第十話:ライン越え
聖暦1015年6月5日――。
日中の間はレドリック魔法学校に通って、普通の学生として出席日数を稼ぎ、放課後はひたすら修業に没頭した。
ボクの体はピッチピチの15歳であり、成長期の真っ只中。
所謂『ボーナスタイム』なので、鍛えれば鍛えるだけ強くなれるのだ。
だからほんのちょっとでも手が空けば、虚空・剣術・魔力制御などなど、いろいろな修業を行っている。
ポイントは『隙間時間の活用』と『徹底的な効率化』、どちらも地味で大変だけど、こういう小さなところで『差』が生まれるのだ。
迎えた夜。
自室の椅子に深く腰掛けたボクが、魔力操作の修業をしつつ、前に作った『第三章の攻略チャート』を眺めていると――コンコンコンとノックが鳴った。
「坊ちゃま、エリザ様がお見えになられました」
「通せ」
「はっ」
扉が開くとそこには、制服姿のエリザが立っており、その背後にオルヴィンさんが控えている。
エリザが部屋に入ると同時、オルヴィンさんは静かに一礼し、音もなくその場から立ち去った。
(ここがホロウの生活する空間か……男の部屋に入るのは初めてだな……)
エリザは所在なさげにキョロキョロと周囲を見回している。
「よく来たな、まぁ座れ」
「あ、あぁ」
彼女はビクッと体を震わせた後、ぎこちない動きでソファに腰を据えた。
「急に呼び出して悪かったな」
「問題ない。私もちょうどお前に用があったところだ」
エリザとこうして二人っきりで話すのは、ヴァランを仕留めたとき以来になる。
確認しておくこと、指示しておくこと、聞いておくこと、今日の議題はいろいろとあるけど……まずはこれから始めよう。
「『新しい孤児院』はどうだ? 何か問題はないか?」
「文句の付けようもない最高の家だ。父も母も子どもたちも、みんなホロウに感謝している。無論、私もな」
「ふっ、精々恩義を噛み締めろ」
「あぁ、この恩は一生を懸けて返していくつもりだ」
「その言葉、忘れるんじゃないぞ」
実は先日、ボクのポケットマネーを少しだけ使って、ハイゼンベルク領にダンダリア孤児院を建ててあげた。
(確か工期は三日だったかな?)
ロンゾルキアの建築速度は、現実のそれとは比較にならない。
この世界には『魔法』という超常の力があるため、そもそもの施工法からして全く違う。
土台となる基礎なんて魔法で座標を固定してしまうし、壁や屋根なんかも石の魔法であっという間に出来上がり。
後は水回りを整えて、内装を仕上げれば、完成だ。
「しかし、ハイゼンベルク領は本当にいいところだな。噂に聞くよりも、ずっと住みやすい」
「参考までにどのような点が住みよいと感じた?」
この地はいずれ、ボクが治める。
領民エリザ・ローレンスの貴重なご意見、拝聴させてもらおうじゃないか。
「いろいろとあるが……一つ挙げるとすれば、やはり治安のよさだ。ここでは他の領地と違って、あらゆる『力』が意味を為さない。邪悪な貴族が権力を振りかざすこともなければ、危険な犯罪組織が暴力を振るうこともない」
「そんなふざけたことをすれば、極悪貴族に消されるからな」
「ふふっ、確かにな。ハイゼンベルク家に逆らうような馬鹿はそういない」
エリザはクスリと笑った。
「男も女も子どもも老人も、みんな領法を守って領法に守られて、同じルールのもとに生きる――とても平等で公正で、実に住みやすい環境だ」
「なるほど」
やはりというかなんというか、治安の面が高く評価されているらしい。
ボクが領主を継いだ後も、そこには特に力を入れるとしよう。
簡単なアンケート調査が終わったところで、エリザは思い出したとばかりに手を合わせる。
「そう言えばホロウ、お前に渡したいものがある。うちの子どもたちが、『プレゼント』を作ったんだ」
「……ほぅ(も、もしかして……アレか!?)」
飛び付きたくなる気持ちを押し殺し、努めて冷静に振る舞う。
「昔、家族みんなで海へ遊びに行ったことがあってな。子どもたちはそのとき、綺麗な貝殻を拾い集めて、宝物ボックスにしまっていたんだ。その貝に小さな穴を開けて、糸で繋ぎ合わせて作ったのが――これだ」
エリザは手作り感の溢れる小箱から、『貝殻のブレスレット』を取り出した。
「みんな、『ホロウ様にお礼がしたい』と言って聞かなくてな。こうして持参してきた」
「そうか(は、はやく……早く速く迅く疾く捷くッ!)」
ボクが必死に貧乏ゆすりを抑える中、エリザはブレスレットの入った小箱を渡そうとし――直前でスッと引っ込めた。
「だが……やはりやめておこうと思う」
「……あ゛?」
「この屋敷にあるのは、どれも一流のモノばかり。こんなものを渡しても、お前を困らせてしまうだけ――」
「――寄越せ」
ボクは真紅の瞳を鋭く尖らせ、右手を伸ばした。
「えっ?」
「俺へのプレゼントなのだろう? つべこべ言わず、さっさと寄越せ」
「あ、あぁ、でも……いいのか? 貝殻に穴を開けて、糸で繋げただけだぞ?」
「俺は一向に構わん」
「そこまで言うのなら、受け取ってやってくれ」
エリザは恐る恐る小箱を差し出し、ボクはそれを丁重に受け取る。
(ふふっ、やっぱりそうだ!)
落とさないよう、傷つけないよう、壊さないよう、貝殻のブレスレットを箱から取り出し、まずはじっくりと観察。
(……嗚呼、イイ……)
左手に嵌め、装着感を確かめる。
(す、素晴らしい……完璧な再現度だ!)
これは『遠き思い出のブレスレット』、第二章のクリア報酬の一つだ。
原作メインルートでは、エリザが感謝の気持ちを込めて主人公にプレゼントするモノであり、ロンゾルキアの世界における『オンリーワン』の装備品。
特になんの効果もないけれど、このイベントでしか手に入らない、『観賞用の超激レアアイテム』だ。
(ふふっ、嬉しいなぁ……っ。「もしかしたらもらえるかも?」って、ちょっと期待していたんだよね!)
ボクはけっこう『コレクター気質』なところがある。
装備品・魔道具・魔法因子、原作ロンゾルキアに登場する『レアもの』は、手元に集めてコレクションしたくなってしまう。
このブレスレットは世界に一つしかない貴重なイベントアイテム、ガラスケースに入れて大切に飾っておくとしよう。
「くくっ、よくできているじゃないか」
超レアものを手に入れて上機嫌のボクが、貝殻のブレスレットを眺めていると……何故かエリザが、とても嬉しそうに微笑んだ。
「お前は……本当にいい男だな」
「は?」
「うちの子どもたちも、きっと喜んでいるよ――ありがとう」
「……どう、いたしまして?」
エリザの好感度が異常なぐらい跳ね上がった……気がする。
何があったのかよくわからないけれど、ボクにとって損はないので、このまま流しておくとしよう。
「――さて、そろそろ仕事の話へ移ろうか」
軽くパンと手を打つと、空気が引き締まった。
「ヴァランを始末してから五日が経った。聖騎士協会はどうだ? 何か動きはあったか?」
「あぁ、ホロウの予想した通り、私に『白羽の矢』が立ったらしい」
「ほぅ?」
「今日、『本部』より辞令が出てな。正式な発表は明日になるが、王都支部の『支部長』に任命された」
「おめでとう。これで名実ともに聖騎士協会王都支部は、エリザのモノになったな」
ボクがパチパチパチと拍手を送る中、彼女は真剣な眼差しをこちらへ向ける。
「ホロウ、一つだけ教えてほしい」
「なんだ」
「お前は以前、うちの『重役三人』が不慮の事故に遭う予定だと言った。そしてつい先日、支部長・副支部長・事務局長の三人が、揃って謎の失踪を遂げた。一切の痕跡を残さず、忽然と姿を消した。……『神隠し』の力を使ったのか?」
「あぁ、正確には<虚空>という」
ボクが右手をあげると、宙空に漆黒の渦が浮かび上がる。
「『厄災』ゼノと同じ起源級の固有魔法……。<屈折>というのはフェイクだったのか」
「随分と前に『魔法省の役人』を買収してな。魔法目録には、偽の情報を登録させた」
フィオナさんって言ってね、うちのクラスの担任なんだ。
「『洗礼の儀』は五年も前だぞ……。お前はいったいどんなスケールで計画を練っているんだ?」
「まぁこっちにもいろいろと事情がある。そんなことよりも――お前が気にしているのは、重役三人の生死だろう?」
「やはり……殺したのか?」
「いや、ちゃんと生きているぞ」
「そ、そうか……」
エリザはホッと安堵の息を零す。
彼女は昔から、『殺し』を忌避しているからね。
自分の座ろうとしている『席』が、血に濡れているのかどうか、ずっと気になっていたのだろう。
「ちなみに、奴等はこの渦の中にいる。きっと今頃、せっせと働いているはずだ」
「渦の……中……?」
「あぁ、そこには『虚空界』という特別な空間が広がっていてな。そのうちお前も連れて行ってやろう」
実はボク、ニアとエリザをボイドタウンへ招待する日をとても楽しみにしている。
自分が何年も懸けて作り上げた街……誰かに見せたくなるのが人情というものだ。
(そのときはフィオナさんやリンやセレスさんも連れて、『ボイドタウン探検ツアー』をやりたいね!)
ふふっ、きっと楽しいだろうなぁ……っ。
みんなの度肝を抜くためにも、もっともっと街を発展させなきゃね!
ボクが将来の楽しい計画に胸を躍らせていると、エリザが話を先へ進めた。
「それでホロウ、お前の目論見通り、私は王都支部の長になったわけだが……これから何をすればいい?」
「まずは協会の『膿』を出し切りたい。しばらくの間は、お前の思う『正義』を為せ」
「私としては望むべくもないことだが……本当にいいのか?」
「あぁ、好きに動け」
エリザ・ローレンスは、ロンゾルキアの中でも最高位の『善性』を持つため、不正や腐敗について目端が利く。
その点ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、全キャラクターの中でも最高位の『悪性』を持つため、こういうところにちょっと鈍い。
自分が巨大過ぎる悪ゆえ、周囲の小さな悪に気付きにくいのだ。
昔から『餅は餅屋』と言う。聖騎士協会の是正については、『原作のステータス』を鑑みて、エリザに任せるとしよう。
「しかし……支部長として日の浅い私が、協会の腐敗を暴こうとすれば、古株の支部長たちが黙っていないだろうな」
「それがどうした。不正撲滅に動くエリザと聖騎士協会を蝕む支部長、大義も民意も道理も全てこちらにある。万が一、向こうが汚い手を使ってくるのなら――」
「くるのなら……?」
「そのときは、俺が出てやろう」
目には目を、歯に歯を、悪には巨悪を。
相手が卑怯なことをするのなら、こっちは単純にそれ以上のことをやり返せばいい。
シンプル・イズ・ベスト――ボクの好きな考え方だ。
「ふっ……敵に回すと恐ろしいが、味方になると本当に頼もしいな」
エリザはそう言って、安堵の笑みを浮かべた。
「さて、お前の用とやらはこれで終わりか?」
「あぁ」
彼女はコクリと頷く。
「では、こちらの話をさせてもらおう。まず――近日中にレドリック魔法学校が襲撃される」
「なっ!?」
「被害を最小限に抑えるため、剣術に秀でた聖騎士を選抜し、レドリックの敷地内に潜伏させておけ」
「ど、どういうことだ!?」
エリザは驚愕に目を見開き、詳細な説明を求めた。
「あまり詳しくは話せんが……敵は大魔教団の『幹部』、狙いはアレンの魔法因子だ」
「アレンの……魔法因子?」
「あぁ、あいつは極めて特殊な固有を持つからな。知っているだろう、<零相殺>だ」
「……私の<銀閃>を無力化した、あの不可思議な力か」
魔宴祭の一幕を思い出したのだろう、エリザの目が鋭く尖った。
「当日はおそらく『厄介な状態』での戦闘になる。お前もしっかりと備えておけ」
「……わかった。剣術に優れた聖騎士を選抜し、レドリックに潜伏させておこう」
「あぁ、頼んだぞ」
念には念を、万全の準備を整えたうえで、大ボスを迎え撃つとしよう。
どうせなら、死傷者ゼロの完全攻略を狙いたいしね。
「後は――そうだ、あの『珍種』は今どこにいる? そろそろ復活する頃だろう」
「ヴァラン・ヴァレンシュタインなら、『ガルザック地下監獄』に移送された。最下層の特別研究エリアに収容されたらしいが……。すまない、極秘中の極秘らしく、詳しいことは何も……」
「特別研究エリア……あぁ、あそこか」
おそらく三年前にダイヤが監禁されていた、『最下層の隠し部屋』だろう。
「さすがだな、本当になんでも知っている」
「つまらん世辞はよせ。まだまだ知らないことばかりだ」
たとえばキミが『特殊な癖』を、『被虐趣味』を持っていることとかね。
ボクはロンゾルキアの攻略に青春の全てを注いできた。
だから、ネームドキャラの設定・背景・固有魔法など、基本的なことは、ほぼほぼ全て網羅しているつもりだ。
(でも、そういう『癖』というかなんというか……『極めて個人的な嗜好』は、さすがに把握できていない)
エリザにとってもそこは、あまり踏み込まれたくないデリケートな部分だろうし、あくまで「何も知らない」という姿勢を取るつもりだ。
それこそが『大人の対応』だからね。
「時間を取らせたな、今日のところはお開きとしよう」
「そ、そうか……」
エリザはホッと胸を撫で下ろした。
「なんだ、緊張でもしていたのか?」
ボクが意地の悪い笑みを浮かべると、エリザはムッと口を曲げた。
「お、男の部屋に一人で入るのだぞ? 緊張だってするし……当然、その……『覚悟』もしてきた」
エリザはそう言いながら、白銀の髪を指で弄る。
よくよく見れば、彼女の髪はいつもより潤っており、ほんのりと石鹸の香りがした。
どうやらここへ来る前に、お風呂は済ませてきたらしい。
その瞬間――ボクの『スイッチ』が入ってしまった。
「くくっ、そうかそうか……覚悟はできているのか」
椅子から立ち上がり、エリザのもとへ歩み寄る。
「お前にその気があるのなら、今ここで……なぁ?」
その美しい白銀の髪に手を伸ばすが――彼女は抵抗しなかった。
「……っ」
顔を赤らめ、胸に右手を当て、そっぽを向くだけ。
受け入れ準備の整ったヒロインと夜の自室で二人っきり、これはもうそういうことだ。
(だがしかし……ここで手を出すのは、人として最低の行為……ッ)
エリザは身も心もボクに捧げるという約束を交わしている。
そのうえ孤児院を人質に取られているため、強く抵抗することができない。
(そんな状況で無理矢理に致すのは……駄目だ。でも、そういうシチュエーションの方が逆にそそる……いや、なんと言おうと絶対に駄目だ……ッ)
頭の中で悪魔が囁くけれど、ここだけは譲れない。
ボクは極悪貴族だが、自分の中で『線』がある。
もしもそれを踏み越えたら、正真正銘の『原作ホロウ』になってしまう。
だからこそこの一線だけは、死守しなくちゃいけない。
ボクは鋼の意思を総動員して、荒れ狂う情欲をなんとか静める。
「――ふっ、冗談だよ」
まったく冗談じゃないけれど、このまま押し倒したいけれど――必死に気持ちを抑え込む。
「そ、そういうのはやめてくれ……心臓に悪いだろうっ!」
エリザは耳まで赤くしながら、キッとこちらを睨んだ。
さすがはロンゾルキアのヒロイン、怒った顔ですらめちゃくちゃ可愛い。
まぁなんにせよ、彼女に手を出すのは、ダンダリア孤児院を解放した後だ。
自由意思のない女性に手を出すのは、『ライン越え』になってしまうからね。
「さて、今日はもう遅い。孤児院まで送って行こう」
ボクがそう言うと、エリザは少し機嫌を直した。
「……いいのか? 聖騎士と極悪貴族は対極の存在、一緒にいるところを見られるのは、あまり好ましくないと思うのだが……」
「俺達はレドリックのクラスメイト、なんの問題もない。ただまぁ、屋敷の出入りを見られるのはマズい」
「であれば、やはり私一人の方が――」
「――案ずるな。うちには大量の『裏口』がある。そこを通れば、人目に触れることはない」
例えばフィオナさんとかは、毎日いろいろな裏口を通って、レドリックや競馬場に行っている。
「それに何より、お前を一人で帰そうものなら、怒られてしまうのでな」
ボクが肩を竦めると、エリザは不思議そうに小首を傾げる。
「怒られる?」
「こっちの話だ。さぁ、行くぞ」
自室を出て、長い廊下を歩き、エントランスホールに差し掛かったところで――母レイラとばったり出くわした。
「あらホロウ、ちょうどよかっ……んー……?」
母はすぐに獲物をロックオンし、子どものようにキラキラと目を輝かせる。
(うわぁ……これはまた面倒なことになりそうだ……)
ボクは心の中で、大きなため息をつくのだった。
【※読者の皆様へ、大切なお知らせ】
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ランキングが上がれば、作者の執筆意欲も上がります。
おそらく皆様が思う数千倍、めちゃくちゃに跳ね上がります!
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