第六話:聖騎士協会
フィオナさんにお金を貸した後は、久しぶりにレドリック魔法学校へ登校する。
一年特進クラスの後ろ扉を乱雑に開け放ち、肩で風を切りながらズカズカと教室へ入っていく。
ボクは怠惰傲慢な悪役貴族、ちゃんと日頃から偉そうな姿勢を見せておく必要があるのだ。
真っ直ぐ自分の席へ向かうと、楽し気な女生徒の声が聞こえてきた。
「ニアさん、凄いなー。四大貴族エインズワース家の当主様だよー?」
「うんうん、こりゃ呼び方も『ニア様』にしなきゃだね!」
「待って、そこはやっぱり『エインズワース公爵』じゃない?」
「みんな冗談はやめてよ。レドリックの中じゃ、爵位は関係ないでしょ? いつも通り、ニアって呼んでちょうだい」
ニアの言葉を受け、女生徒三人は顔を見合わせ――意地の悪い笑みを浮かべた。
「ははぁ、かしこまりましたー!」
「全て、ニア様の仰せのままに!」
「エインズワース公爵、肩をお揉みしましょうか?」
「もぅ、馬鹿っ!」
ニアは仲のいい友達と冗談を言い合い、とても楽しそうに笑っていた。
(よかった、だいぶ立ち直ったみたいだね)
ボクがそんなことを思っていると――こちらに気付いたニアが、周囲に気付かれないよう、こっそりと小さく右手を振ってきた。
原作ホロウのキャラ的に、間違っても手を振り返すことはできない。
ボクは小さく鼻を鳴らし、真っ直ぐ自分の席へ向かう。
すると今度は、ボロボロの主人公が声を掛けてきた。
「あっおはよう、ホロウくん」
「あぁ。……酷い怪我だな、何があった?」
ボクは素知らぬふりをして尋ねた。
当然これが、ゾーヴァとの戦いによる負傷だということはわかっている。
(でも、あの場にいたのは『ボイド』であって、『ホロウ』じゃない)
だからここは、何も知らない感じで接するのがベストだ。
「え、えーっと……階段から転がり落ちちゃって、みたいな……?」
アレンは視線を泳がせながら、ぎこちなく笑った。
(原作通り、嘘が下手だな)
でもまぁ、そのおかげでわかった。
(よしよし、ニアの口止めは、ちゃんと利いているようだね)
ゾーヴァの死因は、『魔法実験中の事故』と報道されている。
その『真相』を――ボイドに消されたという事実を知っているのは、ボク・ニア・アレンの三人のみ。
ボクとニアは協力関係にあるから問題ないとして……問題はアレンだ。
【こればかりは、俺が出張るわけにもいかん。アレンの口は、お前が塞いでおけ】
【わかった、やってみる】
ニアにはそう指示を出しておいたんだけど、どうやら上手くやったようだね。
(それにしても、重傷だな)
アレンの体には、いたるところに包帯が巻かれており、なんとも痛ましい姿をしている。
(ふふっ……けっこう、実にけっこうなことだ!)
主人公の体は、勇者と魔王の因子が共存するチート。
圧倒的な膂力・異常な耐久力・超人的な回復力が売りの化物ボディだ。
『勇者の力』が覚醒した彼ならば、この程度の傷は、一晩寝れば完全回復するだろう。
しかし今、アレンの体には、おびただしいダメージが残ったまま。
(これが意味するところはつまり……成長が大幅に遅れているということ!)
正直、ちょっと不安だった。
『主人公VS大翁の戦い』で、「うわぁ、アレンにけっこうな経験値が入っちゃったかも……っ」と恐れていた。
しかし、どうやらそれは、杞憂に終わったらしい。
(ふふっ、第二章もこの調子で、『主人公強化イベント』をへし折っ……ん?)
そこまで考えたところで、ちょっとした『違和感』を覚える。
(……あれ? あんな目立つ太刀傷、あったっけ……?)
アレンの右頬には、鋭利な刃物で斬られたような傷が、前から後ろにスパッと走っていた。
ボクは『融合の間』で、彼の姿をしっかりと確認している。
確かそのときは、こんな目立つ傷などなかったはずだ。
(んー……?)
よくよく細かいところを見れば、模擬刀で叩かれたような打撲痕や擦りむいたような裂傷が目に付く。
でも、凍傷の痕はまったく見当たらない。
(ゾーヴァの固有魔法は<原初の氷>……当然ながら、『氷』を軸にした攻撃だ)
しかしアレンの体には、それらしい傷がまるでない。
(そもそもの話、主人公のレベリングが遅れていると言っても、さすがに一週間も経ってこれは……ちょっと回復が遅過ぎないか?)
なんとも言えない『チグハグ感』に頭を捻っていると、
「――ホロウくん、どうかした?」
アレンはそう言って、不思議そうに小首を傾げた。
どうやら、ジロジロと見過ぎたようだ。
「……いや、なんでもない」
ボクは適当に誤魔化し、そのまま自分の席へ移動し、荷物をドカッと机に置く。
ちょっとだけ引っ掛かったけど……まぁ考え過ぎだろう。
(それよりもアレン、今回は命拾いしたね。でも、次はないよ?)
ゾーヴァは<原初の炎>と<原初の氷>を融合させ、『最強の固有魔法』――<虚空>を再現しようとしていた。
あのときあの場所あの瞬間における『最適解』が、たまたま大翁を倒すことであり、その副産物として偶然にも主人公は助かった。
ただ、それだけのことだ。
別に情が移ったとか、くだらない友情に絆されたとか、そんなことは断じてない。
(次にアレンを始末できる機会があれば……そのときは確実に処分する)
ボクはこう見えて、けっこう冷酷なところがあるからね。
自分の気持ちにしっかり区切りを付け、窓際の席へ腰を下ろす。
(とにもかくにも、原作ロンゾルキアは『第二章』に突入した)
第一章を採点するならば――間違いなく100点満点。
この勢いのまま、第二章の攻略も進めよう。
(基本路線は『主人公モブ化計画』の遂行、強化イベントをへし折り続けて、『一般モブクラス』にまで弱体化させる!)
そんな風に『第二章の攻略方針』を頭の中で反芻していると――教室の前扉がガラガラと開き、特進クラスの担任を務めるフィオナさんが入ってきた。
300万ゴルドという大金を借り入れ、見るからにご機嫌な彼女は、朝のホームルームを始める。
「みなさん、おはようございます。今日は大切な連絡事項があるので、静かに聞いてくださいね」
フィオナさんはそう言って、コホンと咳払いをした。
「このところ王国周辺では、『虚』という謎の組織が目撃されております。彼らの目的は明らかになっていませんが……。夜闇に紛れて活動し、小さな女の子を誘拐しているとのこと。その構成員はみな、黒い装束に身を包み、極めて高い戦闘力を持つそうです。特に虚の創始者・統治者と言われる『ボイド』は、『異次元の強さ』を誇るらしく……。現在『聖騎士協会』は総力を挙げて、虚とボイドの逮捕に乗り出しています」
彼女の声は、鈴を転がしたかのように美しい。
どうしてあんなに綺麗な声が、あんなに薄汚れた人間から出て来るのだろう?
人の体って不思議だよね。
そんな益体もないことを考えながら、ホームルームを右から左へ聞き流していると、
「ねぇホロウ……大丈夫なの?」
隣の席のニアが不安気な顔をこちらに寄せ、小さな声で耳打ちしてきた。
「何がだ?」
「いや、だってほら……その『ボイド』って、さ?」
「なんだ、心配してくれるのか?」
「べ、別にそんなんじゃないわよ! ただその、『大丈夫なのかな』なんて思ったり、思わなかったり……」
彼女は頬を赤らめながら、恥ずかしそうにそっぽを向く。
このとき、ボクは途轍もない衝撃を受けた。
(おいおい、さすがに早過ぎるだろ……っ)
ニアと出会って、まだ僅か一か月あまり。
それなのにもう、『ツンツンニア』から『ツンデレニア』へ進化していた。
(……あぁ、なんということだ……ッ)
正直に言おう。
ボクは一人の原作ロンゾルキアファンとして、もっとたくさんツンツンニアを見たかった。
(でも、もうあの頃の――最初期の彼女を見ることはできない……っ)
いくらなんでも早過ぎる。
このまま好感度を積み上げれば、あっという間に『デレデレニア』になってしまいそうな勢いだ。
それはさすがにもったいないので、個人的にはなんとか阻止したい。
(こうなったら、ちょっと冷たく接してみるか……?)
そうすれば、元のツンツンニアに戻ってくれるかも……いや、やめておこう。
下手にやり方を間違えたら、『ヤンデレニア』に進化しそうだ。
(生憎、『感情激重ヒロイン』は、ダイヤ一人で間に合っている……)
これ以上同じ属性を重ねられては、さすがのボクも胃もたれを起こしてしまう。
そんなことを考えていると、
「みなさんは優秀な魔法士ですが、同時に保護されるべき学生でもあります。王都周辺は聖騎士協会の定める『指定巡回強化地区』ですが……油断は禁物。一人一人が自衛の意識を持ちましょう。いいですか? 無暗に夜道を歩かないこと、一人で街をうろつかないこと、人気のない場所に立ち寄らないこと。危険から遠ざかることが、最強の護身術ですからね?」
フィオナさんはまるで教師のようなことを言って、ホームルームを締めた。
(聖騎士協会、か……。正直、目障りだな)
聖騎士協会は、ロンゾルキアにおける『国際的な治安維持組織』。
簡単に言えば、『世界規模の警察』って感じだ。
現場の聖騎士は真面目に職務を果たしている人も多いけど……上層部はもうドロッドロのジュックジュク。
贈収賄・税金の着服・犯罪の隠蔽、なんでもござれ。
基本はどこそこの貴族や経営者と繋がっているし、酷いところだともはや『飼い慣らされている』というレベルだ。
今更『正義とはなんぞや?』なんて、恥ずかしい議論を吹っ掛けるつもりもないけど……もう少しちゃんとしてほしいよね。
(とにかく問題は……聖騎士協会が起点となるBadEndが、『デタラメに多い』ということだ)
聖騎士協会+死亡フラグA=BadEnd『A』突入。
聖騎士協会+死亡フラグB=BadEnd『B』突入。
聖騎士協会+死亡フラグC=BadEnd『C』突入。
聖騎士協会はこんな感じで、悪役貴族と死亡フラグを結び付ける、なんとも鬱陶しい役割を果たしている。
(今のボクは『怠惰傲慢ルート』じゃなくて、『謙虚堅実ルート』で進めているから、大抵のBadEndは握り潰せると思うけど……)
『剣聖』たちが出張ってくるパターン、これだけはちょっと厄介だ。
奴等は本当に強い。
何せ、聖騎士協会が世界に誇る『最高戦力』だからね。
(それでもまぁ、勝てないわけじゃない)
普通にやり合えば、ほぼほぼ押し勝てるだろう。
(しかし……それは『ナンセンス』だ)
ボクは別に自分の力を誇示したいわけでもなければ、世界征服を目論んでいるわけでもない。
ただそう――『生き延びたい』だけなんだ。
(それに、剣聖のような強敵と戦えば、『世界の修正力』がどんな干渉をしてくるかわからない……)
可能な限り、強敵との戦闘は避けるべきだ。
(聖騎士協会をうちに引き摺り込めたら、大量の死亡フラグを一気にへし折れて、めちゃくちゃ助かるんだけどなぁ……)
残念なことにハイゼンベルク家は、聖騎士協会との繋がりがほとんどない。
それというのも……うちが『極悪貴族』だのなんだのと言われているせいか、聖騎士協会側があまり関わりを持ちたがらないのだ。
(彼らには一応、『正義の組織』という建前がある)
ハイゼンベルク家のような『闇』と繋がりを持つのは、立場的にちょっとマズいのだろう。
そういうわけで今回、家の力を使うことはできない。
(なんにせよ、聖騎士協会は、いろいろな死亡フラグの元凶……メインルートの攻略において、非常に厄介な存在だ)
武力で脅すか、餌で懐柔するか、内部に協力者を作るか、早急に手を打っておきたい。
(でも……それで『第二章の攻略』がおざなりになったら、文字通り『本末転倒』だ)
今ボクが求めているのは、第二章のメインルートの流れに沿いつつ、聖騎士協会を手なずける方法。
(はぁ……無茶苦茶だね)
自分で言っていて、馬鹿らしくなった。
常識的に考えて、そんな『おいしいイベント』があるわけ…………いや、あったわ!
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