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世界最強の極悪貴族は、謙虚堅実に努力する~原作知識と固有魔法<虚空>を駆使して、破滅エンドを回避します~  作者: 月島 秀一
第二章

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エピローグ

 ホロウの<虚空憑依>により漆黒の剣を失ったヴァランは、大きく後ろへ跳び下がり――()のみとなった得物に目を向ける。


「その異様な魔法、悍ましい魔力……まさか、<虚空>!? もしや貴様、噂に聞くあの(・・)『ボイド』か!?」


「さすがはヴァラン(きょう)、大魔教団とべったりなだけあって、よく知っている」


 ホロウは自分の固有と正体を隠さなかった。

 それもそのはず、エリザは既に()としており、ヴァランはこれから始末する。

 もはや何を知られたとて、まったく問題にならない。


「私とて裏社会に生きる者、ボイドの噂は放っておいても飛び込んでくる。なんでも『(うつろ)』なる組織を率いて、派手に暴れているそうじゃないか。教団の連中が、血眼(ちまなこ)になってお前を探していたぞ?」


「だろうな」


 虚と大魔教団は激しく敵対しており、世界各地のあらゆる場所で、散発的に戦いを繰り広げている。

 ホロウもまた『暇つぶし』と『因子収拾』と『ストレス発散』のため、その日の気分如何(いかん)によって、適当なアジトをいくつも潰してきた。


 その結果、大魔教団の『計画』は大きく崩れ、人員と資金が枯渇していき……。

 今は禁呪や薬物の開発計画を凍結することで、なんとか無理矢理に資本を捻出し、本丸である『魔王因子の研究』を動かしている状態だ。


「しかし、これはいい手土産(てみやげ)ができた。ホロウの首を持って行けば、教団からさらに『高次(こうじ)の薬』がもらえるだろう!」


「なるほど、見事な尻尾の振り方だ。貴殿はそうやって成り上がってきたのか」


「……本当に口の減らない男だな。いいだろう、貴様には『最も屈辱的な死』をくれてやる! ――『(ひざまず)け』!」


 しかし、当然のように何も起きない。

 ホロウは人を食った笑みを浮かべながら、堂々と二本の足で立っている。


「ほぅ……まさか<支配の言霊(ことだま)>に(あらが)うとはな。腐っても『虚空因子』の持ち主、というわけか」


 ヴァランはそう言うと、腰に差した『特別な一振り』を取り、


「相手が虚空使いとあらば、普通の得物(えもの)では勝てん。特別だ、こいつ(・・・)を抜いてやろう」


 まるで見せ付けるように、ゆっくりと(さや)から抜いていく。


「ほぅ……見事な剣だな」


(めい)神魔断罪剣(じんまだんざいけん)! 遥か原初の時代、神が手ずから打ち鍛えたこれは、あらゆる魔法を無効化する『究極にして至高の一振り』! 光栄に思え、貴様如きには過ぎた代物だ!」


「虎の子、というわけか」


「左様。こいつは本当に高かった……。王都の『闇オークション』で『300億ゴルド』という、法外な額で競り落としたんだよ。しかし、その価値は十分にある。何せこの世界に十本のみと言われる『原初の剣』だからなァ!」


 ヴァランは喜悦(きえつ)に満ちた顔で、自慢気に語った。

『断魔』の力を宿したその剣は、あらゆる魔法を断ち斬るため、虚空にも対抗し得るだろう。


「なるほど……そちらが原初の一振りを抜くとなれば、こちらも『とっておき』を出さねばなるまい」


「ほぅ、貴様も剣を?」


(たしな)む程度にな」


「くくっ、面白い!」


 ヴァランは獣の如き獰猛(どうもう)(かお)を見せた。

 一人の剣客(けんかく)として、ホロウがどんな剣を振るうのか、強く興味を()かれたのだ。


「さぁ早く抜け、そして構えろ。私も剣士として身を立てた男だ、それぐらいの時間は待ってやる」


「心遣い、感謝する」


 ホロウは<虚空渡り>を使い――虚空界に保管された、『とある武器』を回収。


 試し斬りとばかりに軽く二・三度振るい、しっかりと調子を確かめた。


「おい……待て……なんだ、それ(・・)は?」


「――『バールのようなもの』。市場価格『300ゴルド』を優に超える、鍛冶職人の血と汗と涙の結晶だ」


「……あ゛ぁ?」


 ヴァランの額に危険な青筋が走る。


「光栄に思え、ミジンコを潰すには過ぎた代物だぞ?」


「なる、ほど……っ。このヴァランが認めてやろう。人を虚仮(こけ)にすることにおいて、貴様の右に出る者はおらん……ッ」


 剣士としての誇りを(おとし)められたヴァランは、もはや我慢ならぬといった風に斬り掛かる。


「ぜりゃああああああああッ!」


 その連撃は、まさしく『嵐』。

 呼吸はおろか、(まばた)きの(ひま)さえ与えぬ、超高速の100連撃。


 しかも、それらは全て『必殺の一撃』。

 斬撃の一つ一つが凄まじい威力を誇り、寸分違わず急所へ向かう。

 威力・速度・技術、三位一体(さんみいったい)となったその技は、まさに『神技(しんぎ)』。


『神技の剣聖』ヴァラン・ヴァレンシュタイン、その本領を遺憾なく発揮していた。


 しかし、


「何故、だ……!?」


 当たらない。


 ホロウはその場で立ったまま、それも隙だらけの棒立ち。


 だが、(かす)りもしない。 


 まるで斬撃が意思を持っているかのように、ホロウをひょいひょいと()けていく。


「なんとも拍子抜けだな……。如何(いか)に優れた剣であろうと、担い手がこれ(・・)では、ただの棒切れと変わらん」


 ホロウの防御術は、極めてシンプルだ。

 猛然(もうぜん)と迫る切っ先に、バールの先端を優しく添え――流す。

 ただそれを超高速で繰り返すだけ。

 ホロウ好みの『シンプル・イズ・ベスト』な防御だ。


 無論これは、彼の神懸(かみが)かった剣術スキルがあってこそ為せる、『正真正銘の神業(かみわざ)』である。


「くそっ、何故だ、何故当たらんのだ!?」


 がむしゃらに剣を振るうヴァラン、ホロウはそれを心底(しんそこ)つまらなさそうに見つめた。


「まるで子どものチャンバラ。神技の剣聖と聞いていたが、これでは『お遊戯(ゆうぎ)の剣聖』だな」


「ぐっ……ほざけぇッ!」


 激昂(げきこう)したヴァランは、大きく後ろへ跳び下がり――『二本目のガラス瓶』を取り出す。

 中身は先ほどと同じ、魔王の血だ。


「……もうその辺りにしておけ、戻れなく(・・・・)なるぞ(・・・)?」


「構うものかっ! 私は人間を超え、魔人を超え――『究極の生命体』になるのだッ!」


 彼が真紅の液体を呑み干した瞬間、魔力が(・・・)弾けた(・・・)


 凄まじい衝撃波がルーデル森林を駆け抜け、大量の砂埃が天高く舞い上がる。


 ほどなくして姿を現したのは――『異形』と化したヴァラン・ヴァレンシュタイン。


「私は……『超越』した」


 身の丈2メートル50センチ、両の白目は黒く染まり、肩には甲羅のような外骨格が形成され、紫紺(しこん)の鱗が全身を(おお)う。

 それは『人』と『魔』の融合、まさしく『魔人』と呼ぶにふさわしい姿だった。


 ヴァランが(おもむろ)に剣を()ぐと、超巨大な斬撃が凄まじい速度で飛び――青々と茂る森林が、地平線の彼方まで更地(さらち)と化す。


「く、くくく……っ。見たかホロウ、この圧倒的な力を! たった一振りで、地図が塗り替わったぞ!? 私は魔人の神、文字通り『魔神』となったのだッ!」


 ヴァランが高らかに笑い、


「こんなもの……勝てる、わけがない……っ」


 エリザが絶望に瞳を揺らす中、


「はぁ……」


 ホロウは割と真剣に呆れていた。


「そこまで『変異』が進めば、もはや人間には戻れん……。ここまでの愚か者は、そうそう見られるものじゃない。…………いや待てよ、珍種(レアもの)として飼うのは『アリ』か」


「はっ、下等生物(ホロウ)の安い言葉(ちょうはつ)なぞ、もはや耳にも残らぬわ!」


「耳に残らぬというのであれば、その頭蓋(ずがい)に刻んでやろう」


「くくっ、好きにほざけ。それが貴様の――最期の言葉になるのだからなァ!」


 ヴァランが地面を蹴り付けると、そこに巨大なクレーターが生まれ、一瞬のうちに間合いが詰まる。


「逃げろッ!」


 エリザの絶叫が響き、


「終わりだァ!」


 原初の剣が迫る中――ホロウは短く呟いた。


「――『(ひざまず)け』」


 次の瞬間、


「ぬぉッ!?」


 ヴァランはその場で膝を突き、『虚空の王』に(こうべ)を垂れる。


「これ、は……<支配の言霊(ことだま)>!? 馬鹿な、あり得んっ。そんなわけがないッ!」


 支配の言霊が正しく効果を発揮するのは――両者の(・・・)魔力量に(・・・・)圧倒的な(・・・・)大差が(・・・)ある(・・)場合のみ(・・・・)


 つまり、これ(・・)が意味するところは一つ。


「理解したか? お前が魔王の血を飲み、最強と浮かれた力は所詮――俺が無造作に垂れ流す魔力にも及ばん、ということだ」


「お、おかしい……っ。こんなこと、あるわけがない! あってよいはずがない! これは何かの間違いだッ!」


 ヴァランは激しく(いきどお)り、紫紺(しこん)の大魔力を解き放った。


「ぬ、ぉおおおおおおおお……!」


 大空が割れ、大地が揺らぎ、大気が震えるも……体はピクリとも動かない。


『王』に頭を下げたまま、『臣下の礼』を取り続けた。


 このとき――ホロウの腹の奥底から、『黒い愉悦(ゆえつ)』が湧きあがる。


「くくくっ、どうしたヴァラン(きょう)? 『世界最強の剣士』の力は、『魔神』とやらの力は、この程度のものなのか?」


 ホロウはゆっくりと足を上げ、眼下の後頭部を踏み付けた。


「~~ッ」


 ヴァランの顔は怒りに歪み、病的なほどに赤く染まる。


 許し(がた)き蛮行。

 耐え難き屈辱。

 忍び難き恥辱(ちじょく)

『闇の大貴族』ヴァラン・ヴァレンシュタインとして、ここまでの(はずかし)めを受けたのは、その生涯で初めてのことだ。


「ぬ、ぉおおおおおおおおおおおおッ!」


 強烈な怒りに『魔王の血』が呼応し、ヴァランの背中に『紫紺の翼』が生えた。


「ははっ、面白い体になったな。どうする、次は『尻尾』でも生やしてみるか? 俺を笑い転がせば、言霊(ことだま)が解けるやもしれんぞ?」


「こ、殺す……っ。貴様だけは……絶対に殺す……ッ」


 いくら凄んで見せても、指一本として動かない。


 その後、


「そぉら、頑張れ頑張れ」


「く、ぐ、ぉぁああああああああああ……!」


 ヴァランはまるで泣き叫ぶような雄叫びをあげるが、ホロウの唱えた<支配の言霊>は決して破れない。


 その異様な光景を目にしたエリザは、ゴクリと唾を呑む。


(……ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、なんと恐ろしい男だ……っ)


 ホロウは決して、口だけの男じゃなかった。

 その『怠惰傲慢』な姿勢の裏には、地道な努力によって(つちか)われた、『絶大な武力』がある。

 彼は文字通り、次元の異なる存在だった。


(くくっ、名残(なごり)()しいが……そろそろ『締める』とするか)


『邪悪の権化』は楽しそうに微笑みながら――<支配の言霊(・・・・・)()解いて(・・・)あげた(・・・)


「ハッ!」


 ホロウの魔力に、<支配の言霊(ことだま)>に打ち勝った。


 そう錯覚したヴァランは、勢いよく顔を跳ね上げる。


 するとそこには――『絶望』があった。


「……ぁ……」


 それは漆黒の大魔力、底すら見えない深淵の闇。


(……勝てない、これ(・・)には、どう……やっても……)


 心が、折れてしまった。


 束の間の高揚(こうよう)は、絶望の底に沈んだ。


 最後の希望が(つい)えたそのとき、ホロウは情け容赦なく――ヴァランの顔面をぐしゃりと踏み潰した。


嗚呼(あぁ)……気持ちいぃ……最高の気分だ……っ)


 かつてないほどの愉悦(ゆえつ)を噛み締めた『極悪貴族』は――ハッと我に返る。


(って、落ち着け落ち着け、ちょっとハイになり過ぎているぞ……っ)


 原作ホロウの邪悪な意識が、心の表層にまで上がっていたようだ。


「ふぅー……」


 大きく深呼吸をして気持ちを(しず)めていると、エリザが片足を引き()りながらやってきた。


「ヴァランは……死んだ、のか……?」


「魔人の生命力を舐めるな。見ろ、既に『再生』が始まっている」


 普通の人間ならば、間違いなく即死の一撃だが……魔人の耐久力と回復力は、尋常ではない。

 頭を踏み抜かれるような致命傷を受けても、数日と経てば完全復活を果たすだろう。


「ヴァランの身柄は一度、エリザに預けるとしよう。間違っても殺すなよ? こいつは中々の珍種(ちんしゅ)だ、後々『リサイクル』する」


「り、リサイクル……?」


「俺の家族になる、ということだ」


「……はっ……?」


 エリザは珍しく、ポカンと口を開ける。

 ホロウの返答は、それほどまでに突拍子(とっぴょうし)もないモノだった。


「気にするな、お前にもいずれ教えてやる」


 彼はそう言うと、話を先へ進める。


「さて、エリザには今後『偽りの英雄』になってもらう」


「どういう意味だ?」


「これを見ろ」


 ホロウが取り出したのは、明日配られる予定の号外だ。


『闇の大貴族ヴァラン辺境伯、聖騎士エリザ・ローレンスによって逮捕される!』


 そこにはエリザの顔写真がデカデカと貼られ、ヴァランの働いた悪事が証拠と共に載っている。

 その内容は――国民の怒りを煽り立て、エリザに称賛が集まり、ハイゼンベルク家に畏敬が向くよう、絶妙な調整がされていた。


 ホロウにとって『最高に都合のいい記事』となっているのは、彼が配下に原稿を書かせたためである。


「こ、こんなものまで用意していたのか……っ(この男、いったいどこまで先を見て

いるのだ!?)」


 エリザが驚愕に瞳を揺らす中、ホロウは淡々と話を進める。


「お前はヴァラン辺境伯を捕えたという『偽りの功績』を以って、聖騎士協会王都支部の(おさ)となる」


「残念だが、それは無理だ。王都支部の『上』は、あの(・・)『三人衆』が握っている。どれだけ手柄を立てても、あがることはできない」


「案ずるな。その重役三人ならば、明日の夜遅く『不慮の事故』に()い、消える(・・・)ことに(・・・)なっている(・・・・・)


 ホロウは確定事項のように未来を語り、


「……っ」


 エリザは言葉を詰まらせた。


「ふっ、何も気にすることはない。あいつらは、いずれも救えぬゴミばかりだ」


「……知っているよ、嫌というほどにな」


 聖騎士協会の腐敗については、内部の人間であるエリザもよく知るところだ。


 特に王都支部の重役三人は、支部長・副支部長・事務局長は『最悪』。

 ヴァランをはじめとした多くの貴族から裏金を(つの)り、様々な便宜(べんぎ)(はか)ってきた。

 それだけに留まらず、いくつもの犯罪組織と親密な関係を築き、多くの犯罪者たちを見逃してきた。

 そうして得た汚い金で奴隷を買い漁り、私利私欲の限りを尽くしてきた。


 そこらの重罪人よりも遥かに悪質であり、その罪が白日の下に晒されれば、死刑は確実――つまり、『理想郷(ボイドタウン)』への入場資格を持っている、ということだ。


「重役三人が一斉に消えれば、王都支部は大混乱に(おちい)る。これを落ち着かせるためには、すぐに別の頭を()え置かねばならん。このとき白羽の矢が立つのは、若手からの信望が厚く国民からの人気もあり、特大の功績を立てた正義の女聖騎士――エリザ・ローレンスの他にあるまい」


 ホロウは邪悪に微笑み、


「おめでとうエリザ、お前は間もなく王都支部の(おさ)となる。立派に務めを果たすといい」


 パチパチパチと拍手を送る。


「……私は何をすればいいのだ?」


「聖騎士協会の弱みを探ったり、不正を働いている上役(うわやく)を調べたり、犯罪者のリストをこちらへ回したり……まぁ、いろいろだ。当然、嫌とは言わせんぞ? お前の身も心も、全て俺のモノなのだからな」


「あぁ……覚悟はできている」


「くくっ、よい返事だ」


 ホロウはとても満足そうに頷いた。


「今後の予定については、また後ほど詰めるとしよう。こんなところで長々とする話でもないのでな」


「わかった」


「それから……()えて言うまでもないことだが、俺の<虚空(ちから)>と正体は、誰にも言うなよ?」


「約束しよう」


「ならばよい」


 ホロウはエリザの言葉をあっさり信じた。


(エリザ・ローレンスは、絶対に約束を破らない。ここはニアと同じだ)


 二人は顔も性格も価値観も全て違うけれど、根っこがよく似ている。

 ヒロイン特有の高潔な精神性、この一点において通じるところがあるのだ。


 そうして最低限の情報共有と口止めを済ませたホロウが、虚空界へ飛ぼうとしたところで――エリザが頭を下げる。


「ホロウ、ありがとう。本当になんと礼を言えばいいのか……」


 その言葉を受け、極悪貴族は眉を(ひそ)める。


「おいおい、何か勘違いしていないか? 俺は別に聖人君子ではない。あの孤児院を守ったのは、エリザを飼い慣らす為だ。首輪の持ち主が、ヴァランから俺に代わっただけに過ぎん」


「……やはり(・・・)お前も(・・・)そう(・・)なのか(・・・)……っ」


 エリザの瞳に絶望が差したそのとき、ホロウは「ただまぁ……」と言葉を続ける。


「俺はヴァランと違って忙しい。エリザたちにずっと構っているほど暇じゃない。お前が裏切りさえしなければ、大人しく俺の言うことに従うのならば――孤児院の連中は、うちの領地でヌクヌクと幸せに暮らすことだろう」


「……えっ、それって……」


 ハイゼンベルク領は、極悪貴族の支配する地。

 大規模犯罪組織はもちろんのこと、他の四大貴族やクライン王国の王族でさえ、簡単に手が出せない『魔境』。

 そこの領地に住まわせてもらえるということはつまり――ハイゼン(・・・・)ベルク家(・・・・)()庇護下(・・・)()置かれる(・・・・)も同じ。


「父は心臓を(わずら)い、母は心を病んでいる。その治療については……?」


「あの二人は大切な『人質』だ、特別に腕のいい医者を手配してやろう。俺のために、一日でも長く健康に生きてもらわんとな」


 エリザの瞳に光が宿る。


「子どもたちの生活は……?」


「病気で死なれても面倒だ、最低限の衣食住は保証しよう。当家の管理する他の孤児院と同水準と思えばいい」


 その目尻に涙が浮かぶ。


「ぷ、プレゼントを……送っても……?」


「プレゼントを……送る(・・)? 別に構わんが、直接渡してやればいいだろう」


 驚愕に瞳を揺らす。


「あの子たちに会ってもいいのか……!?」


「お前なぁ……俺との『契約条件』をもう一度よく思い出せ。エリザがその身と心を捧げる限り、大切な家族と共に暮らすことを許可する――そう結んだはずだが?」


「あぁ……あぁっ!」


 エリザは心の中で、諦めていた(・・・・・)


 ――貴族は平気で嘘をつき、何食わぬ顔で約束を破る。


 今回契約を交わした相手は、あのヴァランと同じ『闇の大貴族』、ハイゼンベルク家の次期当主。

 どうせあのときの話も、ホロウの都合のいいように(ゆが)められる。


 そう、考えていた。


 それがまさか……本当に言葉通りのまま約束を守るなど、夢にも思っていなかったのだ。


「で、では、家族みんなで遊びに出掛けても……!?」


「チッ……くどいぞ。俺は忙しいと言ったはずだ。お前がどこで誰と何をしていようが、そんなもの知ったことではない」


 ホロウが吐き捨てるようにそう言うと、


「……ぁ、ありがとう、本当に……ありがとぅ……っ」


 エリザはポロポロと大粒の涙を流し、感謝の言葉を繰り返した。


 それを目にしたホロウは――心の底から引いた。


(ぇ、え゛ー……っ。原作ホロウのキャラ設定を守るために、かなり強く突き放したんだけど……。もしかしてエリザには、『そっちの(へき)』があるのか!?)


『感情激重ハーフエルフ』ダイヤ・『不憫(ふびん)可愛いチョロイン』ニア・『借金馬女』フィオナ・『サディスティックドラゴン娘』ルビー、そして今回新たに仲間となるのが――『被虐(ひぎゃく)趣味』エリザ。


 ホロウは心の中で、真剣に頭を抱えた。


(いやいやいや、いくらなんでも『属性』が渋滞してるよ……っ。どうしてボクの周りには、まともなヒロインが一人もいないんだ? いったいどこで『ルート分岐』を間違えた!?)


 脳裏に(よぎ)る、『人選ミス』の四文字。


 しかし、エリザは苦労して手に入れた手駒。

『聖騎士懐柔(かいじゅう)計画』の中核を成す重要なピースであり、『第二章の特別クリアボーナス』のようなもの。

 そう易々と手放すわけにはいかない。


(もしかしたらさっきのは、ボクの『勘違い』かもしれない。……そうだよ、あの高貴で清廉な女剣士エリザが、そんな『特殊な(へき)』を持ち合わせているはずがない! ……よし、今度はさらにドギツイことを言って、その反応で確かめよう!)


 ホロウは飛び切り邪悪な笑みを浮かべ、エリザに脅迫めいた言葉を述べる。


「くくっ、覚悟しておけよ? これからお前には、馬車馬(ばしゃうま)のように働いてもらうのだからなァ?」


「あぁ、もちろんだとも。お前の命令ならば、どんなことだって喜んで聞くさ」


「……そう、か(あっ、これもう駄目だわ……)」


 ホロウは静かに瞳を伏せ、残酷な現実から目を(そむ)けた。



 エリザと別れたボクは、『(うつろ)(みへ)』へ飛び、漆黒の玉座に腰を下ろす。


(さて、父から受けた仕事は、これで無事に完了だ)


 指定された期日より二か月以上も早く、ヴァラン辺境伯を適切な形で始末できた。

 父からの評価も、きっと高まることだろう。

 このまま信頼を勝ち取っていければ、ハイゼンベルク家の当主を継ぐのは、そう遠くない話かもしれないね。


(そしてさらに、『聖騎士懐柔計画』も大成功!)


 エリザは『特殊な癖』を持つ『残念美少女』だったけど……優秀であることに変わりはない。

 今後は彼女に聖騎士協会の内情を探らせ、奴等の弱みを握る。


 後はそうそう、最新の犯罪者リストや現在の捜査状況などなど、いろいろな情報を回してもらわなきゃね。


(エリザが王都支部の(おさ)()くことで、ボクは聖騎士の目を気にすることなく、王都で自由に『家族』を増やせるようになる)


 その他いろいろな悪巧みをするときも、のびのびと気持ちよくやれる。


(とにもかくにも、目障りだった『聖騎士協会王都支部』は、ボクの支配に下った)


 これでこの先、聖騎士から派生するBadEndは、ほとんど全て消滅。

 おそらく100本以上の死亡フラグが、同時にバキッとへし折れたことだろう。


 この計画はエリザが(いしずえ)となっているから、万が一にも彼女が裏切れば、全て水の泡になるんだけど……。


(ダンダリア孤児院を押さえている限り、エリザは絶対に逆らえない!)


 そうだ、ローレンス夫妻と子どもたちには、これでもかというほどに幸せになってもらおう!

『甘い飴』を与え続け、こちらに『依存』させるのだ!


 そうすればエリザは、一生ボクの元から離れられない!


(ふふっ、我ながら悪魔的な計画だね……!)


 さて、これで『原作第二章:闇の大貴族ヴァラン編』は終了だ。


(第一章を100点とするならば――第二章の出来栄えは120点!)


 最速かつ最高効率でクリアできたうえ、特殊クリアボーナスとして、王都の聖騎士協会を支配下に収められた。

 これ以上ない『最高の結果』と言えるだろう。


(第三章を迎えるにあたって、唯一の懸念となるのは……やはり主人公アレン・フォルティス)


 地獄モード×勇者修業によって、アレンは多くの経験値を獲得した。


 しかし、それも既に『真・主人公モブ化計画』で対策済み。

 アレンの強化イベントを先回りして潰しつつ、彼のことを蝶よ花よと愛でるように守ってやる。

 そうすることで、勇者因子の覚醒条件――『強い情動』を抑制するのだ。

 さらにそこへ、祖父ラウルという『精神安定剤』を加えれば……勇者対策はもう万全と言っていいだろう。


(くくくっ、素晴らしい! 我ながら、完璧なストーリー進行だ!)


『第二章:闇の大貴族ヴァラン編』は、理想を上回る形で攻略できたが……当然、油断と慢心は禁物。

 このまま『怠惰傲慢』を封印し、『謙虚堅実』に努力を続け、死亡フラグをへし折りつつ――第三章も最高の形でクリアするとしよう!

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― 新着の感想 ―
感動()のシーンの後の「うつろのみへ」で笑ってしまった。とても面白い
主人公君を蝶よ花よとお姫様扱いする計画がでるたび笑ってしまう。 ホロウの計画における表現と素の思考はラブアンドピースな方向性なんですよねえ。 女剣士さんはわざと(ではないけど)主人公君に負けた時から被…
この中だとニアが一番まともだろうな
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