第四話:固有魔法<虚空>
フィオナさんの変わり身の早さには驚いたが……。
まぁ、こちらの狙い通りで助かる。
フィオナさんは原作でも有名な『魔法馬鹿』、三度の飯よりも魔法が好きという筋金入りのド変態。
虚空という最高の餌を吊るせば、こちらに転がってくれると踏んでいた。
わざわざ父にお願いして、彼女を指名した甲斐があったというものだ。
「では、契約を結ぶぞ」
机の引き出しを開き、予め用意していた契約書を取り出す。
本来この手の大切な約束をするときは、<契約>という魔法を用いるんだけど……。
ボクはまだ魔法が使えないから、羊皮紙を用いた旧式の方法でやらせてもらう。
「ず、随分と準備がいいですね……っ」
フィオナさんは驚きながら、書面の内容にサッと目を通し――問題がないことを確認したうえで、自身のフルネームを記した。
「契約成立だな」
「はい」
これで彼女の口から、虚空の情報が洩れることはなくなった。
もしも契約を違えれば、『契約神の裁き』を受け、ただちに死亡するからね。
「ホロウ様の御指示通り、魔法省には<虚空>の情報を伏せ、<屈折>として申請しておきます」
「あぁ、そうしてくれ」
「でも……後でバレたりしないのでしょうか?」
彼女は不安そうに目を泳がせた。
「問題ない。何せ<虚空>は、<屈折>の上位互換だからな。人の目がある場所で<虚空>を使うときは、<屈折>で実現可能な現象に留める。こうすれば、まずバレることはない」
「なるほど……固有魔法にお詳しいのですね」
「まぁな」
ロンゾルキアには1000以上の固有魔法が存在しているけど、ボクはそのほとんどを記憶している。
そうして話が一段落したところで、フィオナさんがコホンと咳払いした。
「私はまだ魔法省にやり残した仕事があるので、今日のところは失礼させていただきます。担当中の案件が全て片付いたら、すぐに戻ってきますので、その暁には――」
「――約束通り、<虚空>を調べさせてやろう」
「あ、ありがとうございます……!」
彼女はそう言って、爛々と目を輝かせた。
「さて、お前が不在の間は、適当に魔法を触っておくとしようか」
「はい。虚空の研究をスムーズに進めるためには、基礎的な魔法理解が必要不可欠。是非ともよろしくお願いします」
「うむ」
「では、私はこれにて失礼します」
フィオナさんが屋敷を出た後、ボクはすぐに魔法の勉強を始めた。
父の許可を経て書斎に入り、適当な教本を引っ張り出す。
(ふむふむ、なるほどね……)
修業を始めてみて、一つわかったことがある。
魔法、おもしれぇええええええええ……!
「魔法式をこう描けば……おぉ、火が点いた!」
「魔力を循環させれば……凄い、水が出たぞ!」
「ははっ、ピリッと来た! これが雷属性の魔法か!」
ちょっと教本を齧るだけで、軽く理論に目を通すだけで、すぐに魔法が使えてしまう。
さすがはホロウ・フォン・ハイゼンベルクと言うべきか、その圧倒的な才能には驚くばかりだ。
(いやしかし、これはヤバいな……っ)
魔法が使えるという非現実感。
魔法を自由に操れるという超越感。
本当にもう……たまらないっ!
そして特筆すべきは魔力制御、これがまた奥深い。
筋肉に魔力を通せば、膂力が強化される。
武具を魔力で補強すれば、硬度が向上する。
水に魔力を流せば、自由自在に操れる。
なんなら魔力制御だけでも、エンドコンテンツクラスに遊べそうだ。
「ふ、ふふ……っ。ふふふふふふふふふ……ッ」
書斎に引き籠ったボクは、徹夜で魔法書を読み耽り、覚えたものを片っ端から試していく。
そんなこんなであっという間に一か月が経過し、魔法省での仕事を片付けたフィオナさんが、ハイゼンベルクの屋敷に戻ってきた。
「遅くなってしまい、申し訳ございません。しかし、ご安心ください。全ての仕事を終わらせ、この先一年にわたる長期休暇を取って参りました! これでしっかりみっちり虚空の研究ができます!」
「そ、そうか……頼もしいな」
彼女の異常なやる気にちょっと引きつつも、話を先へ進める。
「で、今日の予定は? その研究とやらを進めるのだろう?」
「はい。まずは固有魔法についての簡単な座学を行った後、虚空の研究に入らせていただければと!」
「俺は具体的に何をすればいい? あまり手の掛かることはできんぞ」
「ホロウ様はこちらを気にすることなく、ただ普通に虚空の修練をしていてください。私はその様子を具に観察し、様々なデータを採取・解析――独自に研究を進めます」
「わかった」
いいね、楽で助かる。
「ときに、ホロウ様は魔法の勉強を始めて、まだ一か月そこそこですよね?」
「あぁ」
魔法因子が体に定着するのは、個人差もあるが概ね十歳。
その年に洗礼の儀を行い、魔法を学び始める。
これがロンゾルキアにおける基本的な魔法教育だ。
「であればまず、基礎的な魔法力を確認させてください。<虚空>は世界を滅ぼしかねない危険なモノ……。『最低限の魔法技能』がなければ、暴走の危険もありますので、どうかご理解を」
「いいだろう」
「ありがとうございます」
この一か月の成果を――現在の実力を示すため、覚えたての魔法を適当にパパッと披露した。
(へぇ、基礎はそれなりに……えっ、もう五大属性を全て……そんな、汎用魔法まで……っ。いやいや、魔法の構築速度、ちょっと速過ぎない? うそ、なんて緻密な魔力制御!?)
フィオナさんの顔は、疑念から感心へ、感心から驚愕へと移り変わっていく。
「どうだ、最低限の魔法技能とやらは備わっていそうか?」
「は、はい……っ。でもこれ、本当にまだ一か月なんですか!? 実はこっそり修業していたり……?(常人がこのレベルへ至るには早くても五年、天才魔法士の私だって三年は掛かる……っ)」
「つまらぬ世辞はよせ、こんなものは児戯に過ぎん」
どの魔法も形には成っているものの、いずれも70点に留まるレベルだ。
魔法技能は多少優れているかもしれないが、それも『十歳の子どもにしては』という枕詞がつく。
「さすがはハイゼンベルク家の次期当主、とんでもない才能ですね……っ」
フィオナさんは何事かを呟いた後、
「では気を取り直して――まずは固有魔法についての座学を、虚空に関する部分だけ掻い摘んで、手短にお話しますね」
研究者の顔になって語り始める。
「大前提として、固有魔法の強みは魔法書がないこと、固有魔法の弱みは魔法書がないこと。この理屈、おわかりになられますか?」
「固有魔法を持つ者は十万人に一人。そのため一般の魔法とは異なり、学習の道筋が体系化されていない。魔法書がないゆえに対策は難しいが、魔法書がないゆえに習得も難しい。メリットとデメリットが表裏一体ということだな」
「せ、正解です……。よくご存じですね」
彼女は目を丸くしつつ、話を先へ進める。
「固有魔法はその破壊力・社会的価値・希少性などを総合的に勘案し、精鋭級・英雄級・伝説級・起源級の四種に分けられます。ホロウ様の<虚空>は、最高位の起源級。これを発現したのは歴史上でただ一人、最悪の魔法士『厄災』ゼノのみ。当然<虚空>に関する魔法書は存在せず、これをマスターするのは、長く困難な道のりとなるでしょう」
フィオナさんの言う通り、固有魔法の習得は非常に難しい。
その中でも起源級のモノは――特に<虚空>は最高難度と言える。
(でも、ボクには『原作知識』がある!)
知っている、虚空の鍛え方を。
理解している、虚空の使い方を。
体験している、虚空の応用法を。
(最優先で習得すべきは――『虚空憑依』、やはりこれだろう)
ボクが虚空を磨き、フィオナさんはそれを静かに観察する。
そんな毎日がしばらく続く中、一つ『嬉しい誤算』があった。
フィオナさんの教師適性が、予想よりも遥かに高かったのだ。
一般魔法に関する知識が豊富なうえ、質の高い魔法論議を交わすこともでき、こちらの繰り出した質問に対して、完璧な回答を即座に返してくれる。
彼女との修業の時間は、非常に有意義なものだった。
(なんとかして、フィオナさんをハイゼンベルク家に引き込めないかな……?)
そんなことをぼんやり考えると、すぐに名案が浮かび上がった。
(我ながら、とんでもないことを思い付くな……っ)
ホロウ脳は本当に優秀だ。
適切な頃合いを見計らって、『フィオナさん引き抜き大作戦』を実行に移すとしよう。
そんなこんなで、あっという間に一年が過ぎた。
今日はフィオナさんが取得した長期休暇の最終日。
彼女と一緒に修業できるのは、ひとまずこれが最後になる。
フィオナさんはここまで本当によくしてくれた。
彼女の献身のおかげで、ボクは虚空の真髄に迫ることができた。
その心ばかりのお礼として、ちょっと『面白いモノ』を見せてあげようと思う。
「ホロウ様、私に見せたいものってなんですか?」
「今にわかる」
ボクは彼女と馬車に乗り、オルヴィンさんとの剣術修業でも使用した、ハイゼンベルク家の所有するガラン山へ移動する。
「ふむ、このあたりでいいか」
山の麓に立ったボクは、右手をスッと前に伸ばす。
「――<虚空転移>」
次の瞬間、
「まぁこんなところか」
「う、そ……っ」
青々と茂った山が、綺麗に消し飛んだ。
正確には、虚空に呑まれた。
<虚空転移>は、指定した空間を虚空へ飛ばす魔法。
(威力はいい感じだけど……構成がちょっと雑かな。座標の範囲指定も甘いし、まだまだ改善の余地があるっぽい)
ボクが一人で反省会を開いていると、フィオナさんがペタンとその場で座り込んだ。
(たった一発の魔法で、地図が変わってしまった……っ。これが虚空、かつて世界を滅ぼした『厄災』の力……ッ)
彼女は両手を口に添え、小さくカタカタと震えている。
感動で腰が砕けてしまったのだろうか?
なんにせよ、喜んでくれたみたいで何よりだ。
(それにしても、随分サッパリしちゃったな)
去年は剣術修業の過程で、あっちの山を斬り飛ばしたから……これで二つ目になる。
そろそろ新しい山が必要だ。
今度、パパンにお願いするとしよう。
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