基本ダイヤやウルフに任せているので、細かいところはあまりよく知らないんだよね。
「――はい、どうぞ」
今しがた買い込んだ大量の雑貨品をエンティアにプレゼントしてあげた。
彼女にはお世話になっているところもあるし、これぐらいのサービスは別にいいだろう。
「ありがとうホロウ、大切にするわね」
「どういたしまして」
「――ふふっ」
エンティアは早速ライターを取り出し、『カチッ・シュボッ・カチッ・シュボッ』と、火を点けたり消したりした。
どうやら、よほど気に入ったらしい。
「ライターは危ないモノだから、取り扱いには気を付けるんだよ?」
「えぇ、わかっているわ」
コクリと頷いた彼女は、キョロキョロと周囲を見回す。
「ところでホロウ、『例のアレ』はどこかしら?」
「例のアレってなに?」
「もう、そんなの決まっているじゃない。『掃除機』よ掃除機っ! 埃掃除が楽になる、夢の家電製品よ!」
「あー……。あれはまだ開発できてないんだよね」
掃除機を作る前に、『電気事業』を発展させる必要がある。
(個人的には、早いところ『電力インフラ』を普及させて、『街の近代化』を測りたいんだけど……)
残念ながら、今は絶対に無理だ。
現在ボイドタウンは、『二つの巨大事業』にほぼ全てのリソースを割いている。
これらはメインルートの攻略に――ボクの計画に必要不可欠なモノ、すなわち『最優先事項』。
電気事業への投資は、ちょっと後回しだね。
「えー、早く作ってよぉ……っ」
「まぁこっちにもいろいろと事情があるんだよ。それより……どうして掃除機に御執心なの?」
「ホロウは知らないと思うけど、禁書庫の管理はとっても大変なの。特に埃掃除なんて地獄よ、軽く一日作業になるんだから」
「へぇ、そうなんだ」
お掃除スタイルのエンティア……ちょっと見てみたいかも。
「――さて、この辺りで別行動にしようか」
「うそ、もっといろいろ教えてよ」
「悪いね。こう見えてもボクは、けっこう忙しいんだ。またそのうち付き合ってあげるから、今日のところはこれでお開きにしよう」
「むぅ……わかった」
エンティアは素直にコクリと頷いた。
どうやら彼女のイヤイヤ期は終わりを迎え、少し大人になってくれたらしい。
「それじゃこれはお小遣い、大切に使うんだよ?」
ボクが財布から1万ボイドを取り出すと、
「えっ、いいの? ありがとう!」
エンティアはとても嬉しそうに受け取った。
「一応ここの住人には、キミのことを周知しておくけど、あまり迷惑は掛けないようにね」
そうしてエンティアと別れたボクは、ボイドタウン全体に<交信>を飛ばす。
(――みんな、仕事中にごめんね。腰から黒い翼の生えた『好奇心旺盛なポンコツ』が来たら、それはエンティアっていう魔女だから、適当に相手してもらえると助かるよ。それじゃ、よろしく)
<交信>切断。
こうしておけば、余計なトラブルも起きないだろう。
(さて、これでようやくメインルート攻略に、『裏の仕事』に移れるね!)
思いがけず、知欲の魔女とのデートイベントを楽しんだボクは、<虚空渡り>を使い――ボイドタウンの地下に広がる『秘密の研究所』へ飛んだ。
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
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「早く続きが読みたい!」
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ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。
おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!
ですので、どうか何卒よろしくお願いいたします。
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