第七話:魔女の試練
悪役貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクと知欲の魔女エンティア、両雄は静かに視線を交錯させる。
「さぁ、魔女の試練を始めましょう」
六枚の黒翼を伸ばしたエンティアが微笑み――それを受けたホロウは、右手で剣を引き抜き、そのままぶらりと垂れ下げた。
「あらあら、剣の持ち方がなってないわね」
エンティアが肩を揺らした次の瞬間、目と鼻の先にホロウの姿があった。
「っ!?」
咄嗟に後ろへ飛び下がると同時、漆黒の剣閃が眼前を走り抜ける。
桃色の前髪がハラハラと落ちる中、知欲の魔女は渇いた息を呑む。
(……あ、危なかった……っ)
ほんの一瞬でも反応が遅れていたら、間違いなく首が飛んでいただろう。
「ふむ、今ので仕留めるつもりだったのだが……存外に速い」
「……あなた、ただの子どもじゃないわね」
「さて、どうだろうな」
ホロウの顔には、余裕の色がありありと浮かんでいる。
(ホロウ・フォン・ハイゼンベルク……天賦の才に恵まれたものの、生来の怠惰傲慢が邪魔をして、放蕩生活を送っていたはず。それなのに、これはいったいどういうこと!?)
禁書に記されたホロウの情報が、実際のそれとまるで違う。
こんなことは、初めてだった。
(とにかく、この子は普通じゃない、明らかに異質な存在。こういうイレギュラーは……圧倒的な物量で押し潰す!)
警戒度を大きく引き上げたエンティアは、背中の黒翼をはためかせ、ふわりと上空へ浮かぶ。
「――<黒翼・殲掃>」
背中の黒翼から、大量の羽根が射出された。
魔力で強化された漆黒の散弾は、分厚い鉄板さえも容易く撃ち抜く。
しかし、
「はっ」
嘲笑を浮かべたホロウは、必要最小限の動きで完璧に避けきった。
(そんな……防御魔法も使わずに!?)
エンティアが驚愕に目を見開き、瞬き一つ重ねたところで――ホロウの姿が消える。
(なっ、どこへ!?)
「こっちだ」
背後から、嘲笑を噛み殺した声が響く。
エンティアは脊髄反射で振り返り、両腕をクロスしてガード。
しかし、ホロウの蹴りには、その小さな体から想像できない重量が載っていた。
「~~っ(何、この異常な重さ……駄目、衝撃を殺し切れない……ッ)」
エンティアは地面と水平に吹き飛び、巨大な書架に背中を強打、
「か、はぁ……っ」
苦悶の声と共に肺の空気を絞り出した。
(マズ、い……逃げなきゃ、追撃が……来る……っ)
朦朧とする意識をなんとか支配下に置き、みっともなく翼をはためかせる。
空中は安全地帯。
翼を持たぬホロウには届かぬ、エンティアだけの領域。
(はぁはぁ、あの子は……えっ?)
追撃は――来なかった。
それもそのはず、
「ふむ、剣術も体術も及第点と言ったところか」
戦闘の真っ只中にもかかわらず、ホロウは自分のスキルを採点していた。
(こ、このクソガキ……っ)
ホロウはまったく本気を出していない。
彼の戦いぶりは、自分の武器を一つ一つ確かめているかのよう。
魔女の試練を踏み台にしている。
自分が余興と作った遊びが、子どもの実験に使われている。
その事実は、エンティアのプライドに大きな傷を付けた。
「……ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、傲慢極まりない貴方へ、魔女の試練を与えましょう」
エンティアの纏う空気が変わった。
彼女はゆっくりと右手をあげ――紡ぐ。
「――<終末の極星>」
次の瞬間、禁書庫が夜に包まれた。
漆黒の帳が降りる中、眩い星の光が浮かび上がる。
「……美しい……」
ホロウの口から感嘆の吐息が漏れると同時、夜空の星々が赤黒く煌く。
刹那、彼の全身を極光が貫いた。
凄まじい衝撃波が吹き荒れ、禁書庫全体が激しく揺れ動き、けたたましい土煙が巻き上がる中、エンティアは壮絶な破壊の跡を見下ろす。
(……ちょっと大人気なかったかしら)
<終末の極星>は、自身の魔力を光に変換し、指定範囲に掃射する最高位魔法。あらゆる防御魔法を無効化するこれは、使いどころを考えれば、街一つ消し飛ばす威力を誇る。
十一歳の子どもに向けるのは、誰がどう見てもやり過ぎだ。
(まっ、いっか。あの子、かなり生意気だったし)
エンティアは翼を折り畳み、ゆっくりと地に降り立つ。
「さて、どこまで読んだかしら」
机の本に手を伸ばしたそのとき、
「――綺麗な魔法だ」
土煙の中から無傷のホロウが姿を現した。
「……うそ……っ」
エンティアは驚愕に瞳を揺らす。
<終末の極星>は、この世界に存在するあらゆる物質を貫く魔法。
(あり得ない、いったいどうやって……!?)
このとき、彼女は知らなかった。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクが、この世界に存在しない領域――『虚空』を統べる化物だということを。
(普通の防御魔法じゃない。間違いなく固有、それもかなり異質な力……っ)
エンティアがその叡智を搔き集め、必死に解を模索する中、ホロウが飛び切り邪悪な笑みを浮かべる。
「プラネタリウムの礼だ。面白いモノを見せてやろう」
真紅の瞳が妖しく輝いた次の瞬間、ホロウの顔がぐにゃりと歪む。
(幻覚魔法!? いや違う、これはまさか……『厄災』ゼノの固有魔法<虚空>!?)
歪んでいるのはホロウではなくエンティア――否、この禁書庫全体だった。
(回避は……無理、範囲が広過ぎる。防御魔法――駄目、間に合わない……ッ)
次の瞬間、
「か、は……っ」
全身をズタズタに捩じ切られた魔女は、ゆっくりと前に倒れ伏し、
「うーん……ボク、ちょっと強いかも」
『無傷の勝利』を収めた虚空の王は、ポリポリと頬を掻くのだった。
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