第五話:審判官フィオナの日記
◆聖暦1010年3月10日
いつものように研究棟で仕事をしていたら、急に鬼上司から呼び出しを受けた。
もしかして……魔法省のお金を盗んだのがバレたのか?
陰鬱とした気持ちを抱えながら、彼女の研究室へ足を運んだ。
結果、どうやらハイゼンベルク卿の屋敷に呼ばれたらしい。
『洗礼の儀』の指名依頼が来たそうだ。
えっ、なんで私……?
あの『極悪貴族』ハイゼンベルク家とは、なんの関わりもないんだけど……。
正直、めっっっちゃくちゃ嫌だ。
行きたくない。
行きたくない行きたくない行きたくない……絶対に行きたくない。
鬼上司に泣きついてみた。
駄目だった。
ハイゼンベルク家は、四大貴族の一角。
魔法省にも大きな影響力を持っており、依頼を断れば、どんな嫌がらせを受けるかわかったものじゃない――とのことだ。
そんな悪鬼羅刹のもとへ、可愛い部下を送るのか?
やはりあの上司は鬼だ。
だから、婚期を逃すんだ。
ゴネ得を狙って暴れてみたところ、「命令に背くのならば、業務上横領の罪で告発するぞ?」と脅してきた。
冷や汗ダラッダラになりながら、「なんのことですか?」と白を切ると、「研究予算の件だ」と言われた。
……よかった、まだ貸金庫の方はバレてないみたい。
まぁそういうわけで私は、極悪貴族のもとへ出荷されることになった。
うーわー、やだやだやだやだやだ。
そもそも私、貴族が大嫌いなんだよね。
いつも威張ってて、無駄に偉そう。
特にこのホロウ・フォン・ハイゼンベルクとかいうのは最悪。
風の噂によれば、怠惰傲慢を形にしたような悪ガキだとか……。
はぁ……行きたくないなぁ。
研究室に引き籠って、大好きな魔法の研究をしていたい。
ついでにお酒を呑みつつ、魔水晶で競馬を見ていたい。
昔の偉い人は言いました、「働いたら負けだ」と。
◆聖暦1010年3月20日
今日はハイゼンベルク邸に行ってきた。
馬鹿でかい御屋敷に到着すると、気品に満ちた老紳士に案内され――次期当主ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの私室へ。
これがまた、偉そうなガキンチョだった。
私の方が年上なのに敬語の一つも使いやしない。
その無駄に整った顔面へ、『お姉さんチョップ』を食らわせてやろうかと思ったけど……。
もしもそんなことをすれば、ハイゼンベルク家に消されてしまうので、仕方なく「むぐぐっ」と我慢した。
それからすぐに超生意気な馬鹿息子こと、ホロウくんの魔力量と魔法適性を調べたんだけど……これがもうほんとにビックリ。
ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは天才だった。
圧倒的な大魔力+全属性適性!
そして何より、固有魔法<虚空>!
これは後から聞いたことなんだけど、魔法省の同僚が言うところによると――。
ホロウくんって、とんでもないサラブレッドだったみたい。
父ダフネス・フォン・ハイゼンベルクは、固有魔法<虚飾>の天才魔法士。
母レイラ・トア・ハイゼンベルクは、王国随一の超天才剣士。
そんな二人の間に生まれたのが、ホロウ・フォン・ハイゼンベルク。
いや……何この掛け合わせ? まさに『ボクの考えた最強の人間』じゃん。
あっ、そうそう。
万が一のことを考えて、この日記にはあまり詳しく書かないけど、ホロウくんと『とある契約』を交わした。
魔法省ってけっこう管理体制ガバガバだし、バレるようなことはないはず。
まぁ最悪バレたとしても、私の鑑定ミスってことで「ごめんなさい」すればいい。
とにかく今日は、人生最高の一日だ!
なんと言っても、虚空について調べる権利をゲットしたんだからね!
早いところ、溜まっている仕事を片付けちゃおっと!
◆聖暦1010年4月20日
厄介な仕事に手間取っていたら、一か月も経ってしまった。
多少スタートに遅れた感はあるけど……大丈夫!
一年間の長期休暇を取ったから、この先は虚空の研究に没頭できる!
朝一番にハイゼンベルクの御屋敷へ向かい、傲岸不遜な天才少年ことホロウくんとご対面。
すぐにでも研究を始めたいところなんだけど、固有魔法は――その中でも特に虚空は危険なモノだ。
最低限の魔法技能がなければ、暴走してしまう可能性もある。
せっかく見つけた虚空の因子、こんなところで無駄にはしたくない。
ホロウくんにお願いして、ちゃんと基礎的な魔法力が備わっているか、最低限の水準を満たしているか確認させてもらったところ……ここでもまた驚かされてしまった。
ホロウくんはたったの一か月で、超高レベルの魔法技能を身に付けてきたのだ。
魔法の構築速度は異常に速いし、魔力操作も驚くほどに緻密。
いやいや、どんな吸収力よ……脱脂綿もビックリだわ。
ただ、一つだけ引っ掛かる。
どうしてホロウくんは、防御魔法ばかり覚えてきたんだろう?
普通魔法使いは――特に優れた才を持つ者ほど、攻撃魔法に傾倒する。
まぁ防御魔法って地味だし、派手な攻撃魔法の方が学んでいて楽しいからね。
でも、ホロウくんは普通と違った。
攻撃魔法には目もくれず、ただひたすらに防御魔法を学んできたみたい。
彼の傲慢な性格を考えれば、攻撃魔法を極めんとしそうなものなんだけど……。
まっ、好きな魔法は人それぞれか。
その後、簡単な座学を済ませてから、虚空の修業を始めてもらい――絶句した。
固有魔法<虚空>……アレはヤバイ。
想像の100倍ヤバかった。
驚くべきは、その攻撃性能。
――虚空の魔力は、万物を滅ぼす。
古文書に記されていた通りだ。
あの魔法の前では、あらゆる物質が存在を許されない。
水も土も空気も、生物・非生物を問わず、森羅万象を呑み込む破滅の力。
千年前、『厄災』ゼノはこの力を振るい、世界中を混沌の渦に陥れたという。
最強最悪の魔法をこんな間近で研究できるだなんて……私は本当に幸せ者だなぁ!
◆聖暦1010年5月20日
虚空の研究を始めて早一か月。
ホロウくんの修業は、はっきり言ってとても地味だ。
とにかく反復と復習、三歩進んで二歩下がるの繰り返し。
ただ、彼はそれを超高速で行っているので、結果的に爆速で進んでいる。
なんか……聞いていた話と全然違うな。
魔法省の同僚曰く、天賦の才に恵まれたホロウくんはしかし、その怠惰傲慢な性格が災いして、自堕落な生活を送っているとのこと。
確かに彼は傲慢だ。
信じられないほど偉そうだし、口もめちゃくちゃ悪い。
ただ、少なくとも魔法に関しては――強くなることに関しては真摯だ。
決して驕ることなく、一歩一歩踏みしめて進んで行く。
その姿勢を一言で表現するならば、『謙虚堅実』だろうか。
ホロウくんは今日も変わらず、虚空の防御面に磨きを掛けている。
私はそろそろ声を大にして言いたい。
いやいやいや、さすがにそこは攻撃面を磨こうよ!
圧倒的な破壊の力があるんだから、もっと長所を伸ばそうよ!
この一か月、ずっとそんなことを思って、モヤモヤしてたんだけど……。
彼が防御に傾倒していた理由が、今日ようやくわかった。
【フィオナ、確かお前は固有魔法を使えたな?】
【はい】
【では、これより虚空の防御実験を行う。お前の魔法で、俺を攻撃しろ】
【……はぃ……?】
【手加減は無用だ、殺すつもりで来い】
【そ、そんな無茶苦茶な……っ】
私の<蛇龍の古毒>は、伝説級の固有魔法。
攻撃範囲・展開速度・殺傷能力、どれを取っても申し分なし。
はっきり言って、めちゃくちゃ強い。
いくらホロウくんが天才魔法士とはいえ、いくら虚空が起源級の固有魔法とはいえ、私の攻撃を防ぐことは困難を極める。
そもそもの話、魔法で魔法を防御するのは、実はけっこう難しい。
相手の攻撃魔法を見抜く目・適切なタイミングを測る力・瞬時に防御魔法を展開する技術、魔法を学んで一か月やそこらの彼が、これを成し遂げるのはまず以って不可能だ。
私は全力で断った。
もしもホロウくんに怪我なんかさせた暁には、市中引き回しのうえ磔獄門に処されるからだ。
思いの丈を素直にぶつけたところ、彼は肩を揺らして嗤った。
【お前如きの魔法で、俺が手傷を負うとでも? 思い上がりも甚だしい、身の程を弁えろ】
これにはさすがの私もカッチンきた。
長くて丈夫な堪忍袋の緒がプッチンした。
いいよ、そこまで言うのならば、やってやろうじゃないか!
私は胸を張って、啖呵を切った。
【私にも魔法士としての誇りがあります。そこまで仰られるのならば、全身全霊の攻撃魔法をぶつけましょう。――でもやっぱりハイゼンベルク家が怖いので、私の身の安全は<契約>で保証してください!】
契約成立。
もし万が一のことがあっても、闇の力で消されることはなくなった。
しかし考えてみれば、これはまたとないチャンスだ。
ホロウくんはここまで、散々偉そうにしてくれた。
初日にかませなかった『お姉さんチョップ』、今ここで食らわせてやらん!
そんな感じの勢いで、最上位の魔法をぶっ放してやった。
でも――完璧に防がれた。
否、掻き消された。
【ほ、ホロウくん……今のはいったい……!?】
【<虚空憑依>、初めてにしてはまぁまぁの出来だな】
<虚空憑依>、自身の周囲に薄い虚空の膜を張り、あらゆる攻撃を虚空界へ飛ばす全方位防御魔法。
今はまだ意識的にON/OFFの切り替えが必要みたいだけれど……。
有害・無害のフィルターをより厳密に設定していき、いずれは完璧な自動防御を完成させる、とのこと。
そんな運用をしたら、魔力が持たなくなる。
しかしホロウくん曰く、「魔力制御を極めて、虚空を最適化することで、いずれは永続的な運用が可能になる」とのことだ。
いやいやいやいや、もうこの子ヤバ過ぎだって……っ。
ホロウくん、魔法を学んで一年も経ってないんだよ?
何これ?
どうしてこんなに固有魔法を使いこなしてるの?
固有魔法の強みは、魔法書がないこと。
固有魔法の弱みは、魔法書がないこと。
魔法書がないから、その対策が知られていない。
魔法書がないから、習得に莫大な時間を要する。
メリデメが表裏一体……のはずなんだけど……。
ホロウくんはどういうわけか、まるで取説でも読んでいるかのように最短経路を進んで行く。
デメリットを無視して、最高効率で<虚空>を極めていく。
まるで最初から、この魔法を知っているみたい。
これも才能なのかな?
◆聖暦1011年4月20日
光陰矢の如し。
虚空の研究を始めてから、あっという間に一年が過ぎた。
結局あれからずっと、ホロウくんは虚空の防御的な運用を磨き続けている。
もう既にカッチカチなのに、いったい何が彼を掻き立てるのだろう。
あっ、もしかしてあれかな?
鉄壁の防御を敷いて、相手に無力感を味わわせるのが、ホロウくんの趣味なのかな?
あらゆる攻撃を防がれて絶望に暮れる敵を、ニヤニヤと見下ろすホロウくん……うわ、好きそうだなぁ、そういうの……。
残念ながら、『虚空の攻撃データ』は取れなかった。
でも、超々希少な『虚空の防御データ』がたくさん取れた。
これは世界中の魔法研究者が、血の涙を流して欲しがるモノ。
私が一生を懸けても、手に入れられなかったはずのモノ。
ホロウくんには、心の底から感謝している。
そうそう、今回の研究を通じて、新しくわかったことがある。
彼は生意気なところがあるけど、なんか一線は引いているっぽい。
人として越えちゃいけないラインは、絶対に踏み越えて来ないのだ。
なんなら時々、私に配慮した発言や行動が見られるぐらい。
「もしかしたら意外と優しかったりしない?」とか思っている。
そんな舐めた口を利いたら、きっと吊るされてしまうので、本人には言えないけどね。
とにもかくにも、今日は長期休暇の最終日。
虚空の研究もこれで終わりかぁ、とか。
明日からまた魔法省で仕事かぁ、とか。
そんな憂鬱な気持ちを抱えていると、「面白いモノを見せてやる」と言われ、ホロウくんに連れ出された。
馬車に揺られて着いた先は、見渡す限りの青い山々。
なんでもここら一帯全て、ハイゼンベルク家の領地らしい。
いや、四大貴族の財力凄すぎでしょ……。
山の麓に立ったホロウくんは、徐に右手をスッと前に伸ばし――とある魔法を使った。
その瞬間、山が消し飛んだ。
私は自分の眼を疑った。
思わず、腰を抜かしてしまった。
えっ、ナニコレ……?
消えたのだ。
山が丸ごと。
まるで最初から、そこに何もなかったかのように。
魔法を学んで一年の子どもが、たった一発の魔法で、地形を変えてしまったのだ。
これはもう『到達点』。
魔法に生涯を捧げた者が、「辿り着いた」と感涙に咽ぶ境地だ。
それなのにホロウくんは、まるで満足していない。
なんなら「構成が雑だな」とか「範囲指定も甘い」とか、ブツブツ呟いている始末……。
いやいや、もう十分過ぎるってば……っ。
これ以上、強くなってどうするつもりなの? 世界でも滅ぼすつもりなの?
そう言えば……千年前の大魔法士『厄災』ゼノも、虚空の力で世界を滅ぼそうとしたらしい。
もしかしたらこの二人は、似た者同士のサイコパスなのかもしれない。
とにかく、私は感動した。
虚空の攻撃的な運用、その破壊力がどれほどのモノか、じかに見ることができたのだ。
ホロウくんと別れた後も、あの光景が目に焼き付いて離れない。
美しく壮大――そして恐ろしい魔法。
あぁ、もっと調べたい。
もっともっと虚空に触れていたい。
虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空
虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空
虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空虚空
私の頭は、虚空一色で埋め尽くされた。
どうにかして、ホロウくんの側にいられないかな?
当主であるハイゼンベルク卿に頼み込んだら、家庭教師とかにしてもらえないかな?
そんなことを考えながら家に帰ると、アパートの前に黒服の男たちが立っていた。
彼らはクライン王国の役人だった。
どうやら私の横領が、貸金庫の件がバレたらしい。
魔法省に連行され、鬼上司に激詰めされた。
私がこっそり拝借した総額は――なんと5000万ゴルドに昇るらしい。
ビックリした。
自分でもまさかこんなにいただいているとは思わなかった。
三年間、ちょっとずつネコババしていたら、とんでもない額になっていたようだ。
これぞまさに『塵も積もれば山になる』ってやつ?
ははっ……笑えない。
魔法省のお偉いさんからは、一週間以内の即時弁済を求められた。
5000万ゴルドなんて大金、どうやっても払えるわけがない。
私は考えた。
死ぬほど考えた。
そのとき私の天才的なフィオナ脳に電撃が走った。
こうなったら……闇金から死ぬほどお金を借りて、お馬さんに全てを賭けるしかない!
天の巡り合わせか、一週間後には『クライン王国杯』がある。
神は言っている、ここで張らねば、いつ張るのだと!
◆聖暦1011年4月30日
……終わった。
終わった終わった終わった終わった終わった終わった。
おしまいだおしまいだおしまいだおしまいだおしまいだ。
私の全財産は泡沫に消え、手元には馬券だけが残った。
絶望の底に沈んだまま、安酒に溺れていると、部屋の扉がコンコンコンとノックされる。
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、扉を開けるとそこには――ホロウくんが立っていた。
彼は普段とまるで違った。
静かに話を聞いてくれた。
優しい声で慰めてくれた。
そしてなんと――私の負債と同額のお金を『無利子出世払いで貸してやろう』と言ってくれた。
さらにホロウくんの家庭教師&魔法研究員として、ハイゼンベルク家で雇ってくれるとのこと。
えっ、ホロウくんって神様?
あぁ神様仏様ホロウ様……本当にありがとうございます。
貴方のことを偉そうなガキンチョだの超生意気な馬鹿息子だの、散々日記に書いちゃってごめんなさい。
不肖フィオナめは、ホロウ様に永遠の忠誠を捧げます。
もうこの先一週間は、お馬に手を出さないと誓う所存です。
私はたくさんの感謝を伝え、ホロウくんを送り出した。
帰り際にほんの一瞬、瞬きに満たない刹那、彼がとても邪悪な顔をしていたような気がするんだけど……多分、気のせいだよね?
……でも、私の横領はいったいどこからバレたんだろう。
『匿名の通報』があったって話だけど、まさか……ね。
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