第二十話:イレギュラー
ロンゾルキアの世界に転生して六年、ここまでの成果を軽く纏めてみよう。
オルヴィンさんから剣を習い、剣術スキルをマスターした。
フィオナさんを家庭教師として雇い、魔法の薫陶を受けた。
固有魔法<虚空>と回復魔法によって、万全の防御態勢を構築。
エンティアを倒して、母レイラの呪いを解き、禁書庫のアクセスを得た。
ボイドタウンの開発も、ゆっくりとだが、着実に進んでいる。
主人公アレンの強化イベントをへし折り、ヒロインであるニアに釘を刺した。
思いがけず作った虚という組織も、なんか勝手に大きくなっている。
(ふふっ……怖いぐらいに順調だな。理想的と言ってもいいだろう)
でも、大概こういうときなんだよね……。
とんでもない『イレギュラー』が起きるのは。
よく晴れたとある日、ボクが特進クラスの教室で、退屈な授業を受けていると、
「おらぁああああああああ……!」
「どりゃぁああああああああ……!」
窓の外から野太い男の声が聞こえてきた。
(あぁ、またか……)
見れば、校庭のど真ん中で序列戦が行われている。
(このところ毎日だな)
入学式の日から数えて二週間は、学校の定める『序列戦奨励期間』。
この間は、序列戦に設定された一部の規則が凍結される。
序列が五つ以上離れた相手には挑めないとか、序列戦を戦った者は十日の休戦期間が発生するとか、この辺りの制限が取り払われるのだ。
自分の序列に――学校側の決めた順位に異論のある生徒は、この期間中に実力を以って示せ、ということだ。
ちなみに特進クラスに所属する31人はというと……けっこう冷めている。
ボクの知る限り、クラスメイトの間で、序列戦が行われた例はない。
みんな自分の序列に納得している――わけじゃない。
あっちもこっちも燻っている奴等だらけ、今は『見に回っている』という感じかな。
特進クラスの生徒たちは、そのほとんどが名のある貴族の子女。
そういう立場のある人間にとって、序列戦で失うのは、自分の位だけじゃない。
たとえば馬鹿のような醜い負け方をすれば、栄誉ある家名に泥を塗ることになってしまう。
だから、迂闊に動けない。
相手の固有魔法・戦い方・弱点、必要な情報をきちんと収集し、万全の態勢を整えてから戦いに臨む。
っとまぁそういうわけで、特進クラスは比較的穏やかな状況だった。
(この調子だと、動きがあったとしても、奨励期間の終わり頃だろうな)
校庭で繰り広げられる序列戦を眺めながら、ぼんやりそんなことを考えていると、ガラーンガラーンと時計塔の鐘が鳴った。
「――はい、今日はここまで。みなさんお待ちかねのお昼休みですよ」
フィオナさんはパタンと教科書を閉じ、手荷物を纏めて教室を後にした。
それと同時、クラス内に弛緩した空気が流れ出す。
「あ゛ー、フィオナさんの授業、レベル高ぇー……っ」
「しっかし、綺麗だよなぁ……。やっぱ彼氏とかいるのかなぁ……」
「知ってる? フィオナさんって、前は魔法省に務めてたんだって!」
「聞いた聞いた。しかも、伝説級の固有魔法持ちだとか?」
「『バリキャリ』って感じでかっこいいよねー!」
フィオナさんの学生人気は、男女を問わず、すこぶる高い。
(まぁ……アレだ。人間、知らない方がいいことってあるよね)
さて、ボクもそろそろお昼ごはんにしよう。
軽く首を鳴らして席を立ち、一階の売店へ行こうとしたそのとき、
「――ホロウくん、ちょっといいかな?」
主人公アレン・フォルティスが、ボクの前に立ちはだかる。
その顔はいつになく真剣で、瞳の奥には強い意思が宿っていた。
「……なんだ」
途轍もなく嫌な予感がした。
喉の奥が渇き、手汗が滲み、鼓動が早くなる。
一秒が永遠と思えるほどに引き延ばされる中、
「――ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、キミに序列戦を申し込む」
アレンは真剣な表情で、とんでもないことを言い出した。
(……はっ……?)
世界の時が止まり、頭が真っ白になる。
(えっ、なに……ボク、なんか悪いことした?)
順調だと思っていたら、目の前に特大の死亡フラグが降ってきた。
自分でも何を言っているのかわからないが、どうやらこれは現実らしい。
(いやいや……勘弁してくださいよ、アレンの旦那ぁ……っ。どうしたって今日は、そんなやる気満々なんです?)
もうこのまま回れ右をして帰りたいけど、極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルクとして、そんな情けないことをするわけにはいかない。
「……あ゛?」
限界まで目を見開き、禍々しい魔力を放つ。
これが今のボクにできる精一杯の威嚇。
レッサーパンダが二本足で立ち、両手をあげてガオーッてしているアレだ。
頼むから、これで引き下がっていただけませんか?
ボクがそんな祈りを送っていると、周囲のクラスメイトたちが大慌てで止めに入った。
「お、おいアレン、やめとけって……!」
「馬鹿、お前……ぶっ殺されるぞ!?」
「特進クラス最下位の――序列第三十一位のお前が、第一位に勝てるわけねぇだろ!?」
いいぞ、みんな!
言ったれ! 言ったれ! もっと言ったれ!
ボクは心の中で必死に声援を送ったが……。
頭の固い主人公は、首を横へ振った。
「知りたいんだ、特進最下位と序列第一位の差を」
ボクは知りたくない、悪役貴族と主人公の差を。
世界から忌み嫌われるホロウと世界の寵愛を受けるアレンの『絶望的な格差』を。
そんなの知ったって、どうせ悲しくなるだけだからね。
ただ……極悪貴族ハイゼンベルク家の次期当主として、レドリック魔法学校の序列第一位として、ここで引き下がるわけにはいかない。
というかそもそもの話、序列戦を挑まれた者は、基本的に断ることができない。
ボクは渋々仕方なく本当に断腸の思いで――アレンの申し出を承諾した。
戦いの場は地下演習場。
ニアとの摸擬戦でも使った場所だ。
今回は『正式な序列戦』ということもあり、特進クラスの生徒がわらわらと観戦に集まっている。
「ニアさんとの戦いは見れなかったけど、これでようやく第一位の実力が拝めるぜ!」
「極悪貴族ホロウ・フォン・ハイゼンベルク、天賦の才を腐らせてるって噂だが……実際のとこはどうなんかねぇ」
「ホロウくんの固有魔法は、伝説級の<屈折>。精緻な魔力制御を要求されるため、実戦向きの魔法じゃないと言われている。彼がどうやってこれを使うのか、実に興味深いね」
盛り上がっているところ悪いけど、この戦いで手の内を見せる気はないよ。
(原作ロンゾルキアの主人公は戦闘の天才だ。アレンはあらゆる攻撃に適応し、それを経験値として吸収する)
例えば今回、ボクが多種多様な魔法を使って、主人公に勝ったとしよう。
その場合、アレンは超大量の経験値を獲得し、数段飛ばしのレベルアップを遂げる。
つまり、この序列戦自体が『主人公の強化イベント』になってしまうのだ。
(これでは文字通り本末転倒。試合に勝って勝負に負けたんじゃ、何をしていることかわからない……)
この序列戦における、ボクの『勝利条件』は二つ。
主人公に経験値を与えないこと。
極悪貴族としての格を落とさないこと。
これらをクリアしながら、アレンに勝たなければならない。
(まぁ、『飛車角落ち』といったところかな……)
ボクがそんなことを考えていると、審判役を務める教師がゴホンと咳払いをする。
「両者、準備はよろしいですね? それでは――はじめっ!」
こうして悪役貴族と主人公の序列戦が始まった。
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