第六話:禁書庫
っというわけで、フィオナさんを魔法省から引き抜いてきた。
彼女、人間性はゴミだけど、能力は本当に優秀だからね。
どうにかしてヘッドハンティングできないかと考えたところ……この邪悪なホロウ脳が、一瞬で名案をこさえてくれました。
端的に言えば、フィオナさんの横領を魔法省にチクったのだ。
彼女の悪事は、メインルートを進める過程で必ず明るみに出る。
これは運命によって決められた確定事項。
どうせバレるのなら、まだ罪の軽いうちに……ってね。
ボクの垂れ込みをもとに調査が行われた結果、フィオナさんの横領が発覚。
魔法省は彼女に即時返金を要求し、一週間以内に弁済が為されなければ、然るべき機関に突き出すとのこと。
最終通告を受けたフィオナさんは――手当たり次第に金を借りまくり、王都の競馬場へ向かった。
まさかとは思ったけど……そのまさかだ。
大穴狙いの単勝一点買い。
いやぁ、彼女は『漢』だね。
ちょっと興味を惹かれて、レースの行方を見てみた。
結果は惨敗。
【なん、で……どうしてぇ……っ】
フィオナさんは人目も憚らず、ボロボロと大粒の涙を流した。
初めて見たよ、人間が『ぐにゃぁ~』って溶けるところ。
競馬場の守衛さんに優しく諭されていたけど……あの姿は下手な映画よりも泣ける。
金・仕事・希望・信用・未来、全てを失った彼女は、安酒を買ってボロアパートに帰った。
人は弱ったときが一番落としやすい。
そろそろ頃合いだと判断したボクは、彼女のもとを訪れ、とある取引を持ち掛けた。
【フィオナ、いい話があるぞ】
【な、なんですか……?】
【俺の家庭教師・魔法研究員として、ハイゼンベルク家で働け。そうすれば、無利子の出世払いで、6000万ゴルドを貸してやろう】
【ほ、ほほほ……本当ですか!?】
横領した5000万ゴルド+闇金からの借り入れ1000万ゴルド。
総額6000万ゴルドというのは、確かにちょっと高額だけれど……。
四大貴族ハイゼンベルク家にとっては、そこまで痛いものじゃない。
父には事前に話を通し、許可をもらっているから大丈夫だ。
しかもこれは、『資金の貸与』であって、『無償の出資』じゃない。
貸したお金については、いずれきちんと返してもらう。
もちろん、返済の目途は立っている。
フィオナ・セーデルの魔法研究者としての実力は一級品。
彼女は今後、魔法史に残る大発明をいくつも成し遂げる。
その特許収入があれば、元本は容易に回収できる。
つまりボクは、実質無償で最高の魔法研究員を手に入れた、というわけだ。
こんなにおいしい話はない。
(ロンゾルキアにおいて、領地の発展に最も必要なものは――優秀な人間だ。絶対ここには資金を割いた方がいい)
ボクはハイゼンベルク家の次期当主として、今後もメインストーリーの進行具合に応じて、優秀な人材を囲い込んでいくつもりだ。
■
魔法の修業を始めて、あっという間に一年が過ぎ、ボクは11歳になった。
身長は順調に伸び続けており、今ではもう146センチ。
視点もけっこう高くなってきたね。
さて、ロンゾルキアに転生して早二年、剣術と魔法の基礎は終わった。
原作ホロウが主人公と出会うのは、聖暦1015年4月1日――レドリック魔法学校の入学式。
残すところ約四年。
この期間を最大限に有効活用し、主人公に負けない強さを、運命に負けない力を手にするんだ。
(さて、まずは朝の筋トレからだ)
ボクが庭先へ向かおうとしたそのとき、
「くそ、何故だ……ッ」
部屋の外から、父の怒声が聞こえてきた。
(何の騒ぎだろう……?)
父の私室へ向かうと、扉の前にオルヴィンさんが立っていた。
「オルヴィン、父に何かあったのか?」
「いえ、お変わりありません。奥様に掛けられた呪いを解くため、昼夜の別なく、国中を飛び回っております。ただ、中々に難航しているようでして……」
「ふむ」
耳を澄ませば、父の声が聞こえてくる。
「すまないレイラ……っ。嗚呼……私は何故あのとき、お前を一人で行かせてしまったんだ……ッ」
まるで壊れたレコードのように懺悔と悔恨の言葉が繰り返される。
彼の精神は、明らかにもう限界だ。
「ところでオルヴィン、今日は何月何日だ?」
「5月1日でございます」
「そうか、もうそんな時間か……」
剣と魔法があまりに楽し過ぎて、すっかり忘れていた。
原作ホロウが最短で死ぬのは、聖暦1011年5月――そう、今月だ。
(急がないとマズいな)
ボクの記憶が正しければ、週末の『星詠み祭』がリミット。
それまでに母の呪いを解かなければ、問答無用でBadEndに突入してしまう。
今からおよそ八年前、原作ホロウの母であるレイラは、『四災獣』天喰の討伐に失敗――邪悪な呪いを受け、寝たきり状態となった。
父ダフネスはそれ以来、解呪の法を探し求め、あらゆる手を尽くすが……結局、呪いは解けず終い。
万策尽きた父は、藁にも縋る思いで、邪教『大魔教団』を頼った。
王都が星詠み祭に沸く中、父は秘密裏に教団の幹部と接触し、間違った解呪の魔法を授かる。
正常な判断能力を失った父が、喜び勇んで魔法を使った結果――天喰の呪いは消え去り、母は意識を取り戻した。
しかし、解呪の魔法と教えられたそれは『魔人化の秘法』だった。
魔人と化したレイラは、彼女が心から愛した王都の街を火の海にする。
大勢の人死にが出る中、母は血の涙を流しながら破壊の限りを尽くし、かつての仲間だった聖騎士たちに討たれ……最期は人の心を取り戻し、自分の過ちを詫びながら息を引き取る。
それからほどなくして、父と邪教の接触が明らかになり、断罪イベントが発生。
ハイゼンベルク家全員に死罪が言い渡され、冷たいギロチンが落とされた。
誰も幸せにならない結末、『断罪ギロチンEnd』だ。
星詠み祭まで後三日。
(さて、そろそろイケるかな……?)
剣術に一年。
魔法に一年。
ここまでの集大成を試すとしよう。
「オルヴィン、少し出て来る」
「どちらへ?」
「クライン王立図書館だ」
その後、ハイゼンベルク家の馬車に揺られることしばし――クライン王立図書館に到着した。
「迎えは不要だ。帰りは適当に馬を取る」
「はっ、どうかお気を付けて」
御者は丁寧に一礼し、屋敷への帰路に就いた。
ボクはクルリと踵を返し、目の前にそびえ立つ巨大な建造物、クライン王立図書館に入る。
(うわ、これは凄いな……っ)
見渡す限り本・本・本、どこもかしこも本だらけ。
ここはクライン王国最大の図書館で、その蔵書数は一億冊を超えるらしい。
本好きにとっては、夢のような場所だ。
(えーっと確か、こっちだったよな)
原作知識を頼りにしながら、迷路のように入り組んだ通路を進む。
っと、ここだ。
33333番書架の前に立ったボクは、タイトルのない真っ白な本を取り、秘密の合言葉を呟く。
「――妖精さん見つけた」
次の瞬間、白い光が視界を埋め――気付けばそこは、賑やかな大通りだった。
温かな日差しが降り注ぎ、気持ちのいい風が吹く中、活気のある声がそこかしこから聞こえてくる。
左右に目を振れば、派手な露店が林立し、わたあめ・ピザ・豚の丸焼き・寿司・ドラゴンフルーツ・タコス・ボロネーゼなど……。統一感のない食べ物がズラリと並び、大勢の客がこぞって買い漁っていた。
(原作通り、楽しそうな場所だなぁ)
ここは『妖精の還り路』。
ボク以外はみんな、異形ばかり。
二足歩行の巨大な狸・足の生えた唐傘・よく喋る亀の甲羅などなど……ユニークな風体をしている彼らは、妖精と呼ばれる高次の存在だ。
「おや、ニンゲンか」
「珍しいねぇ、迷い込んじゃったのかな」
「アソブ? イッショ、アソブ?」
多種多様な妖精たちを横目に見ながら、道なりに歩くことしばし、
(っと、いたいた)
デカい赤鼻が特徴のド派手なピエロを見つけた。
「ふんふんふーん」
洋風の屋台を構えた彼は、鼻歌混じりに鍋を振るっている。
「おい」
「いらっしゃい、なんにしますか?」
「スペシャルお子様ランチ、キャラメルプリン付き」
「……旗は?」
「一番可愛いのを頼む」
ピエロはニィと微笑み、慣れた手つきで調理を進めた。
一分後、
「――へい、お待ちどぉ」
紙皿にはエビフライ・ハンバーグ・タコさんウィンナーなど、一軍のおかずが勢ぞろいし、チキンライスの上にはピンクの可愛い旗が刺さっている。
なんとも豪勢なお子様ランチだ。
「さっ、どうぞこちらへ」
ピエロはそう言って、屋台の裏手にある、古びた民家の扉を開けた。
土足のままお邪魔したボクは、お子様ランチを食べながら、明かりのない真っ暗な廊下を目を閉じて歩く。
特にすることもないので、パクパクパクと食だけが進み、あっという間に完食。
割箸と紙皿を魔法で焼却したところで、異変が起こる。
まず足音が変わった。
床を叩くカツカツというものから、地面を踏みしめる柔らかなものへ。
そしてにおいが変わった。
賑やかな街のにおいから、青々とした草葉のにおいへ。
小鳥のさえずりが響き、眩い光が瞼を照らす中、ゆっくり目を開けるとそこには――巨大な自然図書館が広がっていた。
ここは『禁書庫』、世界中のあらゆる本が集まる知識の集積所だ。
(すっごいグラフィック……っ。原作でも綺麗な場所だったけど、リアルで見ると格別だな!)
大きな感動に胸を打たれていると、鈴を転がしたような美しい声が響く。
「――あらあら、これはまた随分と可愛いお客様ね」
自然豊かな図書館の中央には、パラソル付きのテーブルセットが置かれており、そこに声の主が座っていた。
禁書庫の番人『知欲の魔女』エンティア、外見年齢は20歳ぐらい。
身長165センチ、細身で引き締まった肉付きだが、胸は豊かで確かな存在感を主張する。
パステルピンクのロングヘア、腰に生えた漆黒の翼・大きくてクルンとした瞳、真っ白でキメの細かい肌が特徴的な絶世の美少女だ。
上は肩を丸ごと出した白いトップス、確かオフショルダーと言ったか。下は深いスリットの入った黒のロングスカート、切れ目から見える太腿がなんとも艶めかしい。
「初めましてになるな、俺はホロウ・フォン・ハイゼンベルクだ」
「もちろん、知っているわ。ダフネスとレイラの実子、怠惰で傲慢な極悪貴族さんね」
彼女は手元の本をパタンと閉じ、柔らかく微笑んで見せた。
「私は知欲の魔女エンティア。ここを訪れたということは、何か知りたいことがあるのね?」
「あぁ、そうだ」
ボクが求めているのは、禁書庫に収められた『アムールの秘本』。
古の大神官アムールが記した書で、解呪の魔法<星浄の光>が綴られている。
ボクは魔法の名前も効果も構成も、全て知っているのだが……どうやっても、それを再現できなかった。
おそらくこのイベントをクリアすることで、初めて習得できるようになっているのだろう。
この世界は現実であり、虚構でもある、ということだ。
「知欲の魔女から叡智を授かるには、『魔女の試練』を突破しなければならない。この辺りはきちんと理解してる?」
「あぁ」
「私、あまり手加減は上手じゃないのだけれど……大丈夫かしら?」
「無論、手加減なぞ不要だ」
「そっ、それならよかった」
エンティアはゆっくりと立ち上がり、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「あなた、いい顔をしているわね。自分が負けるだなんて、これっぽっちも思っていない。あぁ……楽しみだわ。その自信に満ちた顔が、苦痛に歪むところが……!」
彼女の背中から、六枚の黒翼が伸びた。
おいおい、いきなりガチじゃん……。
「さぁ、魔女の試練を始めましょう」
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