第二十七話:最後の思い出作り
ニアの修業を見るようになって、ちょうど三週間が経った日のお昼休み。
ボクがいつものように購買へ行こうとすると、直方体のブツをズズイと押し付けられた。
「……ニア、なんだこれは?」
「お弁当を作ってきたの、噴水広場で一緒に食べましょ」
「何を企んでいるのか知らんが……俺に毒の類は効かんぞ?」
原作ホロウは頻繁に毒殺されるので、そこは真っ先に手を打った。
フィオナさんの固有魔法<蛇龍の古毒>を利用して、この世に存在する毒から実在しない毒まで、多種多様なモノを取り揃えてもらい――それら全ての無力化に成功している。
やり方は簡単。
原子サイズの『虚空の欠片』を体内に生成し、それらを満遍なく全身に行き届かせるだけ。
もしも毒物の侵入を許した場合は、虚空の欠片が瞬時に異常を検知し、有害物質を自動的に虚空へ消し飛ばす仕組みになっている。
人間の免疫機構を参考に作った『自動防衛システム』、ボクはこれのおかげで、毒物に対する『完全耐性』を獲得した。
「ど、毒って……っ。失礼ね、そんなの入ってないわよ!」
ニアはそう言って、アホ毛をピンと立たせる。
まぁ……購買のメニューにも飽きてきたところだし、せっかくだからご相伴に与るとしよう。
ボクとニアはレドリックの敷地内にある噴水広場へ移動し、適当に空いているスペースへ腰を下ろした。
「「――いただきます」」
両手を合わせて食前の挨拶。
ニアの持参した弁当箱を開けるとそこには、おにぎり・ハンバーグ・唐揚げ・エビフライ・玉子焼き・ポテトサラダ・新鮮な野菜などなど、豪華な料理が敷き詰められていた。
「これは、全部ニアが……?」
「えぇ、そうよ。早起きして作ったんだから、感謝して食べてよね」
「ふむ……(そう言えばニアには、『料理が得意』という設定があったな)」
そんなことを思い出しながら、好物の玉子焼きを口へ運ぶ。
「どう、おいしい……?」
ニアはそう言って、コテンと小首を傾げた。
(……はっきり言って、めちゃくちゃ旨い)
口に入れた瞬間、タマゴの優しい甘さがふんわりと広がり、後詰にダシの柔らかい風味が駆け付け、幸せの調和が奏でられた。
なんなら毎日食べたいまである。
ただ……これをそのまま伝えては、ホロウのキャラが崩壊してしまう。
ボクは怠惰傲慢な極悪貴族、原作の設定は忠実に守らなければいけない。
「まぁ……悪くはないな」
「ふふっ、素直じゃないわね」
ボクの心の内が伝わったのか、ニアは嬉しそうに微笑んだ。
まだ三週間と付き合いこそ短いが、なんとなくお互いの思っていることは、わかり合えるようになった……気がする。
そして迎えた放課後、
「ねぇホロウ、これからちょっと王都へ遊びに行かない?」
ニアは開口一番にとんでもないことを言い出した。
「お前、修業はどうするつもりだ? もう後一週間しか残って――」
「――たまにはいいじゃない。気分転換も修業の一環ってね」
「あっおい、ちょっと待て……っ」
半ば無理矢理、王都の街へ連れ出された。
流行りの洋服店へ出向き――。
「どう? 夏物の新作ワンピース、似合っているかしら?」
「……馬子にも衣裳だな」
めちゃくちゃ可愛かった。
人気の喫茶店へ連れて行かれ――。
「んー、おいしい! これ、今週だけの限定パフェでね、ずっと狙ってたんだぁ」
「そうなのか」
普通においしかった。
王立の動物園へ足を運び――。
「あっ、見て見てホロウ! あそこ、飛龍の赤ちゃんがいるわよ! うわぁ、可愛ぃ……っ」
「ほぅ……旨そうだな」
何故か怒られた。
そんな風に王都で遊び回っていると、気付けば、夕陽が街を赤く照らしていた。
「あー、楽しかったぁ。こんなに遊んだのは、十年ぶりぐらいかしら」
「まったく、こういうのはこれっきりで最後だからな」
「『最後』……。うん、そうね。これが最後よ」
ニアは小さな声で、意味深にポツリと呟いた。
その後は他愛もない話をしながら、家路の途中まで肩を並べて一緒に歩く。
そんな折、
「――ねぇホロウ、あれは何かしら?」
ニアはそう言って、遠くの方を指さした。
「どれのことだ……?」
ボクがそちらへ目を向けた瞬間、柔らかく温かいモノが頬に触れる。
「……っ」
一瞬、世界の時間が止まった。
目の前に、ニアの美しい顔がある。
それは――優しくて儚いキスだった。
ボクが硬直している間に、彼女は目を伏せたまま、一歩二歩と後ろへ下がる。
その顔が真っ赤に見えるのは、きっと夕焼けのせいではないだろう。
「……なんの真似だ?」
「べ、別に……深い意味はないわ。これまでのお礼よ」
ニアはそう言って、照れ隠しとばかりに微笑んだ。
その笑顔は美しく儚げで恥ずかしそうで――今にも泣き出しそうだった。
やっぱり今日の彼女は、何かおかしい。
「おい、何があった? そろそろ説明を――」
「――さようなら、ホロウ。昔のあなたは大っ嫌いだったけど、今のあなたはけっこう好きよ。それじゃ、また明日」
ニアはまるで今生の別れかのような台詞を残し、エインズワースの屋敷がある方へ歩き出した。
(……いったいなんなんだ……?)
少し考えて、ピンと来た。
(もしかして……ニアの体が完成したのか?)
修業を始めてまだ三週間、予定より一週間以上も早い。
(だけど、ボクの課した過酷な修業によって、ニアはメインルートのそれよりも、遥かに強くなっている……)
その結果、<原初の炎>の魔法因子が活性化し、器の完成が早まった。
こう考えれば、辻褄は合う。
(それに何より、今日のニアは明らかに様子がおかしかった……)
突然お昼に手作り弁当を持って来たり、急に修業を中止にして王都へ遊びに出たり、お礼と称していきなり頬にキスをしてきたり……そして最後に残した、今生の別れのような言葉。
これらの状況証拠から推察すると――おそらくニアは今夜、ゾーヴァとの決戦に挑むのだろう。
(今日の一連の謎の行動は、『最後の思い出作り』といったところか……?)
……まぁなんにせよ、大至急確認しなければいけないことがある。
ボクはすぐに<交信>を発動し、虚の特殊戦闘員・主人公監視役のシュガーへ念話を飛ばした。
(シュガー、アレンの現在位置はわかる?)
(はい。現在は王都の八百屋前で、老婆の落としたリンゴを拾い……っと、ターゲットが移動を開始しました。中央通りを徒歩で北上しています)
(中央通りを北上ね)
ボクは頭の中で、王都の地図を思い浮かべる。
(アレンは王都の中央通りを北へ歩き、ニアはここからエインズワース家の屋敷へ帰っていく……)
二人がこのまま進めば、数分後に鉢合わせるな。
(さすがは原作主人公というべきか……完璧なタイミングとポジショニングだ。もはやこれは、『そういう特殊能力』と評していいだろう)
おそらくこの後、アレンとニアは予定調和のように出くわし――共に『大翁』の元へ向かう。
アレンはああ見えて勘が鋭いし、超が付くほどのお節介焼きだ。
今のおかしなニアを見れば、きっと放っては置けないだろうし、その窮状を聞けば「ボクも一緒に戦う」と言い出すはず。
そした来たる今晩零時、主人公とヒロインはエインズワース家の地下深くで、『大翁』ゾーヴァに挑み――殺される。
勝つことは、万に一つもない。
稀代の大魔法士ゾーヴァ・レ・エインズワースは強い。
何せ、原作における最初の『詰みポイント』だからね。
彼の固有魔法<原初の氷>は、最高位の起源級。
三百年の研鑽を経たそれは、ニアの<原初の炎>とは比較にならない練度を誇る。
(確かに彼女は見違えるほど強くなったけど……それでもまだ、ゾーヴァの水準には達していない)
そして一番の問題は、主人公のレベリングが大きく遅れていることだ。
ボクはこれまで『主人公モブ化計画』を推し進め、アレンの強化イベントを悉く潰してきた。
例えば、入学式直前に発生するはずだった、アレンと本科生フランツの戦い。
例えば、アレンとニアの決闘(後に世界の修正力で実現してしまった)。
例えば、アレンとニアによる切磋琢磨の修業の日々。
こういう小さな『削り』を地道に積み重ねた結果、主人公の『進化する固有魔法』は、未だ最弱の<零相殺>のまま。
勇者の固有魔法が目覚めていないアレンでは、決して『大翁』の命に届かない。
つまり――アレンとニアはここで終わり、ということだ。
「く、くくくっ……ふはははははははは……ッ!」
素晴らしい、実に素晴らしい!
こんな序盤も序盤で、最も厄介な主人公とヒロインのコンビを同時に始末できるなんて……願ってもない『最高の展開』じゃないか!
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