第十六話:絶好調
邪悪な奴隷商たちを始末し、七人の奴隷少女を救出したボクは、グリモアの地下フロアで情報収集を開始する。
「さて、ここからが本番だ。ヴァラン辺境伯が働いた『確たる悪事の証拠』を探し出すぞ」
「はい。ただ……この大きな建物を全て洗うとなると、中々に骨が折れそうですね」
「案ずるな。調べるのは『六畳一間』で足りる」
「六畳一間……?」
「こっちだ、付いて来い」
入り組んだ通路を右へ左へ進んで行くと、奴隷商のボス『怪力のムンド』の部屋に辿り着いた。
(よしよし、建物の内部構造は、原作と全く同じだね)
このボス部屋にはちょっとした仕掛けが、所謂『ステージギミック』がある。
室内に設置された『特定の小物』に『適切なアクション』を取ると、最奥の白い壁がスライドし、六畳一間の隠し部屋が出現するのだ。
原作通りならば、そこに奴隷商グリモアを潰した成功報酬として、ヴァラン辺境伯が働いた悪事の証拠が置かれているはず。
(問題は……ステージギミックの鍵となる行動が、全十種類からランダムに決まること)
本来これは、グリモアの建物をくまなく探索して回り、仕掛けのヒントが書かれたメモを拾い集め、隠し部屋へ辿り着くというイベント。
(でも、それだとちょっと時間が掛かり過ぎる……)
ゲームだと移動なんか一瞬だし、コマンド一つで探すのが終わった。
しかし……ロンゾルキアが現実世界となった今、この無駄に大きいグリモアを調べ切るのには、莫大な時間が掛かるだろう。
ここはなんとかして、ショートカットを決めたいところだ。
(壁を蹴破るのは……やめておこう)
ボクはあまり力加減が得意じゃない。
大切な証拠を破損したら、せっかくの苦労が無駄になってしまう。
(こういうとき、<虚空>が使えたら楽なんだけどなぁ……)
壁を丸ごとヌポンと消し飛ばしたり、隠し部屋に直接ヒョイと飛んだり、いくらでもやりようがある。
でも今は、隣にオルヴィンさんがいるから、そういうわけにもいかない。
(とりあえず……記憶に残っているアクションを手当たり次第に試してみるか)
十種類の鍵となる行動、それら全てを覚えているわけじゃないけど、有名なモノにはいくつか心当たりがある。
そうでなくとも、見覚えのある小物を見たら、何か思い出すかもしれない。
ボス部屋に踏み入ったボクは、キョロキョロと周囲を見回し、
(えーっと……確かこういうのあったよね)
招き猫の左手を上から押してみる。
カシャンと軽い音が響き、ニャーンと鳴いたが……特に変化なし。
(他には、これとかも有名だよな)
机の上に置かれた剣を取り、騎士の石像に持たせてみる。
ブーンという低い音が鳴り、目の部分が赤く光ったが……特に変化なし。
(そうそう、こんなのもあったっけ)
逆さまに飾られた海の風景画を元に戻してみる。
どこからともなく、さざ波の音が聞こえたけど……特に変化なし。
そんな風に部屋中を小物をいじくり回っていると、オルヴィンさんが不思議そうに声を掛けた。
「坊ちゃま、先ほどからいったい何を……ぬっ!?」
ボクが魔法を使って、燭台に火を点けたそのとき――奥の壁がゴゴゴゴッと横へスライドし、秘密の隠し部屋が現れた。
よしよし、当たりを引けたみたいだね。
「な、なんと……このような隠し部屋が!?(一連の謎の行動は……全てこのギミックを作動させるためのもの!? まさか建物の構造のみならず、隠し部屋の仕掛けまで、調べあげていたとは……っ。もはや恐ろしいとさえ思える、この御方はいったいどこまで見据えておられるのだ……ッ)」
オルヴィンさんは驚愕に目を見開き、隠し部屋をジッと見つめた。
まぁ、気持ちはわかるよ。
男は何歳になったって、こういうギミックに心を打たれるものだからね。
何も恥ずかしいことじゃない。
誰だってそう、ボクだって同じだ。
(はてさて、何があるかな……?)
ここからが『お楽しみ』だ。
(ヴァラン辺境伯の悪事を示す証拠は、彼の息が掛かった十か所の犯罪組織へ、散り散りになっている……)
ここ奴隷商グリモアも、そのうちの一つ。
ちなみに証拠の内訳は、大当たり一つ・中当たり二つ・小当たり三つ・ハズレが四つ。
メインルートを進めるのに必要な証拠の数は、大当たりなら一つ、中当たりなら一つ+小当たり一つのセット、小当たりのみなら三つ全て、となっている。
まさに『Theゲーム』って感じのシステムだね。
(大当たりを引けるのは、単純に十分の一……)
一発で引くのは、ちょっと厳しい確率だ。
(でも、今のボクには『流れ』がある!)
第二章のボクは、かつてないほどに絶好調。
引かないわけがない。
望むとも、望まずとも。
引いてしまう運命なのだ!
(はてさて、結果は如何に――)
ボクが自信満々で隠し部屋へ入ったその瞬間、視界に飛び込んできたのは、机に置かれた『漆黒のカード』。
(ふふっ、やっぱりそうだ……今のボクは最高にツイている! 十分の一の大当たりだ!)
漆黒のカードを手に取り、表面に魔力を当ててみる。
すると――淡い光が浮かび上がり、それは綺麗な砂時計を象った。
(ふふっ、いいね)
こういう原作を完全再現した演出は大好きだよ。
ロンゾルキアを愛するファンとして、とても気持ちが熱くなる。
この黒いカードは『キーアイテム』。
第二章における『最後のイベント』を発生させるには、この『入場許可証』が必要になる。
ボクが上機嫌にカードを眺めていると、オルヴィンさんが珍しく大声をあげた。
「ぼ、坊ちゃま、こちらをご覧ください!」
「どうした? ……ほぅ、いいじゃないか」
彼が手にしているのは、ヴァラン辺境伯の悪事が記録されたリストだ。
日時・場所・相手・内容・金額・口座、その全てが克明に記されている。
「ホロウ様、これなどほんの一月前のことですよ!」
オルヴィンさんはそう言って、リストの最上部を指さした。
・聖暦1015年4月15日ルーデルの森にて、糞ったれのヴァランは麻薬組織の頭領グレドから、麻薬の原材料を融通した見返りに8000万ゴルドを徴収。手にした金は全て、アーテンダム魔法銀行に預け入れた。
「ここまで詳しくわかっているのなら、いくらでもやりようがあります! うちの諜報部隊に任せれば、明日にでも証拠を押さえられるかと! いやしかし、これは凄いですよ……っ。もしもここに記載された情報が全て正しければ、ヴァラン辺境伯は完全に終わりです! やりましたね、坊ちゃまっ!」
オルヴィンさんは興奮気味に語り、ボクは鷹揚に頷いて応える。
ちなみにこのリストは、秘密裏に下剋上を企んだ『怪力のムンド』が、こっそりと作成したものだ。
ヴァラン辺境伯の下には『最側近の右腕』がいて、そのまた下にムンドを始めとした十人の幹部が存在する。
この十人がそれぞれ犯罪組織を運営しており、ヴァラン卿に巨額の利益を齎しているのだ。
(確か原作の設定では……ヴァランとの『利益配分』に不満を持った幹部の一人が謀反を企て、長年にわたって組織の内側から情報を集めた、って感じだったかな?)
ちなみに誰が裏切るかは、混沌システムの弾き出した乱数で決まる。
もちろんこれは完全にランダム。
たまたま一か所目に選んだ奴隷商グリモアが、偶然にも大当たりだったのは、本当にラッキーだ。
(でも……大丈夫、だよな?)
ふと、不安になった。
なんとも言えない不気味な感覚が、背中をサッと掠めた。
(ホロウ・フォン・ハイゼンベルクは、歩く死亡フラグと呼ばれ、世界に中指を立てられた存在だ……)
そんな悪役貴族が、こんなにツイているなんて……ちょっとおかしくないか?
(もしかして、ここまでの幸運を帳消しにするような、ナニカとんでもない事態が待ち受けて――いや、もしかしたら既に『裏』で進行しているんじゃ……っ)
そこまで考えたところで、頭をブンブンと横に振る。
(いや、そんなマイナス思考は駄目だ)
世界の幸運と不運の割合は、別に同じと決まっているわけじゃない。
たまたまラッキーが続くこともあれば、ちょっとアンラッキーが続くときもある。
良いことが続いたからと言って、悪いことに怯える必要はない。
今ここで確かな事実は一つ、ボクはこの第二章において『絶好調』ということだけだ。
(とにかく、入場許可証と悪事のリスト――これが『大当たり』の中身であり、無事に二つとも確保した)
ヴァラン辺境伯を仕留める武器は、彼が働いた『確たる悪事の証拠』は、もはや押さえたも同然だ。
「オルヴィン、ここからは別行動とする。お前はうちの諜報部隊を指揮して、このリストに載っている出来事を洗い、『決定的な証拠』を抑えろ。敢えて言うまでもないことだが、武器は一つでも多い方がいい。決して取りこぼしのないよう、細心の注意を払って調査に当たれ」
「かしこまりました」
彼は深く腰を折った後、軽い質問を口にする。
「この先は別行動とのことですが……坊ちゃまは如何なされるのでしょう?(ホロウ様は決して無駄なことをしない。この御方の指す一手には、無数の意味が含まれている。おそらくこの判断にも、私の想像さえ及ばぬ『ナニカ』があるはずだ)」
「俺はこいつを使って、ヴァラン卿の首根っこを掴んで来よう」
「黒い、カード……?」
オルヴィンさんは、僅かに目を細めた。
「このカードは特殊な魔法印が刻まれた『入場許可証』。これがあれば、ヴァラン卿の運営する『裏カジノ』に入れるようになる。そこには奴の右腕であるベラルタという男がいてな、絞ればきっと『面白い話』が聞けるだろう」
「……この老いぼれには、もはや言葉もございません。ホロウ様はいったいどこまで未来を見据えて、行動なされているのですか?」
「ふっ、さぁな」
一応、『第四章』のラストぐらいまでは、いろいろと考えて動いている。
(ただ、未来ばかり見過ぎるのは駄目だ。そんなことをしていたら、足元がお留守になってしまうからね)
大切なのはバランス。
現在を見過ぎも駄目だし、将来を見過ぎも駄目。
両方を適度に見つつ、地道にコツコツとやるべきことをこなしていく。
(ボクの生き方は徹頭徹尾――『謙虚堅実』)
これは六年前、原作ロンゾルキアに転生したあの日から、一ミリだって変わっちゃいない。
「さて、何事も『中途半端』が一番つまらん。やるならば徹底的に、潰すならば完膚なきまでに、仕留めるならば迅速に、だ。これより三日以内に確たる悪事の証拠を取り揃え、『王国の好々爺』ヴァラン・ヴァレンシュタインを討つ。そのつもりでコトに掛かれ」
「はっ、承知しました(圧倒的な武力と異次元の知力を持ちながら、微塵の油断も見られない……。坊ちゃまは既に、知恵・工夫・策略を兼ね備えた、謙虚堅実で強かな男! 旦那様の仰った『理想形』であられる! 嗚呼、なんと立派に成長されたのか……このオルヴィン、嬉しゅうございます)」
次なる舞台は裏カジノ。
その場を取り仕切るのは、ヴァラン辺境伯の右腕ベラルタ・グノービス。
彼だけが知る『とある情報』を聞き出すことでフラグが成立し、第二章の『クライマックス』――ヴァラン辺境伯との直接対決へ移行する。
(オルヴィンさんの指揮する諜報部隊が、全ての証拠を取り揃えるまで……ザッと『二日』ってところかな?)
一日は裏カジノの攻略に使うとして、もう一日はまだ空いている。
当然その空いた一日も、無駄なく有効に使うつもりだ。
(ボクは第二章の冒頭で、『二つの目的』を掲げた)
一つは、爆速でメインルートを進め、主人公にレベリングの隙を与えないこと。
(そしてもう一つは――『聖騎士協会の懐柔』!)
このところ、王都の聖騎士がちょろちょろと鬱陶しいので、もういっそのことボクの支配下に置いてしまおうというアレだ。
これを達成するには、ヴァラン辺境伯と対峙する前に、一つ『フラグ』を立てておかなければならない。
(――よし、決めた。明日は久々に学校へ行って、サクッとフラグを立ててこよう!)
そろそろこの辺りで、原作ロンゾルキア第二章の『ヒロイン』――エリザ・ローレンスを落とさないとね!
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