第十八話:『虚』
忘れている人もいるかと思うので、念のための補足情報。
このエピソードに登場する『ボイド』という名前は、ホロウが考えた自分の偽名です。
つまりボイド=ホロウ。
悪意と欲望の跋扈する裏社会。
そこでは最近、『虚』という名が取り沙汰されていた。
なんでも『ボイド』という謎の男が作り上げた組織らしく、驚異的な速度で勢力を拡大している。
彼らの目的は不明だが、夜闇に紛れて行動し、大魔教団の支部を潰して回っているとのことだ。
「――皆、準備はいいわね?」
青いミディアムヘアと切れ長の瞳が特徴的な若い女性――虚の戦闘員シュガーが確認を取り、
「「「はい」」」
配下の三十人が素早く返事した。
今宵襲撃するのは、大魔教団クライン王国東支部。
小さな洞窟を掘り進んで作られた、比較的小規模なアジトだ。
目的は『不浄の紋章』を発現した少女の保護。
虚の情報機関が調査したところ、彼女は洞窟最奥にある小部屋で、新魔法の開発実験に使われているとのこと。
時刻は零時。
夜の帳が降りる中、シュガーの率いる戦闘部隊が、大魔教団のアジトを襲撃する。
「なっ!?」
「ぐぁ!?」
「が、は……っ」
見張りを素早く無力化し、一気呵成に攻め込んだ。
「てめぇらが噂の虚か!?」
「舐めた真似しやがって……ただで済むと思うなよ!」
「目にモノ見せてやらぁ!」
大魔教団の面々は、すぐに迎撃態勢を取ったのだが……。
シュガーたちは英雄の血を引き、魔王の因子を宿しながら、過酷な訓練を積んだ特殊戦闘員。
下っ端クラスの力では、相手にもならなかった。
「ふぅ、こんなところかしら」
あっという間に敵地を制圧したシュガーたちは、洞窟最奥の実験室で目標の少女を発見する。
「もう大丈夫、よく頑張ったわね」
「はぁ、はぁ……っ。誰、です……か?」
「安心して、私達はあなたの味方よ」
「味方……?」
「そう、同じ不浄の紋章を持つ者。……辛かったわね。でも、その苦しみもすぐに終わる。私達の『偉大な主』が、地獄から救い出してくれるの」
無事に戦略目標を保護したところで――異変が起きた。
「シュガー様、洞窟の外より新手が……きゃぁ!?」
戦闘員の一人が激しく吹き飛ばされた。
「なっ!?」
慌てて実験室から出るとそこには、見上げるほどの巨躯を誇る、獰猛な獣人が立っていた。
(こいつはまさか……『ギギン』!?)
獣人ギギン。
五メートルに届く巨体・隆起した鋼の如き筋肉・右手に持った巨大な戦斧、クライン王国でも名の通った武人であり、戦いに快楽を見い出す戦闘狂だ。
「おぅおぅ、お前らが噂の虚だな?」
「……えぇ」
シュガーはコクリと頷いた後、率直な疑問を口にする。
「ギギン、あなたのような大物が、どうしてこんな僻地にいるのかしら?」
「ちぃとばかし前に、大魔教団とかいう連中に声を掛けられてな。ここのアジトを張っていれば、いずれボイドと戦えるってんで、ずぅっと待っておったのだ」
そう答えたギギンは、キョロキョロと視線を左右に動かす。
「それで、ボイドはどいつだ? この俺と尋常に勝負せい!」
「残念だけど、ここにはいないわ」
「むぅ、そうか……それは残念だ……」
わかりやすく肩を落としたギギンは、何かを閃いたようにポンと手を打つ。
「――よし、ではこうしよう! 今からお前たちを血祭りにあげる!」
「……理由を聞いても?」
「仲間をやられれば、ボスが出て来る! 獣人ならばそうする! これは人間も同じはずだ!」
「さぁ、どうかしらね(……最悪の展開ね)」
シュガーは、冷静に思考を回す。
(出口は正面にある一つ、そこに立つのはギギンのみ。全員で突撃すれば、おそらく半数……最悪でも三割は逃げられる)
しかしその場合、せっかく保護した少女は、ここへ置いていかねばならない。
人間一人を抱えたまま、ギギンを突破するのは、まず以って不可能だ。
(……やるしかない、か)
英雄の血を引く仲間を――不浄の紋章に苦しむ者を見捨てて行くなど、シュガーたちに出来るはずもない。
何故なら、彼女たちはみな知っている。
不浄の紋章を発現した者が、どれほどの地獄を見るか。
偉大なる主に救われたとき、どれほどの幸せを噛み締めたか。
そして何より――仲間を見捨てて逃げることは、誇り高き英雄の血が許さない。
「みんな、わかっているわね?」
シュガーの問い掛けに、全員がコクリと頷く。
どうやら考えていることは、同じだったらしい。
「総員、戦闘準備ッ! 相手はギギン! 単騎で街を滅ぼした化物だ! 遠慮はいらない、死ぬ気で殺せ!」
「がっはっは! お前たちに恨みはないが……ボイドを誘き出す『餌』となれ!」
シュガーたちとギギンの死闘が繰り広げられる中、
(誰か、誰か……っ)
この部隊で唯一の非戦闘員『連絡係』のトトは、虚の拠点の一つである廃教会へ、必死に<交信>を飛ばしていた。
しかし、繋がらない。
当然だ。
この洞窟から廃教会まで、いったいどれだけの距離があるのか。
いくらここで強い念波を発しても、向こうへ届く頃には、ほとんど消えている。
そんな弱々しい<交信>を拾えるのは、『神の如き魔法感知力』を持つ者だけだ。
(うぅ、やっぱり駄目だ……っ)
無理なことは百も承知。
しかし、戦う力を持たないトトには、こんなことしかできなかった。
(お願い、誰か気付いて……っ。このままじゃ、シュガー様たちが殺されちゃう……ッ)
ありったけの魔力を込めて、再び<交信>を使ったそのとき――頭の中に念波が響いた。
(どうしたの、何かあった?)
この緊迫した場にふさわしくない呑気な声。
魔法の感触からして、虚の拠点に繋がっている。
しかし、虚の情報機関にこんな声の人がいただろうか?
いや、今は悠長なことを考えている場合じゃない。
そう判断したトトは、すぐに用件を伝える。
(こ、こちらシュガー隊の連絡係トト! クライン王国東地区での任務中、獣人ギギンの襲撃を受け、交戦状態に入りました! ダイヤ様にお取次ぎを……!)
(あー……ダイヤは今ちょっと外出してるみたい。多分、すぐに帰ってくると思うよ)
(そう、ですか……っ。であれば、すぐに増援と救護班をお送りください!)
(それ、けっこう急ぎな感じ?)
(はい、大至急でお願いします)
(わかった。それじゃ、ボクが行くよ)
疑問の声をあげる間もなく、<交信>は切断された。
(……『ボクが行く』……?)
思えば、おかしかった。
ダイヤは虚の『第一席』であり、組織の実務を取り仕切るNo2。
彼女を気安く呼び捨てにできる存在は……この世界に一人しかいない。
「今のお声……もしかして……っ」
トトが『とある可能性』に行き着いたそのとき、耳をつんざく破砕音が鳴り響く。
彼女が振り返るとそこでは、シュガーの率いる部隊が壊滅していた。
「がっはっはっはっ、弱い弱い! こんなものか、虚というのは!」
未だ無傷のギギンは、大声で笑いながら、シュガーの右足をひょいと摘まみ上げる。
「くっ……離、せ……ッ」
宙吊りにされた彼女には、もはや抵抗する力は残されておらず、ただ睨み付けることしかできなかった。
「そぉらよっと!」
満身創痍のシュガーは、空中に放り投げられ、
「さぁ、派手な花火としようぞ!」
ギギンはそこへ、巨大な戦斧を叩き込まんとする。
(……終わった……)
視界を埋めるのは巨大な鉄の塊。
こんなものを食らえば、モノ言わぬ肉塊と成り果てるだろう。
絶対的で確定的な死が迫る中、シュガーはギュッと目を瞑る。
(……ボイド様、申し訳ございません……っ)
次の瞬間、ギギンの戦斧は、シュガーの体をすり抜けた。
「ぬぅおっ!?」
ド派手に空振ったギギンはたたらを踏み、
「……えっ……?」
シュガーはそのまま地面に降り立った。
斧が人体を通過する。
そんなことは、物理的にあり得ない。
しかし、一つだけ例外が存在する。
あらゆる理から逸脱した、あの固有魔法ならば――造作もないことだ。
(今のはまさか……<虚空流し>?)
次の瞬間、暗がりの奥から黒いローブを纏った仮面が現れた。
「ぼ、ボイド様……!?」
仮面の名はボイド。
『厄災』ゼノと同じ起源級の固有魔法<虚空>を操る、人の領域を踏み越えた化物。
虚の創設者にして、その頂点に座す謎の男だ。
「シュガー、大丈夫?」
「は、はいっ、問題ありません」
「ちょっと待ってね、今治してあげるから」
「い、いけません! 私如きにボイド様の尊き魔力を――」
「――もう終わったよ」
「えっ?」
いつの間にか、シュガーの体にあった傷が消えていた。
骨折も打撲も擦り傷も、まるで最初からなかったかのようだ。
(……あ、あり得ない……っ)
回復魔法の行使には――特に他者を治療する際には、非常に高い集中と大量の魔力と相応の時間を要する。
しかしボイドは、そんな常識に縛られない。
『謙虚堅実』を標榜する彼は、ひたすら地道な努力を続け……今や瀕死の重傷から完全回復までの時間は、コンマ一秒を切っている。
その魔法技能は、もはや神の領域にあるのだ。
「おぅおぅ、お前が噂に聞くボイドだな! ……臭う、臭うぜぇ! 『ヤベェ臭い』がプンプンしやがる!」
獣人は獰猛な笑みを浮かべ、戦斧を高らかに掲げたまま、豪快に名乗り上げる。
「俺の名はギギン・ゴランゴン! ゴゴン族最強の戦士にして、強き者を求める男だ!」
ギギンが強烈な殺気を放つ中、ボイドは涼し気な顔で、シュガーに声を掛ける。
「今、どんな状況?」
「え、えっと……目標の救出に成功した直後、ギギンの襲撃を受け……敗れたところです」
「そっか、大変だったね。今日はもう遅いし、早いところ帰ろう」
二人がそんな話をしていると、ギギンが豪快な笑い声をあげる。
「がっはっはっはっ! この儂を無視するとは、なんと豪気な男か! よい、よいぞ! お前とは良き殺し合いができそうだ!」
ボイドはゆっくりと視線をあげ、不思議そうにポツリと呟く。
「しかし……よく喋る『首』だね」
次の瞬間、
「……あ゛?」
ギギンの視界がゆっくりと横へズレていく。
「なん、だ……これ……はっ!?」
剣で斬ったのか、斬撃の魔法を使ったのか、はたまたもっと別のナニカか。
この場にいる誰も、ギギン本人でさえ、ボイドの攻撃を認識できなかった。
「は、はは……っ。化物、め……ッ」
獣人はその言葉を最後に、ゆっくりと倒れ伏した。
「……うそ……」
ボイドが強いという話は、風の噂で聞いている。
しかし、
(……次元が……違う)
まさかここまでだとは思っていなかった。
シュガーの胸中では、感動の嵐が吹き荒れる。
(あぁ、さすがは偉大なる主様……っ。こんな凄い御方に仕えられて、私はなんて幸せなんだろう……っ)
心を乱し掛けた彼女だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、その場で跪く。
他の戦闘員たちもみな、傷だらけの体に鞭を打ち、なんとか平伏の姿勢を取った。
「ボイド様……此度の失態の責は、全て私にございます。どうか厳正なる処分を」
「失態って、なんのこと?」
「私が至らぬばかりに、ボイド様の所有物である、大切な同志を傷付けてしまいました」
「誰か怪我したの?」
「……えっ?」
一瞬、主の言葉が理解できなかった。
振り返り、驚愕した。
(……そん、な……)
ギギンにやられた戦闘員、その全員の傷が完治していた。
しかもご丁寧に、斬られた衣類まで縫合されている。
(この場にいる三十人の負傷者を……今、全員同時に治療した? 瞬きに満たない刹那のうちに……?)
ボイドと触れ合ったこの極々短い間に、シュガーの培ってきた常識は、完全に打ち砕かれてしまう。
「ボクが見たところ、特に失態もないようだし、シュガーの処分はなしだね」
「……ありがとうございます……っ」
「さて、そろそろ『定時報告』の時間も近付いてきたし、ボクは廃教会に帰るよ。みんなも気を付けてね」
ボイドはそう言うと、黒い渦の中へ消えていった。
「ぼ、ボイド様……なんてお優しいの……っ」
シュガーの言葉が皮切りとなって、そこかしこで絶賛の声があがる。
「つ、強ぇーっ。ボイド様、鬼強ぇー……!」
「凄い回復魔法……。あんなの私達の御先祖様も、伝説の六英雄にもできないよ」
「私、ボイド様のあの柔らかい喋り方が大好き……。心の中にスゥーと沁み込んで来るの」
「確かに、さっきのお優しいボイド様も素敵だけど……。個人的にはやっぱり、絶対王者の風格を纏ったときが好きだなぁ……。嗚呼、思い出しただけで、キュンキュンしちゃう」
「あの声がいい。二十四時間ずっと耳元で愛を囁いて欲しい」
それからしばらくの間、虚の戦闘員たちは、偉大なる主人の魅力を語り合うのだった。
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