第二十二話:破滅の序曲
主人公との序列戦に勝利すると同時に、聴衆が俄かに騒がしくなった。
「神懸かった魔法技能に……アレン以上の超スピード、だと……?」
「スピードだけじゃねぇ、パワーも桁違いだったぞ……ッ」
「さすがは極悪貴族様、こりゃ納得の第一位だわ……」
クラスメイトの顔は、何故か引き攣っていた。
この感じ……極悪貴族として最低限の格は、保てたと見ていいだろう。
(でもまさか、ここまで上手く行くなんて……。きっとこういうのを『嬉しい誤算』って言うんだろうな)
単純なスペックにおいて、ボクは主人公を圧倒しているため、長期戦になれば向こうはジリ貧。
だからアレンは、どこかのタイミングで必ず勝負を仕掛けてくる。
相手の手札は、おそらく隠し持っているであろう固有魔法一枚。
これを無駄切りさせれば、ボクの勝ちは確定する。
だから、誘った。
<障壁>の立体防御という『わかりやすい的』を用意してやった。
その結果、『今が勝機と見誤った』――否、『今が勝機と誤認させられた』主人公は、誘導されているとも知らずに<零相殺>を発動。
ボクはそこで敵の手札切れをきちんと確認した後、持ち前の膂力を活かして背後を取り、強烈な蹴りで勝負を決めたのだ。
(終盤の『ご都合主義的な能力アップ』には、正直ちょっと驚かされたけど……まぁ問題ない)
あの現象は『因子共鳴』。
主人公が精神的に昂ったときや瀕死の危機に陥ったとき、英雄の因子と魔王の因子が共鳴し、一時的に爆発的な膂力を得る――という、アレンにのみ許された『インチキ能力』だ。
因子共鳴の発生確率は僅か3%。一定時間の経過or一定量の被ダメージによって解除されるが……それまでの間は、ステータスが加速度的に上昇していく。
(あのときあの場所あのタイミングで、因子共鳴を引いて来るのは、さすが『ご都合主義の化身』と言えるが……)
膂力の大幅な向上は、所詮一時的なものに過ぎない。
今頃はもう、元のステータスに戻っているだろう。
(結局、主人公は因子共鳴で一時的に強くなっただけ。肝心要たる『経験値』は、ほとんど碌に入っていない……!)
何せボクは<障壁>しか使っておらず、決まり手となったのは、魔力で強化もしていない極々普通の蹴り。
(いくら原作主人公でも、経験値がなければレベルアップはできない)
主人公に経験値を与えず、極悪貴族としての格を保ったまま――しっかりと勝ち切った。
この序列戦は、ボクの完全勝利と言えるだろう。
しかし、しかしだ。
今ここで注目すべきは、そんな些細なことじゃない。
(ふふっ、そうか……そうかそうか……。まだ<零相殺>なのか!)
間違いなくこれが、この戦いにおける『最大の収穫』だ。
主人公は、『伝説の六英雄』の血を引いている。
具体的には、六英雄最強と謳われた『勇者』の血を引いている。
だからその固有魔法は、勇者と同じ起源級の<零相殺>。
これは歴史から抹消された魔法で、『洗礼の儀』でも正しく判定されない。
そのためアレンは、固有魔法を持っているのにもかかわらず、白服に振り分けられたのだ。
過去にいろいろとあったせいで、かなり特殊な魔法になっているんだけど……。
<零相殺>の最も特異な点は、原作ロンゾルキアで唯一の『進化する固有魔法』ということだ。
(メインストーリーの進行度から考えれば、アレンの固有魔法は既に一つ進化している――はずだった)
ボクはそれを強く警戒していたため、慎重に戦いを進めていたのだが……全て杞憂に終わった。
なぜなら――現時点における主人公の固有は、まさかの<零相殺>止まり。
これが意味するところはつまり……。
(ボクの計画が――『主人公モブ化計画』が効いている!)
おそらくアレンとニアの決闘イベントが潰れ、その後に続く切磋琢磨の修業パートがなくなったことで、レベリングが大幅に遅れているのだ。
(ふ、ふふっ、ふふふふふふふふふ……っ)
嗚呼、嬉しいな。
自分の思い通りにコトが運ぶというのは。
本当に格別の思いだな。
自分の頑張って考えた計画が実を結ぶ瞬間というのは。
そうしてボクが序列戦の振り返りをしていると、
「おい、大丈夫か!? しっかりしろッ! 今、保健室に連れて行ってやるからな!」
審判役の教師が、主人公を保健室へ運んでいく。
「はぁ……時間を無駄にした」
ボクは極悪貴族っぽい台詞を吐き捨て、静かにその場を立ち去るのだった。
■
極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクとの序列戦に敗れ、完全に意識を失ったアレンは、審判役の教師の手によって保健室へ運び込まれる。
レドリック魔法学校の保険医は、御年120歳を超える老婆。
視力は落ち、耳は遠くなり、足も不自由になったが……医者としての腕は、未だ衰え知らず。クライン王国でも一・二を争う名医と評判だ。
「はいはい、次の患者は……うん、アレン・フォルティスくんね。あ゛ー、こりゃまたこっぴどくやられたねぇ……。何、一撃でこうなったの? ……ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、今年の序列第一位ぃ? かぁーっ、とんでもない奴が入ってきたもんだ!」
保険医の口と手は止まることを知らず、ペラペラペラペラと喋りながら、テキパキテキパキと治療を進める。
「――はい、一丁上がり。後はベッドに突っ込んどきゃ、そのうち目を覚ますだろう」
回復魔法とポーションを併用した最新の治療を受けたアレンは、そのまま清潔なベッドに放り投げられる。
一時間後、
「ぅ、うぅ……はっ!?」
アレンはゆっくりと目を見開き、勢いよく上半身を起こした。
「ここは……保健室……?」
消毒液のにおい・清潔なベッド・真っ白いカーテン、自分が保健室にいることを理解する。
「……そっか。ボク、負けたんだ……」
感情が現実にゆっくりと追い付き、気持ちがフッと溢れ出した。
「おかしいな、ちゃんと覚悟して挑んだのに……。それでも、やっぱり……悔しいや……っ」
グッと奥歯を食い縛り、拳を固く握り締める。
透明な雫がポタポタと零れ落ち、ベッドシーツに小さなシミを作った。
「あれが序列『第一位』ホロウ・フォン・ハイゼンベルクの力……」
知っていた。
自分が挑戦者であることを。
理解していた。
相手が遥か格上の存在であることを。
しかしそれでも――。
「……遠い……っ」
まさかここまでの大差だとは、夢にも思っていなかった。
ホロウは文字通り『雲の上の存在』、次元の違う強さだった。
(ホロウくんは、まったく本気を出していない。固有魔法<屈折>も使わず、最初の宣言通り<障壁>一つで戦い……悠々と勝ち星を攫っていった)
負けたことは悔しい、それこそ涙を流すほどに。
しかしそれ以上に、ホロウの実力をまるで引き出せなかった自分が、どうしようもなく情けなかった。
(――いや駄目だ。くよくよしていても、何もいいことはない……!)
ブンブンと頭を振り、暗い気持ちに区切りを付ける。
(とにかく……ホロウくんは『完成』していた。彼こそまさに、ボクが理想とする魔法士だ)
古くより『魔法士の腕を知りたくば、一般魔法を見ればよい』と言われる。
一般魔法は言うならば、基礎の集合体。
その精度を見れば、自ずと魔法士の技量が測れる、というわけだ。
(彼の<障壁>は……完璧だった)
魔法強度・座標指定・構築速度、どれを取っても申し分ない。
恐ろしいほどに磨き上げられた『基礎の結晶』。
実際、ホロウの魔法技能は神の領域にある。
(そしてさらに……圧倒的な膂力)
魔法士の弱点とされる接近戦。
彼はそこにおいても圧倒的だった。
(ボクも、身体能力にはけっこう自信があったんだけど……)
ホロウのそれは、次元が違った。
(<零相殺>で防御を剥ぎ取り、ホロウくんへ短刀を振り下ろしたあのとき――彼の動きは、あまりにも速過ぎた)
自分が後ろを取られたのは、魔法によるものではない。
ただただ純粋で、圧倒的な身体能力の差による不覚だ。
(極め付きは『戦術』……)
ホロウの戦いは、洗練されていた。
序盤は、<障壁>を餌にして、アレンの実力を測定。
中盤は、魔法の強度と構築速度を上げて、ひたすら盤面を圧迫。
終盤は、圧倒的な膂力を以って、完璧なタイミングでフィニッシュ。
まるで戦場を俯瞰し、チェスでも指しているかのような冷静さと無駄のなさ。
一手一手が全て『次』に繋がっており、もはや美しいとさえ思える戦いぶりだ。
(……よし、決めた。ホロウくんの近くで、彼に学ばせてもらおう!)
見て学ぶ。
原始的だが、効果的な方法である。
(とりあえず明日、ホロウくんをお昼ごはんに誘ってみようっと。あっそうだ、お弁当とか作っていったら、喜んでくれるかな……?)
さすがは『主人公』というべきか……善意100%からなる行動が全て、悪役貴族の最も嫌がるところへ向かっていく。
やはり主人公と悪役貴族は、相容れぬ運命らしい。
■
主人公との序列戦に勝利した後は、つまらない午後の授業を経て、放課後となる。
ボクは一人で本校舎の屋上へ向かい、綺麗な夕焼け空を眺めながら、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
(……よし、よしよしよし、よぉおおおおおし……ッ)
心の中で、思い切りガッツポーズを取る。
乗り切った!
主人公との序列戦!
大成功!
主人公モブ化計画!
「ふ、ふふ……ふふふふ……っ」
おっといけない。
思わず、笑みが零れてしまった。
(嗚呼……完璧だよ)
メインルートが始動して早一週間。
(ここまでのボク――100点満点ッ!)
いい気分だ。
夏休みの宿題を初日に全て終えたしまったかのような気分だ。
(ふふっ、今日は久しぶりにオルヴィンさんと剣を交えようかな)
いつになく上機嫌なボクが、軽い足取りで帰路に就くと、
「「――はぁああああ!」」
妙に聞き覚えのある二つの声が、サッと小耳を掠めた。
(……あれ、今のって……?)
なんだか無性に気になって、声のする方へ足を向ける。
帰り路から一本逸れた道を進み、河川敷を覗くとそこには――アレンとニアがいた。
「……なんでぇ……?」
思わず、間抜けな声が飛び出した。
(えっ……どうして?)
わけがわからない。
何故あの二人が戦っているんだ?
(アレンとニアの決闘イベントは、ボクが苦労して阻止したというのに……っ)
ひとまずその場でバッとしゃがみ、姿勢を低くしたまま、二人の様子をこっそり窺う。
(おいニア、ふざけるなよ……っ。どうしてお前が、アレンと戦っている!?)
ボクが屋上で気持ちよくなっている間に、いったい何があったというんだ。
(くそっ、すぐに何か手を打たなければ……ッ)
アレンとニアの接触は――メインルートへの回帰は、絶対に防がなければならない。
ボクはすぐさま優秀なホロウ脳をブン回し、なんとか二人の戦いを台無しにできないかと考えた。
しかし……無理だ。
極々自然な流れでアレンとニアの決闘を台無しにする、そんな都合のいい話があるわけない。
「ぐ、ぉ、ぉ……っ」
結局、ボクは何もできなかった。
ただ自分の無力さを噛み締めながら、二人の戦いを傍観することしかできなかった。
結果、この勝負はアレンの勝利に終わった。
ギリギリの戦いだった。
おそらく主人公は、たんまりと経験値を獲得したことだろう。
……おいそこやめろ、健闘を称え合うな!
馬鹿、何すっきりした顔で、笑い合ってるんだ!
ちょっと待て、感想戦モドキを始めるんじゃない!
五分後、アレンとニアは握手を交わし、それぞれの帰路に就いた。
一方のボクは――四つん這いになり、両手で頭を抱える。
(……最悪だ……っ。絶対に手を組んではいけない二人が、主人公とヒロインが繋がってしまった……ッ)
こういうのを『世界の修正力』とでも言うのだろうか。
ボクの捻じ曲げたメインルートが、目には見えない謎の力で、正規のモノへ組み直されてしまった。
「……く、糞ったれ……っ」
はち切れんばかりの過負荷を抱えたボクは、幽鬼のように立ち上がり――虚空界にあるボイドタウンへ飛んだ。
「あっボス、おかえりなさい!」
「ボス、魔道具の工場建設に当たって、是非ご相談したいことが……」
「ボス、ちょうどよかった! 実は今ようやく魔石の加工に成功したところでして……って、あれ?」
盗賊団の面々をスルーして、ボイドタウンの端へ、廃材置き場へ移動する。
「……くそがぁああああああああ……ッ!」
漆黒の大魔力を解放し、廃材の山を力いっぱい蹴り付けた。
巨大な岩が粉々に砕け散り、巨木が天高く舞い上がり、凄まじい竜巻が吹き荒れ、未曽有の大災害が起こる。
「きょ、今日のボスは、いつになく荒れてんなぁ……っ」
「相変わらずヤベェ御方だ、ちょっとした癇癪が、まるで天変地異だぜ……ッ」
「や、やめてくれよボスっ! あんたに暴れられたら、みんなで作ったボイドタウンが、ぶっ壊れちまうよぉ!?」
それからほどなくして、なんとか気持ちを落ち着けたボクは、ガシガシと両手で頭を掻き毟る。
(何故だ、どうしてこうなった!?)
ここまでのボクは、100点満点だったはず。
六年前から念入りに準備を重ね、完璧に立ち回ってきたはずだ。
ここまで一生懸命に頑張ってきた。
生来の怠惰傲慢な気質を鎮め、謙虚堅実に頑張って来たのに……。
(それなのに、どうして……っ)
激情に呑まれた心が、スッと鎮静化していく。
原作ホロウの優れた頭脳が、ブレーキを掛けてくれたのだ。
「……いや、違う。ボクは何も間違えていない……。間違っているのは――この世界だ!」
残酷な運命が、神を気取った何者かが、破滅の序曲を奏でている。
「……いいだろう。世界がどれだけ『悪役貴族の死』を願おうとも、ボクは絶対に生き延びてやるッ!」
たとえどんな手段を使おうとも、絶対に……!
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